異世界に悪役令嬢として召喚されたんだけど、悪役令嬢として召喚ってどういうこと???
「ハァ……」
クソデカ溜め息を吐きながら、今日も一人会社へと向かう。
嗚呼、また月曜日が始まってしまった……。
なんで土日ってあんなに一瞬で過ぎ去ってしまうのだろう?
平日は体感十日くらいあるのに、土日は体感十二時間だ。
絶対に悪戯好きの妖精が時空を歪めてると思う……。
「ん?」
その時だった。
突如足元に魔法陣のようなものが浮かび上がり、それは眩いばかりの光を発した――。
えっ???
「おお! 成功だ! 悪役令嬢様が我が世界に降臨なされたぞ!」
「…………は?」
光が収まると、私はRPGとかによくある神殿の中みたいな場所に立っていた。
目の前にはやたらテンションの高い、神官服を着たハゲのオッサンが歓喜している。
こ、これは――!?
「え? なんのドッキリですかこれ? 私、これから出社しなくちゃいけないんで、こういうのはご遠慮したいんですけど……」
私はハッサン(※ハゲのオッサンの略)に、おずおずと声を掛ける。
「おお、これはこれは申し遅れました。私は神官長のハッサンと申します」
奇跡が起きたわ。
「残念ながらこれはドッキリなどではございません。あなた様はこの世界の救世主となっていただくため、悪役令嬢として召喚されたのです」
「……はぁ」
つまりこれは小説とかでよくある、異世界召喚ってこと?
……いや、でも、聖女として召喚とかならまだわかるけど、悪役令嬢として召喚ってのはどういうこと???
悪役令嬢の場合は、普通召喚じゃなくて転生じゃない??
乙女ゲーの世界の悪役令嬢に転生しちゃって、破滅フラグをへし折るために奮闘するってのが定番でしょ??
悪役令嬢として召喚されるっていうのは、あんま聞いたことないんだけど……。
そもそもこの世界では、悪役令嬢って役職なの?
「――実はこの世界は今、未曾有の危機に晒されているのです」
「――!」
ハッサンは震える拳を握りしめながら、天を仰ぐ。
「そ、それは、どんな?」
「――はい。世界各地で王太子と男爵令嬢による婚約破棄が勃発し、甚大な被害を受けているのです」
「???」
「そして遂に先日は隣町にも王太子と男爵令嬢が現れ、それはそれは壮絶な婚約破棄を繰り広げたそうです。この町にも、いつやつらが現れるやも知れません……」
王太子と男爵令嬢って、そんな魔物みたいな扱いなの???
「やつらに対抗できるのは、悪役令嬢であるあなた様をおいて他におりません! どうかこの世界を救うために、お力をお貸しいただけませんでしょうか!? この通りです!」
「……」
ハッサンは私に向かって深くハゲ頭を下げた。
世界観がイマイチ謎なんだよなぁ……。
王太子と男爵令嬢が魔物で、悪役令嬢が聖女って置き換えると、しっくりくるんだけどなぁ。
「申し訳ないんですけど、私にはちょっと、荷が重いというか……」
そもそも悪役令嬢の仕事ってよくわかんないし。
「そこをなんとかッ! オイ! お前のほうからも、悪役令嬢様を説得するんだ!」
「はい」
「っ!」
ハッサンに呼ばれて私の前に出て来たのは、メガネをかけた銀髪の、背の高い超絶イケメンだった。
ふおおおおおおおおおおお!?!?!?
拙者メガネ銀髪高身長イケメン大好き侍……!!!
休日はいつもメガネ銀髪高身長イケメンが出てくるアニメをヘビーローテーションしているでござる……!!!(働きたくないでござる!!!)
「えっ、あの、そ、その……デュフフ」
ああ!!
ダメッ!!
メガメンさん(※メガネのイケメンの略)の前だと、キモオタみたいになっちゃうッ!!
「フフ、私はメガメンと申します、悪役令嬢様」
奇跡再び!!
「僭越ながら、救済美形を担当させていただいております」
「救済美形を???」
救済美形って、悪役令嬢モノの小説で婚約破棄された悪役令嬢を救うヒーロー役の、あの救済美形??
メ、メガメンさんが救済美形だったら、悪役令嬢、悪くないかも……。
「私からも誠心誠意お願い申し上げます。――どうか悪役令嬢になってはくださいませんか?」
「――!」
メガメンさんは片膝をつき、それはそれは凛々しいお顔で私を見つめながら、右手を差し出された。
メガネの奥の碧い瞳が、キラリと光る。
あああああああああああん!!!!
「は、はい、精一杯、が、頑張ります」
私はゴシゴシと手汗を拭いてから、そっとメガメンさんの右手に自分の手を重ねた。
嗚呼、メガメンさんの手、ゴツゴツしててドチャクソ男性的いいいい!!!!
