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不器用な私たち  作者: Aoioto
2/17

第2話 「いつもと違う、柔らかいベッド」

 エレベーターのドアを押さえながら、「302号室だから、3階だね」とユージさんが言う。


「そうだね」


 エスコートされるようにして、エレベーターに乗る。


 そういえば、ホテルに来たのは久しぶりだ。

 中学生の修学旅行には参加しなかったし、祖父母とも遠出はあんまりしてないし。

 ちょっと、そわそわする。


「あ、本名は教えた方がいいかな?」

「ううん。大丈夫」

「分かった」


 本名なんて必要ない。

 どうでもいい。

 私たちの関係には、リアルの情報はいらない。


 彼にとって、私は“シオ”で、

 私にとって、彼は“ユージさん”。

 あとは、死んで幸せになりたいって気持ちが一緒なら、十分だ。


「早く死にたいな」


 ユージさんがそう言うと同時に、「3階です」とエレベーターのアナウンスが鳴る。

 「私も」って言いたかったのに、タイミング逃しちゃった。


「ここだよ」


 エレベーターから降りると、彼はすぐそこを指さして言った。

 その動作には、一切の迷いがない。


 念のために部屋番号を確認する。

 ほんとだ。

 ちゃんと、ドアの横に「302」って書いてある。

 受付けの人に聞いたのかな。


 部屋のドアを開けて、彼は私に先に入るよう促した。

 エレベーターの時も思ったけど、レディーファーストが得意なのかな。

 なんか、紳士って感じ。

 大人だなぁ。

 てか、こういうの初めてされるから、ちょっと緊張するな。


「ありがとう」

「いえいえ」


 お礼を言って、部屋に入る。

 写真で見た通り、とても清潔感があってきれいだ。


「風呂、先に入る?」


 コートのボタンを外しながら、ユージさんが聞いてくる。


「そうしようかな」


 早くメイク落としたいし。


「シャワーだけ浴びて、メイク落としてくる」

「分かった。焦らなくていいからね」

「うん」


 返事をして、ドアを開ける。

 コンパクトな浴槽の上に、シャワーヘッド。

 隣にはトイレがあって、カーテンで仕切ることができる。

 よく見る構図。


 辺りを見回す。

 化粧水にバスタオル、歯ブラシ、ドライヤー……。

 あ、凄い。

 メイク道具もある。

 生理用品もあるし、

 ちらっと見たけど、ベッドにはパジャマも置いてあった。


 よかった。

 これなら数日過ごすくらい、なんてことなさそう。

 今日着てきた服はコインランドリーで洗って使いまわせばいいし。


 よし、そうと決まればすぐにシャワーを浴びよう。

 ユージさんも待ってる。

 ゆっくりでいいとは言ってくれたけど、彼も仕事終わりで疲れてるだろうし。


 そう思って服に手をかけたところで、

 私は、ある重大な事実に気づいた。


(やば……!)


 替えの下着、持ってきてないや……。

 冷や汗が頬を伝う。

 完全に忘れてた。


 パジャマがあるから、下着なしでもいける?

 いや、流石に無理。

 室内でそれが通用したとしても、コインランドリーで洗濯する時はさすがにアウトだ。


「ど、どうしよう……」


 ドアにもたれかかって、体育座りする。

 詰んだ。

 この状況で、私に何が出来るんだろう。

 寒いから、早くなんとかしたいんだけど……。


「シオ? 何かあった?」


 突然、ドア越しにユージさんの声が聞こえた。

 反射的に顔を上げる。


 どうする?

 下着がないって言う?

 ……抵抗あるな。

 仮にも初対面のユージさんに、そんなこと言いたくない。


 でも……。

 恥ずかしいけど、そうするしか方法がない気がする。

 このまま、ここで突っ立ってるわけにもいかないもんね……。


 決心して口を開こうとした矢先、「あ、着替えがないのか」とユージさんが小さく呟いた。

 完全に不意打ち。

 顔が、だんだん熱くなる。


「下着だけでもよければ、そこのコンビニで買ってこようか?」


 成人男性が、コンビニで女性の下着を買う?

