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第四話 カラスの絵



 俺はさっきまでの水華との出会いに、上の空になりながら家へ着いた。

ガチャ

 家の鍵を開けて、俺は先刻の余韻に浸りながらゆっくりと扉を開けた。

 玄関の前で靴を脱ぐと、いつもの寂しい部屋が待っているはずだったが、今日はいつもと少し違った。

 いつもは、楽しい事に向かって歩いているというよりは、なんとなく仕方なく生きていると言う方が正しいのだが、今はなぜか未来のことが気になっている。

 そう。水華のことだ。

 玲はいままで、女遊びという女遊びをしてはこなかったが、女性経験がないという訳ではなかった。

 ただ、そのどれもが自分にとっては取るに足らないもので、あまり魅力的な思い出でもなければ、その時も心踊るという感覚にはならなかったのだ。ただ、いまは違った。

 玲はコンビニ弁当を机に置くなり、スマホを開いた。

 すると、さっきフォローした水華のアカウントが出てくる。


「K大って書いてる。水華さんってめちゃくちゃ頭いいんだ。。」


 開いたアカウントにはアルファベット2文字で大学の略称が書いてあった。

 それなりに名の知れた学校に通っているのを知り、頭が良いことや容姿端麗なことに、玲は自分には不釣り合いなんじゃないかなんて少し引け目を感じつつあった。

 だけどここで諦めたくないという気持ちが玲を引き留める。


「せっかく交換したんだから、なんかメッセージ送ろ。それに、また連絡しますね!って言ったんだから。」

 そんなことをぼやきながら、内心はなんて送ろうかすごく悩んでいる。

・・・・チャラいと思われないかな。

 俺は内心では、送るメッセージが返ってこなかったらとか、悪いように思われたらとか、女々しくて仕方ない事ばかり考えている。

 なんせ、あの子から嫌われるくらいなら、送りたくないまであった。




 結局俺は10分くらい考えた結果、

先ほどはありがとうございました!おかげで助かりました。。

となんともありきたりな文を送っていた。


「送ってしまった。。」


 玲はしばらく自分の送った文を見ていたが、数刻もせず、すぐに既読がついた。

 まさかの既読の速さに心臓の鼓動が早くなる。

・・・・大丈夫。まともな文を送ったつもりだし。

 自分の送った文やなんて返ってくるのだろうかという不安や期待の気持ちが入り混ざる。

 すると、メッセージ入力の表示が出て、メッセージが何通か返ってきた。



<いえいえ!お身体は大丈夫でしたか?


<さっき身体のあざとか結構ひどかったから、


<時間なくて帰っちゃってごめんなさい!



 俺は自分の不安が杞憂のように思えた。それに嫌われてなさそうで少し安心した。

 心臓の鼓動はまだ治ってないけれど、すぐに返ってきたのもあって、少し不安な気持ちが落ち着いた気がする。

 そんなことを思いながら玲は送られてきたメッセージに返信内容を打ち込む。

 もちろんなんて、返すかには気を遣いながら、文を何度か打ち直した末に返信した。



<大丈夫です!心配してくれてありがとうございます!


<家に帰って、しばらくじっと安静にしときます笑笑


<大学間に合いましたか??



