4.対メイネレス
ヒガンに治して貰っているのだが、周囲にはそれが判らない。傍目は重傷から急に治っているので、実はやられたフリをしていたのだとか、自己治癒の魔法を開花させたとか、あれこれ言われだしている。直接尋ねられたこともあったが、「秘密だ」と適当に躱しておいた。ヒガンの存在は、俺以外には判らないしな。
ああ、ヒガンに話しかけている所を見られて『あいつは、気が狂っているのでは?』というのもある。これについては……弁解のしようが無い。生暖かい目線に耐えながら、そのまま放置しておこう。
前回のイベント対戦から、何度か対戦があったが、危なげ無く勝利を重ねている。上位ランクとの戦いを経て、視野が広がった気がするのだ。地力を付ける特訓も出来る範囲で行っており、徐々に、だが確実に目標に向かって進めることができている。
今日も今日とて対戦を組まされている。
「治るからと言って、重傷を負ってはならんぞ。十分気を付けるのじゃ」
「ああ、わかった。痛いのは嫌だからな。じゃ、行ってくる」
ヒガンの頭をポンポンと撫でていくのは、習慣になりつつあるな。悪い気はしない。こういった事ができるのは、奴隷剣闘士としては幸運な方だろうからな。
決闘場に立っていたのはメイネレス。確か、下位ランクでは少ない魔撃の使い手だ。戦い方は見たことないが、勝率が高い強敵。
「ガイリトスか。最近は調子が良い様だな」
「ああ。とは言っても、まだ負けることもあるんでな。俺の修行相手になって貰うぞ。メイネレス」
「良いだろう。だが、頭はちゃんと防御しろよ。俺のせいで気狂いが進んだとか言われると敵わん」
嫌な気の使われ方をする。俺は苦笑いしつつ間合いを図った。魔撃メインであれば間合いを詰めたほうが良いだろうが、近距離で炸裂するかもしれない。あえて間合いを広げて見極めるか。メイネレスはロングソードを下段に置き、空いている手を俺に向けている。
「いくぞ!」
戦闘開始の銅鑼と共に火炎の魔撃を放ってきた!
一条の火炎が飛来するが、見切れない速さではない。俺は飛んできた火炎を大きく避ける。誘導や爆発の恐れもあるので余裕を持つのが大事だろう。
避ける俺の動きに合わせて間合いを詰め、メイネレスはロングソードを振るってきた。魔撃に注意を向けさせて本命の一撃を与える戦い方か。だが、魔撃を使えるのはお前だけじゃない。盾を奴の振るわれる腕に発生させて攻撃を止める。
「貰ったぞ!」
俺は肩口を狙って切り上げたが、体をねじり回避され、浅く斬りつけたに留まった。奴も俺の戦い方について聞いたことがあったのだろう。止まった腕に慌てる様子が無かった。
牽制に火炎が放たれる。目くらましと足止めが目的なのか、広がる火炎を浴びてしまったが、軽く皮膚が焦げた程度で済んだ。とはいえ、追撃はできず、体勢も立て直されてしまった。
「さっきのが、噂に聞いた盾の魔撃か。嫌な使い方をするな」
「そりゃどうも。お前が嫌と思ってくれるなら、有効な使い方だな」
お互い間合いを取る。奴の火炎の魔撃は、食らえば致命傷だが回避は容易だ。だが、回避する方向を誘導される恐れがある。メイネレスは手を俺に向けているな……なら、想定外の動きならどうだ!
俺は真っ直ぐに向かう。メイネレスは驚いたが直ぐに火炎の魔撃を放つ。
咄嗟に放たれたとはいえ、俺一人を黒焦げにするには十分な火力のようだ。
俺は足元に盾を複数枚並べて階段を生成し、駆け上がって回避する。足元を火炎が炙って通り過ぎた。ギリギリの回避になったな。
最後の段で跳ね上がり、上段に構えたブロードソードを、落下の勢いも含めて振り下ろす。
渾身の振り下ろしをメイネレスはロングソードで受け止めようとしたが、勢いを止める事は出来ず、肩を切り裂き、胸から腹へと赤い筋を描く。肩以外は浅かったようで、致命傷ではないが重傷と言える傷だ。メイネレスは苦痛の表情を浮かべて倒れる。
「ガイリトスの勝利です!」
アナウンスが俺の勝利を伝えた。
「メイネレス。息はあるな」
「……ああ、かなりキツイがな」
メイネレスは大汗をかき、荒い呼吸をなんとか整えようとしている。切り裂かれた肩口からは血がゆっくりと流れ落ちていた。思ったよりかは大丈夫そうだ。
「お前は強かったよ。手加減なんて全くできなかったし、何か間違えていれば、俺が黒焦げで転がって居ただろうな」
「そうか……お前は勝ち続けろよ。俺に勝ったんだからな」
「わかった。斬った俺が言うのもなんだが、生き残れよ。お互い生き延びることが出来たら、またやろう」
メイネレスは口元を上げることで同意を返してくれた。俺は対戦が好きというわけでもない。だが、約束は生き残るための希望となるだろうからな。
乱暴に運ばれていくメイネレスを見送ってから、控室に戻る。控室にはセレンと護衛のセム。そして運営の者が居た。
「ガイリトスに通達する。協議によりお前を中位ランクに昇格させることが決定した」
「おめでとう」
やっと昇格か。上手いこと行けば、俺を買う奴が出てきて、目標である外の世界を見ることができる。折角なら、より上位を目指して、より良い条件で買われるようにもしたい所だ。
「必要なら治療を受けて、体を洗ってこい。その後、ここに戻ってくるように」
「見た目、治療が必要な所は無さそうだけど、異常があるなら言いなさい」
俺の体は、火炎に炙られて所々黒く焦げていたが、表面的なもので、傷と言える所は無い。体を軽く捻ってみるが異常は無い様だ。
「折角セレンが俺に触れてくれる機会だというのにな。残念だが大丈夫そうだ」
「怪我していないならそれに越したことはないよ。よかったわ」
「ふと疑問に思ったんだが、中位ランクになってもヒーラーはセレンなのか?」
セレンは少し残念そうな笑みを浮かべる。
「残念ながら違うわ。中位ランクの治療は別の人が担当している。忙しい状況になったり色々な事情で、私が応援で出ることもあるから、全く無い事も無いけどね」
これまでセレンには何度も世話になっているのに、碌なお返しが出来ないまま会う機会が減るというのは残念だな。
「そうか……お前の綺麗な顔を拝める機会が減るというのは、残念だよ」
「はいはい」
「セム。セレンの事、これからも宜しくな」
セレンの背後に控えている無表情な護衛にも声を掛けておく。まぁ、反応してくれないんだけどな。
名残惜しいが、今後全く会えなくなるわけでもない。セレンと握手を交わして水場に向かった。
「ようやく目的に達成する可能性がある所に、行けることができるの」
おや、ヒガンが出てきた。そういえばこの娘も、神から俺の夢達成を助ける為に居るんだったな。新しい力を貰い、回復を施してくれるので、凄く助かっている。鬱陶しく思えることもあるが、ここは感謝だ。
「ああ。ヒガンの助けで前進できた。感謝している」
「なんぞ、そう素直に感謝されると照れるの」
珍しく照れ顔を見せているな。こうやっていると普通に少女だ。
普通に考えれば直ぐに買われる訳はない。ということはヒガンとは、まだまだ付き合いは長くなるだろう。
「これからも宜しく頼む。ヒガン」
「お主も、頑張るのじゃぞ」