第41話 我が血で王都を、千年呪ってくれようぞ!
わたしの宣言に、大衆がざわめく。
「あれがオリビア王女!? そこで処刑されようとしてるガウニィって侍女から、殺されたんじゃなかったのか!?」
「何で死んだはずの王女が、でっかい犬に乗って現れるんだ?」
「それよりも……。本当に緑の髪と瞳よ! 第1王女が【緑の魔女】だったという噂は、本当だったんだわ!」
ふむ。
なるほど。
酒場で噂話をしていた情報通な連中は、王女オリビアが【緑の魔女】だと知っていたようだった。
しかし、一般市民全員が知っていたというわけではない様子。
それもそうか。
4年前の婚約破棄騒動も護衛騎士選考会も、実際に見ていたのは王侯貴族や王宮関係者だけなのだから。
そうだ。
せっかくだから服装も、王女らしいものに着替えてやろう。
その方が第1王女=【緑の魔女】という話に、信憑性が生まれる。
わたしは指を打ち鳴らした。
同時に【装備換装魔法】を発動。
一瞬で、ドレスへと着替える。
飛空挺夜会で着ていた、世界樹モチーフのドレスへと。
ヴァルハラントではあまり使い手のいない【装備換装魔法】に驚いたのか、王国軍兵士達が後退する。
王国軍も大衆も呑まれている隙に、わたしは大声で暴露祭りを続けた。
「わたしは殺されてなどいない! 妹エリザベートの策略により誘拐され、殺されそうにはなった! だが、こうして生きている!」
断頭台の傍らで見物していたエリザベートに、視線が集まる。
隣にいたトール様が、ズザッと距離を取った。
現婚約者の凶行に、引いてしまっているようだ。
「で……デタラメよぉ! 偽物よぉ! 本物のオリビアお姉様は、そこに居る侍女に殺されたのよぉ!」
「ガウニィ・スキピシーヌは、命がけでわたしを助けにきてくれた忠臣だ! 処刑される云われはない!」
一喝してやると、エリザベートは「ヒッ!」と短い悲鳴を上げて縮こまってしまった。
兄である王太子や、元婚約者のトール様まで後退りしている。
その点、オーディン7世陛下は流石だった。
動じてはいない。
険しい表情で、わたしを睨みつけてくる。
さあ?
どう出る?
これで思惑通りには、いかなくなったはずだ。
【緑の魔女】が死んだことにして、国民を安心させる。
そして王女を死なせてしまったことによる王家のイメージダウンを、ガウニィを派手に処刑することで有耶無耶にしてしまおうという思惑通りには。
「王族の名を語る、痴れ者を捕らえよ。あれは【緑の魔女】。汚らわしい髪と瞳の色を持つ者が、我が娘などであるわけがない」
白々しい。
プリンセスガード選考会の時に【緑の魔女】として晒し者にしておいて、今さらな話だ。
そうか――
やはりわたしは貴方にとって、娘ではなかったのか――
ならばわたしも、もう父とは思うまい。
どんな手段を使おうともガウニィを救出し、この国を去る。
そして二度と、戻ってはこない。
王の命を受けて、兵士達が再びわたしに接近してきた。
捕縛するつもりのようだ。
【緑の魔女】であるわたしを、この場で殺すことはできない。
千年の呪いが、王都に降り注いでしまう。
ならば、わたしの取るべき行動は――
「それ以上近づくな!」
わたしは隠し持っていた短刀を、自分の喉元に突き付けた。
守るべきものを守りきるためならば、わたしは自分の命だって使う。
命を捨てるのではない。
使うのだ。
「それ以上近づけば、この場で喉を掻き切る! 我が血で王都を、千年呪ってくれようぞ!」
凄まじい勢いで、兵士達が後退した。
見物していた一般市民達も、悲鳴を上げながら距離を取る。
「構わぬ! 捕らえよ! ――ええい! 王命だぞ! 従わぬか!」
「し……しかし陛下! この場で死なれては、呪いが!」
騎士団長が、国王の命令に異を唱える。
――狙い通りだ。
実際のところ、自殺で【緑の魔女】の呪いが降りかかるかどうかは未知数。
おそらくは、大丈夫なはずだ。
国王はわたしを離宮に幽閉している時、自死を期待している節があったのだから。
しかし、兵士達や一般市民はそれを知らない。
【緑の魔女】が死んだら無条件で、その地に呪いが降りかかると思っている者が多いはず。
「道を開けよ! わたしとガウニィは、この国を出て行く! ヴァルハラントからは、遠く離れた地で死のう!」
わたしの台詞に、兵士達の緊張感が緩んだ。
国王も、諦めたようだ。
手振りで道を開けるよう、指示を出す。
兵士達の包囲網が割れて、通り道ができた。
「ポチ! ガウニィをお願い!」
チラリと後方を振り向けば、すでにポチの背にはガウニィが乗せられていた。
本当に、賢い子。
「わふっ!」
鋭く短い、ポチの咆哮。
警戒を促すものだと察したわたしは、前方に視線を戻す。
目の前に、卵大の石が迫ってきていた。
「痛っ!」
手の痛みと驚きで、思わず短刀を取り落としてしまう。
少し離れたところに、腕を振り切った姿勢の青年が見えた。
処刑を見物にきていた、一般市民らしい。
どうやら彼が、石を投げつけてきたようだ。
「今だ! 兵士さん達! この場で自殺させなきゃ、大丈夫なんだろ!」
わたしは急いで短刀を拾おうとしたが、その前に槍の穂先が閃いた。
兵士が短刀を、遠くに弾き飛ばしたのだ。
「近寄るな! 舌を噛み切って――うぐっ!」
言い終わる前に、何かが口へと捩じ込まれた。
そのまま複数の兵士達に掴まれ、断頭台の床へと引き倒される。
「いいぞ! 兵士さん達! カッコイイ!」
「石を投げたアイツ、やるじゃん! 英雄だ!」
「この国に戻ってこないなんて話、信用できるもんですか!」
「遠く離れた地で、殺せ!」
「そうだ殺せ!」
「殺せ!」
湧き上がる「殺せ」コール。
これがヴァルハラント国民の総意か。
こんな風に思われているなら、国民の役に立とうと自分を磨く必要はなかった。
なんという、無駄な時間を過ごしたのだろうか。
わたしの人生は、全てが無駄だった。
――いや、違う。
フェン様やガウニィ、ポチと過ごした時間は楽しかった。
あの瞬間だけは、決して無駄などではなかったはず。
最期にひと目、会いたかった。
わたしの騎士様に。
断頭台の床に、涙の雫が落ちた。
――次の瞬間だ。
天から紅い光が伸びてきて、耳元の【イフリータティア】を指し示した。




