11.対アイリス、エリ
「これは……どう戦えば正解なんだ?」
俺は初めての種類の困惑を、戦いの中で抱いていた。
これまで色々な相手と戦ってきた。強い奴や弱い奴、将来性の見える奴やそうでない奴、威勢の良い奴や怯え続ける奴もいた。だが、今、目の前に対戦相手として立っている二人は異なる。……女なのである。女の奴隷剣闘士だった。
「女だからって、甘く見るなよ! 斬ってしまえば関係ないんだからな!」
「う~~」
一人は細剣を構え、要所要所を金属板で補強したレザーアーマーを身に着けている。ショートヘアーに鋭い目つきが凛々しく感じだ。
もう一人は長い桃髪で、リンのように幼い見た目をしていた。簡易な衣服で身を包み、弓を番え涙目で俺に狙い定めている。
「えっと……斬って大丈夫だよな? 出来れば、なるべく早く降参してくれ」
「なめるな!」
今回の対戦はイベント戦だった。女剣闘士とのハンデ戦である。
これまで生活していた中に女は居なかった。それは当たり前だろう。もし居たとすれば、どんなに禁止したとしても碌な事にはならない。
後から聞いた話だが、女剣闘士は別の小さなコロシアムで戦っているらしい。人数は男よりも圧倒的に少ないので下位ランクと上位ランクだけで戦っているとのこと。
その中で戦いが消極的過ぎたり、運営に反抗的だったりした奴が、懲罰的な意味で男の奴隷剣闘士と戦わされる。勝てばそれまでの事は放免となるんだとか。
「今回、不死身のガイリトスと対戦するのは、麗しの女剣闘士アイリスとエリだ! 隣にあるコロシアムでは、このような女性達が日夜戦いを繰り広げています。よろしければ、そちらにもご観覧下さい。華やかな戦いを見ることが出来ますよ!」
アナウンスが紹介か、宣伝かになってるな。女剣闘士を提供して貰うっているから宣伝ぐらいって事だろうな。まぁ、なんだかやる気が削げる。
「それでは、対戦開始です!」
開始を告げる銅鑼が鳴る。女性とはいえ同じ剣闘士だ。油断し過ぎかもしれないし、これ以上は侮辱ってものだ。始まったからには気持ちを切り替え、剣を構える。
アイリスが細剣を構えて俺の前に立ち、エリは俺の横に回っている。立ち回りは良い感じだな。
「なら、先にお前から!」
「え?」
俺が狙うのは、横に回っているエリ。細剣とやり合いながら、横から弓というのはいくら何でも無茶だ。だから、目の前のアイリスを完全に無視してエリに迫る。
エリは涙目になりつつも矢を放つが、盾と小手で簡単に払い落とすことが出来た。そして勢いを落とさないまま、腹に飛び蹴りを加える。最初はやる気があったのに、直ぐに身を竦ませてしまっているな。どうして奴隷剣闘士になってしまったか知らないが、余り向いてない気がする。
腹を抑えて悶絶し動けない様子を見て、弓の弦を切っておく。これで戦闘不能だろう。
「ちぃ。アタシだけでもやってやる!」
おっと、アイリスが追い付いてきた。俺の顔目掛けて牽制の突きを行い、本命の足を狙い払う。
こちらの方は結構やるな。先にエリを潰せておいて良かった。……いや、本当に強くないか? 力こそないが、鋭くフェイントを多数含めた攻勢に、俺は押されている。細剣を力づくで弾き飛ばそうとしたが、力比べをするつもりは無い様で、すぐに剣を引いて逃げる。
「思っていた以上にやるな」
「だったら、斬られて倒れな!」
おっと、不意を突く深い踏み込みの突きか。頭を逸らして伸びた腕を捕まえようとしたが、アイリスはすぐに下がる。
お互いの視線を交す。
必殺の一撃を撃ち込むべく、剣を持つ手に力を込め……痛! 突然足に痛みが走った。この隙を見逃すアイリスではなかったようで、勢いを乗せた突きを繰り出す……が、アイリスは前詰めりに転ぶ。俺の前の足元に盾を展開して、躓かせたのだ。
