どうやら、私の物語もハッピーエンドらしい
……大丈夫、泣いたりなんかしない。
「ロジャーさん」
「ん?」
何度も練習したんだから、大丈夫。……大丈夫。
「私、メイドのお仕事辞めるんです」
ふう、いつも通りの感じで言えて一安心。
呼吸一つを吐いた後、私はへらりと笑い、続ける。
「なんとですねえ、父の勧めで結婚することになりまして。三日後にお暇をいただくことになりました」
この言葉が言えたら、もう大丈夫。
涙腺ちゃんは、しばらくお休みしてて。
なんてたって、今週は特に働きっぱなしだったからさ。
でも、もしかしたら、三日後からはフル稼働かもだから、その時はよろしくね〜。
って、あれ?? 反応がない?
「……ロジャーさん?」
てっきり、『寂しくなるな』とでも言って、いつものように頭を撫でてくれると思っていた同僚のロジャーさんは、先ほどまでの微笑みを消し、私を見下ろしている。
さすが、麗しのキャデラック殿下の近衛騎士団団長である旦那様の元部下さんだけあって、低い声と鋭い眼光を持っている。
高い身長に、広い肩。大きな手に、日焼けした肌。
私が仕えさせていただいているクラークソン子爵家の門番ことロジャーさんは、その見た目通り、お強い。
怪我で一線から退いたようには、到底見えやしない。
そこら辺の不審者が数人程度なら、一人で対応ができてしまうほどの実力者だ。
でも、私は不審者じゃないから、そんな目で見ないでください。
なんて言える雰囲気じゃないな、うん。
うう、報告のタイミングが掴めなくて、お暇する三日前に報告をするという不義理は大変申し訳無いですけども……! もし、私がロジャーさんに同じことされたら、ショックで涙腺さん大活躍かも知れないですけども……!
でもでも! 泣かずに言う練習の時間と心の準備期間が、私には必要だったんです!
だって、私、ロジャーさんのこと──
「あっ、わ、私みたいなのを貰ってくれる奇特な方がいることに吃驚してる顔ですね? お相手さん、もの好きですよねえ、って、ひいぃっ……!」
思わず悲鳴を上げてしまったのは、ロジャーさんと門の柱の間に閉じ込められてしまったからだ。
ロジャーさん怒ってる!
「ご、ごめんなさい」
私の謝罪に、ロジャーさんは器用に口の端だけを上げた。
……そ、その顔、どういう時にする表情なんですか?
さて。大衆文学と空想(または妄想)が好きで、その好きが高じて小説を書いちゃったりするミーハーな私だが、実は男爵家の生まれだったりする。
茶色と灰色を混ぜたような色のごわっごわな癖っ毛と、平民に多いこげ茶色の瞳を持つ私が言ったところで『妄想乙(笑)』という気持ちは分かる。
ものすご〜〜〜〜く分かるのだけれども、私は正真正銘、チェイニー男爵家の長女である。
ここ十年ほどドレスなんぞ着てはいないが、母が儚くなる前は毎日違う色のドレスを身に纏っていた。
お気に入りは、水色と淡紫色のドレス。それと揃いの帽子に、手袋と靴下。
それから、母の編んだレースのリボンと、贔屓にしている店の一点物のビーズ刺繍入りのハンカチ。柔らかい布靴と、宝石の目のお人形。
宝物だなんて、気付かないくらい当たり前にあった日々は、ある日突然、手中から零れ落ちた。
なんてことはない。母が死んで、一月も経たない内に継母がやって来ただけの話である。……その継母には私と年の違わない娘がいただけの、そんなありふれた話だ。
そして、このありふれた話には続きがある。
それは私が『目障りな前妻の娘』として扱われるということ。
父は、見た目だけは可憐な継母に堕とされ、のめり込み、私を無視するようになった。
それだけならよかったのだが、継母とその娘の浪費でチェイニー男爵家は使用人が雇えないところまで困窮してしまった。
と、なればどうなるか?
そう、私が使用人の仕事をすることとなる。
当然、一人で。
言うまでもなく、無賃金で。
でも、当時の私はめげてなかった。これっぽっちも。
聞いて驚け(……すみません、驚いてください)!
