12.対セイドリック
目が覚めたら、俺の頭をアイリスが抱きかかえて、俺の腹をエリが枕にしていた。一応、着衣をチェックするが乱れた様子が無いので、行為には及んでないと思う。二人の可愛い寝顔を見ていると惜しいことしたと思うが、二人の将来の為と俺の夢を追う決意の表れと思っておこう。
採光の穴から日の光が入ってきているので、もう朝なのだろう。そろそろ二人の迎えが来るはずだから、起こしてやらないとな。
「おい。二人ともそろそろ起きて準備しろ。帰りの迎えが来るぞ」
「あふ……ああ、おはよう」
「……お早うございますぅ……」
アイリスは目覚めが良い様だが、エリはまだ眠たげな様子。アイリスがエリを急かせて、部屋の隅に置いてあった普段着に着替えるようだ。俺がまだ居るにも関わらず着替え始める。日の光に照らされた素肌というのも良い眺めだが、これ以上は守ってきた決意が揺らぎそうだ。
「ちょっと待ってろ。直ぐ部屋を出るから」
「他の男ならともかく、お前なら構わない。ゆっくりしてろ」
「あの……直ぐに着替えるので、出来れば、あっち向いていてください」
嬉しい答えだが、やはり決意が揺らぐな。ベッドの上で目を閉じて寝ておくことにしよう。
着替えは直ぐに終わり、コロシアムの食事について少し話していると、ドアが開いた。どうやらアイリスとエリの迎えのようだ。
「アイリスとエリは居るな……問題無いようなので、今直ぐに帰ってもらう。ついて来い」
運営ともう一人、ヒーラーが居た。ヒーラーは特に何もせず部屋を出ていく。
「さてはて。ヒーラーがこの場で必要になるような事が……他ではあったんじゃろな」
ヒガンがベッドに寝そべりながら現れた。
「他ではって……そういうことか。そいえば運営が言ってたな。殺したり障害を負わせない限り自由にしていいと」
「全員が、お主のように紳士的ではなかった。という事じゃな」
このコロシアムでの闇を一つ知ってしまったな。
「負けた相手がお前で良かったかも。じゃあな」
「あの……ありがとうございました」
アイリスとエリは俺の両頬に別れのキスをする。俺も二人の頬にキスを返した。
「惜しいことをしたのかもしれないな。アイリスもエリも、向こうで頑張れよ。出来る限り生き残れ」
こうして、貴重な体験を終えた。
この後、食堂で「具合はどうだった?」とか「独り占めかよ」とか、やいのやいの言われ放題だった。ソイネスに遭うこともできたのでちょっと聞いてみた。
「あのイベント戦、お前の時はどうだったんだ?」
「いえ、私の時は行われませんでした。あれは、行われることは少ないようです」
そういえば、あのイベント戦は女剣闘士の懲罰的な意味があるんだったな。であれば、そうそうある事じゃないのか。俺の生まれも知ることが出来たし、覚えておくこととしよう。
後日、対戦が組まれた。順当に当たるなら、次はランクナンバー8だな。
「これまで勝ててはおるが、どれも楽勝とは言い難い内容じゃ。気を引き締めるのじゃぞ」
「ああ、わかった。ランクナンバーは、誰もが俺と同じように勝ち抜いて今の地位に居る。強敵だ」
ヒガンがコブシを挙げたので、それにコブシを合わせる。
時は昼過ぎで、今日も日差しは強い。決闘場からお呼びが掛かったので、ブロードソードの握り具合を確かめながら控室を出た。
「さて。ランクナンバー7、セイドリックに挑戦するのは、勝利を続ける上り調子のガイリトスだ!」
アナウンスが俺を紹介してくれる。相手はランクナンバー8ではないのか? 対戦で死亡したとか買われて去ったとかだろう。実力一つ飛ばしの強敵と戦うのか。
俺の前に立つのは、短髪の若い剣闘士だ。俺と同じくレザーアーマーを着込んでいる。見た目はそれほど筋肉質には見えないのに、大剣、大楯と重量物を持っているな。自信はありそうだが、振りの速度や小回りはどれぐらいか。
「時々は食堂で見かけたことがあるが、話すのは初めてかな、セイドリック。ま、よろしく頼む」
「お前の連勝の話は良く聞いているよ。今回で止められると良いが……こちらこそよろしく」
お互いに距離を広げる。強い日差しと観客からの声援が聞こえるが、それらが気にならないほど二人は集中し睨み合う。
「それでは、対戦開始です!」
開始を告げる銅鑼が鳴るが、そのまま、タイミングを計り待つ。遠距離では大楯が邪魔になるな。阻まれている間に大剣で薙ぎ払われそうだ……とはいえ、このままお見合いしても意味ないな。
「いくぞ」
「くるか……こい!」
奴が構える大楯にぶつかる勢いで距離を一気に詰めるが、その勢いに合わせて大剣が横薙ぎに振るわれる。片手で振るっているとは思えない程の剣速だ! 切り上げて上に浮かし、転がることで回避する。
