これだから最近の陰陽師は
古都、奈良に近いっちゃー近いし遠いっちゃー遠い。つまり関係ない針片町の山中にある砂残神社を訪ねた宮本花音は困惑した。
最近身辺が不穏になり、というか高校生が口に出すのはちょっと恥ずかしいがいわゆる心霊現象に悩まされていて、そんなことを相談できる人がいるわけもなく、と思っていたら母が地元ネットワークを頼ってココを見つけた。なんでも『本物の』霊能力者というやつらしい。
神社の神主でもあるらしく、ならば偽物だとしても詐欺師ではあるまいとダメ元で来てみたわけだが、ヤバい、偽物や詐欺師を疑う水準を超えていた。
ひと声かけて社務所に入るとそこには。
「同学年のお客さんは久し振りっスねー。あ、眩しっ。ギャル眩しっ」
チャラかった。
遊ばせ気味の茶髪。無地のTシャツには『おもてなしの呼吸 茶柱』 迷彩柄のハーフパンツから覗く生足は脱毛しているのかツルツルで逆にキモい。
完全なる陽の者、とは思えない。まるで日焼けしていないし、高校デビュー感がそこはかとなく漂っている。
一言で怪しすぎる。相談はナシの方向で。さぁ帰りましょUターン。
「おー、賢い。賢いっスよ姐さーん。こんなチャラ男にノーリアクションで超常現象がどうとか相談始めるヤツは自分の世界に閉じ籠もって何一つ見てない聞かないイカレだから頭の病院勧めてサイナラっスわ。まともでも姐さんのようにサイナラなんスけどねウケるぅ。じゃあお帰りは気をつけて。とりあえず息苦しさは消えてるでしょ? それだけでもココにきた意味はあったんスよオツカレー」
花音は反射的に首に手をあてて振り返った。今は人目に触れたくなくて、ちょっとダサくて抵抗があるけどスカーフを巻いている。だからココになにかあると勘の鋭い人なら気付くのだろう。それはデキる偽物でも詐欺師でも同じ。このチャラ男が本物であるという証明ではない。しかし、喉の圧迫感は……、あてずっぽう?
花音の不審な目つきを気にするでもなくチャラ男はふんわり笑んでいる。
「神社ってね、パワースポットって言っちゃえばそれで足りるんスけどもうちょい補足すると、文字通り注連縄で結界アピって誰にも知らなかったは通用させない神様の縄張りなんスよ。つまり、そこに居る神様に並べない異分子が許可なく鳥居を潜ることはできない、てことっス。姐さんの首を締めてたヤツはウチの入口で消滅したっスあいつらアッタマ悪ー。まぁ根本的な解決はしてなくてまたくるだろうから、もう困り果ててお助けキボンヌって時はご利用アザッス」
一般客の参拝もそういうことなんスよー。境内に入るだけで軽めの悪いモノは落ちるから日本人の寿命は長い、とか言っても誰も信じない時代ドンマイ。と肩をすくめてヤレヤレとため息をつくひとり小芝居を続けるチャラ男を花音は呆然と見つめた。なんかスゲー認めたくないけど本物クサイぞ?
だから半端に振り返った身体を向き直してUターンをUターンして元の位置、社務所の入口に戻って訊いた。
「原因、分かるのですか?」
「分かるけど説明はしないっスよ」
「どうしてですか?」
「意味ねーもん。逆にオレが訊きたいっスわ。姐さんは、一般人は、自分が一生確かめようのない説明されて嬉しいんスか? 例えば、あくまで例えばですよ? 原因は貴女のご両親です、とオレが説明して、誰がハッピーになれるんスか? オレの余計な一言のせいで姐さんの家族は一生こじれますけどマジウケね?」
さっきの説明はしんどくなくなってヨカッタネってだけのことっスよー。ツッコミはやめて、と誰も物を投げてないのに防ぐ小芝居をするチャラ男とどう接するか、花音は考えあぐねた。コイツ存在がウザい。
「説明しないと何もしてない、と受け取られませんか? 今の場合だって、苦痛がとれた理由を教えなければ私は気付かないままだったでしょうし」
「何もしてない、と受け取っていいんスよ。実際姐さんから見ればオレは何もしてないでしょ。オレの説明が正しい、と決まってもいない。むしろ正しいとか思うならそのへんの自称霊能者のいいカモっスよ逃げてー」
花音は首を傾げた。分かるような分からないような。
