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不器用な私たち  作者: Aoioto
8/17

第8話 「ハードルは下げれるだけ下げるべし」

---



 結局、全部で3ゲームも遊んだ。


 この後カラオケに行こうと思ってた私は、ちょっと腕がだるい程度で、なんとか体力を温存したまま終えることができた。

 でも、全力でストライク(またはスペア)を取りにいったユージさんは、汗だくで息を切らしていた。


 とてもじゃないけど、会計ができる様子じゃない。

 だから、どっちがお金を出すかは揉めなかった。

 こっそり、私が出しておいた。


 既に会計が済んだことを知ってびっくりしたユージさんの顔を見て、「ホテル代のお返しができたかな」って一瞬思った。

 だけど、ボウリングに誘ったのは私。

 ユージさんは付き合ってくれただけだ。

 それを思い出して、結構本気で打ちひしがれた。

 死ぬまでに何かお返しをしたいのに、なかなか上手くいかない。


「まさか、自分がこんなにボウリング下手だとは思ってなかったよ」


 公園のベンチに座って、彼は屈託なく笑った。

 初めて見る表情。

 一昨日の瞳の暗さは、もうない。

 これがスポーツの力……ってやつなのかな。


 私は無難に済ませちゃったから、いまいち共感できないや。

 力抜いてそこそこ楽しめばいいやーって、思ってたし。

 彼を見てると、ちょっぴり損した気分になる。



 空を見上げる。

 冬独特の澄んだ青が、私の視界を埋め尽くした。


 ……。


 もし。


 私も、本気でやってたら……。


 ユージさんに視線を戻すと、

 彼は、満足そうに目を瞑っていた。


 ……こんな風に、私も笑えたのかな。


(ちょっと、未練かも)


 少し肌寒い風を頬に受けながら、

 私は、1人静かに息を吐いた。



--



「次は何がしたい?」


 ユージさんの声で、はっと我に返る。


 危ない。

 ぼーっとしてた。


「カラオケにも行きたいけど……とりあえず一旦、どこかで休む?」


 最悪、カラオケには行けなくてもいい。

 ユージさんの体力面が心配だし。

 残念だけど、ボウリングで十分楽しめたし。

 こればっかりは仕方がない。


 あくまでも、私たちの目的は今日の夜にある。

 それを忘れてはいけない。

 無理して遊んで、肝心なところで力尽きるなんて嫌だ。


「そうだね。丁度いいし、一旦休もうか」


 と、ユージさんは腕時計に視線を落とした。


「あそこのカフェで昼食をとって、少し休んだ後にカラオケに行こう」

「うん」


 空を仰ぐ。

 太陽が真上まで昇っていた。


 そうか、もうお昼なんだ。

 ……1日の半分が、もう終わったんだな。

 あっという間だった。


 残りの半分も、きっと一瞬だ。


 しっかり、楽しまなきゃな。



---



 指定された部屋に入ると、テレビが爆音で流れていた。

 思わず耳を塞ぐ。

 でも、これだ。

 これこそがカラオケだ。


 そわそわしながらソファに腰かける。

 カラオケには、人生で2回だけ来たことがあった。

 最初は藤咲とで、最後は1人。

 3,4年ぶりくらいかな?

 待ちに待ったカラオケだ。


 歌がものすごく好きってわけじゃないんだけど、マイクを持って歌うのが楽しいから、カラオケは大好き。

 だって、マイクなんて滅多に持たないし。

 この時だけ歌手みたいな気分になれる。

 ちょっとだけね。


 ちなみに、ユージさんはまだ来てない。

 受付が終わって伝票を渡された直後、お手洗いに行った。

 お腹が冷えたらしい。

 原因は、直前に飲んだアイスコーヒーだと思う。


 ……遅いな。

 マイクをスタンドから2本取り出しながら、ドアを見つめる。

 人影はない。

 この感じだと、しばらくは戻ってこないかもしれない。

 そんなに酷い下痢なのかな。

 ちょっと心配。


 っていうか、ユージさんって歌うのかな。

 カラオケの話をしてた時は、乗り気だったように見えたけど……。


 もしかして、とんでもなく上手かったりする?


 かっこよく歌うユージさんの姿を、思い描いてみる。

 かなり……いや、プロ歌手さながらの貫禄でマイクを持つユージさん。

 採点は常に90点以上で、

 のびのびとした歌声に、抑揚のコンボ。

 あまりの上手さを目の当たりにした私は、思わず「人生最期の日にこんな素敵な歌を聞けてよかった!」と涙ながらに拍手を送る――


(いやいやいやいや……!)


