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ベテルギウス・レオ・フォン・ユーリス②

◇◇◇




 その日から彼は働くことなく家の中を徘徊し始めた。

 生活に必要な金銭の全てはザクセンが稼いでくる。

 彼に全力で寄っかかってしまい、申し訳ない気持ちは多少あった。

 けれど、自分は王家の一員であり、彼は臣下であった。

 そう考えると、罪悪感は薄れた。


 ベテルギウスが考えなければならないことは一つだけだった。

 クリスティーナのことである。

 彼女と自分の間には真実の愛があったのだ。


 ロゼなどという悪魔の様な女に騙されてしまったが、ちゃんと謝罪し、愛していると言葉にして伝えれば、甘いクリスティーナのことだ、何だかんだと許してくれるに違いなかった。


 そうなると、出来るだけ早く王都へ帰らねばならなかった。

 相思相愛のクリスティーナの元へと、一刻も早い帰還が待たれた。




◇◇◇




 それからというもの、ベテルギウスは何度となく王都へと戻る提案をしたものの、ザクセンによって却下された。彼が稼ぎ頭であるので、彼の意見は無下には出来なかった。


 ザクセンは、王都は危険だと主張したが、王都に着くなりクリスティーナを説得出来れば事態は全てが上手くいくはずであった。

 何度そう説明しても、臆病なザクセンはどうしても首を縦に振らなかった。


 しかし辺境に辿り着いてから二年と半年が過ぎようとしたその日、ザクセンは大怪我を負い、右腕と右足を失った。


 ベテルギウスは悲壮な顔をしたが、内心では小躍り状態であった。

 もはや口煩いザクセンは自由を失った。

 誰にも咎められずに、王都へと戻る絶好の機会であった。


 ザクセンは治療が終わったものの、苦痛からか額に汗を流し、意識を失っていた。ちょっとやそっと物音を立てたところで彼は起きやしない。ベテルギウス達三人は、改めて家探しし、彼の隠し持つ虎の子の財産を探し出した。それだけでなく手早く、家の中の金目のものは質に流し、硬貨へと換金を済ませたのだった。


 ベテルギウスはザクセンに心の中で謝罪し、それと同時に、けれど臣下であるお前なら許してくれるはずだと己を納得させた。


 憂いを断ち、辺境を旅立ったときのベテルギウスは、それはそれは希望に満ち溢れた顔だったという。




◇◇◇



 

「クリスティーナ……お前を愛している」


 ようやく伝えることが出来た。

 これが私達の第一歩だ。

 それなのに───


「失礼ですが、貴方の発言は不敬にあたります。先程連れて行かれたブライツという方の様になりたくないのでしたら、口を閉ざされた方がよろしいでしょう」


 彼女はこれほどまでに辛辣な物言いをする女性だったか?

 しかも愛する私に対して、である。


「貴様は、私のことを愛していただろう?

 だから相思相愛というわけだ。

 思い出せ、このベテルギウス・レオ・フォン・ユーリスのことを。私を愛していた貴様なら、必ずや思い出せるはずだ」


 最愛の願いなら聞いてしかるべきだろう。


「だから私のことを思い出してこの生活から解放しろ」


 それに私の手を取れば、再び将来の王妃になれるのだ。

 断る理由などないだろう。


「そうすれば、あのときの婚約破棄の言葉も取り消してやる。婚約破棄を取り消せば、貴様もこの国の王妃になれるのだ」


 彼の言葉に対し、予想外にもクリスティーナは怪訝な表情を浮かべた。


「あのー、失礼ですがベテルギウス様……でしたか?」


「お、おお! 思い出してくれたか! 最愛の人よ!」


 ベテルギウスは声に愛情を乗せた。


「いえ、そういうわけではないのですが、一つ勘違いをなされてるようですので、それを正しておきたいと思います」


 勘違い……?


「何だ……言ってみろ」


「私は、この国の第一王子であるシリウス様と既に婚姻を結んでおります。ですので、貴方の言ったことは、何でしょう? 全くの妄想と言いますか、単なる戯言に過ぎません」


「何……?」


「今はまだお義父(とう)様とお義母(かあ)様が国政を担っておりますが、そう遠くない未来、シリウス様と共に、私がこの国の(まつりごと)を担うことになっております」


 ベテルギウスは声を失った。

 けれど、クリスティーナはそんなことには構わずに、畳み掛けるように真実を告げた。


「もはや、貴方がどこの誰であろうと関係ありません。貴方の言う通りに、貴方がこの国の元第一王子だったとしても、そんなことは誰も知りませんし、誰も信じやしないでしょう。

 この三年間、どこで何をされていたのかはわかりませんが、シリウス様は将来のため、国のためにと必死に頑張られました。

 そして、お義父(おとう)様とお義母(おかあ)様からも、将来の国父としての心構えをお認めになられました。

 私の言っていることを理解出来ますか?

 貴方がどこの誰であろうとも、もはや貴方の戻る場所など存在しないのですよ」


 多量の情報を浴びせられたベテルギウスは、それでも彼女の言葉に違和感を覚えた。

 この会話の中で、私は自分を第一王子だと言ったか?


「おまえ、もしかして」


 希望の全てが泡となる想像と共に、最悪の予想がベテルギウスの脳裏を過ぎった。


「貴方は恥知らずですね。

 ロゼ様を愛しているといったそのお口で、今も臆面もなく私のことを愛していると宣う。私ならその様な恥知らずなことは死んでも出来ませんわ」


「まさか───」 


 最悪の予感は最低の確信へと変わった。


「貴方にとっては誰彼構わずに愛してると口にしても大した問題ではないのでしょう。

 それに貴方は貴族籍を捨てても、構わないのでしょう?

 王族であるからこそ享受出来ていた全てを失っても構わないのでしょう?

 それもこれも全てはベテルギウス様御自身が言ったことですよ」


「お前のせいなのかッ!!」


 貧しくて惨めな三年間を思い返した。

 全ての元凶はクリスティーナであったのか───


「私のせい? いいえ、これは貴方自身の愚かな振る舞いによって起こされた事態です。私は貴方の望み通りにしてあげただけですわ」


「貴様ぁぁあ!!」


 ベテルギウスは牢の中から彼女を捕まえんと腕を伸ばした。

 けれど捕まえた後どうすれば良いかは、もはやベテルギウスにはわからなかった。


「『真実の愛さえあれば、私達は何だって乗り越えていける』でしたか?」


 ベテルギウスは自身の過去を突きつけられた気分になり、思わず喉が枯れそうなほどに叫んだ。


「貴方が仰ったことではありませんか」


 全ては私が───愚かだったのか。

 理解した瞬間に嗚咽がこぼれた。

 自身の過去が、現在が、未来が自然に思い起こされた。



 さようなら、ベテルギウス様……二度と会うことはないでしょう。


 空耳か、それとも風が運んだのか。

 ベテルギウスはクリスティーナの声を聞いた気がして、いつまでもいつまでも、生を終える最後の瞬間まで、とめどなく泣き続けた。




最後まで読んで頂きましてありがとうございます。

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