9.対ゴズ
「……また後でなって言われたからな。行く前の一言、挨拶だ……」
「は?」
ヒウマが珍しく自分から訪ねてきたと思ったら、この挨拶である。
話を聞くと、どうやらヒウマに買い手が現れたらしい。何で勝った俺じゃなくヒウマなんだよ! まぁ、俺たち奴隷にわざわざ買い手の事情を教えてくれるとは思わないから、考えても仕方ないだけどな。
「外でもいい寝床が有ると良いな。ゆっくり頑張れよ」
「……ありがとう。じゃあな……」
別れの挨拶をして、ヒウマは大部屋を出て行った。ヒウマがいつも寝ていた所が開いているが、なんとなく寂しく思える。良い戦いが出来た所だからかもな。ま、死んで居なくなるより全然良いだろう。
「寝床が広くなって良かったではないか」
おっとヒガンか。いつも唐突に出てくるから反応に困るな。何気なく寝っ転がる。広いことは確かだが、空しいもんだ。
「これ以上広くなっても仕方ないだろ。その内、下位ランクから上がってくるだろうから、その内元通りの狭さになるさ」
「では、今のうちに堪能しておくのじゃ」
ヒガンが俺と並んで寝っ転がる。性格と口調はアレだが、顔は良いので華やかな気分にはなるな。ちなみに体形的にはソソルものは無いので、親子的な感じだ。
暫くの間、ヒガンはゴロンゴロンと楽しんでいたのだが、やがて飽きたのか「またの」と消えた。ま、良いけどさ。そう、のんびりしていた所に明日の対戦が告げられる。とうとうランクナンバーと戦うそうだ。
俺は奴隷剣闘士として戦うことしか出来ないので、それが嫌いという訳ではないが、特別好きだという訳でもない。
だが、しかし、だ。下位ランクの時のようにハンデ戦ではない、実力者相手の一対一というのには、口元に笑みが浮かぶというものだ。
翌日の昼過ぎの決闘場は熱気に揺らいでいた。観客も今日は血の気の多いのが揃っているようで、囃し立てる野次が飛び交っている。そんな声を受けつつ俺の前に立っているのが今回の対戦相手。ランクナンバー10のゴズだ。
「今回、ランクナンバーへの挑戦者は、どんな怪我を負っても翌日にはケロリとしている、不死身のガイリトスだ!」
アナウンスの紹介だ。そうだよな。ヒガンに完治レベルで治して貰っているが、普通はもう少しかかる。ヒーラーの腕は基本的には良いし、治癒魔法もあるので、最終的には治るとしても、数日に分けているのだ。それが俺は、対戦が終わった後は平然としてるからな。不死身と呼ばれるのも仕方なしだ。
「暴虐の巨人! ランクナンバー10のゴズだ! 果たして、今回もナンバーの防衛となるか!」
巨人と言われた通り、ゴズは、今まで見た中で頭一つデカい。その大きさにそぐわない筋骨隆々な姿は、力で捻じ伏せる戦いをすると容易に想像が出来た。着込んでいる下半身を覆う鎧が窮屈そうだ……ん? 鎧?
「よう、ゴズさんとやら。その着ている鎧ってのはアリなのか?」
「おう、おめぇ、知らないのかよ。中位ランクナンバーからは防具も用意されるんだよ!」
「マジかよ! 俺は腰巻とサンダルだけなんだけど、それって不公平じゃね?」
「ランクナンバーの特権だ! 羨ましかったら、俺様に勝つことだな。ま! 無理だけどな! がっはっはは」
今までは斬りつけることが出来れば、浅くともダメージは期待できた。だから俺は、本命の一撃以外は力を入れずに、速さ優先だったのだが、防具があるとなると、軽い攻撃の意味が薄くなる。鎧の隙間を狙う必要があるが……難しいな。俺に防具が無いのは、不利とはいえ、考え方を変えれば「これまで通り」なので、クヨクヨ考えないでおこう。
「それでは、対戦開始です!」
開始を告げる銅鑼が鳴ると同時に、俺は間合いを広く取った。まずは様子見だ。
ゴズは剣を持っていない。両手に金属片……いつぞや聞いたことがある。ナックルという拳による打撃を強化する武器だ。見た目通りの力があるのなら、それは恐るべき破壊を生み出すだろう。
「ほら、来ねぇなら俺様からいくぞ!」
細かいステップを踏みながら、間合いを詰めてくる。移動速度は巨体のためか、左程ではない。ただ、体の振りは緩慢ではなくキレがあるな。
「おら、吹っ飛べ!」
ゴズの大振りな拳は、当たれば容易に俺の体を砕けるのだろうな。当たればな。急な不意打ちが無いか注意していたが、それも無い様で、余裕をもって回避する事が出来た。
「ちょこまかと逃げずに、食らえ!」
大振りな攻撃が風を巻き込むように繰り出されるが……遅い。威力が高くても余裕で避けられる攻撃に意味は無い。これなら、イアガンの剣の方が脅威だ。
ゴズが必殺のつもりだろうか。アッパーを繰り出したが、やはり遅い。
「ちょっと期待外れだ。ナンバー頂くぞ!」
足は鎧に覆われてダメージは期待できないから、狙うは空ぶったアッパーで空いた脇だな。柄を短く持ち、鎧が無い個所を狙って素早く振り抜く。が、空ぶり!?
