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仮定の剣闘士  作者: 田園風景
下位ランク
3/40

3.対イエローシャット

 今日も今日とて戦いを強要される。ま、奴隷剣闘士だしな。

 いつも通りの対戦前の控室。俺だけでなく、他9人の奴隷剣闘士も待機しており、広くない控室はかなり窮屈になっていた。狭いったらありゃしない。

 足を縮めて座っていると、俺の隣にヒガンが座って現れた。俺以外には触れないのだから、重なっても問題無いはずだが、ヒガンとしてはなんか嫌らしい。


「何で、今日はこんなに人が居るんじゃ?」

「今回はイベント戦だな」

「イベント戦?」

「いつも一対一の決闘方式じゃ観客に飽きられるんで、偶に変則的な戦いをさせられる。今回は俺ら下位ランク複数と上位ランク単独との対戦だな」


 このイベント戦で勝てば、下位ランクの俺たちは無条件で中位ランクに上げて貰うことができる。上位ランクのほうは知らん。


「人数が多いほうが勝つに決まってるじゃろうに。さては、上位ランクの懲罰的なイベントなんじゃな」

「さて、どうかな……」


 確かに、過去下位ランクが勝って中位ランクに上がっていった奴も居るには居た。しかし大半は上位ランクの圧倒的な勝利だ。ランク差は伊達ではないということだな。ちなみに、過去、俺も何度か参加させられたことはあるが、全て死なない様にするので精いっぱいだった。今ならある程度力は付いたし、新たな力もある。勝てる可能性はあるはずだ。

 俺は立って、今回の参加者を見回した。見知った奴も居るが大半は新米のようだ。おや、ブリッツの奴がいる。見込みある奴だし、声をかけておくか。


「よう、ブリッツ。お前が一緒か」

「ああ、お前かよ。……他の奴よりかはまだマシか」

「言ってくれるなぁ。今回は共闘だ。死なない様にやろうぜ」


 入場を促す声が決闘場から掛かる。いよいよだ。さて、上位ランク様はどんな奴かな。


「ヒガン、行ってくる」

「死なない限りは回復してやるから、安心して行ってくるのじゃ」


 ヒガンの頭をポンポンと撫でて、決闘場へ赴く。




 決闘場には既に上位ランクが待ち構えていた。ポニーテールで細身、長身だ。獲物は鉄製長弓、なんとも珍しいな。決闘場はそこそこ広く、間合いも取りやすいことから、弓を獲物にしている奴も一定数居る。初弾を外すと途端に不利に陥るので、あくまで初手の攻撃手段として、その後は剣というのが常套なのだが……魔撃も警戒しておくべきか。


「下位ランクの人たち。私の名前はイエローシャット。戦いを始める前に言っておく。死にたくない奴は今、降参しておくように」

「何言ってるんだ?この人数差で、弓相手で俺たちが負けるわけねぇじゃねえか」


 他の奴が反応して答えている。確かにそうだろう。初手の矢を浴びてしまう奴はともかく、その後は一方的になるように思える。しかし、イエローシャットの安定した佇まいと細やかな目配りが、俺の危機感を募らせていく。少し作戦会議と行きたいところだが、運営は待ってくれないようだ。戦闘開始の銅鑼が鳴らされる。


「魔撃か遠距離武器を使える奴は直ぐ撃て!俺が矢を防ぐ!」


 俺は一歩踏み出して、奴の狙い定め先を見極めようとした。剣をいつでも振るえるように泳がせ、盾も即時展開すべく、意識を割く。

 しかし、既に矢は放たれていた。しかも2方向に。

 放たれた先に思わず目を向けると、眉間と喉に矢を撃ち込まれて2人が倒れる。


「まずは2人……」


 恐るべき技量だった。魔撃とナイフを投げようとしていた2人を瞬時に見極めて、異なる方向に速射し、急所を射抜いているのだ。しかしマズい。こちらの全員、足が止まってしまっている。


「全員、突っ込め!誰が撃たれても足を止めるな!」


 ブリッツが叱咤を叫ぶ。イエローシャットの目線を見ると……次の狙いはブリッツか!思った瞬間に矢は放たれていた。


「やらせん!」


 俺はブリッツの少し前に大きく盾を展開。矢は盾で止める事が出来ず砕けたが、タイミングさえ判れば良い!剣で矢を叩き落すことができた。


「ほら、足を止めるなブリッツ!」

「くそが!」


 まぁ、素直に礼を言うとは思わなかったけどな。とにかく、残った全員でイエローシャットに突っ込む。奴は後ろに下がりながら見事な速射で此方を射抜いてくる。ただ、動きながら正確というのは難しいようで急所には当たっていない。

 さらに数人の脱落が出たが、お陰で剣の間合いまで距離を詰めることができた。だが、イエローシャットの表情に焦りは見えない。


「死ねや、オラ!」


 ブリッツの大剣が薙ぎ払われたが、容易に避けられる。避けると同時に何かが一閃され、ブリッツが吹っ飛んだ!長弓を振るったのだ。殴る時の為の鉄製か。固くしなやかな長弓は、まるで鉄鞭のように、恐るべき凶器だった。そして、追撃の矢が吹っ飛んだブリッツともう1人に降り注ぐ。