俺はアイリスの首に剣を当てる。
「勝負あり。だな」
アイリスは悔しそうな表情を浮かべたが、この状況から覆せるとは思わなかったようで、
「……まいった。降参だ」
「怪我させることなく勝てて良かったよ。さて」
さっきの足の痛みの原因。矢が当たっていたようだ。エリを見ると悶絶から立ち直っていたようで、手に矢を持っている。投げ矢というやつか。そういえば、降参はしてないな。
エリは「う~」とうなりながら涙目だ。
「この状況からお前が勝つのは無理だろ。降参しろ。でないとお前の肩なり腹なりを斬らなくちゃなくなる。痛いぞ」
「ぐず……降参します」
ふぅ。降参してくれてよかった。投げ矢は意外性があって良かったのだが、決定打になりそうに無いのが問題だったな。
「二人の降参です! ガイリトスの勝利!」
お、勝利判定となったようだな。観客からはつまらないぞとか言うブーイングが聞こえるが、どんな変態的な事を期待してたんだ。
さて、珍しい経験が出来たことだし、このまま終わるのも味気無いから、一声だけでも二人に掛けておくか。
「よう、お二人さん」
おっと、睨まれてプイとそっぽ向かれてしまった。俺に負けてしまったし、悔しいのだろう。逆の立場だったら、放っておいてくれと思うだろうしな。気持ちは判るが声を掛けてしまった手前、そのままサヨナラというのも冷たいと思う。女には優しくだ。
「今日は俺の勝ちだ。だが、明日だったら違う結果になったかもしれない。これから力を付ければ、将来で立場が逆転するかもしれないぞ」
「……いつか、お前に勝ってやる。今に見ていろ!」
アイリスの啖呵が返ってきた。今は悔しいかもしれないが、それを忘れなければ、成長の力となるだろう。俺は「おお、期待して待ってる」と笑顔で返した。おや、またそっぽを向かれてしまった。女心というのは判らんな。
さて、もう一人の方は?
「うぅ~~」
涙目で唸ってる。わんこかな?見た目幼いのに、弱気だとより幼く感じるな。エリの頭を撫でてやる。
「そう泣くな。可愛い顔が台無しだ。泣くより笑った方が似合うと思うぞ」
俯いてしまった。セレンの時から女の扱いで上手くいったことが無い気がする。最後に二人の肩を叩いて「またな」と別れを告げたのだった……はずだったんだがなぁ。
控室に下がって、リンに足の負傷を手当てして貰ったんだが、俺を見る視線に軽蔑さが含まれていた気がする。
「なあ、リン。何か俺、気に障るような事したか?」
「なんでもありません! さ、手当ても終わりましたから、早く水場で体を洗ってきてください!」
何がなんだか。今日は、俺の判らない所で失敗している気がする。こんな日はとっとと寝てしまうに限るな。
水場で体の汚れと汗を落とした後で、運営の者が近づいてきた。
「この後、特別室に向かうように」
「特別室? そんなのあったか?」
「個室に繋がる通路の一番奥の個室がそこです。何をしても自由ですが、死亡は勿論、障害になるような怪我はさせないように。明日の朝で終了。迎えに行きます」
「意味が判らないんだが?」
しかし、告げることを終えるとさっさと行ってしまった。また、意味の分からない事だ。
「なあヒガン。今日は意味の分からない事が多過ぎるんだが……」
「ふむ。な~んとなく、私には分かってきたぞ」
俺に並んで出てきたヒガンは、顎に手を当ててニヤニヤしている。
「行けば、きっと分かるぞ。私はしっかりと見届けてやろう」
ヒガンは俺の背をポンポンと押して促す。そう言うなら行ってみるか。運営に指示された時点で行かない訳にもいかないしな。