「……お前も、俺が調子に乗った雑魚に見えたよなぁ」
ゴズは、それまでとは比べ物にならない速さで後ろに下がり、俺の剣から逃れていた。
「じゃあな、雑魚が!」
こいつ、俺の油断を誘うために、この速さを隠していたか!? ゴズの全てを巻き込み破壊するかのようなストレートが俺の腹に放たれる。盾をゴズの腕と拳の前に展開したが、まるで何もないかのように、その勢いを全く削ぐことが出来ずに盾が破壊される。
「なにくそ!」
ゴズを止めるのは無理。完全に避けるのも無理と判断した時点で、俺は体を無理やり捩じる。腹に直ではなく腕を挟むことが出来たが、ゴズの拳は俺の腕を折るだけでなく、脇腹に強烈な衝撃を与え、俺を大きく吹き飛ばした。
追撃に備えろ! 無茶苦茶でも体を起き上がらせて、剣をゴズに向ける。
腕が焼けるように熱い。確かめなくても判るが、折れて砕けているだろうな。脇腹に衝撃が残っているからか、上手く呼吸が出来ない。深くゆっくり呼吸すると、それに合わせて痛みも広がってきた。
中位ランクになってから、勝利判定が早くなってきた気がする。それは恐らく、俺たちが商品として売れる場合を見越しての事だろう。基本は対戦での殺し合いの見世物なので、万が一がある事を想定しているが、可能なら駄目になる可能性を減らしたいというのが運営の考えだ。
だから俺は。まだまだ問題無いアピールの笑みを浮かべる。内心は痛みを無視するのに大焦りだ。
ゴズは雑魚アピールを止めたようだ。巨体を感じさせないステップで、攻める角度を探っている。
「がっはっは。今回の雑魚はしぶといな。ほら、今のうちに降参しないと、次は死ぬぞ」
「力は認めてやるが、言動はやられ役だな」
「まーだ、舐めた口を聞きやがるな。これは、教育してやるべきだな」
俺の軽口に、青筋立てて反応している。煽り耐性も無い様だ。
状況はかなり厳しい。ゴズの攻め込みに合わせて剣を振るうが、ナックルを合わせて弾いてくる。それどころか、何発も拳を入れられており、俺が負けるのは時間の問題と言ったところだ。
「俺様は優しいからよ。次で止めだ」
「……さっき言った期待外れは訂正しておく」
ゴズは、正面からと見せかけて左右に体を振ってから、俺の腹目掛けて必殺のブローを打ち込んできた。これを食らえば、内臓破裂は免れないだろう。
俺はその拳。正確にはナックルに剣を振るう。
「馬鹿な!」
ナックルが砕け、拳を切り裂いた。足を止めたゴズを見逃さない!盾を足場に駆け上がり、胸から肩にかけて深手となる一撃を入れた。驚愕の表情を浮かべ、砕けたナックルを見ながら、ゴズは倒れ伏す。
「流石ランクナンバーだ。今回は俺の勝ちだがな」
「何度も打ち合ったナックルが耐久を減らし、とうとう砕いたようです! 見事な逆転勝利でした!」
アナウンスが俺の勝利を告げ、観客が湧いた。ランクナンバーの入れ替わりだからな。
「俺の様のナックルに何度も打ち込むことで砕いただと。信じられん……」
「もうちょっと、そのナックルが固かったら俺の負けだった。次戦う時までに、俺は腕を磨いておくさ」
「てめぇ……今回は幸運だったな。けど次は無いからな!」
勝ったとはいえ、俺もボロボロだ。片腕は折れて、殴られて腫れあがっている所が何か所もある。これ、内臓も痛めてないか?痛みを堪え、ゆっくりと退場した。途中で倒れなかった俺は褒められても良いと思うぞ。
控室で控えていたヒーラーのリンは、大慌てで治療に入る。治療魔法がメインになるだろうから、流石にこれは失敗しないだろう。……失敗しないよな?
大人しくリンの治療魔法を受けていると、ヒガンが出てきた。
「最後にナックルを砕いたの。あれ、破砕の魔撃じゃろ?」
俺は頷いて肯定した。
そう。あの一撃のみ、破砕の魔撃を剣に乗せることで、ゴズのナックルを砕いたのだ。
本当なら、破砕の魔撃は上位ランクになるまで使用するつもりは無かった。理由は色々あるが、主には中位ランクで頼るようでは、上位ランクまで勝ち登れないのではと思っていたからだ。
だが今回思わず使ってしまった。だからゴズへの言葉は慰めでもなんでもない。俺が盾と破砕の魔撃を貰うことが出来なかったら、勝てなかったということだからな。
今後も、中位ランク中は破砕を使用するつもりは無い。一回使ってしまったからといって、じゃあ遠慮なくというのも違う気がするしな。
今回で中位ランクナンバー10となった。これで折り返しという訳だ。まだまだ先は長い。何とかして実力を伸ばさないといけないな。