7.対イアガン、サーミ
回りだしてからは「わははは」と、回されるがままになっている。
傍から見たら、俺が一人でグルグル回ってるように見えるのだろうな。そんな長閑な時間であったが、対戦の呼び出しが掛かる。
「おっし。頑張るか」
「ふむ。死なない様にがんばるのじゃ」
何時ものヒガンに「おうよ」と返し、控室に向かう。
今回の控室には、俺以外に二人居た。
名前だけは知っている。確かイアガンとサーミとかいう奴だ。
「よう、今日の対戦はどういうのだ?」
「乱戦だ。私達三人で戦いあうことになる」
乱戦か。経験は無いが先のゴブリン達との戦いが参考になるかもしれない。
こいつ等の武器をちょっと拝見……イアガンがブロードソード、サーミが短剣か。魔撃もあるかもしれない。不意に飛んでこないか、視界を広くする必要がありそうだ。
「俺はガイリトスだ。ま、今日はお手柔らかにな」
「イアガンだ。よろしく頼む」
「サーミだよ! 楽しくやろうぜ、兄弟。俺は死ぬのが嫌だからさ。殺さない様に頼むぜ」
サーミには少し既視感が湧くな。なるべく殺したくないのは同意だ。イアガンは何考えているか、イマイチ判らないな。真面目そうだし、問題無いか。
「イアガン! サーミ! ガイリトス! 入場しろ」
お呼びが掛かった。
さて、ヒガンにも言われているし、死なない様に頑張りますかね。
「今日の剣闘士が入場しました! イアガン、サーミ、ガイリトスの三人での乱戦です! 最後まで立ち続けるのは誰でしょうか!」
俺らは思い思いに決闘場に散らばる。
お互いに不意打ちされるのは避けたいだろうから、自然と二人が視界に納まる位置に立ちたいところだ。だから、最初は距離を取ることになる。さて、最初にどう動くべきか……
イアガンは、俺と同じブレードソードを中段横に構えている。その迷いの無い構えから、俺のような我流ではなく正当な剣術を身に着けているようだ。一目見て、どこに攻め込んでも切り伏せられるイメージしか沸かない。
サーミは持っている短剣を腰に帯びたまま、隙だらけで立っている。楽観的な表情を浮かべているが、目線だけは俺たち二人をしっかり捉えているな。雰囲気からして、魔撃に注意した方が良いだろう。
「それでは、対戦開始です!」
開始を告げる銅鑼が鳴る。
どうやら、イアガンは俺と同じ考えのようだ。お互いに、サーミに詰め寄る。
俺はイアガンの不意打ちを警戒し、少し回り込むようにしたので、サーミを挟撃する形になった。とりあえずは倒し易そうなサーミを落とす算段だ。
「サーミ! 悪く思うなよ」
サーミは想定していたのか、慌てる様子は無い。
俺たちに手を向けた。やはり魔撃か? 雷撃のような無差別範囲攻撃か?
「詰め寄られるぐらい、いつもの事さ。楽しめよ、兄弟!」
火炎の魔撃! メイネレスのような単発必殺のようなものではなく、細かい無数の火の輝きがサーミの周りに漂っている。
これは……距離を取らないとやばい! 俺は咄嗟に後ろへ跳ねる。イアガンはその場に留まり、火の動きを見据えているようだ。
次の瞬間、火の輝きが弾けた! 多少は火炎を浴びても問題無さそうだが、まともに食らうのは不味い。ブロードソードの横腹を使って、顔や胴に飛んでくる火線を薙ぎ払った。
手足に多少浴びたが、動きに問題は無い。ただ、手足の火傷は結構神経に来るんで、気勢は削がれてしまったな。
サーミがこれほどの魔撃の使い手であるなら、やはり先に落とすべきだろう。俺とイアガンがやりあうと、その横から二人纏めて片づけられる恐れがある。
距離を取ったサーミを再び追い詰めるべく、駆ける。しかし、俺の足を狙って何かが薙がれた気配を感じ、咄嗟に転がり避けた。
「本気か? イアガン」
「構わん。全て薙ぎ払う」
俺が考えた事ぐらい、イアガンなら直ぐに判るはずだ。だとすれば、横槍が入っても勝てると算段したことになるな。自信過剰なのか、俺を過小評価しているのか……多分、正当な評価だろうな。イアガンはサーミの火線を完全に切り払ったようだし、自信があるのだろう。
こうなると、俺は一旦距離を置くしかない。最悪なのはイアガンとサーミの挟撃に遭うことだ。サーミをチラ見すると、今度は太い火炎を三つ準備していた。あれは、当たればアウトな奴だろう。
よし、何時もの無茶やるか!