当時、私は実体験を元に、『灰被り娘の大、大、大逆転ものがたり』という物語を書いていたのだが、ダメ元で送った出版社様より健闘賞なるものをいただき、しかも尊敬する書き手様よりコメントまで頂戴したのである。
そして、その賞にて賞金を得た。……しかし、額はそう多くはない。なんせ最優秀ではなく、健闘賞なので。
でも、この出来事は私の自信になった。
そして、いつも自分を慰める為にしていた空想物語を、楽しんでくれる人達がいる知り、夢と希望が生まれた。
いつか。
いつか、お金を貯めて男爵家を出ていって、夢を叶えるのだ、と。
……まあ、お金が貯まる前に、なけなしの床下貯金を分捕られた挙げ句、家を追い出された訳なんだけども。
あの時は、目の前が真っ暗になったなあ(お腹が空き過ぎて顔から転んだ、とも言う)。
旦那様が結婚されるずっと前から、家政婦として働いていたアンナさんに声をかけられなかったら、私は独学で黒魔術を取得して、世界を呪っていたと思う。割りと本気で、全力で。
仕えることとなったクラークソン家の人々は皆、いい人ばかりだった。
旦那様は使用人にも横暴な態度を取らない愛妻家だし、奥様は私のような者にも優しく声をかけてくれて、名前まで呼んでくれるし、お嬢様方や若君様は見ているだけで心が洗われるほど可愛らしい。
アンナさんをはじめ、メイド仲間の皆との仕事はもちろん、休憩中のお喋りが楽しくて、私はこのお屋敷で初めて友達ができた。
辞めると言った時、皆は悲しそうな顔をして、咄嗟に『好きな男と結婚するんです〜!』と嘘を吐いてしまったけど……。仕方ない、よね……?
仕事のできる敏腕執事さんは厳しかったけど、理不尽な叱り方はしなかった。そして、私を怒鳴ることも殴ることもなかった。
強面なくせにお嬢様達に激甘な料理長は、私にも『失敗したから』なんて言って、可愛いカップケーキをくれるし、優しい庭師親子は、私なんかには勿体ないほど素敵なブーケをくれた。
皆、仕事に誇りを持っていて、尊敬できる人ばかり。
私は、そんな素敵な人達と出会わせてくれた神様に初めて感謝した。それくらい幸せだった。
だから、夢だった本の出版ができて、それがそこそこ売れても、メイドの仕事を辞めるつもりはこれっぽちもなかった。
ずっとずっと、クラークソン家の為に尽くすつもりでいた。
でも、三ヶ月と少し前、父から手紙が届いた日から、私のきらきらした日々に陰りが差した。
男爵家を追い出されてから、六年目。
父からの初めての手紙には、命令する言葉だけが並んでいた。
《結婚相手を見つけたから、戻ってきなさい》
《我が家の財政危機は、長女であるお前が救わなければならない》
《お前一人の犠牲で、十六代続いている男爵家が存続するのだ》
《これは、決定事項。覆ることはあり得ない》
《役に立てることを喜べ》
《今こそ育ててやった恩を、私達に返す時だ》
最初は無視した。
だけど、母の遺灰を材用に脅されては、無視できない。
──……でも、私は強いから大丈夫! 私はどこに行っても、大丈夫!
だから、だから……私は、絶望なんてしていない。
たくさんの想い出があるから。
希望を捨ててないから。
でも、最後にちょっとだけ。
ちょっぴりだけ、好きな男の笑った顔が見たかった、なーんて。似合わない乙女チックなことを思ったりなんかして?
でも、シリアスな感じに言えないから、へらへら馬鹿みたいに伝えたのに。
ここで冒頭に戻る。
と、私の書く小説の一文みたいなことを思っちゃう私は、多分、混乱している。
嘘です、多分じゃないです。
……大混乱中です。
「──あ、あの、今の状況って、何なんです?」
「小説家の大先生なら俺の考えてることくらい簡単に分かるんじゃねえの?」
「う……」
私は、ロジャーさんをモデルにした主人公の物語を三巻まで出版した。
この作品はそこそこ……ではなく結構売れていて、つい最近、外伝編を入稿したばかりである。
「きょ、許可は取っ…………て、なかったでしたっけ……?」
「ねえよ」
「う……」
で、でも、一巻の発売日に『仕方ねえなあ』って笑って許してくれてたじゃーん!
なんで今更、怒るんですかーー?
はっ! もしや、本の印税が欲しかった、とか!? 『要らねえよ、バーカ』とか言われても、しつこく聞いとけばよかった感じ?
……あちゃあ、もう! 私ってば、本当に常識外れ!
そういえば、旦那様もその物語に登場させている。……やばい、もしかして、ロジャーさんの尊敬してやまない旦那様を勝手にモデルにしたことを怒ってらっしゃる!?
