16.対ジャグ、アックネン、ジーアン2
俺の前には砂煙の山が出来上がっていた。ジャグの風塵の魔撃により、砂を含んだ風の流れをジャグの周りに作っているのだろう。
ただ突破するだけなら容易だが、問題はその砂煙の向こうからジャグが攻撃してくる点だ。ほら、砂煙から何かが飛んできた。
恐らく風刃の魔撃だろう。本来は目視が難しいのだが、砂煙によってその刃がハッキリと見える。
「ジャグ! いっくぞ!」
風刃をブロードソードで斬り散らす。散らすことは出来たが、強い衝撃を感じた。風刃を受けても致命的とは言わないが、可能な限り受けないほうが得策だな。
ジャグの姿は砂煙で朧げになっているが、人影が目標になる。
その人影を袈裟懸けに斬り下ろしたが、手ごたえが無い。
「影か?」
「引っかかったな! 食らえ!」
両脇の砂煙の中から風刃が飛び出してきた。後退しながら斬り散らすが、すっかりジャグの姿を見失ったな。いや、これは砂煙が広がってるか? さっきまではジャグが立っていた周囲だけだったのが、急速に広まっている。その広がった砂煙から、更に複数の風刃が飛び出してきた。
見えた風刃は全て斬り散らせたはずだが、手足に細かい切り傷が出来ていた。これは、通常の風刃に小さい刃を混ぜているな。小さい不可視の刃は、動きの見える砂嵐の中でさえ捉えるのは難しい。
ジャグ本人は姿すら捕らえられず、小さい傷を負わされている。なんとかしないとジリ貧だな。
「そこでジーアンだ。ちょっと頼む!」
視界の端々で見えていたジーアンに大声で声を掛けた。
「ちょっとだけじゃよ?」
「何、代わりに一手受けるさ」
俺の背後から、ジーアンが高速で砂煙に突っ込んだ。あれが聞いていた浮遊魔法というやつか。高さは2m程度までしか上がらないが、本領はあの機動飛行。人が走って追いつける速度じゃないな。
すれ違いざまにジーアンの姿を見たが、肩に矢を受け、足からも血を流していた。あの高速で飛び回っているジーアンに負傷を負わせるとは、アックネンの奴は口だけではないという事だな。
ジーアンを追ってきたアックネンを見る。アックネンも至るところに純魔撃を受けたようだが、動きが鈍った様子が無い。
「ごくろうさん!」
袈裟懸け一閃! が、二刀の剣で受け止め、すかさず突きで反撃してきた。身を捻りギリギリで躱す。
「邪魔だ!」
更に二本の投げナイフを、顔と腹目掛けて投げてきた。此方の動きに隙を見せたら、すかさず攻撃が飛んでくるな。
なんとか投げナイフを弾いたが……糸か? 投げナイフに括りつけられている。まさか!
予想通り、糸の先はアックネンの手にあった。気付いた時にはその糸を引くところ。
弾いた二本の投げナイフが素早く振り回され、俺の頬に二重の傷を刻む。鋭い痛みを感じたが、思ったより深く無くて良かった。
「なにくそ!」
糸を切断し、再びアックネンに斬りかかったが避けられる。切っ先を切り返して今度は目的の個所を斬ることが出来たが、アックネンは身を翻して走り去った。
「これ以上お前に手間を掛けられん! ジャグの相手してろ!」
ふと見ると、ジーアンは期待通りの仕事をしてくれていた。ジャグが広げた砂煙を高速機動で散り飛ばしてくれたのだ。
「ガイリトス! 後は任せたぞ!」
ジーアンは高速機動で離れ、それをアックネンが追い始めた。さて、ジャグは……いた! ジャグは残った砂煙に慌てて身を隠し、再び風塵で砂煙を広げようとしている。
「対峙している俺が突破出来なかったのは残念だ。次の機会にはちゃんと破ってやるから、今回は勘弁してくれ」
砂煙が十分に広がれば手の付けられなくなるのは、身を以て知った。しかし今は僅かしかない。ジャグの姿が見えないとはいえ、そこに居るというのは明らかだ。
腕を広げて砂煙に飛び込んだ。砂が体の各部や目、鼻、口に入り込んでくるが仕方がない。腕に何か引っかかるのを感じ、同時に「うげ!」とうめき声も聞こえた。よし、引っかかったな。
引っかけたまま砂煙を出ると、ジャグの首に腕が引っかかっていた。そのまま地面に叩きつける!
