第6話 俺は貴女の剣。貴女の盾
「貴女の剣、わたしは好きですよ。素晴らしいと思いました。たゆまなく技を磨き続けてきた者にしか、辿り着けぬ境地だと」
オリビア王女の言葉に、胸がじわりと熱くなる。
「立ち振る舞いも、騎士に相応しい立派なもの」
そうだ。
俺はずっと、自分を磨いてきたつもりだ。
立場に相応しい能力を、身につけるために。
剣だけではない。
勉学や教養も。
周囲の期待に、応えられるようにと。
だが俺は――なれなかった。
周囲が望むような存在に。
「わたしは貴女が欲しい。常に努力し続ける、尊き精神を持つ貴女が」
ああ。
貴女は俺に、居場所をくれるというのだな。
なにが【魔女】だ。
やはり【聖女】ではないか。
「【緑の魔女】のプリンセスガードなど、嫌でしょうけど……。わたしの剣となり、盾となり、守ってはくださいませんか?」
この感情は何だ?
頭がぼうっとする。
足が勝手に動く。
気が付いた時には大地に膝を突き、剣を抜き放っていた。
「オリビア王女殿下。貴女を守る栄誉を賜り、感無量です。我が生涯をかけて、必ずや護衛騎士の使命を全うしてみせます」
演技ではなかった。
心の底から、そう思っていた。
帝国からの任務を、忘れていたわけではない。
だが俺は今、本気で彼女を守りたいと思っている。
鞘から抜いた剣を、両手でそっと差し出す。
オリビア王女は、大事そうに受け取ってくれた。
そして剣の腹で、軽く俺の肩を叩く。
これがプリンセスガード叙任の儀式。
ざわめきが、耳に飛び込んできた。
どうやら観客達が思い描いていた脚本とは、違う結果らしい。
騎士団長など、「そんな馬鹿な……」と漏らしてしまっている。
愚かなことだ。
オリビア王女を貶めたいのなら、もっと確実性のある方法にすればよかったものを。
儀式が終わり、オリビア王女から剣を返される。
喜びの表情に見えるのは、俺の願望だろうか?
返された剣を誇らしい気持ちで受け取り、鞘に納める。
キン! と澄んだ金属音がして、心が引き締まった。
立ち上がって周りを見渡せば、誰もが不機嫌そうな顔をしていた。
苦虫を噛み潰したような表情の国王、オーディン7世。
オリビア王女の兄である王太子も、露骨にガッカリしていた。
エリザベート王女など、双眸を吊り上げながら爪を噛んでいる。
何なのだ?
この国の王族は?
オリビア王女が、側室の子だからか?
彼らの言う【緑の魔女】とは、そこまで忌み嫌われなければならない存在なのか?
「ハッ! 魔女である姉上のプリンセスガードには、家名も持たぬ下賎な女がお似合いよ!」
忌々しげに吐き捨てたのは、エリザベート王女だ。
王族としての気品も、淑女としての礼節も皆無。
彼女の騎士にならなくて済んで、心底ホッとしている。
「下賎な女」呼ばわりにも、全く腹は立たない。
正直な感想を言うと、プリンセスガードには実家が高位貴族の騎士などを採用した方がいいと思う。
家名を持たぬ者を下賤とは思わないが、身元がしっかりした人物でないと。
姫君の護衛という、要職なのだから。
こんなザル制度だから、俺みたいな間者が紛れ込んでしまうんだ。
エリザベート王女の発言に、俺は全く怒っていなかった。
だが、激怒した人物がいる。
「エリザベート。わたしの騎士を愚弄することは、許しません」
氷のような声音で、オリビア王女がキッパリと言い放った。
「な……なによぉ……。許さないから、何だっていうのよぉ……」
強気な言葉とは裏腹に、エリザベート王女はひどく怯えていた。
足がガクガク震え、瞳が落ち着きなく揺れている。
無理もないな。
隣にいる国王まで、少々気圧されているぐらいだ。
オリビア王女が放つ、圧倒的な雰囲気に。
これは、帝国の皇后陛下が怒っている時の迫力に匹敵する。
オリビア王女は小柄なのに、とてつもない存在感だ。
「ええい! つまらん! 興が削がれた! 勝手にするがよい!」
「あっ! 父上! まだワタシのプリンセスガード叙任が……」
国王は引き止めるエリザベート王女に背を向け、スタスタと会場を立ち去ってしまった。
それに続いて、観客達も次々に帰り始める。
誰も彼もが皆、不満そうだ。
「リル、わたし達も帰りましょう」
「帰るとは、どこへ? この王宮が、貴女の家ではないのですか?」
「実はわたし、北の離宮に幽閉されているのです。せっかくプリンセスガードになったのに、華やかな職場ではなくてごめんなさい」
オリビア王女の背後から、2人の兵士が近づいてきた。
槍の石突を地面に叩きつけ、わざとらしく音を立てる。
「早く離宮に戻れ」と、オリビア王女を追い立てているようだ。
王族に対して、不敬な。
俺がありったけの殺気を叩きつけてやると、兵士達は「ひいっ!」と情けない悲鳴を上げた。
「ふふっ。リルはわたしのために、怒ってくれるのですね。ありがとう」
「私の方こそ。先程エリザベート王女殿下から庇っていただいて、ありがとうございました」
「だって本当に、腹が立っちゃったんですもの。わたしなんかに仕えてくれる、大事な騎士様を悪く言うなんて」
「臣下を大事に思って下さる方にお仕えすることができて、私はとても幸せです」
「……? 王族なら、当たり前のことでしょう? わたしはなんちゃって王女ですけど」
にっこりと笑う、無自覚名君なお姫様。
彼女に付き従い、俺は歩き始める。
「準優勝者の俺は、どうしたらいいんだ……? 陛下もエリザベート王女も、帰ってしまわれたし……」
決勝で、俺に負けたサブロゥ卿。
その他成績上位者達が、途方に暮れていた。
この場でプリンセスガードに叙任される予定だったからな。
エリザベート王女の護衛なんて、大変そうだぞ?
今の内に逃げ出したらどうだ?
「彼らもプリンセスガードにしてあげたらどうです? 王女1人につき、2~3人は付けるのが普通でしょう?」
「【緑の魔女】の騎士になってくれるなんて奇特な人、リルぐらいのものですよ。それにわたし、男性は苦手で……」
ギクリとした。
俺が男だとバレたら、嫌われてしまうかもしれない。
しばらくは黙っていよう。
「姫様ぁ~! やっと大会雑務から、解放されました~」
遠くから、侍女がパタパタと走り寄ってきた。
彼女はオリビア姫に、好意的な人物のようだな。
表情や喋り方で分かる。
「ガウニィ、お疲れ様。リル、こちらがわたしの専属侍女である……」
「スキピシーヌ伯爵家が長女、ガウニィと申します。以後、お見知りおきを」
惚れ惚れするほど美しい、優雅な淑女の礼。
伯爵令嬢という話だが、公爵や侯爵のご令嬢ではないかと疑いたくなる。
「さて、みなさん。離宮に帰りましょう。ポチも待っていることでしょうし」
オリビア王女の足取りは軽い。
これから幽閉生活に戻るというのに、楽しそうだ。
さて、上手くプリンセスガードになって潜り込むことはできた。
後は身近で調査しながら、ターゲットの処遇を決める。
いざとなったら、俺はオリビア姫を――