程なくして着いた特別室前。個室の鉄格子と違って木製のドアが付いており、中の様子が分らない。入れば分かるのであれば、入ってみよう。
部屋は個室に比べて何倍にも広かった。窓はやはり無いが採光と換気のための穴が多く息苦しさは全く無い。家具は数点のみ。かなり大きいベッドがあり、そこに見覚え有る二人が座っていた。
「来たか……」
「うぅ~~」
「アイリスとエリか。帰ったんじゃないのか? 何でここに居る?」
二人は白い布を巻き付けたような服を着ていた。体のラインが出て俺の情欲を誘う。
「何でって……知らないで来たのか?」
「ああ。お誘いを掛けられているのは判るがな」
ヒガンは先の先刻の通り、後ろでニヤニヤしながら座って見届けている。
アイリスから話を聞くと、今日の戦いに負けた場合、明日の朝まで慰み者としてこのコロシアムに貸し出されるらしい。
成程。このコロシアムには女の奴隷剣闘士は居ない。ヒーラーは女だが手出しは厳禁だ。だから色々と溜まってしまって、中には奴隷同士でヤッてしまうケースも多々ある。今回のイベント戦はその解消の一環という訳だろう。逆に言えば、女と肌を重ねる機会はこの時以外、恐らくないだろう。ということはだ……
「……成程、なるほどな」
「考え込んで、どうしたんだ?」
俺の両親は奴隷剣闘士と聞いている。俺が物心付く頃には既に対戦で死んだので、どうやって俺が生まれたのか教えられなかった。男と女の奴隷は隔離されているので、そんな二人がくっ付いて子を成すとしたら、この時なのだろう。この時に俺の両親は愛し合い、結果、俺が生まれたということだ。
俺の出生なんて気にしたことは無かったが、ま、知れたのは良かったか。
「それで……やるんだったら、さっさとやれ。さっきエリと話し合って……まぁ、良いかって思ってる」
「あの。優しく……お願いします」
二人は顔真っ赤だけどな。アイリスは少し気の強さが目に出ているが、赤毛のシュートヘアーと合わさることで凛々しさが出ている。胸はそこそこ大きく、身体は締っており美しい。見える肌に多数の傷が見えるが、剣闘士なんてやってるなら傷跡ぐらいあって当たり前だ。
エリはロリっ子というやつだ。背は低く胸も無く、長い桃髪がより幼さを強調している。見える素肌に余り傷が無いことから、剣闘士になって新しいのだろう。
「ひゅーひゅー、遠慮は要らんぞ。存分に楽しむがよい」
ヒガンが愉悦状態に入っている。後でシメておこう。
正直言えば……抱きたい。俺の女基準はセレンなのだが、二人は劣らず可愛いと言えるだろう。俺も男だし、女性に対する性欲はあるのだ。あるのだが、こんな形で抱くというのも何か違う気がするのだ。
それに、俺は外に出ることを目指している。ここで抱いて、万が一、子を成してしまったら、外に出るという望みも薄れてしまうかもしれないし、買われて外に出たり死んでしまったら、俺と同じような子供をまた作ってしまう事になるだろう。
「覚悟を決めてしまった所に申し訳ないが、俺は君たちを抱くつもりは無い」
「ブーブー。ヘタレじゃーヘタレじゃー」
外野が煩いが、二人を前に突っ込むのは辞めておこう。
「その代わり、話をしよう」
「話、ですか?」
「そう。俺はこのコロシアムの中で生まれて、外の事を殆ど知らないんだ。君たちのコロシアムはどんな所か。外の世界がどんな所か。色々と聞かせてほしい」
二人は何かホッとしたような、がっかりしたような笑みを浮かべて、色々話してくれた。その話の中では、俺の知らない生活があった。季節毎に変わる色鮮やかな森林は、より、俺の夢を追いかける気持ちを強くしてくれた。
話は深夜まで続き、何時しか、三人は眠りに落ちていたのだった。