「貴女の守護霊は三代前のひい祖父でインネンがウンタラカンタラだから毎朝神棚にお茶をお供えすると健康になりますよ。と伝えてナニ? 毎朝神棚にお茶をお供えして下さい。必要な情報はコレだけでしょ。何故に無駄なストーリーを付け足したし? 自分にしか分かるはずのない長話をしてマウントとってチヤホヤされたい? ワンチャン崇められて教祖扱いされたい? そういうのが貴女たち一般人が思い描く本物っスか? だから偽物や三流にカモられるんスよドンマイ」
カモンっ、召喚、カルガモ親子、グワァーネギよこせぇ。
鳥の影絵のように両手をカパカパさせて煽ってくるチャラ改めウザ男を、花音は努めて無視して訊いた。
「説明ナシは納得しました。根本的な解決はできるのですか?」
「コレ次第っス」
ウザ男は鳥真似していた両手の親指と人差し指で丸を作った。
途端、花音は冷ややかな目つきで見下したけど、途端、ウザ男のほうが豹変レベルで見下してきた。
「あー、はいはい。手前ぇの命がかかってる時に上から目線でロハで助けろとか思ってるおめでたいお方はそうだなぁ、キリスト教の教会か仏教の寺にどうぞ。あっちは善意の人助け団体なので」
「神社は違うのですか?」
「全然違うね。てかそっから? マジかぁ基本日本人って宗教オンチだけどそっからかぁ。あのさぁ、キリスト教や仏教は、世界平和だの争いは何も生まないだの罪を許しますだの綺麗事のオンパレードっしょ? だから世界規模で信者を獲得するわけだけども。一方神道とはなにか? 例えば有名な丑の刻参りって概念の意味を考えたことある? キリスト教や仏教ではありえない、神道は、手前ぇが滅ぶ覚悟で憎い敵を呪い殺したければ手を貸す神もいるぜ、って昏い感情を肯定する、呪術に関してブードゥー教も裸足で逃げ出す世界一歴史の古い物騒な宗教なんよ。右の頬をぶたれたら左の頬を差し出して煽ってカウンターで顔面複雑骨折するほど殴って末代まで怯えさせるのが日本の神々なんよ。たかがクソ雑魚ナメクジの生霊に首を締められたくらいで泣いてすがる小娘風情が神の社でツバ吐く真似すんな二度と安眠できなくされてぇの?」
花音、ぐうの音もでなかった。確かにコッチから押しかけて神に向かって善意を見せろは罰当たりにも程がある。善意どころか誠意を見せなければいけないのはコッチなのに。
「すみませんでした」
「素直でよろしい。仏僧も神父も牧師も善意で活動しているはずだけど、とりあえず建前はそうなっているけど、神主は人助けとか興味ないっスよ。オレも含めて基本世襲だし、神社は報酬次第の心の万屋ってポジションっス」
あとまぁ呪殺に関しては神主より陰陽師の役割なんスけどね、との呟きに花音は首を傾げる。
「陰陽師って今もいるのですか?」
「うーん、オレ術使えるから一応陰陽師っス」
「神主じゃなく?」
「神主は教育関係者くらいザッパな言葉ス。校長をアピるなら宮司、教頭は権宮司、教師は禰宜や巫女、んで陰陽師は教育委員会人事部エグゼクティブプロデューサーって名刺を差し出すカウンセラーみたいな」
「家事手伝いのギャルより胡散臭いですね」
「それな。こんなもん言ったもん勝ちっスからねー。百人一首で有名な喜撰法師が最初の自称陰陽師だったぽいスよ。定義化するなら国家公務員だからもういない、と言っていいのかな? 裏では政治家お抱えの陰陽師が絶対いるはずっスけどね」
「いるんだ」
「そりゃもう。姐さんの比じゃなく敵だらけで呪われまくってる連中っスよ? 日本中に神社がいくつあって何故潰れないのか、考えれば分かるっしょ」
呪う側も防衛する側も大きな声では言えない需要があるんスよくわばらくわばらスイーツベツバラ。
「改めて、謝礼はいくらくらい必要でしょうか?」
「どのあたりに住んでいるのかフワっとでいいからオナシャース。変動するのは交通費なんで」
報酬十万円て言ったあと、姐さんブラジルからきました言われたらオレやったりますよ。地面に向かってブラジルのみなさん臨兵闘者皆陣烈在前て九字切ったりますよ。ジューマン少ねぇドーマンセーマンオレゴーマンいやっほー。
花音は無視して住所を伝えた。ここから電車で一時間もかからない。
「りょ。んじゃ交通費込みの十万円ポッキリで瞬殺したりますわ。明日月曜登校する?」
「はい。今手持ちにないので明日でいいですか?」
「もちのロンギヌスたまぁとったるでジーザス。急かさないんで振込オナシャース。高校ドコ?」
「聖パトラッシュ学園」