「む!挟撃を恐れないか」
俺はイアガンに突っ込んだ。イアガンは俺の出足を狙い剣を細かく薙いでくるが、それを何とか受け止めた。受け止めながらも足は止めず、イアガンの首に絡みついた。
「組打ちか? だが、甘い!」
イアガンは剣の柄を俺の鳩尾に突き上げる。堪らず俺は吐きそうになるのを堪えながら下がった。突き上げがキツいのもあるが、あまり長く絡みつくのも危ないだろうからな。
想定通り、俺とイアガンが絡みついて足を止めた瞬間に、準備していた火炎を解き放ったのである。
「げほ……ほうら、危ないぞイアガン」
「くそ、狙ったか!」
俺が下がったので、火炎に狙われるのはイアガンだけである。俺を振り払うために無理な体勢になった所に、火炎の魔撃が襲い掛かって来たのだ。俺でも盾無しでは避けられないだろうな。
しかし、イアガンは体を回転させて体を起こし、強く踏み込んでから振り下ろしと切り上げで見事火炎の魔撃を二つ迎撃した。散らした火炎を身に浴びているが、直撃よりはるかに良いと言える。
流石だと言ってやりたいが、ここだ! 伸びた手を斬りつけた。む、両手を切り落とすつもりで斬ったのだが、これも反応したのだろう。手の筋を切り裂くに留まっている。
恐ろしいほどの反応を見せられたが、これでイアガンは剣を持てず戦闘不能。 っと、ここで大きめに盾を展開しておく。火炎が弾けて消えた。
「嘘だろ。気づいていたのかよ。ってか、ガイリトスのおっさん、盾の魔撃使えたのかよ」
サーミが驚愕している。さっきチラ見したときに、サーミが準備していた火炎は三つだ。イアガンが迎撃した火炎は二つ。サーミは念のため、一つ残しておいて、俺が斬りかかったタイミングで放ったという訳だな。予想が外れても良いかという程度だったが、大当たりだったようだな。
イアガンは戦闘不能と思うが、降参は宣言してないので、念のため剣を遠くに蹴り飛ばしておこう。
「さて、次はサーミ! お前だ」
「俺が勝つさ」
サーミは五つの火炎を生み出している。大きさはかなり小さめだ。これは、早く距離を詰めないと、一方的に攻撃されるな。
タイミングを微妙にずらしながら放たれる火炎の魔撃。何とか躱すが、折角詰めた距離がまた離される。
追っかけっこになっているこの状況は不味いな。その内捕らえられてしまう。仕方ない、盾頼りで強引に詰めるか。
俺は体を前に倒して、サーミに向ける面積をなるべく減らした状態で盾を展開。真っ直ぐサーミに突撃した。
「そう来ると思ったよ。悪手だぜ!」
多くの火線が生み出され、盾に集中する。一瞬持ちこたえたが、ガラスのように砕け散った。残った火線が俺に殺到するが、それを容易に切り払う。
「盾を抜き抜けるには、集中させなければならない。けど、集中した火線は纏まってるから、それを斬り弾くのは容易だな!」
「うっそ、マジかよ」
詰め寄った俺に対して、またも火の輝きを周囲に生み出す。が、一瞬俺の方が早い! 俺の斬り下ろしに対して、火炎の魔撃は諦め、今まで腰に帯びていただけの短剣で受け流した。飾りじゃなかったんだな、その短剣。
とはいえ、完全には受け流すことが出来ず、サーミの肩を切り裂いた。
「いたた。降参だ、降参!」
「おっと、降参か。賢明だな」
これ以上、サーミが粘ってもジリ貧だろうからな。逆転もあるかもしれないが、中位ランクの序盤は命を掛ける場面でもあるまい。
「乱戦を見事凌いだガイリトスの勝利と認定します! 三人とも、それぞれの力が光る、素晴らしい戦いぶりでした!」
おっと、アナウンスから勝利宣言を貰った。拍手には手を挙げて答えておこう。
今回は勝ったとはいえ、危険な状況が何回もあった。自身の力をもっと上げる必要があるだろうな。
空を見上げると、まだまだ日は高い。今日という日はまだある。
同じように中位ランクに来たとはいえ、まだまだ先はあるのだ。このコロシアムで最強になるつもりは無いが、それを目指すつもりの方が、良い条件で買われるだろう。今後の必要性を考えさせる良い対戦だったと思う。