603. 学園編は始まらない
お城デートを済ませた千聖はデザルト王にも挨拶を済ませると、自室に戻る。ちなみに自室には千聖一人であり、アルヴィは隣室で待機だ。
異世界転生後、初の夜である。初夜である。特に意味はない。
前回の千聖は極貧パラメータの上に永遠の【レベル】1だったので、なんとかしてレベルを上げられないか自分自身のデバッグを繰り返していた。
だが、今回は人外の域にまで達しているため、デバッグの必要はない。つまり、時間が余ったのだ。
寝ればいいのだが、生粋の夜型人間である千聖は夜になると頭が冴えるのだ。
「さて、何をしよう」
千聖が思いつくのは情報収集だ。前回「盗聴器」「監視カメラ」などは開発済みなので、あとは適当な砂なり石なりに機能を組み込むだけだ。砂や石でも十分な計算リソースを持っている。
それに自然にあるオブジェクトは【所有者】が空欄のため、千聖が操作可能である。つまり、「盗聴器」「監視カメラ」も仕掛け放題になるのだが、それで集めた情報が大量になると仕分けや分析をするのが難しくなる。できれば効果的な位置に数ヶ所設置するのが望ましかった。
「やっぱり、タカマノ帝国とヴァルハー神国は欠かせないだろうな」
高原国は鉱物資源を豊富に産出し、タカマノ帝国は単独で飛空戦艦を製造することが可能だ。前回も秘密裏に作られた飛空戦艦に何かやられたことをなんとなく覚えていた。
そして、もう一つの高原国、ヴァルハー神国はヴァルハー教という宗教の総本山である。ここを支配する異世界転生者がいて、【信用】を多数集めていることも覚えていた。
あとの国はあまり印象に残っていないらしく、千聖の記憶にはほとんど情報がない。特に湖上国についてはまったく情報を持っていなかった。
「たしか学園に通うはずだから、その時に誰かに聞けばいいか」
などと考えて眠りにつく千聖だった。
◆ ◆ ◆
「いえ、千聖様は学園には通いません。必要ないと判断されています」
翌朝、着替えをすませると、さっそくアルヴィに質問したのだが、想定外の答えが返ってきた。
「な、なんで?」
確かにパラメータ的には学校なんて必要ないレベルだろう。だが、持っているスキルもひとつしかない。なによりも知識がない。つまり、バカな千聖には学園での学習が必要なのだ!
「言いにくいのですが……クルト様より優秀で目立つとクルト様のお立場がなくなりますので……」
「え、でも、ツクヨミはクルトよりも格闘技強かったよね?」
ツクヨミとは湖上国にあるクヨミ国の公女である。デザルト王国は周辺国の王子や姫を集めて、王立学園で学ばせることで「人質」と「人脈」の両方の目的を達成している。
そして、前回の体育の授業でツクヨミはクルトをぼっこぼっこにしているはずだ。
「よくご存じですね。確かにツクヨミ様は無手の格闘術であれば右に出るものはいないかもしれません。しかし、それはあくまでも無手の場合だけです。通常の戦闘においてクルト様が後れを取ることはないでしょう」
「た、確かに」
状況が限定されていて初めて突出した能力が生きるということだろう。デザルト王国は剣術が盛んだ。クルトが剣を持っていたら、ツクヨミに遅れを取ることはない。千聖は納得した。
「じゃあ、私は何をすれば……」
「護衛を傍に置いていてさえいれば自由に行動できます。といいますか、千聖様を力ずくで止めることができるものはデザルト王国には存在しません」
「な、なるほど。でも、図書館を使ったり、学園の先生に質問したりするのはいいんだよね?」
「はい。問題ありません」
前回と違って学園という限定された環境で交友関係が広がらないのはデメリットと言えるだろう。というか、【信用】を集めるためには交友関係こそが重要なのだ。学園を使えないとなると、千聖は別の手を考える必要がある。
「やべえかも……」
そうなのだ。千聖はいまいち頭はよくないのだ。思い付くアイデアがいまいちなのは言うまでもない。
◆ ◆ ◆
「来ました! 湖上国はエストラト国!」
照りつける太陽が砂漠とは違ったまぶしさである。
右を見れば白い砂浜。
左を見れば、月曜日ではないのにヤシの実がたわわに実っているヤシの木がズラリ。
どこをどう見ても南国である。惜しむらくは肌を露出した若い男女がキャッキャウフフとしていないことだろう。ここにはパリピはいないのである。
「いったいどうやって……」
アルヴィは我を見失っていた。千聖に「ちょっといきたいところがあるんだけど」と呼び出され、言われるままに目を閉じていたら、気が付いたときは飛空戦艦を使ったとしても何週間もかかるはずの南の果てにある湖上国についていたのだ。
「いやあ、ここの国是がなんか気に入ってね。ちょっと宗教でも立ち上げようかと思ってさ」
ヴァルハー教が平原国の農民たちや高原国に人気があるのなら、それに対抗するには宗教色が薄いところで新興宗教をたちあげればいいと思っただけである。非常に短絡的な考え方だが、千聖にはそれしか思いつかなかったのだから仕方がない。
言い方を変えれば猿真似である。
「あ、夜にはちゃんと王城に帰るから」
千聖は三次元を折り紙のように折り畳み、空間と空間の距離を縮める【縮地】と呼ばれるスキルと同等のことができるアイテムを作っていた。もちろん、アルヴィが身に付けている鎧にも同じ機能を持たせてある。
【縮地】を使うことでテレポートと同様な移動を可能にしていた。
見かけ上の速度は光速度の上限を超えるのだが、この世界からの制限のようなものはかかっていないようだ。
「……色々、ご指摘したいことはありますが、夜に王城に戻っていただけるのなら大丈夫です」
「ふふ。ありがとう」
千聖は銀色の髪を揺らしながら可愛く笑った。八歳の女の子に翻弄される十五歳のしっかりした黒騎士なんて、まるで乙女ゲームの中ではないか。
ダンバー数
意味のある人間関係を保てる数の上限は何人か?
その問いにダンバーは150と結論付けた。これは人間の脳の限界であり、集団の大きさなのだ。
僕も管理するサーバーが150台を超えたあたりから、昔のを忘れてしまうという実体験があり、ダンバー数って凄い!と思いました。