第2話 王女は今日も、強く生きている。母親が願ったのとは、ちょっと違う方向性かもしれないけど
わたしはベッドから降りると寝間着を脱ぎ、作業着に着替えた。
男物なので、ブカブカだ。
同世代の少女達と比べても、わたしは特に小柄らしいし。
この離宮という名の廃城には、廃棄された様々な物品が放置されている。
いま着ている作業着も、そのひとつ。
元々は、庭師辺りが使っていたものだろう。
全ての部屋が物置みたいな雰囲気の離宮だが、本当に物置として利用されているのだ。
いや、むしろゴミ捨て場か。
まずは井戸で水汲みをするのが、わたしの日課だ。
外から通ってくる専属侍女ガウニィは、「水汲みなら私がやりますから」と言ってくれる。
だがこんな力仕事は、侍女のやることではない。
王族のやることでもない気がするが、いいのだ。
わたしはなんちゃって王女なのだから。
力仕事で体も鍛えたいし。
「さーて。野菜さん達の育ち具合は、どうかしら?」
水汲みを手早く済ませ、中庭にある畑に向かう。
離宮内に捨ててあった鍬などを使い、わたしが耕して作った。
幸いこの離宮には、図書館跡というか本の廃棄所もある。
農業関連の本も、大量に存在していた。
それらを参考に、わたしでも何とか農作物を育てることができている。
「ん、素晴らしい。今にもはちきれそうな実り方ね」
トマトに指を伸ばし、そっと撫でる。
なんだか自分の子供みたいで可愛い。
いずれは食べてしまうのだが。
幽閉されて半年もたった頃から、食事は一切運ばれてこなくなった。
自分の食べ物は、自分で手に入れなければ。
「う~ん。わたしが育てる野菜は、どうしてこんなに成長が早いのかしら?」
思わず首を傾げてしまう。
ここヴァルハラントでは、農作物の成長がとても早い。
言い伝えによると、神獣が大地に加護を与えているからだそうな。
そんな土地で、育てているからというのもあるだろう。
だがそれにしても、わたしが育てる野菜や果物、ハーブ類は成長速度が異常過ぎる。
数倍は早い。
他国の農作物と比べての話ではなく、ヴァルハラントの農作物と比べての話だ。
ひょっとしたらこの離宮は、特に神獣の加護が強い土地なのかもしれない。
この異常なスピードで成長する野菜や果物、薬草類を、侍女のガウニィに売り捌いてもらっている。
味も栄養も香りも抜群で、貴族相手に高額で売れているらしい。
そのお金で、生活必需品を買ってきてもらったりしている。
離宮を出入りできるガウニィがいなければ、わたしはとっくに死んでいただろう。
野菜を眺めていたら、頭上から鳥の羽ばたき音が聞こえた。
「む……。あれはカーネル鳥」
離宮城壁の上に止まっていた、やや大型の鳥。
無警戒に、こちらを見下ろしている。
畑の野菜を狙っているようだ。
わたしは急いで離宮の中に戻り、弓矢を取ってきた。
普通に廃棄されていたものだが、いいのだろうか?
わたしが見張りの兵士を射殺して、離宮から脱走する可能性。
それを陛下は、考えなかったのだろうか?
訓練を受けていない小娘には、弓など扱えないと高を括っているのかもしれない。
教本を読んで練習したら、そこそこ使えるようになったのだ。
陛下がわたしを侮ってくれたおかげで、美味しいご飯にありつけそうだ。
中庭に戻ってくると、カーネル鳥はまだ同じ位置にいた。
わたしは息を殺し、弓を引き絞る。
慎重に狙いを定めてから、矢を放った。
「よし! 上手く急所に当たった!」
苦しませては可哀想なので、狙って即死させた。
カーネル鳥は声を上げることもなく、中庭へと落下。
茂みの中に落ち、見えなくなってしまう。
これは……探すのが大変そうだ。
途方に暮れていたら、茂みがザワザワと揺れた。
「おはよう、ポチ。そこにいたのね」
「わふっ♪」
真っ黒でフカフカの毛皮の子犬が、茂みの中から顔を覗かせた。
口にはわたしが仕留めた、カーネル鳥を咥えている。
この子に「ポチ」と名付けたのはわたし。
極東の島国では、定番の名前らしい。
3年ほど前に、この離宮へと迷い込んできた。
それから体が全く成長していないという、不思議なわんこだ。
成犬になっても、体が小さい犬種なのかもしれない。
「まあ! わたしの狩りを、手伝ってくれたのね。よしよし、ポチはいい子ね」
今回のように狩りを手伝ってくれるだけではなく、どこからともなく獲物を獲ってきてもくれるのだ。
以前猪を仕留めてきた時は、さすがに驚いた。
どうやって自分の何倍も大きい相手を倒し、離宮の中庭まで引きずってきたのだろうか?
「わふっ♪ わふっ♪」
カーネル鳥をわたしの前に置き、パタパタと尻尾を振るポチ。
頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を閉じた。
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「おはようございます、姫様」
通いの侍女、ガウニィが出勤してきた。
彼女はわたしが幽閉されるより以前から、仕えてくれている。
「近くで【緑の魔女】を見張る役が必要」という陛下のお考えで、未だにガウニィはわたしの専属だ。
わたしは離宮の広いキッチンで、鍋を火にかけていた。
この廃城がかつて王宮として使われていた頃、城で働く者達全員の食事を賄っていた場所だ。
古びてはいるが、清潔に保つようまめに掃除している。
「ああ、おはようガウニィ。今日の朝ご飯は、カーネル鳥のスープよ。貴女も食べるでしょう?」
食堂の質素なテーブルに、木製の器とスプーンを置く。
ほくほく上がる湯気と共に、ハーブの香りが漂い鼻孔をくすぐる。
我ながら、上手に作れたと思った。
テーブルの下ではポチが、ガツガツと食べてくれているし。
ちなみに調理で使った鍋は、捨てられていた兜を改造してわたしが作った。
「姫様……。鳥を捌くのも食事を作るのも、ワタクシに任せていただければ……」
「鳥を捌くなんて、侍女の仕事じゃないわよ」
「王女の仕事でもありません! ああ……。可憐な姫様が、どんどん野生児になってしまわれる。天国のシルビア王妃殿下、申し訳ありません。ワタクシの力が及ばすに……」
ガウニィは嘆きながら、天に向かって祈った。
「強く生きなさい」という母上の遺言を、わたしは忠実に守っているつもりなのだが。
「それはそれとして、食べるわよね? カーネル鳥のスープ」
「いただきます!」
ガウニィは猛然と、スープを平らげた。
マナーは完璧で、優雅な所作だが……速い!
「そういえば姫様。今日は陛下からの書状を、預かってきているのです」
「陛下から? 4年間もわたしのことを無視し続けてきたのに、なぜ今さら……」
手渡された書状を開封し、目を通す。
この内容は……。
一体どういうことなのか?
「護衛騎士を、わたしに付けるですって?」