優さんの体験
ぼくは所謂、完全記憶って奴らしい。
見たコト、聞いたコト、覚えようと思った事柄は何でも覚えられるんだ。
だから暗記型テストは恰好の獲物。
ネギをしょったカモ。
楽チン楽チン。
だけどそしたら周りの大人がぼくのコトを神童だ、て騒ぎ始めた。
あ、やり過ぎた。ぼくは慌てたけどもう後の祭り。
あれよあれよとあれこれ習わされるコトに。
ツイてないなー。ぼくはただ楽していい点とろうと思っただけなのに。
ぼくは今日も習い事。薄暗い夏の夜。めんどくさいなあ。お父さんとお母さんはやらなくてもいーよ、って言ってくれたんだけどPTAのエライ人達がガミガミ文句を言うもんだからツラソーだったんだ。
ぼくはソレをリビングで見てたから、クーキを読んでやりますって宣言しちゃった。
でもそれが一週間六回の習い事になってリフレクトするなんて……。これは立派な親孝行だよ。
あ、これはヒミツなんだけどぼく、不思議な何かが見えるんだ。
黒いカタマリが裏路地の隅にあったり、人から何かが流れ出てるのが見えたり……。
前、お母さんやお父さん、他のみんなにこれは何? て聞いたりしたけど、だーれも見えてなかった。
それどころかぼくをカワイソウに……な目線で見られるもんだから言わないようにしてる。
今日も見える。
……今日はおーきいなー。ぼくより大きい。ぼくは背が他のみんなよりすこーーーし小さいけどそれでも百二十よりはある。
それより大きいんだ。
何だか……とっても、嫌ーな予感。ぼくはそろーりと後退り。
そのとき、ビキビキーて音が鳴って……黒いカタマリから……鋭い爪が三つあって真っ黒な手がニョキリと伸びた。
うわあ……あぁ……!
逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ!!
ぼくは全速力でその場を逃げ出した。
あの手は危険。ぼくには分かる。いやみんなもさすがにアレは危険と分かってくれる。
ぼくは裏路地から脇道から脇道へと逃げ出した。
マズったなあ。
ここらへん詳しくないのに…………。
そんなことを考えてると後ろからバキバキバキって音がした。
さらにダダッダダッダダッダダッダダッ、と音もする。
そしてだんだん音が近付いてくる。
ぼく、すっっごぉーく嫌な展開を想像しちゃう。
あぁ、うそ…………。
こんな大事なときに道は無くなって雑木林に出ちゃった。
でも走らなきゃ……ぼくは足を動かし、雑木林へ突っ込んだ。
暗い雑木林はとても視界が悪くて動きにくい。それに雑草が足に絡み付くんだ、もう……。
グガアァアア!!!
うわ……絶対ぼくを狙ってるよ。
何でぼくを狙うのかなあ、死にたくないよー。
ぼくはあんまり体育は得意じゃない。
どっちかってゆーと、苦手。
アレに追い付かれた。
アレは犬のような顔、熊みたいな両腕、両足、毛むくじゃらの体。
身長は……三メートルはある。
足はガクガク震えて上手く立てない。
それなのに頭はよく回る。どーしてこんなハメになっちゃったんだろ……。まだまだ人生楽しみなコトがあったのになー。まだポ〇モン、四天王も倒してないのに……。
醜い化け物はぼくを真正面から見据える。
とても嫌な雰囲気。体に纏い付いている‘何か’も邪悪な感じ。
あ……手が振り下ろされた。
ぼくは、怖くて目をつぶった。
「大丈夫かな? お嬢さん」
「ぼくは男だ!!」
「何だと!?」
ぼくは知らない男の人に抱っこされてるんだけど、全く失礼しちゃうな。たしかにぼくは髪が長いかもしれないけど、顔付きで分かって欲しい。
と、そうじゃない! つい条件反射でツッコんじゃったけど、あの化け物は?
うーん、怒ってるみたい。そりゃあそうだよね、楽しみにしてたご馳走がお預けになったんだもんね。
「ふむ、まずはあれを片付けるか」
スーツのおじさんはぼくを離して化け物に向き合う。
離す前、暗いからよく分からないけど、おじさんは優しい表情をした気がした。
おじさんは体に‘何か’を纏っている。その‘何か’は生き物はほとんど流しているんだけど、おじさんは垂れ流しにしないで体の周りに溜め込んでる。
そして‘何か’は別の‘何か’に変わる。
そしてぼくの周りに壁を作って、化け物にものすごい速さで向かっていった。
化け物もおじさんに突進を始める。
でもぼくはおじさんが勝つ気がする。だって、おじさんの方が強い‘何か’を発しているんだ。
それにしても……おじさんが‘何か’を変化させた時と、ぼくの周りに壁を創った時に現れた不思議な模様は何だろう。
あ、また…………。
今度は化け物の頭を爆破した。
あのおじさん、何者なんだろう。
魔法使いかな。ローブ着てないし、杖もないけど。
おじさんは頭を爆破したのに続けて化け物の体を爆破し続ける。
化け物は激しい爆破に動く事が出来ないみたい。
あ……視える。
ぼくの摩訶不思議能力その二が発動したみたいだ。ぼくはこれをANALYSIS、解析って呼んでる。ローマ字なのは何と無くカッコイイから。
ふむふむ、なるほどー。
ANALYSISによるとあれは‘何か’を燃料と模様の材料に、模様を砲と弾薬に、おじさんが制御装置の役割をしてるんだって。
ぼくはどうかな。
あのおじさんより……ぼくが垂れ流しにしてる‘何か’の方が多い。
出来るのかな、出来るのかな?