 慌てて首を振る。

 期待しちゃいけない。


 ボウリングの時も、密かに期待してたじゃん。

 めちゃくちゃ運動神経いいかもーって。

 その結果は……ね?


 だから多分、今回も期待しない方がいい。

 酷い結果になるに違いないから。

 音痴だ。

 間違いなく、音痴。

 熱中したユージさんは、高得点をとるまで何回も同じ曲を歌うんだ。

 それで私はまた、スポーツ観戦でもするような気持ちで彼を応援するんだ。


 失礼だけど、最初からそのつもりでいた方が落胆しない。 

 ハードルは極限まで下げておこう。


 そんなことを思ってると、突然ドアが開いた。


「お待たせ。1人にしてごめんね」


 噂をすればなんとやら。


「ぜ、全然。大丈夫だよ」

「何歌うか決まった?」

「まだ」


 タッチパネルを手に取って、

 最近よく歌われてる曲の一覧を開いてみる。

 おお。

 古いものから新しいものまで、幅広く歌われてるんだなぁ。

 知らない曲名もたくさんある。


 どれにしようかな。

 ばーっと目を通しながら、見覚えのある曲名を探す。

 すると、一時期ハマってた曲が目に留まった。

 この曲、2年くらい経ってもずっと歌われてるくらい人気なんだよね。

 予約ボタンを押すと、テレビ画面に曲名が表示される。


「『ウェットフラワー』か。いい選曲だね」

「でしょ。一時期ハマってたんだ」


 タッチパネルをユージさんに渡し、マイクを握る。

 それと同じタイミングで、前奏が始まった。


 あれ?


 そういえば……と、あることに気づく。

 できれば最後まで気づきたくなかった。

 いや、気づくべきではなかったことに。


 ユージさんの実力ばかり気にしてたけど、

 私も、そんなに上手くないんじゃなかったっけ。

 ってか歌える?

 ブランクありまくりだけど、ちゃんと歌えるの?


 手が震えだす。

 どうしようどうしよう。

 久しぶりのカラオケでテンションが上がってて、気づかなかった。


 出来ることなら1回中断したい。

 許してくれるよね?

 視線で、ユージさんに助けを求める。


「頑張って!」


 曲を選び終わったらしく、彼は喜色満面の笑みでタンバリンを手に取っていた。

 カラオケでほんとにタンバリン使う人、初めて見るかも。

 私も後で使ってみよう。

 じゃなくて。

 ……これ、後には引けない状況だよね。

 ユージさんの瞳は、期待の色を一切隠さない。

 き、期待されてる!?

 ハードルが高いよユージさん……!


 ど、どうにか下げる方法は……。

 そうだ。最初に保険かける?

 「下手だから、そんなに期待しないでね」って。

 うーん、駄目かな。

 逆にハードル上がりそう。

 ほら、上手い人って謙虚な感じじゃん。

 誤解されそう。


 そんなことを考えてるうちに、どんどん歌唱パートが近づいてくる。

 もう、どうしようもない。

 変なことして出落ちする方が恥ずかしいし、

 ここはもう、覚悟を決めるしかない。


 それに、ここでの目的を、しっかり果たさなきゃ。

 上手く歌えるかなんて、二の次。

 ボウリングの時はちょっと後悔しちゃったから、カラオケでは本気で楽しむんだ。


 忘れちゃいけない。

 今日でぜんぶ、最後なんだ。


 マイクを強く握り直す。


(ええい、ままよ!)


 私は、思い切り息を吸い込んだ。





 歌い終わると、ユージさんは割れんばかりの拍手(タンバリンを全力で振る)を送ってくれた。


「上手だね」

「あ、ありがと」


 なんとか歌いきった……。


 1番のサビの音程を大きく外した時はテンパっちゃったけど、それ以外は特に問題なく歌えた。


 音程もそこそこ。

 加点は控えめ。


 結果は87点。

 最後に採点した時と変化はないから、衰えてはないらしい。

 点数自体も多分、平均的なんじゃないかな。

 後半はしっかり楽しめたし、満足だ。


 安堵してる間に、次の曲の前奏が始まる。


「僕の番だね」


 ユージさんが、やる気満々といった風に立ち上がった。

 うん、完全にボウリングの時と同じ流れ。


 っていうか曲が渋い。

 『千の台風になって』って……カラオケで歌うイメージないんだけど。

 歌えるのかな……。


 いや、そんなことは気にしちゃいけない。

 ユージさんだって、歌を楽しむために来てるんだから。

 上手さなんか関係ない。

 私は私で、精一杯盛り上げよう。

 あっ。

 盛り上げる曲じゃないか……。

 いやいや、ささやか程度でもね!