上手いこと大楯の前に来ることが出来た。この位置なら、セイドリックは俺の動きが掴み辛いだろう。
立ち上がりながら大楯に密着する。っと、大楯が急に引かれ、代わりに大剣が再び薙がれた。剣と小手でなんとか受け止めるが、衝撃が骨身に走り、俺は顔をしかめる。
「これ、食らったら俺の体が真っ二つじゃねぇか。せめて生き残れるように手加減しろよ」
「不死身のガイリトスなら、きっと大丈夫だ」
「んな訳あるか!」
大剣を押し退け、剣を振るうが大楯に阻まれる。大剣が振るわれ弾き、剣が大楯で阻まれるという剣劇を繰り返す。
「楽しい打ち合いはお仕舞だ! 決めるから、歯を食いしばっておけよ!」
「お前こそな!」
振るわれる大剣。早く鋭いが、大楯があるせいで剣筋が限定されてしまっている。とはいえ、弾くのが精一杯なので、剣ではなく腕を止めることにしよう。
更に一歩深く踏み込み近づき、盾を奴の手首付近に発生させて、その振りを止めた。
奴の驚きを確かめ、大剣を持つ手に剣を振るう・・・・・が、俺は吹っ飛ばされる。衝撃で一瞬視界が揺れたぞ。
恐らくシールドバッシュだろう。対処が早いことで。飛ばされた勢いのまま後ろに下がり、体勢を立て直し、隙あれば反撃を試みよう。
っと、セイドリックが直ぐに間合いを詰めて突きを放つ。大剣の突きは見切り易いが、受け難い。無茶をせず避けるが、反撃の目が潰されたな。
難しい……攻撃の一つ一つは隙が大きいのに、大楯や体捌きで上手く隙をカバーしている。折角の盾による腕止めも、それで不意にされたしな。
このままではその連携を崩せそうにない。どこかで勝負を掛ける必要がある。……よし、死線を潜るだろうが、これで行こう。
呼吸を整え、剣を上段に構える。奴の目線に集中し、他の動きは体の反応に任せる。
俺は気合の雄たけびを挙げながら、突撃を敢行した。が、シールドバッシュにより動きが止められる。
「気合で何とかなるほど、俺は甘くない」
大楯の陰から大剣が切り上げられ、剣を持っていた俺の右腕が斬り飛ばされた。
「勝負ありだ、ぐっ!?」
斬られるとは思っていたが、まさか腕を持っていかれるとは思わなかった。右手辺りからくる激しい痛みと熱を感じながら、左手で思いっきりセイドリックの顎を殴りつける。
右手を斬り飛ばされる前に、予め剣を上に軽く投げておいた。落ちてきたそれを左手で掴み、よろけ倒れたセイドリックの首元に当てる。
「逆だな。こっちが、勝負あり、だ」
「……そうだな。降参する」
と、涼しい顔をしているが、腕の痛みで今にも倒れそうだ。心の中では後悔の念も浮き上がっており、抑えるのに必死だ。
「腕を落とされる重傷を負いながらも、ガイリトスが勝利をもぎ取りました! 流石は不死身のガイリトスです!」
やっと勝利判定としてくれたか。傷口を見ると、結構な勢いで血が流れている。早く処置しないと色々ヤバいな。
俺の飛ばされた腕をセイドリックが拾い上げてくれた。
「俺が斬っておいてなんだが、早く治療を受けたほうが良いな。俺が背負っていってやりたい所だが、戻るのに付き添うのは係の者だけだからな」
「気にするな。手足飛ばし、治療でくっ付けて、後日も戦い続けた奴なんて何人も居る。ここのヒーラーは優秀だからな」
「確かに。連勝続けろよ。そうすれば、俺の負けも言い訳できる」
「そのつもりだ。安心しろ」
係の者が来て、俺に肩を貸して控室に運ばれていった。
控室にはリンが待ち構えており、俺が寝台に寝転がると直ぐに腕を繋げる処置を始めた。腕を繋げる仮縫合の辺りで、俺は気を失う。
気が付くと個室に運ばれていた。腕を見ると包帯が巻かれている。指先が動くので無事治療は成功したのだろうが、まだ猛烈に傷む。無理をせず、体を休めておいた。
「また痛そうな怪我を負ったの」
「ヒガンか」
「さて、回復してやろうかの」
俺の腕に手を置こうとしたところで、俺は少し待ったをかけた。
「今回は、数日治療を待ってくれ]
「ん? 別に構わんが、どうしたのじゃ?」
「この怪我を理由に、数日考える時間が欲しいんだ。」
今回は勝ちを拾えたが、次は負けるかもしれない。基礎的な力は上げていくが直ぐには身に付かない。となると、魔撃だ。
破砕の魔撃はまだ使いたくない。というのも、威力が高過ぎるのだ。時々、調整できないか練習してみているが、まだおぼついていないので、対戦で使えば相手を殺してしまう恐れがあるだろう。ゴズの時は、最小で良かったのと、偶然だ。
なので盾をもっと有効活用するべきだろう。その為に、まずは魔撃について理解を深めるべきだ。