 冗談でしょ。

 絶対に不審者だと思われる。

 それで、絶対に通報される。

 もし警察に捕まったら、離れ離れになっちゃうじゃん。


 それだけは絶対にいや。

 ユージさんは、私と一緒に死ぬんだから。


 焦ってドアを開ける。


「私が行く。ユージさんは先にお風呂入ってて」

「一緒に行くよ、夜遅いから危ないし。

 あと、煙草と……僕の下着も、買いたい」


 ユージさんは気まずそうに微笑んだ。



--



「ユージさん、今日は仕事早く終わったの?」


 コンビニから帰る途中、ずっと疑問に思っていたことを口にした。

 年末が近いのに、早く帰れることなんてあるのかなって、引っかかってた。


「ないよ。今日、12月29日から1月4日までは、休みなんだ」


 缶コーヒーを開けながら、ユージさんは言った。


 あ、そうか。

 仕事納めが28日って、どこかで聞いたことがある。


 私もキャップを外して、ミルクティーで喉を潤す。

 うーん……いまいち潤わない。

 甘い飲み物の気分だったから勢いで選んじゃったけど、麦茶とか爽健〇茶の方がよかったかもしれない。


「じゃあ、どうしてスーツ着てるの?」


 一瞬しか見てないけど、私の記憶が正しければ、コートの下はよれよれのスーツを着てたはず。

 仕事がないなら、スーツを着てくる必要はないのに。


 じとーっと見つめる私に対して、ユージさんは気まずそうに目を逸らした。

 それから、「まともな私服がないから……だよ」と苦笑した。


「え」


 予想外の言葉に、思考が止まる。


 いや、正確には止まってない。

 脳内ではユージさん劇場が行われていた。



--



 一緒に死ぬことが決まって、「シオに会いに行くんだ」と息巻くユージさん。

 はやる気持ちを抑えつつ、勢いよくクローゼットを開ける。

 ……だけど、そこで私服が少ないという現実を思い出して、愕然とした。


 数秒立ち尽くした後に、このままじゃシオに会えないと焦り始めたユージさん。

 出勤以外でまともに外出しない自分を呪いつつ、一縷(いちる)の望みに賭けて家中をひっくり返す。

 だけど、どんなに探しても、まともな私服は出てこない。


 腕時計を見ると、いつの間にかギリギリまで時間が迫っていた。

 せっかく余裕を持って行動を始めたのに。


 ため息を吐いて、よれたスーツに袖を通すユージさん。

 ……物悲しげな背中が、日頃の自分を静かに責めていた。



--



 思わず吹きだす。


「お恥ずかしい限りです」

「いやいや、そうじゃなくて」


 訂正しようとするも、どうにも笑いが収まらない。


 もちろん、ユージさんの事情が面白かったこともあるけど……。

 吹き出したのは、自分の妄想が思ったより愉快だったからだ。

 映像に起こせるなら、彼にもぜひ見てもらいたい。


 本当に私服がなくて――これはプライベートスーツってことで――と、謎の弁明をしてるユージさんを無視して、笑い続ける。


 あ、だめだこれ。

 ツボに入った。





「シオの高校も休み?」


 ひとしきり笑って落ち着いた後、ユージさんが言った。


 「あー」と声を出しながら、視線を上の方に彷徨わせる。

 どうなんだろ。

 さすがに休みかな?

