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仮定の剣闘士  作者: 田園風景
下位ランク
2/40

2.対ソス

 重傷を負ったということで、暫くの間、決闘は無かった。

 寝て過ごすというのも悪くなかったが、その日々を使って俺は、盾と破砕をどう使うか、こっそり試行錯誤している。幸いにも適度に風のある気持ちの良い日が続いており、人気のない中庭の片隅であっても良い感じだ。


「思ったより扱いに馴染んでおるの。ほれ、もうちょっと派手にやってみればどうじゃ?」


 ヒガンが野次ってくる。この娘は暇なのか?俺が何かする度に、突然現れてはあーだこーだと口を出してくる。可愛らしい顔は良いのだが、こうも口を出されると鬱陶しく思えてくる。


「次の決闘の為に、なるべく明かしたくないんだよ。暇なら誰か来ないか、あっちで見張っててくれ」

「嫌じゃ」


 こ、こいつは……まぁ、良い。この力の扱いも一通りは試せた。後は応用を考えておく必要もあるだろうから、今日はこれで切り上げるとしよう。


「今日はそろそろ切り上げる。俺の水浴びを覗くなよ」

「そんなもの見たくないわい。じゃ、引っ込んでおるよ」


 そういって、ヒガンは次の瞬間消えていた。居ても他の奴からは見えない訳だから、居ても良い……いや、俺が独り言が多い危ない奴に思われるかもしれないし、やはり居ないほうがいい。火照った体を冷まし汗を落とすべく、水場に向かった。体を拭いているときに、いつの間にかヒガンが現れて、「ほほぅ……」と見ていた。見るなよ!

 その後、ヒガンを連れたまま大部屋に戻ったところ、ブリッツが居た。暇そうに座っていたが、俺を見つけるなり立ち上がって、話しかけてくる。


「よう、ガイリトス。死にかけたんだって?」

「おぅ、ブリッツ。死にかけたが、見ての通りまだ生きてるさ」


 拳と拳を軽くぶつけ合い、挨拶とする。


「お前は、前に負かしてくれたお返しが出来てないんだ。俺が殺すまで死んでくれるなよ」

「おお。精々、死なない様に気を付けるさ」


 ブリッツは睨んでくるが、憎しみは感じない。笑みを含める余裕さえあった。


「さっき、運営がお前を探していたぞ。明日にでも決闘だろうな」

「マジかよ。俺は死にかけてから、まだ数日しか経ってねぇぞ」

「それだけ動けているなら、もういつも通りだろうさ。じゃあな」


 ブリッツは大部屋の片隅に戻っていく。俺ら下位ランクには荷物なんてものは何一つないので、定位置の寝床を決める奴は少ない。その時の気分で寝れる場所さえあれば良いのだ。


「ガイリトスよ。一つ聞いて良いか?」


 不思議そうに、ヒガンが聞いてくる。


「なんだ?」

「さっきの奴は、少し前に決闘で負かし殺しかけたと思っておったが。それにしては仲が良さそうに見えるのじゃが?」

「上のランクはどうだか知らないが、下位ランクはこんなもんだよ。殺し殺されはお互い様ってことで納得している。基本的には、こうしていたほうが楽なのさ」


 そりゃ、負けた一時的な憎しみや腹いせ、性格的にって事もあるけどな。このコロシアムという狭い世界の中で、負の感情を背負ったままでは生きていけないと思っている。特に、これから勝ち上がっていく必要があるんだ。余計なものを背負う必要はない。




 やはり、次の日に決闘の予定が組まれていた。翌日、いつも通りに控室で待機する。

 下位ランクから中位ランクに上がるには、ひたすら勝ち続けるしかない。どれだけかは、運営の気分次第だからだ。これまでの俺は、生き残るだけの対応をしていた。だから、負け続けていた。だが、これからは生き残るだけでは駄目だ。戦闘には勝ち、アピールする必要があるだろう……とはいっても、これまで通り負けた奴に止めを刺すことは無いだろう。甘いだろうが、これは俺の性分だしな。


「お、そろそろ始まるみたいだな。精々頑張ってくるのじゃ」


 いつの間にかヒガンが居た。力をくれた事だし、この娘の期待は俺の望みとも合っているので答えてやっても良いだろう。勝ちにいくか。


「おう、行ってくる」


 ヒガンに肩を置いて、闘技場へ向かった。


 今回の相手はソス。俺ほどではないが年季の入った奴隷剣闘士だ。何度も話したし戦ったこともある。良い奴なんだが将来の希望が持てない……ま、そういう奴はよく居る。特にこのコロシアムで奴隷剣闘士なんてやってる奴はな。