「フフ、ありがとうございます。あなた様のお名前をお聞かせいただけますか、悪役令嬢様?」
「あ……亜股玲子です」
「レイコ様。いいお名前ですね」
「――!」
メガメンさんが二秒以上見つめていたら目が潰れるレベルの、ドイケスマイルを投げてきた。
目がぁぁ〜!! 目がぁぁぁぁあっ!!
「ではこれから末永くよろしくお願いいたします、レイコ様」
「は、はい」
あれ??
今メガメンさん、末永くって言わなかった??
「よぉし、そうとなったら善は急げだ! お前たち、任せたぞ!」
「「「はい!」」」
「っ!?」
ハッサンが声を上げると、豪奢なドレスやらメイク道具やらを手にした女性神官さんたちが、私を取り囲んだ。
あ、あーーーれーーーーー。
「こ、これが、私……!?」
鏡に映った自分の姿を見て、思わず目を見開く。
まさかリアルで「こ、これが、私……!?」ムーブをすることになるとは……。
今の私は、いかにも貴族令嬢っぽいキラキラしたドレスに身を包んでおり、まつ毛はマッチ棒が乗るくらいバッサバサ。
そしてキッチンカーで売ってるケバブを彷彿とさせる立派な縦ロールという、ザ・悪役令嬢な風貌をしていた。
ただ、私は純日本人で黒髪だから、そこだけはアンマッチな気がする。
やっぱ悪役令嬢といえば、金髪が王道よね。
「フフ、よくお似合いですよレイコ様。つい見蕩れてしまいました」
「なっ!?」
メガメンさんが、しれっとそんなことを言う。
イケメンはすぐ恥ずかしい台詞を吐くッ!!!!
これじゃ拙者の心臓がもたないでござるッ!!!!
「た、大変ですッ!」
「「「――!」」」
その時だった。
顔面蒼白の女性神官さんが、慌てて駆け込んで来た。
「なんだ!? ま、まさか……!」
今度はハッサンの顔が真っ青になる。
「はい……。――遂にこの町にも、王太子と男爵令嬢がやって来ました」
噓おおおおおおん!?!?!?
わ、私まだ、心の準備がああああああ!!!!
「オイ! 悪役令嬢はどこだ! 隠し立てすると、ろくなことにならんぞ!」
「そうよ! いるのはわかってるんですからね!」
神殿を出て広場に向かうと、そこには王子様っぽい服を着た金髪イケメンと、やたら胸がデカいピンクブロンドのゆるふわ女子がいた。
間違いない、あれが王太子と男爵令嬢だろう……。
「レイコ様」
「……!」
私の隣に立つメガメンさんが、「大丈夫ですか?」とでも言わんばかりの顔で私を見下ろしながら、ギュッと手を握ってきた。
この瞬間、暴風雨が吹き荒れていた私の心がピタリと凪いだ。
そして燦燦と輝く太陽が顔を見せ、無限のエネルギーを振り撒いた――。
私はメガメンさんに無言でコクリと頷き返し、手を離した。
――そこで見ててくださいメガメンさん。
あなたが側にいてくれるなら、私は悪役令嬢として、いくらでもこの世界を救ってみせます――!
「私が悪役令嬢のレイコです。ごきげんよう」
私は王太子と男爵令嬢の前に立ち、見よう見まねでカーテシーを取る。
「フン! 怖気づかず姿を見せたことだけは誉めてやろう。レイコ、ただ今をもって、貴様との婚約を破棄する!」
さあて、華麗な婚約破棄劇の始まりよ――!
「そんな!? 理由をご説明ください、殿下!」
まずは何故婚約破棄されたのか、理由を問い詰める。
私も伊達に悪役令嬢モノの小説を読み漁ってない!
大まかな流れは、頭で考えずとも身体が覚えてるわ!
「フン! とぼけても無駄だぞ! 貴様が裏でダージョに陰湿な嫌がらせをしていたことはバレているのだからな!」
「嗚呼、殿下……」
男爵令嬢が、悲愴感漂う表情を浮かべながら、王太子にしなだれかかる。
男爵令嬢の名前はダージョっていうのか。
男爵令嬢だから?
さあて、こういう場合は――。
「それは誤解です。私はダージョさんに、下級貴族の身分で、私という婚約者がいる殿下と親しくするのはいかがなものかと忠告したまで。決して嫌がらせなどではございませんわ」
私は後方に立つ、メガメンさんのお顔をチラリと窺う。
メガメンさんは真剣な表情で、事の成り行きを見守ってくれていた。
ああ、いくらこれが役目だとはいえ、メガメンさんの前で他の男と婚約者だと言うのは心が痛い……!
いわんや初対面をや。
「だーかーら、それが嫌がらせだと言っているんだ僕は! 見ろダージョを! こんなに怯えているじゃないか!」
「殿下、私、怖かったですぅ」
いやいや、絶対噓でしょ。
その手の尻軽ビッチ(重言)は、表じゃ「怖ーい」ってぶりぶりぶりっ子してるけど、腹の中じゃいかにインスタでバズってマウント取るかということしか考えてない、承認欲求のバケモンなんだよッ!