規則性のある模様に‘何か’を丁寧に流し込む。
すると、ANALYSISが感知する。
空気の構成をいじってる。
水素を中央に、水素を包むように窒素が集まり出す。
おー、後はほいっと投げると……。
あにゃ……み、耳が…………耳があぁ……!
「大丈夫か!? くっ、まさか【魔法障壁】が破られるとは……」
あ……ごめんね。何言ってるか分かんないけど壁なら、ぼくが壊しちゃった。うぐ……耳痛いよぅ。
「何……囲まれただと!? どうしてこんな辺鄙な場所にこれだけの魔物が集まっているんだ? まさか……な……この魔力、とんでもない……」
あれ? 何か他の化け物も現れて囲まれてるよー。そしておじさん冷や汗流してるよー。
「く…………中々厳しいな……」
どーしましょー。ぼくは耳痛いし、おじさんはこの数は厳しいっぽいし……ぼくも手伝ったりしたら助かるかな?
ならもう一度あの爆破モドキを……。
「馬鹿な……【不可視の炎弾】を……」
えーと……よし、まずはあのでっかい虫だ!
やあ!
ズガアン!!
やった! 霞になって消えてった!
次! つ……次……は……。
あ、あれれぇ?
う……何かおかしーなー。目が疲れてるのかなー。化け物達が合体してすんごいでかくなっちゃったんだけど……。
「な…………そんな……核になり得る魔物がいるというのか……」
あ、おじさんが真っ青。そうだよね、これはやばいよね。
でっかい直径五メートルくらいの黒球から生えてる手やら足やら顔やら目やら……とにかくすっっごい気持ち悪い。おまけに放出している‘何か’もとんでもないほど巨大で邪悪。
ぼくの必殺になった爆破モドキじゃ倒せないよなー。あ、耳治った。わー、どーでもいいなー。今言う必要ないなー。
「名前も知らない美しき少女よ……すまない」
「え?」
おじさんはいきなり自分の全ての‘何か’をかき集めて……
「【灼熱】」
そう、呟いた。
周りが一気に暑くなって……すごい暴風が吹き荒れて、ぼくは目を開けてられなかった。
周りが元に戻ったって思って目を開けてみる。
わあ…………まるで、空爆の後みたいになってる。
あの気持ち悪い化け物がいた場所を中心に、周りの木々が灰になっちゃってる。
これがおじさんの必殺技…………。
あれ? おじさんは?
「おじさん! 大丈夫!?」
おじさんは星空を見ながら倒れてた。
た、大変だ……。
「おじさん! おじさん!?」
「……フフ。命と引き換えに、君を守れたんだ……本望だよ…………」
命? まさか…………。
「お、おじさんから……流れ出てない……」
「ま、魔力の事……かい? 使い過ぎちゃったようだよ……」
な……ま、魔力って言ったのか……。その、魔力がおじさんから流れてない。魔力の流れ無くなった生き物は、死ぬんだ。じゃあ、おじさんは…………。
「な……泣くんじゃない……せっかくの可愛い顔が……」
「だ…………だっ…グスッ…て……うぅ……」
「さ……さ、最後に…………頼みが……」
「何!?」
「…………愛してます……と、ワタシを一生愛していると……」
ぼくは粗大ごみを近くの残り火に蹴り入れた。
「……ぐわああああ!!!」
「ご、ごめんなさいおじ……さ…………ん」
「き……気にしてないさ……さあ、言ってくれ」
「おじさん。魔力、漏れてるよ?」
「え?」
あー、ストレス解消になったなー。ははははははは……。
あ、何か雑木林でオッサンが泣き叫ぶ声が聞こえるんだってー。幽霊かなー、怖いなー。
「……どうしました? 機嫌悪そうに見えますよ?」
「え? ちょっと……あの人の事思い出しちゃって」
いけないいけない。僕達にはやらなくちゃならない事があるんだ。しゃきっとしてなきゃ。
「…あぁ」
あの人はすごいなあ。名前を出さないでも納得されちゃう。なりたくないけど。
「ね……分かるよね? というか伊吹ちゃん、標的になりかねないよ」
「それは……嘘ですよね?」
「ふふふ☆」
「え!? う、嘘って言って下さいよ!!」
あの人はすごいなあ。ここまで嫌がられるなんて。なりたくないけど。
僕達は、軍用機に乗って目的地へと向かった。
相手はあの人よりマトモだといいけど。