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シャリク・ハインドリー・フォン・シャルパンティエ

◇◇◇




 シャリクという人物は臆病であった。

 もっと言うなら彼は臆病なだけでなく、自分の過失を責任転嫁する気質の持ち主であった。


 だから彼は己の不出来さを優秀な姉のせいにしたのだった。

 そもそも、別段シャリク自身が不出来と言うわけではなかったのだけど、優秀過ぎる姉の存在に、強烈な劣等感を抱いたのであった。


 彼には本来なら、努力を重ねて劣等感を払拭し、昇華するという道もあったけれど、臆病な彼にはその道を選ぶことは、何よりも恐ろしく、到底不可能な選択肢であった。



 辺境に辿り着いてからも彼の臆病さは発揮された。

 彼が男娼を選んだのは、平民にどやされながら頭脳労働をしたブライツの様にも、いつも生傷が絶えないザクセンの様にもなりたくなかったからであった。


 言う通りにすれば自分に脅威を与えることはない存在から、決められた時間従順に振る舞うだけで賃金が得られる───これこそが彼が男娼を選んだ理由であった。





 しかし己で選んだ道も、他者へと責任転嫁するシャリク自身の性質によって呆気なく終わりを迎えたのだった。


 仕事に慣れてきたシャリクは、本来ならもっと貰えるはずの賃金を元締めに抜かれていると思い始めた。今となっては誰の入れ知恵かはわからないが、彼の思考は、既に破滅に足を踏み入れていた。


 そのあげく彼は勝手に取った顧客から病気を感染され、それと同時に店を通さずに顧客を取っていたことがバレ、娼館をクビになった。


 それ以降、シャリクは男娼の仕事は続けられず、かといって、他の仕事をする勇気もなかったため、三人目の穀潰しとなったのであった。





◇◇◇





 彼は、臆病で他者に責任を擦り付けるだけでなく、甘ったれた性根の持ち主でもあった。

 だから、最後の最後まで、姉に謝れば何とかなると思っていた。


 彼の胸の内には姉は許してくれるという確信があった。

 なぜなら、彼はこれまでにも多くのことを仕出かしてきたが、その都度、クリスティーナは「もう……気をつけなさいよ」と多少なりとも言葉にするだけで彼の全ての尻拭いをしてくれたからだ。

 そしてクリスは弟を一度たりとも責めたことはなかった。


 そうだ。自分はクリスティーナの弟なのだ。

 これまで姉はずっと可愛がってくれたではないか。

 血を分けた弟である自分が頭を下げたら今回だって間違いなく許してくれるはずだ。


 それに跡継ぎの問題もある。

 姉は確かに優秀であるが女性だ。

 女性が貴族家を継ぐことはないではないが、それでも男性である自分がいた方がいいことは間違いない。


 なのに───


「お忘れも何も、私の弟はただ一人、昨年生まれたラウダだけですわ。シャリク様? と仰りましたか? 恐らくは誰かと間違えられてるのではないでしょうか?」


 シャリクを知らないと宣う姉は、今度は聞いたことのない名前を告げた。


「ラウダ……?」


 気が付けば、自身もその名を呟いていた。

 すると、クリスティーナが微笑んだ。

 かつてシャリクに向けてくれていたはずの微笑みであった。

 だから彼は、無意識に姉へと手を伸ばした。


「私のかわいいかわいい弟ですわ。彼が大きくなればシャルパンティエ家も安泰でしょう」


 けれど、その手は届くことはなかった。

 彼女の微笑みは、既に失われた過去であった。


「私だから良かったものの、普通なら貴族を騙った罪で死罪になりますので、お気をつけくださいませ」


 シャリクは崩れ落ち涙を流した。

 そして、己へと問いかけた。

 姉の反目に立ち、己が何を手にしたのか。


 貧しく、惨めな生活だった。

 空腹が酷く、水で糊口をしのいだ日もあった。


 貴族としての尊厳を切り売りし、男娼に身をやつした。

 仲間を切り捨て、命をかけて戻ってきたものの自分の居場所などとうの昔になくなっていた。


 自分は何を間違えたのだろう。

 シャリクの現状は、彼自身の持つ臆病さと、全てを他人のせいにする卑怯な性格が招いたものであったが、本人にはその自覚などないため、自分で思い至ることはない。


 けれどもただ一つ、彼の脳裏にちらつくものがあった。

 慈愛に満ちた姉の微笑みであった。


 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えてくれ!


 心の中で叫ぶもどうしても消すことは出来なかった。

 愛する家族に向けられたクリスティーナの微笑みは、かつては自分に向けられたものであった。



「ああ、姉さん、姉さん、姉さん……」


 シャリクはいつまでも戻ることのない過去に思いを馳せ続けた。

 









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