26 告白
ヴェルトは意外とエボニーに好感を持っていた。
クルール男爵家は武家だ。辺境伯領の武家である男爵家に嫁ぐには、「剣を持ち、戦うということ」を理解していなければ難しい。
鍛錬を欠かせばどうなるのかを知らなければ、何故毎日剣を振るっているのかを理解出来ないからだ。
理解して嫁いで来たはずなのに、中には「毎日剣の鍛錬ばかり」と嫌味を言ってくる奥方もいるらしいのだ。まぁ、恋愛婚の夫婦だからこそなのかもしれないが・・・。
その点エボニーは行儀見習いと並行してレィディアンスから課せられた剣の訓練にも真面目に取り組み、剣を持つ者のことを理解しようとしてくれているし、使用人仲間からの評判も良い。
特に貴族令嬢と違い、ここに向かう道中で「辺境は雄大な自然だけで何の娯楽もない」という話をしても、湖や川で釣りをしたり、木になる果実を食べたり出来るのか。馬に乗ることはできるのか、星空が王都よりきれいだという噂は本当か──そんな話題で盛り上がることが出来たのだ。
さらに、ヴェルトが馬車内で足を投げ出して横になっても文句ひとつ言わなかったのだ。
あ、いや、「蹴っ飛ばさないでよ」とだけ言われたか。
これが貴族令嬢ならドレスショップはあるのかだの、マナーがどうだのと言ってきただろう。
ヴェルトにとって、エボニーと過ごした時間はとても心地よかった。
それに先日の訓練で腕を切った時、痛かっただろうに傷を負っても泣き叫ぶことも、責任を取れと騒ぐことはなかったのだ。大丈夫だと笑みを向けたエボニーに、ヴェルトの好感度は爆上がりした。
先日、レィディアンスに言われた。
「ここは辺境だ。伴侶を決める自由はお前にある。ヤツに言われたからといって、お前が人生を掛ける必要はない。『受け入れる』ではなく、お前の意思で誰を『選ぶ』のかを今一度考えておけ」
あいつに言われたから、エボニーが可哀想だから、頑張っているから『受け入れる』のではなくて、自分の気持ちと向き合い『選べ』と。
エボニーのヴェルトに対する態度は微妙だが、王都でのことは吹っ切れている様だし(多分)、話した感じ婚約を嫌がっている風にも見えない。どうせ誰かを娶らねばならないのなら──いや、長い人生、共に過ごすのならエボニーがいい。
──もしかしてあいつはこれを見越してエボニーを自分の元に寄越したのだろうか。
(邪険に扱われていた様な気もするけど、結構俺のことを見ていてくれたんだなぁ・・・)
自分の気持ちを考えてくれる上司と、自分のことを理解してくれている友人。
ヴェルトは王都に続く空を見上げ、友人であり後輩である彼とレィディアンスに振り回されて過ごした学園生活に思いを馳せた。
*――*――*
「エボニーを辺境に連れて来るまでに時間はあったはずだ。それなのに自身が“婚約者”であることを告げず、いたずらに不安にさせていたことは立派な嫌がらせだ。それに対し、正当な理由があるなら答えろ」
そういえばエボニーが、森に入る前におかしなことを言っていたことをヴェルトは思い出した。
『もしかして、ヴェルトさまって貴族なのですか?』
エボニーはヴェルトのことを男爵家の人間だと知っていたし、男爵家に嫁ぐことになったことも理解している様子だった。
その気安い態度から、エボニーはヴェルトが縁談の相手だと理解しており、心を開いてくれているのだと思っていたのだ。
だけどエボニーはヴェルトが貴族とは知らなかった──?
ヴェルトは無言で、しかし物凄い勢いで振り返り、エボニーの顔を見た。
「 “ヴェルトと呼んでくれ”としか言われてないし、正直ガサツ過ぎて平民の護衛だと思ってた──じゃない、思っていました・・・」
つい、口調が以前のそれになってしまった。しかしそれは見逃して欲しい。エボニーは今、激しく動揺しているのだ。
レィディアンスの話から察すると──・・・聞き間違いでなければ、エボニーの伴侶はクルール男爵ではなく・・・。
(ううん。物語ではそんな『罰』にもならない罰なんてなかったもの。期待をするのは良くないわ。
それに、ヴェルト、さまはオリーブさまと・・・)
エボニーは必死にその考えを否定した。
「え、アイツから何も聞いていないのか?てっきり知っているのかと思って、一応婚約したから名を呼んでほしいと伝えたつもりだったんだが・・・」
アイツとはもちろんエボニーをここに送り出した当人である公爵令息だ。さすがにそれくらいは自ら説明していると思っていた。
「ヤツがそんなことするわけがないだろう」
レィディアンスが答える。
アイツはエボニーのやらかしの説明すらもレィディアンスに丸投げしたのだ、少し考えれば分かりそうなものだ。
しかしそうか、ヴェルトは色恋に関しては抜けたところがあるにも関わらず、いや、抜けているからこそなのか、恋慕を寄せられやすく、そしてそれに気付かない。
──ヤツはこうなる可能性を予測していたのかもしれない。
あえて、レィディアンスにエボニーのことを説明させることによって婚約の前段階からレィディアンスに関わらせ、自身の目が届かない辺境で他からの横やりを防ぎたかったのかもしれない。
オリーブの気持ちを知っていたレィディアンスでさえ、彼女がヴェルトを手に入れるためここまでやらかすとは予想していなかったのに。
オリーブのことをあの男が知っていたとは思わないし・・・ヴェルトのことを思ってとも考えがたい・・・。
しかし、結果はこれだ。
ヴェルトとの付き合いはレィディアンスのほうが長いのに、自身の上をいかれたようで無性に腹が立った。
レィディアンスがエボニーの相手がヴェルトであると使用人たちに伝えていなかったのは、いずれ排除するためではなく、エボニーが貴族の中でどう動くのかを見るためだった。
しかし、エボニーの言動を執事から聞き、違和感を覚えていたのだ。
まさかとは思ったが、ヴェルトを平民だと思っていたとは流石のレィディアンスも思わなかった。
しかし、これでエボニーのヴェルトに対する気安い態度にも納得がいった。
「え・・・ヴェルト様はエボニーを認めてないから何も伝えていなかったのでは──」
ぽつりと呟いたオリーブの言葉にヴェルトが「え!?」と驚きの声を上げる。
「いや、いや、いや、いや!嫌がらせなんて、そんなつもりはないっ!断じてない!!
そうか!マルーン嬢の言っていた『誤解』と『手遅れになる』ってこのこと・・・──!」
ヴェルトはハッとしたようにエボニーを見ると、その手を握り一気にまくし立てた。
「エボニー!!申し訳ないけどエボニーの婚約者は俺なんだ!
俺、隣にいてくれる人はマナーなんか気にせずに俺がガサツでも笑って許してくれる人がいいし、ドレスや宝石のことより川遊びや星空を気にする子のほうがいいって、エボニーに会って気付いたんだ!
なんといってもエボニーの前では素でいられる。
今はまだアイツが忘れられないかもしれないけど、あのまま王都にいるよりは穏やかに、幸せに過ごせるようにすると誓うから──」
エボニーは瞬きも忘れ、信じられないものを見るような目でヴェルトをみた。
「俺と結婚してくれないか」