「ごごごごめんなさいぃっ! お二人にはモデル料をお支払いいたしますーーー!! ついでにもう一つ、ごめんなさい! じ、実は、例の物語の外伝編を入稿しちゃったんです!!! ごめんなさいぃっ!!!! 三ヶ月後には本屋さんに並んじゃいます!!」
胸の前で、両手の指と指を組み合わせて渾身の『ごめんなさい!』を私が繰り出すも、はーーーーーー、と長い長い溜め息を吐かれてしまう。
肺活量、凄い……とか思う私は多分、(以下略)。
「んなことで怒るかよ……」
「あ、あれ? 怒っている理由は、これじゃなかったですか? えっと、じゃあ、昨日差し入れしたクッキーが粉々だったことですか? ……じゃないですよね! すみません! えっと、ええっと……」
あわあわ、と音が出そうなほどに慌てていると、ずしりと肩に重さを感じた。
その瞬間、頬にちくりとした感触を得る──私の肩口に、彼が頭を乗せたのだ。
固そうだなあ、とこっそり見ていた髪はやっぱり固い。
そして、特別いい匂いって訳でもないのだけど、好きな匂いがする。
……って、こんなこと考える私ってば、変態?
「クレア」
「は、はい!」
変態だめ! 絶対! と、匂いを嗅ぎたい衝動と戦っていると、珍しく名前を呼ばれた──いつもは『お前』なのに。
「ちょっと肩貸せ」
「あ、はい、どうぞ……」
……ああ、これ、ご褒美だ。もう変態と呼ばれてもいい。
だって、私、今、すっごい幸せだもん。
そんでもって、今ならものすっごい大作が書けそうな気分。
でも、ヒロインが私の恋物語なんて売れないかな? ……うん、売れないな。ヒロインは奥様とかお嬢様達くらい可愛くなくっちゃだめだもん。
それに、バッドエンドは私の主義に反する──悲恋ものが流行ってたりもするけれど、私は書くならハッピーエンドと決めているのだ。
ご都合主義上等! ……だって、本の中の世界でだけでも、幸せに浸りたいじゃないか。
「お前が結婚する男は、いい奴か? お前のことを大事にしてくれて、お前の空想癖とか小説の執筆とか、没頭すると周りの音が聞こえなくなるのも分かってくれる奴か?」
しばらくの沈黙の後、ロジャーさんが顔を上げて私に問う。
「……」
「…………お前はそいつが好きなのか?」
ロジャーさんの問いに、私は答えることが出来ない。
なんせ、継母の為に父が作った借金をチャラにする為に嫁ぐ私が、優しくされるはずがないから。
いや、嫁ぐとは名目だけで、海外に売られる可能性もある訳で……。
──本当は大丈夫なんかじゃない。
だって、私は大丈夫なふりをしているだけだもの。
今も、怖くて怖くて堪らない。
死にに行くようなものだから、父の手紙なんて無視すればいいのだろうけど、私は母の眠る場所を新しく用意してから死にたいと思ってしまった。
母を、あんな奴らの元にいさせたくない、とも。
それに、この六年で私の夢は全部叶った。
私には不似合いの、不相応な夢だった。
素敵な仲間達と出会えて、くだらないことで笑ったり怒ったり、毎日とても楽しかった。
おかげで、たくさんの『あったかい』を知れた。
自分で稼いだお金で、好きなものを買えて、夢だった本を出すことができた。
それに、ロジャーさんと出会えた。
──だから、もう思い残すことはない。
欲を言うのなら、この男の恋人になりたかったなあ、なんて思うけど……。
「相手の方とお会いしたことはありませんが、年上で、懐に余裕がある方らしいです! なので、私の妄想癖にも寛大だと思いますよ! 大丈夫です! というか、これを機に小説やめようかなーって。ほら、『奥さん』がお仕事な訳ですし」
「……」
「今は好きとかではないですけど、愛は育てるものだと聞きます。旦那様と奥様もそうだったみたいですし、流行りの恋物語でもド定番ですし! だから、全然大じょ、」
「クレア」
大丈夫です、と言い終わる前に、額を指で弾かれた。
えっ、と驚きの声を上げたのは、痛かったからじゃない。
ロジャーさんの声が、とても優しかったからだ。
「お前が、『大丈夫』って言う時は大抵、大丈夫じゃねえってこと、分かってる?」
「……」
バレてる……!?