「いけませんお客様、オレ涙腺崩壊する自信しかネロー、え、女子校?」
スマホで位置を調べたウザ男が画面を二度見した。
「はい」
「うわぁお嬢様学校ですやん。こりゃ不審者通報覚悟で電撃作戦必須ですなぁ。オレのほうはカリパク流狸寝入りの術で学校ズル休みするしもうちょい要きゅ、いや未成年相手にふっかけたら神罰くらうかててってっててっショボーン」
「その、聞きにくいんですが、学校に原因が?」
「ウス。あー、妹の冬用制服着て行ったらぁ。明日は声掛けNG知らない人扱いで。クラスを教えてクレヨンシンジロー明日のオレはアホだと思います、だからこそ明日のオレはアホだと思います」
「言われなくてもガン無視の一年C組です」
「りょりょりょ、おフィッシュくん」
「にしても呪いとか行動的とか、神社のイメージ変わりました」
「あーね。そりゃ表向きは地鎮祭とか神式の結婚を仕切るとか皇室の祭事とか、明るく健全な儀式をアピりますとも。でも陰と陽、両方あってまったき人間っスからね。丑の刻参りや縁切りやコックリさんのように、ドス黒い感情とどう折り合いをつけるのか、一般人には見えない所で手を貸すのも神主のお仕事なんス。医師は身体を診て、薬と毒は同じと理解して利用する。神主は心を観て、祝いと呪いは同じと理解して利用する。自分の生活と社会維持のためにやってることの本質は同じなんスよ」
夜七時。帰宅した花音は自室の鏡台の前でスカーフをとった。
首には両手で締めた紫の跡がうっすらと。今朝はクッキリだったからかなりマシになった。実際にこうなるまで締められたら普通に死んでると思うけど、だからこそこの色味に寒気がする。何者かは私の死を本気で願っている。その情念が怖い。
正直、犯人に心当たりはある。生霊、学校、同じクラス。説明しないと言いつつ匂わせる台詞から、やっぱりあの人か、と思った。
ウチのクラスにはイジメがある。
イジメっ子は江原さん率いる五人くらいのグループ。スクールカーストトップってやつ。
イジメられっ子は仁志さん。
どういう経緯でそういう関係性になったのかは知らない。
自分はなにも関係ないただの傍観者。
恨まれる身に覚えはないけど、あーいう昏い感情を近くで見ると巻き込まれそうな気はする。触らなくても腐臭は嗅いでしまうように。
はぁ、とため息が漏れる。
恨みたいのはコッチよ。
ウザ男にお嬢様学校と揶揄されたように、それなりに裕福な子供が通い、自分も恵まれている側だとは思うけれど、十万円って普通に大金だっつーの。まぁ首の痣を見て親は大騒ぎして、真面目に信用できそうな霊能力者を探してくれて、さっきも帰宅するなり根掘り葉掘り聞かれたくらいだから金の問題は任せて良さそうだけど。
「変な人だったな」
女子校所属を差し引いてもそうそう関われそうにないタイプに思える。あまり頻繁に関わりたくもないが。離れて見るくらいがちょうど良さそう。
今日は疲れたもう寝よ。
翌朝。首の跡はほぼ目立たなくなったから安心して登校。
バスを降りてしばらく歩き、校門が見える角を曲がったところで十人前後の人だかりができていた。
「五七点」
「四二点」
「三五点」
「いやいやいや辛口評価がすぎるって。オレのどこに問題あるんスか。CV? 参考までにワタシの女装力を教えてあげましょう。五三万です」
「キャラクターボイスいるんかい」
「いたとして宇宙帝王をチョイスするセンス」
「二九点」
「えぇー、ひどくない? オレ今日初めてスカートはいて外出までする大冒険してんスよ。体感下ノーガードっスよ。固定感のないトランクスはいてるからノーガードの二乗でブランブランっスよ。え、なにコレ。ローアングルに対して無力じゃん、女子ってわりとイカレてんね。オレもう全ての女子は痴女にクラスチェンジしたっスよ。アンタらこんな格好でいざって時にどーやってフランケンシュタイナーかますんスか? オレはブランブランシュタイナーで男特効の必殺技を閃いたかも。ほーら愛しさと切なさと心強さを加味して高得点オナシャース」
「二二点」
「リョーコー」
ウザ男がガッツリ絡まれてた。コソコソ潜入するとか漠然とイメージしていたのに、ひとり違う学校の制服を着て大量のJKに囲まれてMC切り盛りしていた。
てかコイツのメンタルどーなってんの?
