魔法使いの国
「ええ加減、学習しいや」
吉田に三度目のお叱りを受け、縮こまる盛山。
それにしても、大きな声を出せない理由とはなんなのか。
「とりあえず何から話したらいいか……」
吉田はそう言って、まずは異世界について語り始めた。
この世界は、魔法使いが存在する世界だという。
しかし、全ての人間が魔法を使えるわけではなく、ごく一部の人種に限られているらしい。
魔法使いは非魔法使いの人間たちから忌み嫌われていて、魔法使いと非魔法使いの間では争いが絶えず、やがて魔法使いだけの独立国家が生まれたという。
小さな国だが強力な魔法を脅威とし、国としての存在をなんとか保っているらしい。
目下、その他非魔法国家の連合国と戦争中とのこと。
「――ま、ざっと説明するとこんな感じやな」
「はぁ」
吉田の素っ頓狂な説明に、盛山は簡単には納得できないでいる。そりゃそうだ。
「ちなみにですけど、僕がいるこの場所は――」
「魔法使いの国」
「ですよね……」
レオーナとかいう美女の格好といい吉田のローブといい、雰囲気は魔法使いの世界そのものだった。
「まだ、信じ切れてへん顔やな」
「そりゃまぁ……。昨今は素人を巻き込んだドッキリ番組とかもありますし」
どこかにカメラがあるのではないかと、キョロキョロと辺りを見回す盛山。
「おっさん、こっち見てみ」
「ん?」
吉田の方に視線を戻すと、そこには老婆が立っていた。
「!?」
「驚いたか?」
声はまんま、吉田の声である。
「その目で見た方が早いと思ってな。ちなみに、コレは魔法やなくて魔法薬の効果や」
吉田は言いながら、指でつまんだ小瓶を見せる。
コルクの蓋の中には緑色の液体が揺れている。
盛山が視線を外した隙に飲んだのだろう。
「コイツは老婆になれる変装薬や。他にも若い女、子供になれる変装薬もある。声も魔法薬で変えられるんやけど、俺は地声で通してる」
そして次の瞬間、
「どうじゃ? なかなかのものじゃろう?」
吉田の声が老婆に変わる。
盛山の目の前にいるのは、レオーナが隣にいた時のあの老婆そのものだった。
それにしてもなぜ老婆なのだろうか?
地声に戻し、吉田が続ける。
「俺たちには、魔法薬の過剰摂取は体に負担が大きいからな。昔からモノマネや声帯模写が得意やねん。ちなみに、アンタがこっちの異世界へ飛んだんは、元の世界と異世界を繋ぐトンネルのおかげや。あいにく、俺は魔法使いやないんでね」
「てことは、吉田さんも僕と同じ世界の住人ということですか?」
「もちろんや。つーか、鏑木のじーさんマジでなんも説明してないんやな」
「はい。ついさっきまで、かぶらぎ整体院で面接を受けてました」
「ったく、あのジジィ」
遠くから、カツンカツンと誰かが階段を降りてくる音が聞こえる。
「やべ、うかうかしてられへん」
吉田は慌ててフードを被り、盛山の肩を掴んで訴える。
「ええか、とりあえずアンタは魔法によって召喚された人型の召喚獣や。命令されるがまま行動し、元の世界に関する情報や素性は一切口にしたらアカンで。黙って整体師としての仕事をこなせば、すぐにこの世界とオサラバできる。くれぐれもヘマはこかんように」
「えっ、あっ、はい!」
勢いに飲まれ返事をしてしまう盛山。
なにをどうすればいいのか、当の本人はわかっていない。
しかし、盛山は自身の現状を思い出し、覚悟を決める。
僕にはもう、後がない。ここがどこだってかまわない。出来ることをやるしかないんだ――。
ギィィと重厚なドアが開き、姿を現すレオーナ。
その佇まいは威厳と美しさに満ちている。
「躾けは終わったか?」
「もちろんでございますとも」
冷たく言い放つレオーナに、老婆の声で頭を下げる吉田。
「ついてこい」
言われるがまま、レオーナの元へゆく盛山。
「くれぐれも私の前を歩くなよ。貴様のその姿は見るに堪えんからな」