「ガイリトス、お前が相手か」

「よう、ソス。今回は勝たせてもらうぞ」


 俺はブロードソードを上段に構える。ソスはロングソードを下段に構えていた。奴は剣を細かく振るい手傷を負わせ、動きが鈍ったところに一撃を入れてくる戦法を取っている。スキの少ない堅実な戦い方だ。普通に戦えば、長期戦となりじわじわ追い詰められて敗北するだろう。しかし今回は、今回のみは違う。


「お前が上段の構えを取るのは珍しいな。何か心境の変化でもあったか?」

「そんなところだ。ま、やってからのお楽しみだ」


 二人、視線を合わせながら微妙に間合いを詰める。

 戦闘開始の銅鑼が鳴らされると同時に、俺は袈裟懸けに振り下ろし、ソスは俺の剣を払うべく振り上げた。が、ソスの剣が途中で止まる。一撃で終わらせるつもりで斬りつけたが、浅かったようだ。ソスは困惑しながらも咄嗟に体を逸らしていたようだ。慌てて下がっていく。


「お前……魔撃か何か使えるようになったか?腕に何か当たったぞ」

「さて、どうだろうな」


 良い観察だ。ソスの推測通り、俺は盾を振るわれる腕に細長く発生させたのだ。結果、腕が止まる。

 仕掛けは、まだ理解されていない。考える時間を与えないほうが良いだろうな。


「終わらせるぞ。死んだらスマンな」

「やらせるか!」


 ソスは突きを中心とした戦法に切り替えたようだ。腕の動きを最小にして、俺の攻撃を阻みつつ細かく俺の肌を削ってくる。この辺りの切り替えの早さは流石だな。

 俺は右に大きく動き、そこから切り込む。ソスは手を動かさざるを得ないが、先程と同じく盾で手を止めた。

 俺の剣がソスの肩を切り裂き、ソスはよろめいて剣を落とす。


「……今回は、俺の負けだ。」


 ソスが負けを伝え、アナウンスが俺の勝利を宣言した。


「今日はやけにやる気があったな。どういう心境の変化だ?」


 肩口を抑え、痛みを堪えながらソスは話しかけてきた。この様子なら死にはしないだろう。


「目標ってやつが出来たのさ。外の世界を見たくてな。その為にちょっと上を目指す」

「そうか。良いものを持ったんだな。頑張れよ……」

「頑張るさ」


 今まで少ないとはいえ、勝つこともあった。しかしその勝利に高揚感や満足感は無かった。もしかしたら、負けた時と大した差が無かったかもしれない。それに比べて、今回の勝利には「目的に向かって一歩前進した」という満足感や高揚感がある。ああ、なるほど。これまで時折見てきた上を目指していった奴らは、これを味わっていたのだな。


 笑みを浮かべながら控室に戻ると、セレンが居た。相変わらずのクールビューティなのに、お仕事の最中は取り付く島もないというのが残念だ。お仕事以外で会うってことも無いのだけどな。


「お疲れ様。大怪我とかは無い様だけど、その細かい傷は一応手当てしておきます」

「おお、気が利くね。ありがとな」

「仕事ですから」


 ソスの攻撃を全て避けるのは、無理だった。俺の手足脇腹に何か所も赤い筋が刻まれていた。新たな力を得たとしても、使う俺自身が弱いと意味が無いな。先は長いのだ。もっと自分を鍛える必要があると痛感させられる。

 傷を消毒液で拭かれて、テープを貼られて治療は終わりである。体を軽く動かして、他に異常が無いことを確かめてみるが、問題なさそうだ。


「他に体の異常は感じない?」

「ん~。君を見つめていると高揚を感じるな」

「異常は無さそうね」


 相変わらず相手にしてくれない。荷物を纏めて速やかに去っていくセレンの背中に、手振りで別れの挨拶を送った。


「何をナンパな事をしとるんじゃ」


 おや、ヒガンが出てきた。


「お子様には、大人の恋愛というのは判らないだろうさ」

「一方的に熱を上げて、一方的にあしらわれているように見えたがの」


 にんまりとした笑みを浮かべてやがる。一回、思い知らせてやったほうが良いかもしれないな。


「そういえば、今日は盾を変な風に使っておったの。盾として全く使っておらんかったし」

「必要があれば盾として使うさ。ただ、それだけの役目では勿体ないからな。他にも色々と使えると思ってる」

「ほほぅ。ならこれからの戦いにも期待できそうじゃの」


 下位ランクはこれだけでやっていけると思うが、ソイネスのような突出した奴も偶に混じっている。勝ち続けるためにも、奥の手の1つや2つは持っておくほうが良いだろう。まだまだ先は長いのだ。

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