37歳、童貞の秘密
レオーナの身体に触れようと伸ばした盛山の指先が震える。
呼吸も荒くなり、息の仕方を忘れそうになる。
「どうした? 早くしろ」
彼には秘密があった。
それは女性に触れられないということだ。
当たり前の話だが、整体師としてはあまりにも致命的である。
思えば、物心ついた時からそうだった。
女の子に触れようとすると動悸が激しくなり、触れてしまったが最後、大量の鮮血が鼻の穴から吹き出してしまう。
理由はわからない。病院に行っても原因はわからなかった。
母親や妹に触れてもこの症状は起こらなかった。少しでも意識してしまう相手だと発症してしまう。
目の前で横たわるのが、スタイル抜群の下着姿の美少女であればなおさらだ。
自分はとんでもないドスケベなのではないか……?
そう思った時期もあった。いや、実際そうなのかもしれない。
整体師になったのも、マッサージ師の資格を取ったのも、それを克服するためであった。
が、ついぞ克服することはできなかった。
おかげで、37年間彼女が出来たことはない。無論、童貞である。
働き先を転々としているのも、病院をクビになったのも全てそれに起因している。
職場の人たちに説明をしていても、男しか施術できないとあっては割を食うのは周りの人間たちである。いずれ解雇されることは免れない。
面接時にちゃんと説明するべきだよなぁ……。
今までのツケが回ってきたのだと盛山は思った。
「おい、聞いてるのか?」
この状況下で鼻血なんぞ吹き出したらどうなってしまうかわからない。
召喚獣ではなく人間だとバレてしまい、最悪殺されてしまうかもしれない。
と、その時。
盛山はあることに気がついた。
レオーナに対する緊張よりも、死の恐怖が上回っていることに。
もしかすると、今なら大丈夫かもしれない……!
「すいません、少々お待ちを」
盛山はポケットからティシュを取り出し、丸めた二つを鼻孔に詰め込む。
「なんだそれは?」
「しきたりのようなものです。お気になさらず。では――」
レオーナの身体に手を伸ばす。
まずは無難に肩の凝りをほぐしていくか……。
「んッ」
触れた瞬間、レオーナから声が漏れる。
それに呼応するように盛山の手もビクッとなる。
レオーナにとってこの状況は不本意であるが故、身体が少し強張っているように思える。
大丈夫……やれてるぞ……。
身体を直視しないよう、目を閉じて肩を揉んでいく。
「だいぶ、凝ってますね」
「戦が続いているからな……」
普段と変わらない、患者に話しかけるテンションで望む盛山。
そうだ、目を瞑っていれば男性患者と変わらない。いつも通りいつも通り――、
むにゅ……。
柔らかくも弾力のある感触が、掌を襲う。
咄嗟に、目を開けてしまう。
触れたのは、レオーナの臀部――尻であった。
「あッ、あ……」
「貴様……」
盛山を睨みつけるレオーナ。
「いや、決してワザとじゃ――」
「わかっている。整体治療には、全身をくまなく触診する必要があることくらいは理解している」
とは言いつつ、発言と表情が不釣り合いなレオーナ。
「屈辱的だが、仕方がない。早く済ませろ」
「はい……」
盛山は恐縮しながら、再度目を閉じて施術を始める。
なだらかな背中の曲線、そして細く締まった腰周りを揉んでゆく。
戦で相当身体が疲弊しているのがすぐにわかった。
それにしても、やはり男性患者とはまるで肌感が違う。
モチモチ肌で、筋肉はあれど柔らかく指先が吸い込まれていくようだ。
「うっ……」
鼻の奥からなにかが込み上げて来そうになるのを必死で我慢する。
しかし、両の手がそれを許さない。
指先に全神経を集中させるのは整体師の性である。
「とりあえず、背中から足首に掛けては、一通り終わりました……」
額の汗を拭い、一息つく盛山。
「…………?」
おもむろに、レオーナが仰向けになる。
「……ん?」
時が止まる事数秒――。
「どうした?」
「ま、前も、ですか……?」
「当たり前だろう」
頬を紅潮させたまま、レオーナはきっぱりと言い切る。
マ、マジか……。
ゴクリと唾を飲みこんだ時――、
「レオーナ様ッ!!」
突然の闖入者。
振り向くと、シャオルが息を切らしてドアの前に立っていた。
「無礼者、何事か!」
シーツを身体に巻いたレオーナが声を上げる。
シャオルは非礼を詫びることなく続ける。
「城内に敵兵が! ただちに臨戦態勢を整えよとのこと!!」