で、でも、本当に大丈夫な時もある、よね???
「ねえよ」
「やだ。ロジャーさん、心読める異能力とかあったりします?」
「んなもんあるか。見てりゃあ分かるわ、この馬鹿娘」
「私、そんなに分かりやすいです?」
「…………まあ、な」
え、なんで、そこでちょっと溜めたの?
「おらっ、どうせ事情があんだろが、さっさとそれを言え。全部吐け。吐いて楽になれ」
「ロジャーさん、ガラが悪いです」
「言わねえなら、お前のこと攫って俺の嫁にするぞ」
読め、夜目、よめ……嫁!???
「…………はあああああ? 何言ってんですか!」
「ほんっとに、失礼な小娘だな……マジで攫うぞ」
「わ、私もう小娘って年じゃないです! ていうか、攫って、嫁とか……そ、『それ』は……」
(ペナルティーにはなりませんからーーー! とは、さすがに言えない!)
徐々に小さくなっていく私に、ロジャーさんはニヤッと悪そうな顔で笑った。
そして、ロジャーさんは私の腕を掴み、文字通り屋敷に引っ張って連行したのである。
ところで、本日は旦那様は非番の日なので、今は、リビングでご家族と寛いでいる時間である。
旦那様はこの時間をとても大事にしている為、執事からは口酸っぱく『邪魔をしないように』と言われているのだが……ロジャーさんはどうやら、リビングに向かっているっぽい……?
「ちょ、ちょっと! ロジャーさん、今の時間、リビングはだめですってば! ご家族の団欒のお時間ですよ! って、放してください〜〜〜っ!」
ぐぬー! と言いながら足で踏ん張るも……否、踏ん張れずに、引っ張られるまま私の足は勝手に前に進んでしまう。
そして、とうとうリビングの扉の前。
なんと、ロジャーさんは何の迷いも感じない素振りで、ノックをした。
それから、私の「ちょっ、な(ちょっと、何してんですか、この筋肉野郎)」という言葉を無視し、扉を開けると同時に宣った。
「旦那様と奥様にご報告があります」
ひえええ、も〜〜〜っ、! ほら〜〜〜、扉の前にいる鬼畜眼鏡執事が睨んでらっしゃる〜〜〜!
と、思いきや???
あれ? いつもなら青筋ばきばきになっているだろう執事殿が怒っていない。
「やっと来たか。いつ言ってくれるのかと思ったよ」
腕の中でびっちびっち元気に跳ねる若君を腕に抱きながら言う旦那様。
?????
そんな旦那様に、「はい、あと二時間遅かったら私から呼びに行くところでした」と、呆れ口調の鬼畜……じゃなくて敏腕執事殿。
?????
極めつけに、ふふふ、と愉しげに笑う奥様は、「二人共、立っていないでこちらで一緒にお茶を飲みましょう。ね、早く報告を聞かせて?」なんて言って、ロジャーさんと私に着席を促す。
?????
「失礼します。……ほら、クレア。行くぞ」
「あ、え? はい?」
そして、私は訳も分からずクラークソン子爵家の皆様方の前で、ロジャーさんとの結婚報告をしたのである。
……なんで?????
◇
「お前の元家族と話を付けてきたぞ」
ほらよ、とロジャーさんに渡された紙の束は、父と継母、そして血の繋がりはおそらくないであろう妹のサイン付きの念書だった。
「『クレア・ハグランドの視界に入らないことを誓います』」
念書には、口に出した以外にも細かな内容が記されており、枚数にしてそれは二十三枚もあった。
たった一日で、何をしたらあの連中にサインを書かせることができたのだろう……。
昨日の朝、旦那様の部下を数人連れ立って出ていったロジャーさんは、一体何をしたのだろう……。
「あと、お袋さんの遺灰は墓から持ち出されてなかったから、無事だったんだ。でも今は貴族墓地にあるから、近いうちに申請して移動させよう。まあ、ちょっと時間かかるらしいんだけど……それでもいいか?」
「あ、はい。もちろんです……色々、ありがとうございます」
「……いや、大した手間じゃねえから」
「……」
「……」
「……」
はい、会話終了。
というか、そもそも一週間前からロジャーさんの目が見れない。
私、今までどんな風にこの男と話してたんだっけ……?
──一週間前、クラークソン家のリビングにて、ロジャーさんと私は、報告だけでなく本当に夫婦となった。
これは、私がメイド仲間に『好きな男と結婚するんです〜!』と嘘を吐いたことが大きく関係している。
どうやら、『私の好きな男=ロジャーさん』ということ公式が周知だったらしい……うう、はっず!
