17.対イヴァン
あの乱戦の後、アックネンは治療に集中していた事もあるが、大人しくしていたらしい。ただ、ジーアンに時折向ける視線の圧が強まったように思えると、ジーアンの感想である。
「ジーアンは大丈夫なのか?」
ジーアンはまだ完治していない。最後の一撃がかなり重かったようで、まだ数日の治療を要しているようだ。お見舞いがてら声を掛けたている。
ヒガンはジーアンをライバルと見ているのか、ジーアンからは見えないはずなのに牽制していた。
「アックネンは運営についている立場上、対戦以外で儂らに危害を加えるような無茶はせん。大丈夫じゃ……多分な」
「多分って。まぁ、あの性格だしな」
思わず苦笑いを浮かべた。実際、アックネンは勉強会を妨害した時、脅しかもしれないが攻撃していたしな。
「治療が続いている間はヒーラーが付いている事が多いから、万が一の時は頼るわい」
ヒーラーは全ての剣闘士が世話になっているので手出しは出来ないし、護衛も居るので万が一があっても安心だろう。
「そっか。傷を付けた俺が言うのもなんだが、それがお守りになるとはなぁ」
「それよりも、お主の方も対戦があるじゃろ。上を目指すなら壁になるぞ」
「中位ランクナンバー1の奴だろ? そういえば今まで見かけたことが無いな」
「イヴァンという奴でな。中位ランクでも抜きん出て実力のある奴なんじゃが、激しく人見知りする奴でな。普段は部屋に引き籠っているんじゃ」
「なるほどね。余り見なかった性格だな。ふむ。強いのか。とはいえ、今まで戦ってきた誰もが強敵だったしな。やるだけだるさ」
「その意気じゃ」
そして翌日。ランクナンバー1との対戦が組まれ、俺は控室で武器防具の点検を入念に行っていた。
「いよいよじゃな。勝てる自信はあるのか?」
「強いとは聞いたが、どれぐらいかはやってみないと分からないからな。どんなに相手が強かろうと勝つつもりでやるさ」
買われるために勝ち上がってきた。単に買われるだけなら、中位ランクになった時点で死なない様にやれば良かったのだが、ここまで勝ち上がってきてしまったのだから、これはもう行けるところまで行くしかないだろう。でないと、これまで戦ってきた相手に失礼ってものだ。
「さて、そろそろか。行ってくるぜヒガン。勝って戻ってくる」
「ふむ。何時も言っておるが、死なない様に気を付けるのじゃぞ」
ヒガンの頭をポンポンと撫でて決戦場に向かった。
熱気が籠る昼下がり。熱気を更に高めるかのような歓声が決闘場に響き渡っていた。
この歓声は俺の連勝に期待するものか、相手の勝利に向けられたものか、その両方か。誰もが知っていて誰もが分からないのだろう。
「皆さまお待たせしました! 今回は中位ランクの頂上決戦! まず登場したのは挑戦者のガイリトス! 常に傷を負い血を流しながらも、勝利を逃さなかった不死身の男です」
アナウンスにも熱が入っているな。ま、中位とは言えトップの対戦だし、注目度は高いに決まっているか。俺も剣を掲げてアナウンスと歓声に応える。
「これを待ち受けるは、麗しのイヴァン!」
もう一つの入場口から入ってきたのは、長身の美形だった。
これまで俺が見てきた女性の殆どは美人だと思う。他の奴らに聞いても美人だと皆が言っているので、間違いは無いだろう。だが、目の前の男?は、劣るどころか上回ると言えるほどに容姿が整っていた。長い髪を後ろに束ねているが、乱れが全く見当たらず、女性が見れば羨望の眼差しを向けるだろう。成程。確かに麗しだ。
「あ、貴方がガイリトスで……すよね? 宜しくお願いしますぅ……」
「は? なんて?」
「あ、いや……なんでも、無いです。はい……」
さっきから、目線を逸らしてばかりだ。声も小さい。これは聞いていた通り、人見知りだな。よくこれで中位ランクのトップになれたものだ。
まあいい。さて、奴の獲物は……なんだアレ? 鉄の輪?
