第28話 「俺の色を身に着けろ」はもう古い! これからの時代は、「わたしの色を身に着けろ」
「オリビア姫。この【イフリータティア】のイヤリングを、貴女に贈らせてください」
フェン様の口調が、皇子モードに戻っていた。
ここには彼の正体を知っている者しかいないので、問題はない。
「そんな高価な品を、受け取るわけには参りません」
値札は着いていないが、恐ろしい金額になるのだろう。
受け取るのも身に着けるのも、怖すぎる。
「先程言っていた、『税金を無駄遣いしてはいけない』というお話ですね? 私のポケットマネーから出します」
「そのお金も、元は帝国民の血税では?」
「私は内政に関わる仕事を評価され、これまでに陛下から多額の報奨金を頂いています。王国への潜入と、姫の救出についてもそうです」
むう。
個人の報酬として賜ったお金を、自由に使うなとは言えない。
しかしそれでも、モノが高価過ぎるのだ。
少々重い。
「気が引けるのならばオリビア姫、お互いに贈り合うというのはどうです?」
「いえ。手持ちの宝石類を全部売り払っても、【イフリータティア】に見合う宝飾品など……」
「アクセサリーは、金額が全てではないと私は思いますよ。……店主、【黒魔石】は在庫しているだろう?」
「はい、こちらに」
店主はすぐに、黒色の石を持ってきた。
ブラックダイヤモンドや黒曜石と違い、美しさはないくすんだ石だ。
宝飾店で扱うような石とは、とても思えない。
「この【黒魔石】は、このままだと何の価値もない石。しかし魔力を注ぎ込むと、綺麗な色に染まります。高位の魔導士なら、それこそ宝石のような輝きになる」
「フェン様は、この【黒魔石】にわたしの魔力を注げと仰るのですね。しかしそれで、【イフリータティア】に見合うものが生まれるとは思えません」
「構いません。単にわたしは、緑色の石が好きだから欲しいのです。オリビア姫の魔力の色は緑。遊園地の腕輪からは緑色の光が出たので、間違いありません」
ぬう。
強情な。
だが、魔力を注いでみるぐらいは構わない。
綺麗な魔石に仕上がらなかったら、それを理由に【イフリータティア】の受け取りをお断りすればいいのだ。
店主に促されるがまま、わたしは【黒魔石】がセットされた魔導具の前へと歩み出た。
魔法で火を起こしたり、植物の成長促進魔法を使う要領で魔力を注ぐ。
すると魔導具全体が、淡く光り始めた。
「こ……これは! 何件も【黒魔石】に色を付け販売してきましたが、このような輝きを放つ魔石は初めてです」
店主の目が、驚愕に見開かれている。
魔導具から取り出された【黒魔石】は、翠玉のような輝きを放っていた。
いや。
それよりも遥かに眩く、美しい。
「まるで伝説の【カーラアイ】だな」
顎に手を添えながら、フェン様が呟く。
また伝説?
伝説のアイテムがポコポコと頻繁に湧き出てしまっては、有難みがない。
フェン様の話によると、カーラというのは古の緑竜らしい。
彼女は竜としての生を終えた時、その身を大樹へと変えたという。
大樹は世界樹と呼ばれ、今も世界のどこかに存在する。
長きに渡って、大地に生きる者達を見守り続けているという。
「カーラは番である緑竜と、大変仲が良かったらしい。彼女が眠りにつく時、夫も運命を共にした。【カーラアイ】は、そんなカーラ夫妻の魂が結晶となった宝玉だとされている」
「何だか、壮大なお話ですね」
「【カーラアイ】は、『愛する者を守り通す力』をくれる石だという話です。……これはいい。店主。この【カーラアイ】を、イヤリングへと加工してくれ」
「えっと……。ということは……?」
「伝説の【カーラアイ】を贈られたからには、私も相応のお返しをせねばなりますまい。オリビア姫。【イフリータティア】を、受け取ってくれますね?」
「うっ……その……」
「これは政治的な意味合いも、あるのですよ。貴女が皇族の庇護下にあることを、周囲に知らしめなければなりません。【イフリータティア】は、その証です」
「はい……」
わたしは観念した。
おそらくフェン様は、最初から【イフリータティア】をわたしに贈るつもりでこの店を訪れたのだろう。
耳がずしりと重くなりそうだが、仕方あるまい。
それにフェン様からプレゼントを頂くというのは、全然嫌じゃない。
素直に嬉しい。
【カーラアイ】はこれからイヤリングに加工するので、店に預けて帰る。
【イフリータティア】の方はすでにイヤリングとして完成しているので、この場でわたしの耳へと着けられることとなった。
フェン様の長い指が、耳に触れる。
こそばゆさに身を捩りたくなるが、ぐっと堪えた。
「オリビア姫、とてもよく似合っていますよ」
フェン様は満足げに言うが、本当だろうか?
鏡を覗き込む。
耳でキラキラと、紅い宝玉が揺れていた。
ティアドロップ型にカットされた【イフリータティア】は、溜息が出そうなほど美しい。
何だか持ち主が、イヤリングに負けているような気がするのだが。
――とてもよく似合っていますよ。
フェン様の言葉が、何度も脳裏に反響する。
まるで耳元で、フェン様が囁き続けているみたいだ。
やけにフワフワした気分で、わたしは宮殿へと戻った。
耳の重さは、思ったほど気にならない。
むしろ心が、軽く感じた。
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【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~




