表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/46

第20話 我が帝国ではこれを、「飯テロ」と呼びます

 リル……フェン様に連れられて、わたしが通された場所は客人用の部屋。


 地方の貴族などが皇帝陛下に呼び出された際、宿泊するための一室らしい。




 部屋に入ると、ようやくお姫様抱っこから解放された。




「私は今から皇帝陛下にお会いして、状況報告をしなければなりません。異国の地で、我が姫を1人にしてしまうことは申し訳ないと思うのですが……」


 皇帝陛下に、直接お目通りを?

 やはりフェン様は、高位の帝国貴族令嬢なのだろうか?




「あ……いえ、大丈夫です。侍女さんやメイドさん達が、素敵なおもてなしをしてくださっていますし」


 よく訓練されたメイド達は、鮮やかな手際で薬草茶(ハーブティー)やお菓子を準備してくれていた。


 彼女達に指示を出している侍女が、わたしの話し相手にもなってくれるらしい。


 正直に言うとフェン様と離れる不安より、未知なるお菓子への興味で頭がいっぱいだ。


 一応、逃避行の途中で携帯食料を食べてはいた。

 それでも、空腹ではある。


 異国で「くぅー」とお腹を鳴らす失態を演じる前に、お菓子でなんとか(しの)ぎたい。




「それにポチも、ついていてくれますから」


「ははっ。確かに彼は、頼もしい護衛だ。ポチ先輩、オリビア姫のことをお願いします」


「わふっ♪」




 名残り惜しそうに、フェン様は部屋から出ていく。




 ハーブティーをカップに注いでくれた侍女に、わたしは尋ねてみた。




「あ……あの~。フェン様はひょっとして、帝国ではものすごく地位の高いお方なのですか?」


 侍女の瞳が、大きく見開かれる。


 彼女は(ひと)()(きゅう)おいて目を細め、(いた)(ずら)っぽい笑みを返してきた。


「フェン様がまだ秘密にしておられるのなら、わたくしの口からは申し上げられません。オリビア様を、ビックリさせるおつもりのようですね」


 侍女に悪意は感じられない。

 ただひたすら、楽しそうにしている。




「さあさあ。今はフェン様の正体より、ハーブティーとお菓子をお召し上がりください。疲れた体と心を、癒す効果もございます。ひと晩中飛び続けて、お疲れでしょう?」


 勧められて、わたしは視線を手元の皿へと移す。


「このお菓子は何でしょう? ヴァルハラント王国では、目にしたことがありません」


 編み込まれたパイ生地には、蜜でもかかっているのだろうか?

 光を反射して、金細工のように輝いて見える。


 絶妙な焼き色は、なんとも食欲をそそった。


「アップルパイという、ヨルムンガルド帝国では昔からあるお菓子でございます」


 侍女から勧められるがままにナイフを入れると、サクリとした生地の手応え。


 そしてしっとりとした、リンゴの手応えが伝わってくる。


 シナモンの甘い香りが鼻孔をくすぐり、匂いだけで味わい深い。




 ひと切れ口に入れ、わたしは言葉を失った。


 甘味と酸味が舌を包み込み、私の胸を幸せいっぱいな気分にしてくれる。




「お口に合ったようで、何よりです」




 侍女の言葉で、わたしは我に返る。


 気が付けばアップルパイは、皿上から消滅していた。




 どうしよう?


 淑女として、恥ずかしいがっつき方ではなかったか?




「なんとお美しい所作でしょう。思わず、見とれてしまいました」


 侍女の賛辞に、心の中で「よし!」と(つぶや)く。


 ヴァルハラント王族として身に付けた作法は、ここでも通用するようだ。


 離宮での幽閉生活中に、興味本位で帝国式のマナーもかじっておいて良かった。




 ティーカップに注がれた、ハーブティーにも口を付ける。


 ああ。

 なんて落ち着く香り。




 多少お腹が膨れ安心すると、今度は眠気が襲ってくる。




「オリビア様、まずはお休みになられてください。皇帝陛下への(えっ)(けん)は、充分な休息を取ってからです」


「どうしましょう? わたし、陛下にお目通りできるような服装ではないわ」


 わたしの服装は、霊園へお墓参りに(おもむ)いた時のまま。


 簡易な作業着だったりする。




「必要な服や宝飾品は、全てこちらで用意させていただきます。オーダーメイドではなく既製品となりますが、ご容赦ください」


「何から何まで、助かります。着のみ着のままで、王国を飛び出してきてしまったもので……」


「魔法通信により、オリビア様の事情は聞かされております。どうか我が帝国で、ごゆっくりお過ごしください。さあ、まずはこちらの寝間着に」




 侍女が目線で合図をすると、他の侍女が2人も飛んできた。


 最初の侍女に、よく似ている。

 3姉妹だろうか?


 彼女達は風のような速さで、わたしの作業着を寝間着へと着替えさせてしまう。


 他人に服を着替えさせてもらうなど、何年ぶりだろうか?

 

 離宮での幽閉生活中は、全て自分で行っていた。

 久しぶり過ぎて、少々落ち着かない。




 貸し出された寝間着は、可愛らしいデザインのパジャマ。


「びっくりするほど、良い肌触り……。これはひょっとして……」


「はい。アラクネシルク製でございます」


 ()()の魔物が出す糸を原料とした、とてつもなく高価な素材だ。


 こんなものを着ていたら、落ち着いて眠れるわけがない。


 すっかり目が覚めて……。


 目が覚めて……?




「あら? (まぶた)が……重い……」


「これはいけません。さあ、こちらへ」




 侍女達に両側から支えられて、わたしはベッドへと滑り込む。


 なんという大きさだろう。


 ヴァルハラント王国では、父オーディン国王陛下のベッドがこれぐらいのサイズだった。


 布団は信じられないほどふかふかで、気持ちいい。




「明日からは、忙しくなりますよ。ふふふ……。侍女として、腕が鳴りますね」


 彼女の言葉を、理解する間もない。




 わたしの意識は、急激に闇の中へと飲み込まれていった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓他にはこのような作品を書いています↓

異世界に召喚され損なったオッサンが、チート能力だけ地球に持ち帰って現金無双
【女神のログインボーナスで毎日大金が振り込まれるんだがどうすればいい?】~無実の罪で職場を追放されたオッサンによる財力無双。非合法女子高生メイドと合法ロリ弁護士に挟まれながら送る夢のゴージャスライフ~

異世界で魔神討伐をして得た超人的な力で、高校野球界を蹂躙せよ!
【異世界帰りの勇者パーティによる高校野球蹂躙劇】~野球辞めろと言ってきた先輩も無能監督も見下してきた野球エリートもまとめてチートな投球でねじ伏せます。球速115km/h? 今はMAXマッハ7ですよ?~

格闘と怪力で、巨大ドラゴンをフルボッコにする聖女の恋愛と冒険譚
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

近未来異世界で繰り広げられる、異世界転生したレーサーの成り上がり物語
ユグドラシルが呼んでいる~転生レーサーのリスタート~

ファンタジー異世界の戦場で、ロボヲタが無双する
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~
― 新着の感想 ―
[一言] そうですよ飯テロですよこれは!!!! おやつの時間に読むんじゃなかった!!! アポーパイ食べたい しかしこんなにデキる侍女がいたらガウニィちゃんの出る幕がありませんね!なんてこった!
[良い点] アップルパイは美味しいけど、ボロボロとパイ生地が落ちるので、私の中では優雅に食べるのが難しいランキング上位なんですけど、流石オリビア、修行の成果が出てますね! [気になる点] 帝国の侍女達…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