 生き残れよ、ブリッツ。

 俺は向こうに対処した隙を生かしたほうが良い。今、動けるのは俺含めて3人。見えている範囲で矢も残り数本といったところだ。弓の薙ぎ払いに注意しつつイエローシャットを追い詰める。奴は剣を避けるために転げながら、矢を残り全てつがえていた。もはや曲芸だな。

 纏めて射るのだろうが、甘い!盾を斜めに発生させて、矢を全て上に逸らせた。隠しはあるかもしれないが、恐らく矢は無い。


「……もう、無いと思ったろ?」


 最初に注意していたのに、いつの間にか抜けていた……視界を白く染める電撃の魔撃が俺たち3人を貫き、弾き飛ばした。体が痺れて全く動かせず、受け身を取れないまま転げ倒れる。


「電撃の魔撃はな、強力なんだが拡散性が強すぎて、狙った方向になかなか飛ばせないんだよ……だから、近づいてくれないとな」


 イエローシャットは体に付いた埃を払いのけ、ゆったりと倒れた俺たちを観察している。倒れたフリをしている奴が居ないか注意しているのだろう。これが、下位と上位の差なのか……


「イエローシャットの勝利です!」


 アナウンスが奴の勝利を宣言する。


「俺の矢を落とした奴がマシなぐらいか。今の下位は不作のようだ」


 悠々と退場するイエローシャット。残された俺たちは重傷者と動かなくなった者が半々と言ったところだ。係の者がわらわらと出てきて、俺たちを荷物のようにぞんざいな持ち方で担ぎ上げる。

 戻ってきた控室は野戦病院のようだった。部屋の隅には物言わぬ者が転がされており、生きている者も呻くだけで、身動きができないでいる。俺も、肩から腹にかけて大きく引き攣った焦げ跡がある。動悸の調子も少しおかしく、動けないでいた。

 ヒーラーが数名、せわしなく俺たちを診てくれていた。今日はセレンは居ないようだ。少し前に死にかけたばかりなんだ。「また死にかけてる」と言われずに済んだな。医療用ベッドはもっと重篤な奴が寝かされているため、俺は床に転がされていた。


「また、死にかけておるの」


 あ、ヒガンの奴が居たか。文句を言おうとしたが、息苦しいので止めた。


「さて。治してやるから、なるべく力を抜いて楽にしておるのじゃ」


 ヒガンが肩から腹にかけて撫でつけると、途端に痛みが消え、先程までの動悸の乱れが治まった。普段の健康な体がどれほどありがたいか、こういう時にはっきり意識できるな。


「ありがとう、ヒガン。楽になった」

「これが私の役目じゃからな。こんな所でつまずいているようでは、先が思いやられるぞ」

「そうだな。だが、収穫ある対戦だったと思う。上位ランクとの力量差が判ったからな」

「なら良い。精進するのじゃぞ」


 対多数で負けたのだ。通常の対戦ではもっと差があるだろう。

 やるべき事は二つ。一つは経験だ。様々な状況、武器、魔撃を知って、その対処を学ぶ必要がある。もう一つは地力の向上だ。対処を知ったとしても実行できるかどうかは別の話だ。地力が上がればやれることは多くなる。面倒な話だが、やらないと先には進めないからな。

 ふと、部屋の隅に纏められた物言わない者たちが目に入った。その中にブリッツが混じっている。


「……なぁ、ヒガン」

「なんじゃ?」

「お前の回復魔法は、他の奴に使えないのか?」

「無理じゃ。この力はあくまでお主のためだけにある。他の者には使えないのじゃ」

「そうか……」


 ブリッツは口は悪いがその闘志は高く、将来の見込みある奴だったのにな。ブリッツだけじゃない。ここでは死に別れなんて頻繁に起こっている。この状況を変えるのは難しいだろう。特に奴隷剣闘士の身分のままではな。後は対戦に支障が出るほど死人が出て奴隷剣闘士が減るかだな。とはいえ、俺が知っている範囲だけでも、そんな状況に陥ったことはない。世界にどれほど奴隷が居るんだって話だ。

 誰かに俺が買われて、ここを出たとしてもやはり奴隷だ。状況は変わらない可能性の方が高い。ならば自己満足だな。どうせ、他にやれる事は無いのだ。自己満足でやっていこう。




 その後、無傷で立ち去るのは怪しまれるので、息苦しいフリを続け、治療魔法を受けた。


「ありがとう。かなり楽になったよ。俺はもう良いから、重傷の奴の治療を続けてやってくれ」


 ヒーラーに礼を言い立ち去ろうとすると、係の者が一人近づいてきた。何やら提案を持ち掛けてきたようだが、コロシアムの外に出られない提案には興味が無い。断って水場に向かった。ヒガンも後ろについてくる。


「何の提案だったのじゃ?」

「ああ。このコロシアム内で運営側に付かないかという話だった。珍しく強制でもなし、外に出られる話でもなかったんで断ったよ」


 話は断ったが、運営に目を付けられていること自体は良い傾向だ。外部の注目があるってことだからな。

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