「久しぶりに説明しよう!」
「おぅ、ヒガン。控室で待ってるんじゃないのか?」
「出番を逃す手は無いからの。さて、あれは乾坤圏という打撃武器じゃ。一般には圏と呼ばれるもので、持って殴っても良し、投げても良しなのじゃ。ちなみに、外側に刃が付いている物は戦輪やチャクラムと呼ばれるようになるが、ま、定義は曖昧じゃな」
「ほ~ん。勉強になります。ヒガン先生」
ヒガンは得意気に胸を逸らせて「へへん!」と喜んだ。
「ま、頑張るのじゃぞ。勝って上位ランクじゃ!」
「上位への挑戦を掴むのはどちらなのか! それでは対戦開始です!」
開始を告げるアナウンスと銅鑼が鳴り響く。
イヴァンは、体に纏っている幾つかの圏を手や腕で回していた。
「それがお前の戦い方なのか?」
「ああ……そう、ですぅ」
消えそうな声と共に、何かを飛ばしてきた! 何を? 回していた圏に決まっている。
何とか弾き飛ばしたが、手が痺れている。かなり重いぞ。もしまともに食らったら、簡単に骨が砕けそうだ。
「ああ、防がれてしまった……また、私は負けてしまうのかなぁ」
また負ける? そうか、ソイネスの事か。なら、あいつに倣って俺も勝たないとな。
とはいえ、イヴァンの放つ圏が次々と飛んできて、それを防ぐのに手一杯になっていた。剣で弾き、小手で叩き落す。防げてはいるが、手が痺れて感覚が無くなってきていた。
小手が衝撃を吸収する作りになっていなければ、骨が砕けていたかもしれないな。優秀な小手に感謝だ。
「いっくぞぉ!」
これ以上受けていたら負ける。飛んできた圏は盾で受け流しつつ、間合いを詰めて攻撃を仕掛ける。
イヴァンは鎧を着込んでいるが、薄手で要所しか保護していない。なので、攻撃は通るはずなのだが、圏で上手く捌かれてしまう。攻撃が通るようで通らないのだ。
「やるな。こうも捌かれるのとは」
「ど、どうも……」
イヴァンの弱気でどうも肩透かしになる。性格と実力がこうもちぐはぐとはな。
っと、やばい! 圏で剣をガッチリ止められてしまった。
「ご、ごめんなさい!」
下から蹴り上げられることで、剣が俺の手を離れ、上に弾かれてしまった!
「なんてな!」
弾かれた剣の先に盾を生成し、弾いて俺の手元に戻ってきた。ただ、刃が俺に向かって戻ってきたのは予想外だったな。
逆手持ちになってしまった。仕方ない、柄で殴るか!
「歯ぁ、食いしばれ!」
防御しようとした圏を弾き、柄で顎を捉えて、イヴァンを殴り飛ばした。
イヴァンは吹き飛んだが、すぐさま体制を立て直しながら距離を取る。信じられないといった表情で、顎に付いた傷を撫でていた。
「流石に中位ランクトップだな。これぐらいじゃ、大した傷でもないか?」
「……傷つけたな」
「あん?」
「私の顔に傷つけやがったな、この野郎が!」
おお? 滅茶苦茶怒っている? 怒りの余り、口調まで変わってるぞ。
「万死に値する!」
圏を投げるけてくる。盾で逸らして・・・何! 逸らした圏に別の圏をぶつけて、無理やり突破しやがった。
突破してきた圏を小手で叩き落とすが、やはり重いな。
「死ね!」
一瞬イヴァンに目を離してしまったが、その隙に目の前まで近接されていた。胸と腹に圏を叩きこんできたが、何とかそれを防ぐ。
っぐ!? 頭に強い衝撃を受けて視界が揺れた。恐らく、予め上に圏を投げておいて、腹への攻撃を防いだタイミングで落ちてきたのだろう。思わず膝を落とす。
イヴァンがまだ怒った表情で俺を見下ろしている。
とある人は、頭に何かぶつかった時、星が見えたと表現することがある。俺はその時、星は見えなかったが視界が真っ赤に染まったように見えた。そして訪れたのは唐突の空白である。