 12月の下旬には、冬休みに入ってたような気がする。


「うん、多分だけど」

「そっか。じゃあ、期末テストとか終わったんだね。お疲れ様」

「……ありがとう」


 そんなの受けてないけど。

 ここは空気を読んで、黙っていよう。


 ユージさんは、私が不登校だってこと知らないんだっけ。

 思えば、お互いあまり干渉してこなかった。

 ユージさんが社会人なのはWitterの投稿で知ってたけど、

 私たちは、辛いとか、寂しいとか、抽象的な話ばかりしてた気がする。


 学校の話題、ちょっと苦手だな。

 余計なことも思い出しちゃうし。

 いや、遺書を用意する時は思い出さなきゃいけないんだけど、今は違うっていうか……。

 とにかく、なるべく避けるように誘導しよう。


 あ、ユージさんも職場の話は苦手かもしれない。

 実はちょっと気になってたけど……興味本位で聞くのはやめとこう。


「今日の空は気持ちがいいね」


 空を見上げて、ユージさんは言った。

 彼につられて、私も顔を上げる。


 空が視界いっぱいに広がった時、心がすうっと軽くなった。

 不思議。

 彼の言う通り、気持ちいい。

 何年も見てきた、ただの都会の空なのに。


「なんか、いつもよりきれいかも」


 きっと、空自体はいつもと同じなんだ。

 変わったのは私の心。


 私の隣にはユージさんがいて、

 ユージさんの隣には私がいる。

 たったそれだけで、世界はこんなにも姿を変えたんだ。


「ねぇ、ユージさん」

「ん?」

「私たち、幸せになろうね」


 手を差し出す。

 ユージさんの死にたい理由は分からない。

 孤独や消えたい思いが強いことは知ってるけど、詳しい事情はまったく知らない。

 だけど、死ぬことが最大の望みであることだけは、分かってるつもりだ。


「ああ、絶対になろう」


 星の見えない夜空の下で。

 私たちは、固い握手を交わした。





---



 なかなか出てこない。

 浴槽にでも浸かってるのかな?


 凄い体力。

 そんな気力、私にはないや。

 ミルクティーでちょっとお腹も満たされたし、一刻も早く寝たい。


「うわ、やっぱすっぴんブスだわ」


 手鏡を見て、げんなりする。

 濃いメイクをしてる分、すっぴんとの落差が激しい。


 顔のパーツは整ってる方だと思うんだけど、

 それでも、メイクした時と比べるとどうしても劣ってしまう。

 こんなんだから、すっぴんで外に出られなくなるんだ。


 鏡の中の自分が、大きなため息を吐く。

 生気のない表情。

 開ききらないまぶた

 私が思ってるより、疲れが溜まってるみたい。


(だけど……そんなに悪くないかも)


 もちろん、疲労が溜まってる分いつもより顔色は悪い。

 なんだろう……人相が良くなってるのかな。

 そんな気がする。

 初対面の人から、道を聞かれそうな顔だ。


 あ、でも待って。

 ユージさんにすっぴん見られるのは、ちょっと……かなり嫌かも。


(うわ、どうしよう)


 頭を抱える。

 それだけは絶対に回避したい。


 確かに、彼とはそこそこ話してきた仲だよ?

 でも違うじゃん。

 こっちでは一応、初対面じゃん。

 しかも、高校に上がってからは祖父母の他にすっぴんなんて見せたことないし……。


 いっそメイクしたままで寝る?

 いや、それは肌が荒れる。

 明日ブスになるんなら本末転倒だ。

 じゃあ、そっぽ向く?

 いやいや、そんなんで誤魔化せないって。

 夜は回避できたとしても、朝起きたら見られちゃうじゃん。


「あー、ほんっとにどうしよう」


 ベッドに突っ伏す。

 ふかふかだっ。

 触れるとすぐに沈んでく。

 逆に寝心地が悪い、かも。


(もう少し……固くても良かったんだけどな)


 そうだなぁ、家のベッドくらいが1番好きかな……。


 瞼がどんどん思うように開かなくなる。

 もうちょっと起きてられると思ってけど……無理そう。



 いつものベッドが、ほんの少しだけ恋しいや。

次回 1月10日18時更新

第3話 「復讐の方法」



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