8.対ヒウマ
このところは、魔物との対戦と乱戦が続いている。魔物との対戦はコロシアムにとって見世物としての側面が強いためか、危なげ無く勝つことが出来ていた。乱戦も負け無しではあるが、無傷の日は無く一歩間違えればそのまま負ける可能性も有った。
「っという訳で、修練だ修練!」
「……いくぞ」
中庭での練習にイアガンが付き合ってくれている。同じブロードソードを使うので、お互いの動きが参考になる。
修練するからといって、奴隷に武器を貸し出す馬鹿は居ない。木剣すら無いので、「持っているつもり」で初撃をどう打ち込むかを、手刀で探っているのだ。重さ長さが無いのでどうしてもイメージとズレは出てくるが、これでなかなか考えることが出来るの。
「……こうだ!」
「ここか?」
ただ、この修練。傍から見れば、怪しい舞い踊りにしか見えないのが難点だな。
「わははは!なんと間抜けな姿じゃ」
さっきから、ヒガンが笑い転げている。爆笑しているヒガンは俺にしか見えないし聞こえないので、余り気にしないほうが良いのだろうが……うざい。イアガンは真面目に相手してくれているので、変な声を出すのも悪いだろう。
ヒガンに爆笑されながら、修練は続いた。
「今日は付き合ってくれて助かった。ありがとう」
「俺も、お前の動きと考えを知ることが出来たからな。お互い様だ」
一人でやるより、お互いに有意義な修練だったな。次に対戦となった時も手を抜かないことを告げてその日を終えた。
その日の対戦は、久しぶりの一対一だった。
「入場してきたのは連勝を続けているガイリトス! 対するはヒウマも高い勝率を誇るが、止めることが出来るか!」
あいつは確か、初めて中位ランクの部屋に入った時に教えてくれたあいつか。そういえば中位ランクになって何回か戦っているのに、俺と対戦相手になったことは無かったな。
「よう! この間、初めて部屋に入った時に説明してくれたろ? 今日は宜しくな!」
「……ああ、あの時の奴か。宜しく頼む……」
初めて会った時と変わらず、眠そうにしてるなぁ。ヒウマの武器は両手にダガーか。リーチ差を保って一方的に行きたいところだが、さて、どうなるかな。
「それでは、対戦開始です!」
今日も眩しい日差しの中で、開始を告げる銅鑼が鳴る。
俺は剣を正眼に構える。ヒウマはどう動くか……不規則に動くなら俺と同じタイプだな。構えず小走りで詰めてきた! 俺から見てさえ、隙だらけに見える。
「お前、やる気はあるんだよな?」
「……ああ、大丈夫、大丈夫。ふぁ……」
欠伸で返してきたが、一応、やる気はあるようだ。……だよな? 連勝している奴がこうも隙だらけというのは、誘いか。なら、相手のペースに乗るわけには行かないな!
俺はヒウマに全速で詰め寄り、剣が届くか届かないかの所で振るう。ヒウマはダガーで俺の剣を泳がせたので、泳がされるままの勢いで横に離れた。距離を詰められると不味い。
再びゆったりと距離を詰めてきたので、細かく剣を振るって近寄らせない様にしたのだが、ヒウマは恐るべき反射で俺の剣を弾いてくる。弾きながら距離を詰めてくる。
「なろ!」
前蹴りで距離を開けようとしたが、ひらりと躱され、出した足を抱え込まれた。
ヒウマは蛇のように俺の体を這い、俺の胸にダガーを立てようとする。やばい! 剣を振るって払うにしても密着され過ぎている。咄嗟に、ダガーの前に盾を出して僅かな時間を稼ぎつつ、俺の背中に細い盾を出現させた。
背中の盾を支点にバク転。ヒウマを蹴り大きく離した……蹴られながらも、俺の足に斬りつけた流石だな。動けないほどじゃないが、機敏な動きは難しいだろう。
「やるな、ヒウマ。今のはヤバかった」
「……盾か。強度より、動きが変えられるのが厄介だな……」