思い出しただけで死ねる……! 恥ずか死ぃ……っ!
しかも奥様に『結婚式は屋敷の庭でするのはどう?』と、言われちゃったし、お嬢様からは『ウエディングケーキは私が料理長と考えるねっ!』とか言われちゃうし。
と、なれば、一介のメイドである私は『ありがとうございます』しか言えない……。だって、もう、『結婚相手はロジャーさんじゃありません』とか言える雰囲気じゃなかったんだもの(あと、ケーキ食べたい)。
ロジャーさんは、『なんか知らんけど、スムーズに進みそうでよかったなあ』とか言って、何の疑いも持たずに旦那様と談笑しているし、その流れで、結婚誓約書に署名まで完了させちゃうし……。
突然だが、ロジャーさんは、私の書いた小説の主人公のモデルだとバレている(というより、私がバラした)為、結構おモテになる。
それに元々、騎士だった人だから、私みたいな残念カテゴリー所属の女を選ばなくたって、よりどりみどりである。
なのに、もう……ロジャーさんってば、ほんっとに馬鹿。すっごい馬鹿。
でも、嬉しいとか思っている私はもっと馬鹿。
つまり、私は、ロジャーさんの顔をまともに見ると、この馬鹿が私の旦那様♡ と、嬉しくなってしまって、気色悪いニヤニヤ顔になってしまうのである──てな訳で、私は彼と目を合わせることができないのだ。
しょうもない人間でごめんなさい……。
恥ずかしくて、しょうもない、ついでに、もう一つ。
『私の好きな男=ロジャーさん』
↑これ、ロジャーさんにもバレてたみたい。
そんでもって、ロジャーさんってば、女の趣味がめちゃくちゃにアレな人で、来月の私の誕生日にプ、プ、プロポーズする予定だったらしい……。
というオチで、バッドエンドになるはずの私の物語はハッピーエンドらしいのだけど、やっぱ無理ぃ〜〜〜バレてたとか超恥ずかしい〜〜〜〜。無理ぃ。
「なんか、お前が大人しいと調子狂うな」
「え、あ、はいっ、すみませんっ!」
思わず謝ると、「ふはっ」と吹き出して笑われた。
「あははっ! マジで調子狂うなあ、お前、大丈夫かよ」
「大丈夫じゃないですよ! 恥ずかしくて死にそうです!」
「おいおい、俺を置いて死ぬのは勘弁してくれよ。新婚だぞ?」
新婚。
と、いうワードに、私の顔に熱が集まる。
……二十二歳にもなって(あ、今年で二十三歳か)、私には恋愛経験というものがない。
恋愛小説は好きでも、私の書く恋愛小説は『そこそこ』の売上にもならず……。
つまり、有り体に言うと、聞きかじり&読みかじりの知識しかない、大耳年増なのである。
一方、八歳年上のロジャーさんといえば……そりゃあもう経験豊富でしょうよ、だって、元騎士だよ?
婦女子が恋人にしたい職業第一位の『騎士』業!
そして現在は、国の英雄である旦那様の屋敷の門番さん。
……あちゃあ、これ、私が浮気される未来しか見えなくない? やっぱり私の物語はバッドエンド一択?
「いや、ねえよ」
「え?」
「『え』じゃねえわ。お前、全部声に出てんの」
「ど、どこから出てました?」
「『……二十二歳にもなって』から」
「ひぃっ! めっちゃ最初!」
「お前、すげえ馬鹿だな。……やっぱり俺が見てないとだめだわ」
「なっ!」──何、その顔! ずっる〜〜い!「台詞と表情が合ってないんですよぉ……っ!」
旦那様が、奥様を見る目と同じ類の色をたたえたロジャーさんの目を見ることができずに、ぷいっとそっぽを向いた私は、「もしも、浮気したら小説のネタにしますから!」と、脅し文句を放つ。
こんだけ脅せばしないでしょう? しないよね? ……しないでね?
そんな願いを込めた私の言葉に、ロジャーさんは今度は声を上げて笑って言う。
「じゃあ、一生書けねえな」
「……」
私はこの時、誓った。
──ロジャーさんが最上級にムカつくので、いつか私が恋愛初心者を卒業した暁には、私がヒロインのコッテコテの恋物語を書いてやろう、と。
(もちろん、その本を店頭に並べるつもりはない。……悪しからず)
【完】