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◇◇◇
「クリスティーナ嬢、これまでのことは謝らせて欲しい!」
ボロボロの衣服に不釣り合いな眼鏡を掛けた男性が私に頭を下げられました。
「謝る? 申し訳ないのですが初対面である貴方に謝られる理由などございませんが……」
「あ、ああ。少し、思い出して欲しい。ブライツ……ブライツという名前に聞き覚えはないか?」
「ごめんなさい……本当に、わからないのです……」
「私の名前は、ブライツ・ノベル・フォン・カンタビレだ! 王国の元宰相は私の父だ! 私をここから出してくれないか? そして父を呼んでくれ! そうすれば必ず親子であることを証明してみせる!」
ブライツと名乗る方が、再び私に頭を下げられました。
けれど、
「もしやとは、思いますが……貴方様方は三年前の学園の舞踏会の日に王宮に侵入した賊ではないでしょうか?」
私が尋ねると、彼は怒りの形相を浮かべ、眉間を震わせました。
「私達は、賊ではない。どうしてこのようになったかわからないが、誰も彼もが私達のことを忘れてしまったようなのだ……だから父に会わせてさえくれれば、私が彼に必ず全てを思い出させてみせる! だから───」
「失礼ですが、三年前のあの日、一番憤られていたのがカンタビレ宰相でした。見つけ次第に殺すと物騒なことを仰っていましたが、もし、それでもよろしければ……」
「あ、あああ」
彼が何かをモゴモゴと呟くと勢いよく牢から手を伸ばされました。そして牢の鉄筋を掴むとそれを乱暴に前後させながら、
「ならば、クリスティーナ嬢! 貴女が口添えしてくだされば!! どうか貴女から父上にお取次ぎください!! 『これは貴方の本物の息子です』って!! お願いだ!! お願いだから!! お願いだからぁぁぁぁぁ───」
まるで慟哭のような声を上げられました。
「申し訳ありませんが、私では貴方のお力になれそうにありません。貴方の様な格好をした───素性の知れぬ者を宰相様に会わせることは出来ません」
「父上ならッ! 私を慈しみ育ててくださった父上ならッ!! 私を将来の宰相であるとお認めになった父上ならッ!!」
ブライツ───と名乗る方が聴き逃がせないほどのことを言いました。私が兵に伝えると、
「やめろ!! どうして!! 私は将来の宰相だぞ!!」
兵達は、抵抗する自称宰相様の息子を両脇に抱えられました。
「どうしてもこうしてもないでしょう。
貴方はやり過ぎたのです。
将来の宰相と目されてるのはブライツ・ノベル・フォン・カンタビレ───ではなく、宰相様の長男であらせられるユベル・ノベル・フォン・カンタビレ様でございます」
「それは私の弟───」
「そこまでにしてくださいませ。それ以上申されましたら、私もこの場で裁かねばならなくなります。
実際に、宰相様の息子はユベル様お一人でございます。ブライツなる者は、存在しておりません。それに、優秀なユベル様は将来の宰相を目指して、日々努力を重ね、将来の地盤を確実に固めておられますので……」
私が現実を突きつけると、彼は泣き崩れました。
「宰相様も奥方様も、それはもうユベル様を、目に入れても痛くない、宝物の様に可愛がっておられますわ。ですので、貴方の入り込む隙間はこれっぽちもございませんわ」
止めどなく涙を流し、大声で「パパ」だとか「ママ」だとか叫ばれるその姿は哀れみを誘う姿でありましたが、私にはもはやどうすることも出来ません。
そういうわけですので、私は今すぐに引き返すのも躊躇われ、その場でしばし立ち止まってしまいました。
それがいけなかったのでしょう。
「クリス……お前を愛している」
汚れか何かでくすんだ金髪をされた方が言いました。
彼は腕を組み、私に何かを言ったのです。
「失礼ですが、貴方の発言は不敬にあたります。先程連れて行かれたブライツという方の様になりたくないのでしたら、口を閉ざされた方がよろしいでしょう」
「貴様は、私のことを愛していただろう?
だから相思相愛というわけだ。
思い出せ、このベテルギウス・レオ・フォン・ユーリスのことを。私を愛していた貴様なら、必ずや思い出せるはずだ」
ベテルギウス───以下彼のことをベテルギウスと呼称いたします───は不遜な顔で言われました。
先程の私の助言は聞き入れて貰えなかったようです。
「だから私のことを思い出してこの生活から解放しろ」
なおも彼は言葉を続けます。
「そうすれば、あのときの婚約破棄の言葉も取り消してやる。婚約破棄を取り消せば、貴様もこの国の王妃になれるのだ」
王妃になれるのだ?
「あのー、失礼ですがベテルギウス様……でしたか?」
「お、おお! 思い出してくれたか! 最愛の人よ!」
ベテルギウスが気持ちの悪い猫なで声を発されました。
「いえ、そういうわけではないのですが、一つ勘違いをされてるようですので、それを正しておきたいと思います」
「何だ……言ってみろ」
本来ならば、彼に許可を取らずとも宜しいのですが……
「私は、この国の第一王子であるシリウス様と既に婚姻を結んでおります。ですので、貴方の言ったことは、何でしょう? 全くの妄想と言いますか、単なる戯言に過ぎません」
「何……?」
「今はまだお義父様とお義母様が国政を担っておりますが、そう遠くない未来、シリウス様と共に、私がこの国の政を担うことになっております」
ベテルギウスが呆気に取られた顔で言葉を失った。
「もはや、貴方がどこの誰であろうと関係ありません。貴方の言う通りに、貴方がこの国の元第一王子だったとしても、そんなことは誰も知りませんし、誰も信じやしないでしょう。
この三年間、どこで何をされていたのかはわかりませんが、シリウス様は将来のため、国のためにと必死に頑張られました。
そして、お義父様とお義母様も、将来の国父としての心構えをお認めになりました。
私の言っていることを理解出来ますか?
貴方がどこの誰であろうとも、もはや貴方の戻る場所など存在しないのですよ」
「おまえ、もしかして」
「貴方は恥知らずですね。
ロゼ様を愛しているといったそのお口で、今も臆面もなく私のことを愛していると宣う。私ならその様な恥知らずなことは死んでも出来ません」
「まさか───」
「けれど、貴方にとっては大した問題ではないのでしょう?
貴方は貴族でなくとも、構わないのでしょう?
王族であるからこそ享受出来ていた全てを失っても構わないのでしょう?
それもこれも全てはベテルギウス様御自身が言ったことですよ」
「お前のせいなのかッ!!」
「私のせい? いいえ、これは貴方自身の愚かな振る舞いによって起こされた事態です。私は貴方の望み通りにしてあげただけですわ」
「貴様ぁぁあ!!」
彼の伸ばされた腕が私に届くことは二度とございません。
「『真実の愛さえあれば、私達は何だって乗り越えていける』でしたか?」
喉が枯れそうな彼の声が少しばかり鬱陶しい。
「貴方が仰ったことではありませんか」
私は最後にそれだけを告げ、彼の悲鳴を背中に、その場をあとにしました。
さようなら、ベテルギウス様……二度と会うことはないでしょう。
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次回からはペテルギウス様達サイドとなります。