するとすぐに返信が返ってきた。



<湿布とか貼ってくださいよ?!結構あざひどそうでしたし。


<ギリギリ間に合いそうです笑笑いま電車に乗ってるんでついた瞬間猛ダッシュですww



 俺はクスッと笑みが溢れた。

 わざわざ、俺のために時間を使ってくれて、そのせいで遅刻になりそうなのに、いまこうやって返信をしてくれて身体の心配もしてくれる。

 俺は尚更、彼女のことを好きになっていく気がした。

 なんて良い子なんだろう。

 そんな気持ちが心の中で芽生え、それが恋心なんだって誰かに言われなくても俺は気づいていた。

 初めて、ちゃんと人に恋心を抱いている気がするけれど、だけど、いまこの子に使っている時間が、ずっと長い間、白黒だった世界に色がついていく感覚だと思う。

 そんなことを思いながら、俺は優しい笑みと一緒に返信をして、しばらく彼女とメッセージを送り合った。

 数10通送り合った後、彼女は「すみません!いまから授業なのでいってきます!」ときて、夢の時間は刹那の感覚だったかのように去ってしまった。





「はぁ、暇になったな。。」

 玲は四畳半の部屋の中で、しばらく敷布団で横になりながらスマホを触った。

 数刻した後、玲は退屈になったのか敷布団からのそのそと起き上がり、部屋の中にあるキャンバスに目を向けた。

 玲の部屋には、油絵の道具がいくつか置いてあり、実は油絵を描くのが趣味なので、休日になるとたまに、キャンバスに向かって絵を描いたりする。

 そもそも、油絵を描くようになったのは、彼の祖母の影響からなのだが、絵を描くにつれ彼もハマっていき、気づいたらこうやって、休日になるとたまに絵を描いたりしているのだ。

 玲は立ち上がると、キャンバスの前にある椅子に座り、スマホを眺めた。

 玲はいつも描く内容が決まっている訳ではなく、動物や、風景画、人工物から創造物など、ジャンルは描き始めて多岐に渡る。

 今回は前まで描いていたカラスのモデルにしている写真を開き、それを見て、筆を握る。

 写真を眺めカラスの寸法を見極め、この間途中まで描いていた所と見比べる。

 その後玲は写真を見るなり、カラスの繊細な羽を一本一本、小さな筆を使い分け、何度か写真を見ては書いてを繰り返し、少しずつ、絵を描き始めた。



ーーーー⭐︎



ふぅ・・・・


 油絵を描き続けて2時間ほど経っただろうか。

 さっきまで描いていたカラス羽の部分が完成し、カラスのだいたいの見た目が完成する。

 そろそろ完成に近づいている絵をぼーっと眺めていると、俺はふと昔の記憶が蘇った。



ーーーー高校2年の頃の冬ーーーー



「なんか、あんたの絵って暗いよね。ちょっと気味悪い。」


 目の前にはクラスの中心的存在、リーダーシップを取っている女が立っている。名前は、、確か、木本とかだった気がする。

 俺は休み時間暇だから、自分のノートにネズミと猫の絵をシャーペンを使って書いていた。

 俺はあんまり、勉強が得意な方ではないので、こうやって絵を描いて授業をサボったりしていることが多々あったのだが、描いていると熱中してしまい、今日は休み時間も絵を描いていた。

 ときどき、俺はこうやって集中すると、気が付かずに時間が経つことがあるのだが、今日はたまたま、休み時間まで描いてしまい、木本はたまに俺の絵を見ていたのか、俺が絵を描いている目の前に立って、椅子に座っている俺を見下ろしながら、気味が悪いといってきた。


「そう?気味悪いかな。。」


 俺はまさかの酷評に内心かなり傷ついたのだが、自分の絵にそれなりに楽しいと思い自信を持ちながら描いていたのもあり、確認の意味も込めて、言った。

 すると木本はさぞ私は評論家ですとも言わんばかりにこう言う。


「うん。なんか、色がないっていうか、ジメジメしてるっていうか、薄暗いし、なんか見てて不幸な感じがするし、気味悪い。」


 そう言われ、俺はずっと自分の絵に持っていた自信が初めての詳しい評価に、少し崩れた。

 それに、俺自身、言われたところに思い当たる節があり、ずっと見て見ぬふりをしていた訳だけど、気味が悪いと言われて、なにか絵に対するマイナスな感情が拾い上げられた気がした。

 内心かなり傷ついたが、言い返そうにも、自分にも思い当たる節があったので、あえて何も言わずに黙って下を向いた。


ーーーーーーーーーーーー




 気味が悪い、この言葉がいまだに俺の中に残っている。

 残っていると言うより、自分にとっての絵に対してのネガティブな場所が鮮明になってから、たまに絵が完成に近づくと、見るたびに自覚する。

 だけど、色のある絵を描くなんて言うのは俺の辞書の中にはない。

 というより、色のある絵の描き方が俺にはわからない。

 何が色をなくしているか、どうすれば明るい絵が描けるかなんて、わかるならとっくに実践している。

 だけど、やっぱり絵を描くのは好きだからこうやってたまに絵を描いてしまっている。

 諦めてしまえば、楽なのかもしれないけれど、好きなことをやめるのは嫌なんだろう。

 俺は結局カラスの絵を見ると完成させるのはやめ、また敷布団に戻り、仮眠をとった。




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