女装して女子校に近付いたら大抵の男は法的社会的ついでに物理的にも終わる可能性大なのに、イジられるというポジションでチカラ関係はソッチが上と安心させて異物のままフレンドリーに輪に溶け込むとか、コミュニケーションSSRかよ。
花音が周囲の野次馬と同じく初めて変態に出会ったリアクションで固まっていると、向こうから剣呑な雰囲気漂う先輩がガニ股早足で近付いてきた。
スカートの裾が地を擦りそうなくらいに長く、縮尺に違和感しかないボリューミーな長髪はモコモコソバージュ。うっすらラメが輝くアイシャドー。減点は強いて言うならセーラーではなくブレザー。
聖パトラッシュ学園の有名人、全国的にはすでに絶滅が確認されたはずのスケ番、伊織先輩だ。
この世紀のマッチングに花音は生唾を飲み込んだ。荒れるゼ。
先制は先輩。ズカズカ近寄りながら頭のてっぺんからつま先まで何度も何度も首を上下して睨めつけて至近距離でガンつけた。
「お前どこチューバーだコラぁ」
「ウス。自分毎週木曜夜十時から一時間ほど顔出しゲーム配信しているスカル花瓶言いますヨロっス」
「まずはジャンルだろーがナメてんのかおぉん?」
「ウス。縁側に猫が集まるソシャゲメインス」
「おまっ、癒やしばらまいてギャップ萌え狙ってんダるるるロ」
「顔と口調と画面の方向性が違いすぎて失神しそう、のアンチコメ低評価をもらって登録者数は十人超えられねース」
「それアンチコメじゃなく正当な評価だ地べた舐めろや」
「いやもう底辺なんスけど、あれっ、ガチ恋距離でキスしろゆーてます? 勘弁して下さいよーオレら付き合ったらどんだけ属性盛ってんスかヘキが玉突き事故やっちゅーねんハイちゅー」
「ばっ、おまっ、……、お前、ウチがひと声かけたらいくつ高評価がつくか覚悟しとけやワレぇ」
「アザッス」
令和のヤンキーの売り言葉ソレ? お前配信してんのかよ顔だしてんのかよネーミングなんなん最強に和むゲームすんな動揺してラ行巻き舌ってお前さてはハマってるダるるるロ絶対おしゃべりのくせに登録少ないって伸びしろゼロじゃんいきなりラブコメ始めんなスケ番テメぇも意識して顔赤くして後ずさんな、えっ、ウザ男が前進してガチ恋距離を保って頭に手を乗せた?
『カリパク流奥義 なでぽ』(いよぉーお、ポンっ)
宙に現れた謎の浮世絵荒波エフェクト付き勘亭流テロップと能楽合いの手は幻覚幻聴に決まってるこんなもんが陰陽術だったら平安時代まるごと暗黒歴史じゃねーかあぁもうツッコミが追いつかないそしてなーにぃ。
調伏成功だとぉ!
ガチ恋距離で周りには聞こえない小声で二言三言なにかを囁き、ウザ男は去った。
周囲は朝からとんでもないカロリーを消費して脱力しながら見送った。
そして花音は、困惑した。これでなにか解決したの?
「ただいまぁー、つっかれたぁ」
「何に憑かれたの?」
「スケ番に、って神道ジョークはやめろやマジに疲れたの」
夕方、神社を擁する山から少し離れた自宅に神主が帰るなりリビングの床に寝そべり、台所に向かう中学生の妹が通りすがりに声をかけた。
そのまま通りすぎるも台所から声だけが響く。
「説明なしで片付いた?」
「目立つことの大変さは実践してみせたから憑き物は落ちたよ。ただまぁ思春期はこじれて当たり前だからなぁ」
解決と言っていいのやら。神主が独りごちると妹のクスクス笑いが。
「あの女相当病んでたね。変なチカラのない私でも一目で分かった」
「変言うな失礼だぞチミぃ。思春期の自傷はあるあるで珍しくもない」
だから余計こじれるんだけどな。神主はしみじみと呟いた。
自分が自分の物語の主人公であり、思い描いた主人公と自分は乖離する。
ありがちなテーマ、理想と現実のギャップ。
『モブの自分が気に入らないからって、無自覚無意識に自分の首を締めるのはやめたほうがいいっスよ構ってちゃん』
彼女もちょっとしたチカラに目覚めて振り回されていたわけで、霊的にあるあるといってもこんなん本人に説明したら重症化からの逆恨みされるわ。
神主、切り替えてシャクトリムシの動きで徘徊した。
「ホント、思春期のニンゲンが一番メンドクセー」
「おまいう」
今夜の豚汁はいつもより優しい味だったそうな。