第12話 幽閉中の身なれど、お墓参りに行きまっしょい
リルが来てくれたことによって、幽閉生活もなかなか楽しいものになった。
3人と1匹で過ごしていると、この離宮という名の廃城も賑やかだ。
リルは護衛するだけでなく、仕事を手伝ってくれるので助かる。
ガウニィと2人だけでやってた頃より、野菜や果物、薬草類の収穫量が激増した。
毎晩ガウニィが持って帰り売り捌くのだが、最近では大きな籠を背負って退勤する。
けっこう重そうで、申し訳ない。
畑や果樹園での収穫もすぐ終わるようになり、読書や手芸に使える時間が増えた。
わたしが本を読む姿や編み物をする姿を、リルは楽しそうに微笑みながら見つめてくる。
しかも延々と。
わたしの騎士様は、物好きな方だ。
しばらく楽しい日々を過ごしていると、また陛下から書状が届いた。
図書室跡地で机に着き、目を通す。
「今年もあの季節が、やってきましたね」
リルとガウニィに、書状の内容を聞かせた。
今は亡き母、シルビア王妃の墓参りをするようにとのご命令。
年に1回。
この時だけは、離宮から出ることを許可される。
今年は護衛騎士選考会でも、外に出たわけだが。
「オーディン陛下は、シルビア王妃に冷たかったと仰っていませんでしたか? お墓参りに行くよう指示するとは、やはり愛しておられたのでしょうか?」
リルの希望的観測に、わたしとガウニィは顔を見合わせてため息をついた。
「リルの言う通りだったら、どんなに良かったことか」
「リル様。王家の墓地には、王家に連なる者しか立ち入れぬという掟があるのです。先祖を辿れば王族の血筋であるミョルニル公爵家が、墓地の管理を担っていたのですが……」
ミョルニル公爵家は、わたしとの婚約を破棄したトール様の実家だ。
わたしが【緑の魔女】だと発覚してから、公爵家は様々な要求を陛下に突き付けた。
娘の髪と瞳の色を偽装して結婚させようとしていた負い目のある陛下は、聞き入れるしかなかった。
その要求のひとつが、「シルビア妃の墓所管理を、放棄する」というもの。
【緑の魔女】を産んだ王妃の墓など、公爵家の誰もが近づきたくもないというわけだ。
「陛下が王女殿下に墓参りを命じるのは、まさか……」
リルの表情が曇る。
そのまさかだったりする。
「母シルビアのお墓は、墓地の片隅で放置されています。年に1回、わたしは掃除や草取り等の管理を行うために離宮外へと出されるのです」
母上のお墓は墓地の片隅にあるとはいえ、荒れ放題なのは景観を損ねるということなのだろう。
「殿下おひとりに、そんな重労働を……」などとリルは嘆いているが、別に大した労働ではない。
むしろ自分の手で、掃除ができるのは嬉しい。
もし墓参りが許可されないのなら、母上のお墓は悲惨な状態になってしまうだろう。
「『王家に連なる人間しか入れない』というのなら、プリンセスガードである私も墓地には入れないのですか?」
「ええ、その通りです。リルとガウニィ、それとポチには、墓地入口で待ってもらうことになりますね」
「それは……。王女殿下の御身が、危険ではありませんか?」
「心配しないで。墓地は綺麗な霊園です。危険な箇所など存在しません」
「そうではなく、護衛が離れるとなると……」
「誘拐や暗殺を、懸念しているのですね。それも大丈夫。王家の墓地に資格のない者が侵入すると、死罪になりますので」
誰かに命じられたとしても、実行を買って出る誘拐犯や暗殺者は皆無だろう。
捕まった時の代償が大きすぎる。
命令した者も、重罪であるし。
それだけのリスクを負って、わたしを害するメリットなどない。
「ふふふ……。今年は特に、楽しみです。母上には報告したいことが、いっぱいありますので」
少々はしたないが、机に両肘を突いて顎を乗せる。
わたしがまだ幼かった頃、ニコニコしながら話を聞いてくれた母上の笑顔。
思い出すと、わたしの頬も自然と緩む。
墓前で母上に、いっぱい語って聞かせるのだ。
「頼もしい騎士様が、わたしのプリンセスガードになってくれた」と。
「ガウニィ以外にも友人ができて、幽閉生活を楽しんでいる」と。
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お墓参りの日は、快晴だった。
お弁当も作り、ちょっとしたピクニック気分でのお出かけ。
馬車などは用意してもらえないが、問題ない。
離宮を出て、1時間も歩けば着く。
わたしとリル、ガウニィの3人は、草原の中を抜ける街道をひたすら歩く。
足元では、ポチが楽しそうに駆け回っていた。
見張りの兵士が3名、距離を置いて後ろからついてくる。
毎年見張りの兵士達は、威圧的な態度でわたしとガウニィを追い立てる。
だが今年は、リルがいる。
自分達より遥かに背の高い美貌の女騎士に威圧されて、兵士達は小さくなっていた。
「さあリル、着きましたよ。ここが王家の墓地です」
歴史を感じさせる、石造りの壁。
そんな壁にぐるりと囲まれた、広大な霊園。
ここが歴代ヴァルハラント王族の眠る墓地だ。
「ここから先は、わたしだけで進まなければなりません。しばらく待っていて下さいね」
見張りの兵士3人は、露骨に嫌そうな顔をした。
――が、リルがひと睨みすると真面目な表情で直立不動の姿勢を取った。
この統率力。
彼女ならプリンセスガードだけでなく、王国騎士団の団長も務まるかもしれない。
「オリビア王女殿下、くれぐれもお気をつけて」
「姫様。シルビア王妃殿下と、心ゆくまで語らってくださいませ」
「わふっ♩」
2人と1匹に温かく見送られながら、わたしは霊園の門をくぐった。