想定以上に強いな。距離がある間は防御に専念しているようだが、それを崩せる気がしない。防御に徹しながら近づき、密着してからの一撃を狙ってくる。密着されるのは基本避けた方が良いな。さっきのは例外だ。もう一回やっても、恐らく引き剥がせないだろうし。
距離を開けても倒せず、近づかれるは駄目……直ぐに解決する方法が一つあるが、中位ランクのナンバー無しの時点で、この奥の手は使いたくない。
「ならば、打てる手は一つだな」
小走りで寄ってくるヒウマに対して、上段で構える。
「……力押しか……」
「ああ、その通りだ。小細工するから覚悟しろよ」
簡単に見破られたな。確実に間合いに入ったヒウマに対して渾身の一撃を入れる! ヒウマはダガーで俺の剣を逸らそうとするが、
「ん?……流せない……」
俺の剣は横に流せず、ヒウマは慌てて受け止めに入る。剣に盾によるガイドを付けて、簡単には流せないという小細工だ。困惑しながらも、適切に俺の剣を受ける。実力の有る奴は実に厄介。
止められたとは言っても、俺は体重も力も込めやすい体勢なのに対して、受け手のヒウマは実に苦しそうだ。このまま押し込む! 俺の剣を何故か横へ逸らせないと判断したヒウマは、自分の体を横に逃がそうとしたが、
「おっと、逃がさない!」
ヒウマの回避を妨げる盾を生成、ヒウマの行動を完全ではないにしろ、妨害した。押し込んだ俺の剣が、ヒウマの腕と足を切り裂く。だが流石はヒウマだ。切り裂かれる範囲を最小にしつつ、逆に俺の腕にダガーを突き立ててきた。
お互いにダメージを負って、再び距離を開ける。
「その怪我で、いつも通りに動けるか?」
「……まだ、問題無い……」
本当かよ。変わらずの気怠い口調なので、ブラフなのか本当なのか、全く判らないな。俺の方も、足と腕が動かないとは言わないが、いつも通りとはいかないだろう。
「お前に斬られた所が痛いし疲れてきたから、そろそろ決着といくぞ」
「……なら粘った方が良さそうだな……」
なんだよ、ノリの悪い奴だな。とはいえ、粘られるのは本当にマズそうだ。覚悟を決めよう。
俺とヒウマ。お互いに距離を詰める。先に手を出すのは俺だ!
渾身の突きを繰り出すが、ヒウマはあっさりと凌ぐ。先程捌けなかったのを気にしてか、俺の剣を流そうとせず、剣と腕に沿うように躱した。手に持つダガーの切っ先が狙うのは……脇腹か!
「逸れる? 盾か……」
そう。盾でヒウマのダガーを防ぐのではなく、沿うように盾を発生させることで逸らしたのだ。今思いついたのだが、思ったより上手く行ったな。
逸らしたダガーをヒウマは器用に逆手に持ち替え、俺の脇腹を切り裂いた! だが……浅い!
「よいっ……しょ!」
俺のアッパーがヒウマの顎に決まり、その体が宙に泳ぐ。力んだせいか、俺の傷口から血が飛び散る。更に体を一回転させ、その勢いで斬りつける!
致命傷になると思ったのだが、それだけはどうにか防いだようだ。とはいえ、もう戦う力は無く、そのまま倒れ伏す。
「ヒウマの戦闘不能と判断します。今回の対戦を制したのはガイリトスでした!」
アナウンスから勝利宣言が告げられた。白熱した戦いに、観衆は満足したようだ。大きな歓声が聞こえる。勝ったとはいえ、俺もかなりやられている。特に脇腹の傷が歩く度に響いてくるので、早く治してほしい所だ。
「よう、ヒウマ。お前、強かったぜ」
「……俺は眠い……」
「はは、お前らしいな。じゃ、また後でな」
ヒウマが係の者に運ばれるのを見届けてから、脇腹を抑えながら控室に戻った。
「ガイリトスさん、お疲れ様でした!直ぐに治療に入りますので、座ってくださいね!」
控室にはリンが待っていた。その治療で俺は傷を広げられ「ぎゃー!ごめんなさい!」という声が響く。今日一番のダメージはこれだったかもしれない。後でヒガンに治して貰う羽目になってしまったよ。