「ぐはっ!」
息が苦しいやら、叩きつけられた衝撃で痛いやらでもがいているジャグの首筋に剣を当てた。
「今、お前が枕にしているものを俺が振れば、頭と体がおサラバするぞ。さて、なんて宣言すれば助かるかな?」
「ま、まいった……」
ジャグが手を挙げて負けを宣言する。運営が宣言を確認したのを見て剣を引いた。
「今回の乱戦は上手く行かなかったな。ま、次やる機会があれば、対戦でやろうぜ」
「あ、ああ……」
ジャグはこれで終わった。次はアックネンだ。
アックネンはジーアンを追い回し、ジーアンは高速機動で距離を開けながら純魔撃を放っている。アックネンは剣や投げナイフ、盾を器用に駆使して迎撃している。器用な事だ。
「こっちは避けられるかな!」
「何!」
完全に死角からの攻撃だったのに、これも避けるとはな。とはいえ、もうジーアンを追い回す事も出来ないだろう。
「ジーアン! 待たせたな。こっちは終わったぞ」
「やっとか。思ったより掛かったの。 こっちは思っていたよりあ奴がやりおる。ジャグも居たなら儂は確実に負けておったよ。 それと、弓を封じてくれたのは、助かったわい」
「そうか。役に立っていたなら良かった」
アックネンと一手交えた最後に、こっそり弓の弦を斬っておいたのだ。ジーアンにとって遠距離攻撃が一番危ないだろうからな。
「弓の弦が切れていたのはお前のせいか……ジャグの奴、終わったら一度シメとかないとな」
そう言って、もう不要とばかりに弓と矢を投げ捨てる。だが、俺たちを睨む目は全く諦めた感じではない。まだまだやるつもりだ。
「俺とジーアン、二人を相手に勝てるつもりか?」
「確かに、二人相手は俺でもキツイが……お前なら足掻きもせずに降参するか?」
二刀を持ちアックネンは構える。
ま、確かにな。
「なら、ちゃんと戦って負かすのが礼儀ってものだな」
「今回は乱戦を指定したお前の落ち度じゃ。負けても恨むんじゃないぞ!」
ジーアンがふわりと浮き上がり、純魔撃を放つ。それが、戦い再開の狼煙となった。
戦いは一方的になりつつあった。アックネンは性格は悪いが確かに強い。しかし、俺とジーアンの二人を相手に勝てる程ではなく、追い詰めている。
アックネンの一刀を弾き飛ばしたが、残った一刀で突き返してくる。
「おっと、ここでやられたら流石に恥ずかしいぜ」
「ちっ!」
俺は身を捻り突きを躱して離れるが、アックネンには横から純魔撃の猛攻を受ける。小盾で防いでいたが、流石に片手が駄目になったな。いよいよ大詰めだ。
しかし、そうなると考えにちらつくのはアックネンを倒した後だ。
今回は『乱戦』だ。最後の一人になるまで続けられる。……ま、なるようになれだ。
「いっくぞぉ!」
槍を構えるアックネンに最後の一撃をくれてやる! 突撃する俺にアックネンはカウンターを繰り出してくるが、スロープ状の盾により逸らせる。更に練習して、極短時間なら走りながらでも出来るようになったのだよ。
アックネンは逸れた槍を早々と捨て、投げナイフを紐で振り回そうとしたが、悪足掻きだ! 俺の剣が胸から肩に走り、赤い筋を作った。
「くそったれが……次は殺してやる……」
アックネンは零れる血を手で押さえながら倒れ伏した。
「今回みたいな乱戦でなく、対戦ならいつでも戦ってやるさ。運営側ってのも大変だろうけど、ま、頑張って」
アックネンの負傷箇所は多いし、最後の裂傷からも血が流れているが……試合が長引かなきゃ大丈夫だろう。多分な。
「さて。残るは……」
ジーアンの姿を見た。肩に矢を受け両足にも負傷が見える。致命傷ではないが、激しく動くのは厳しいだろうな。対して俺は、全身無数に小さな傷を負っているのみ。負傷の度合いでは俺が有利だな。
「さて。こういう乱戦というのは勿体ない気がするが、決着といこうか」
「そうじゃの。お主をこっちの諍いに巻き込んでしまったのは悪いが、それとこれは話が別じゃろうて」
俺は剣を構え、ジーアンは宙に浮く。
追っかけっこになると俺に手の打ちようが無くなる。体力も尽き欠けている今なら猶更だ。だから、最初の一撃で終わらせるしかない!
ジーアンに向かって、真っ直ぐ全速で走る。
「お主の剣に付き合うことはできんぞ」
ジーアンが間合いを広げようとしたタイミングで「だ!」と気合を込めて剣を投げつけた!
「なぬ!?」
いきなり剣を手放すとは思っていなかったようで慌てたようだが、体勢を崩しながらも避ける。
避けられるのは想定済み。俺はアックネンの投げナイフに着けられた糸を回収し、俺の剣に結んでおいたのだ。ジーアンが剣を避け切った所で糸を引っ張る。切れてくれるなよ。
「こ、これは」
「上手く行った!」
上手いこと糸がジーアンに引っかかり、避けた剣が戻ってくる。ジーアンも動きが一瞬止まった。
戻ってきた剣を拾い、ジーアンに切っ先を向ける。
「奥の手じゃ!」
突如、ジーアンから波動のような何かが全周に広がった!
「隠しておいた波動の魔撃じゃ。もう、儂に近づけないぞ」
「ああ。隠しておいたのは俺も同じだ」
波動が俺の前で割ける。盾を二枚合わせて刃のように発現したのだ。想定では突っ込んできた敵に対して置きトラップのように使うつもりだったんだがなぁ。ま、役に立ったし良いか。
「……今回は儂の負けじゃな」
振り下ろした一撃で、この乱戦が終わりとなった。
俺はランクナンバー2となり、いよいよ中位ランク最後の相手と戦うこととなる。