それなのに、ホント男ってのはいつの時代もこんな低俗な色仕掛けに引っ掛かりやがって!
やっぱY染色体はクソ!
X染色体こそ至高!!
あ、でも、Y染色体がないとメガメンさんと出逢えてないから、ごく一部のY染色体は、許す!!(宇佐美)
「しかも先日はダージョを階段から突き落としたそうじゃないか! これは立派な殺人未遂だ! 貴様のような犯罪者は、今この場で打ち首の刑に処す!」
「なっ……!?」
王太子は腰に差している剣をユラリと抜き、その切っ先を私に向けた。
あれ???
こんな問答無用でその場で斬首される展開は、悪役令嬢モノでは珍しい気がするけど……。
これじゃ悪役令嬢が弁明する暇もないじゃない!
「ちょ、ちょっとだけ!? ちょっとだけ待ってはくださいませんか殿下!?」
「ええい! 往生際が悪いぞ! 覚悟を決めて、念仏でも唱えろ!」
だから世界観どうなってんだよッ!?
仏教がある世界なのか、ここはッ!?
「チェストオオオオオオ!!!!」
薩摩隼人かよッ!?
――王太子の放った大振りな袈裟斬りが、私を襲う。
あっ、死んだわ、これ。
「――そこまでだ」
「「「――!!」」」
その時だった。
王太子の剣を、私の前に立ったメガメンさんの剣が受けた――。
救済美形キターーー!!!!(大歓喜)
こんなん惚れてまうやろおおおおおおおお!!!!!!
「な、なんだ貴様は!?」
「私の名は救済美形のメガメン。冥土の土産に覚えておくがいい」
やっぱり仏教があるのね??
「くっ、まさかこんな辺境に救済美形がいるとは! だが、この技が受けられるかな――?」
王太子はメガメンさんから距離を取り、剣を上段に構えた。
な、何をする気なの……?
「――邪気滅殺暗黒竜覇滅殺獄炎斬ッ!!」
唐突に厨二感出してきた???
滅殺が二個も入ってるし!
「――遅い」
「ガハッ!?」
「「「――!!」」」
が、メガメンさんは邪気滅殺暗黒竜覇滅殺獄炎斬を華麗に躱し、逆に王太子を斬り伏せた。
邪気滅殺暗黒竜覇滅殺獄炎斬YOEEEEEEEEE!!!!
いや、メガメンさんが強すぎるのか……。
「くっ……、これで勝ったと思うなよ……。悔しいが僕は王太子の中では最弱。この世界には……まだまだ僕の力を遥かに超える……王太子……が……」
――!!
王太子は鬼滅の鬼が死ぬ時みたいに、灰になって跡形もなく消えていった――。
えーーー!?!?!?
「ああ!! で、殿下あああああああ!!! ぐああああああああああ!!!!」
っ!?
今度はダージョも連動するかのように、同じく消え去った。
どういう仕組みなのこれ???
「ふう、これにてざまぁ完了ですね」
メガメンさんが優雅な所作で剣を鞘に収めた。
私の知ってるざまぁと違うッ!
「ありがとうございましたレイコ様。あなた様のお陰で、まずは一つの婚約破棄を解決することができました」
私の前に立ったメガメンさんは、私の頬に右手を添えながら、ドイケスマイルを向けてくる。
はうっ!!!(萌死)
「あ、いや、私は実質何もしてないですし……。王太子を倒してくれたのは、あくまでメガメンさんですから」
ぶっちゃけメガメンさんさえいれば、悪役令嬢は要らないのでは……?
そう思うと、何故か私の胸の奥がチクリと痛んだ。
「いいえ、そんなことはございません。悪役令嬢のレイコ様がいらっしゃるから、私は救済美形としての力を発揮できたのです。悪役令嬢がいないと、王太子と男爵令嬢は無敵。悪役令嬢なくして、世界の平和は有り得ないのです」
「そ、そうなんですか??」
つまり悪役令嬢は、鬼滅における日輪刀的な立ち位置ってこと??
それならまあ、確かに必須ではあるかもしれないわね……。
そうか……、こんな私でも、メガメンさんの役に立ててるんだ!
この瞬間、私の心がパアァッと晴れ渡った。
「どうかこれからも末永く、私と人生を共に過ごしてください」
「は、はい! 喜んで!」
メガメンさんに差し出された右手を、ギュッと握り返す。
あれ、待って??
なんか今の、まるでプロポーズみたいじゃなかった??
「フフ、言質は取りましたよ」
「――!」
メガメンさんは背筋がゾクッとするほどの、妖しい笑みを浮かべた。
まさかメガメンさん、ヤンデレ属性まで持ってらっしゃるの???
「いやー、本当に助かりましたレイコ様! 祝勝会で特上寿司を用意してありますんで、どうぞあちらの会場に!」
ハッサンが揉み手で近付いてきた。
だから世界観どうなってんだよッ!!!
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