 ほどよく盛り上げますとも。


「頑張って!」


 タンバリンを持って、応援――合いの手の態勢に入る。

 うわ、結構うるさい。

 ユージさん、よく使いこなせてたな。

 よし、私も邪魔にならないように鳴らさなきゃ。


 音痴でも大丈夫。

 心構えさえできていれば、ジャイ〇ンの歌声だって、耐えきれる。

 楽しむことだってできる。

 ……多分。


 大きく息を吸い込む音が、歌の始まりを知らせた。





 結論から言うと、ユージさんの歌は超がつくほど上手かった。


 タンバリンを置いて、ライブさながらの拍手を送る。

 歓声も出したかったけど、それは私の理性が制した。


 圧倒的だ。

 ライブの経験があっても不思議じゃないくらい。

 路上で弾き語りとかしてたのかな。


 音程はほぼ完璧。

 強弱? 抑揚? が、とにかく凄い。

 千の台風、しっかり見えた。肌で感じた。


 加点もたくさん入ってて、全体の結果は98点。

 カラオケ番組でしか見たことない点数。

 そしてなにより――


「声が良い」


「え、あぁ……え?!」


 あ、思わず心の声が。


 ユージさんは恥ずかしそうに咳払いした後、真面目な顔をした。

 いや、作った。


 ん?

 デジャヴを感じる。

 初めて会った時も、この流れしなかったっけ。


「シオも、その……奇麗な声だったよ」


 頬をぽりぽりと掻きながら、ユージさんは言った。

 頑張って作ったであろう真面目な顔は、一瞬で見る影を失っている。


 っていうか、人を褒める時に真顔になる必要あるの?

 あ、にやけるのを隠すためか。


「あ、ありがとう……」


 歌を褒められたのは、これが初めてだった。

 藤咲と行ったカラオケでは、盛り上がることにしか力を入れてなかったから。

 学校の合唱も、口パクでやり過ごしてきたし。


 しかも、ただ褒められたわけじゃない。

 私が凄いなと思って褒めた人に、褒められたんだ。

 光栄というか、なんというか……むず痒い感じ。

 心なしか顔が熱い気がする。

 こんなことで舞い上がってるのがバレたら、恥ずかしいな……。


 いや待って。落ち着いて。

 一旦、冷静に考えてみよう。

 目を瞑る。

 彼はあくまで、私が褒めたから、褒め返してくれただけだ。

 社交辞令。

 そう、社交辞令なの。

 こんなんでいちいち喜んじゃ、だめだって。


 必死で言い聞かせる。

 照れてるのがバレて、ちょろい奴って思われたくない。

 外側だけでも、強くありたい。


 そうだ。真顔を作ろう。

 ユージさんの戦法を真似するんだ。

 よし……。


 ……だめだ、自然とにやけちゃう。

 顔の火照りも収まんないし。


「さ、さて! 次の曲でも入れようかな」


 タッチパネルを手に取る。

 ここは、気にしてない体でいこう。


 本当はユージさんが歌ってる間に決めるべきだったんだけど、聴き入ってて全然集中できなかった。


「デュエット曲でもする?」


 横から、すっとユージさんが顔を出す。

 歌った後だからか、普段よりちょっと色っぽい声。


 ってか距離が近い。

 いい匂いがする。

 さ、鎖骨が見える……!


 心臓が大きな音を立て始める。

 待って待って、こんなに近かったら息が――


「シオ、この曲歌える?」


 ユージさんが『ちがう話』という曲名を指さす。

 よかった、知ってる曲だ。

 歌ったことはないけど……何回も聴いたし、どうにかなりそう。


「歌える!」

「よし、じゃあこれにしよう。

 さっきも思ったけど、僕ら趣味が合うね」


 そう言って、ユージさんは笑った。

 ボウリングの時と同じだ。

 無邪気で、心から楽しんでる顔。


 好きなジャンルが同じなのかな。

 それは、なんか嬉しい。


 思えば、そういう話はしたことなかったな。

 文字だけとはいえ、1年も会話を続けてたのに。


 好きな食べ物とか、

 休日は何をしてるのかとか、

 小さい頃の夢だとか、

 これまでどんな人と交際したことがあるのか……とか。

 心の状態は何となく知ってても、そういう、プライベートなことは知らないんだ。

 私たち、お互いのこと何も知らないんだな。


「曲始まるよ!」

「あ、うんっ」


 がばっと立ち上がる。


 そうだ。

 こんなこと考えてる場合じゃない。


 今は、楽しむことだけを考えよう。






次回 1月22日18時更新

第9話 「不器用な温かさ」



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