602. イケメン黒騎士に見張られたい
2022/10/16 728により改変されました。
今北産業
・他の神様候補と戦うために重要な【信用】の値がゼロになっちまった
・急いで集めなければならないが、理由が思い出せない
・イケメン黒騎士好き!
城にある大きな浴場でお湯につかりながら千聖は自分のパラメータを確認する。
デザルト王国は砂漠の国でありながら、王城から水が豊富に流れ出ている。千聖はその秘密も知っているため、特に驚きはなかった。
一週目のときは【知力】以外は八才の女の子と似通っていた。いや、むしろ同学年の女の子と比べたら、すべてに劣っていたと言ってもいいだろう。
しかし、二周目の現在、千聖のパラメータは桁が違っていた。一週目の最後の状態を引きついているのだ。唯一の違いは【信用】の値がゼロになっていることだけだった。おそらく、これはこの世界のタイムスタンプを上書きしたときに無くなったのだろう。
どうにかして【信用】の値を回復しなければならない。
【信用】を集め、消費することで、オブジェクトの【所有者】を千聖へ書き換えることができる。【所有者】さえ書き換えてしまえば、そのオブジェクトのパラメータやスキルを書き換えることが可能だ。
つまり、人間だろうが、魔物だろうが、神様だろうが、【信用】さえあれば、相手を意のままにできるのだ。
【信用】を集めるには現実と同じく、千聖を信用してもらったり、あるいは信仰してもらったり、最終手段としては恐怖という感情を畏怖へ変える必要がある。
しかし、【信用】を集めるには、状況が厳しい。
その厳しい状況を覆せるのは、異世界転生の定番であるチートスキル。
「あ、あれ……」
前回、二つあったスキル。【上書き《override》】と【掲示板】だが、【上書き《override》】のひとつだけになっていた。千聖はスキルが減ったことにちょっと不安を覚えつつも【上書き《override》】が残っていたことに安堵した。
このスキルがなければ、いくらパラメターが高くても何もできないに等しい。
信用は一朝一夕で集めることができないのは現実世界でも周知の事実。だが、何故、早急に【信用】を集める必要があるのか?
「えっと……」
千聖は早急にしなければならないことがあるのに、それが何か思い出せない。
クルトのことは覚えていた。「今」が二周目であることも知っている。【信用】が重要だということも知っている。だが、一週目の細かなデテールが思い出せないのだ。
「なんで?」
現時点ではあくまでも予想に過ぎないが、千聖が覚えていないことは新たな事象として現れる可能性がある。一週目で発生したイベントのすべてが二周目でも起きるとは限らないということなのだろうか。
だが、今は焦燥感の正体を探らなければならない。千聖が覚えていないだけで、何か悪いことが起こることは間違いないのだ。
◆ ◆ ◆
湯から上がり身支度を済ませた千聖はデザルト王やクルト王子ではなく、黒騎士のアルヴィの前に連れてこられた。
アルヴィはその二つ名が示す通り、黒い髪に黒い瞳、さらに砂漠でも快適に過ごせる黒い魔法の鎧を身に着けている。クルト王子の幼馴染でもあり、護衛でもある。年の頃は十五歳であるというのに王国でも屈指の剣術の使い手で実力は折り紙付きだ。
その上、整った顔立ちに性格も良い。精神的にも大人で、人との距離感が絶妙という乙女ゲームの攻略対象も真っ青なステータスだった。
「千聖様。本日よりあなたの護衛をさせていただきますアルヴィ・ヴィネルモと申します」
「えっと、なんで?」
アルヴィはクルト王子の護衛だったはずだ。そして、一週目では千聖には護衛なんていなかったはず。
「それは……」
アルヴィは少し言いにくそうだ。一週目では千聖に対して慇懃無礼とも呼べるような態度だったのに、今はまるで国賓として扱っているようだった。
「千聖様は確かにお強いです。単なる護衛であれば不要でした」
そこまで言われて千聖は思い出した。アルヴィが特異な体質であることを。
「ですが、デザルト王国は見えぬ敵が多く、毒殺に対する警戒をするため、私が護衛を担当させていただくことになりました」
そう。アルヴィは毒に対する抵抗があるのだ。正確には呪われているのだが。
「え、じゃあ、アルヴィが口をつけたものを私が食べる……」
間接キスじゃん!
などと思った二十九歳の中身である。
「大変失礼とは存じますが、そのようになります」
ただ千聖は毒を盛られたとしても、そのオブジェクトのパラメータを見れば、すぐにわかる。前回も千聖のおかげでクルト王子に対して盛られた毒がわかったのだ。
つまり千聖に対して護衛なんか本当に要らないのである。
「そ、そう。お、お願いします……」
少々、頬を赤らめながらアルヴィを見つめる。千聖が絶好のチャンスを逃すはずがないのである。アルヴィに傍にいてもらえるのなら、例え無駄なリソース消費だと知っていてもやっちゃうのである。技術者が要りもしないCPUやメモリの性能を求めるのと同じ性だ。
「午後からデザルト王に謁見しますが、それまで少し時間があります。この城の案内をいたしましょう」
デートである。
黒騎士アルヴィとお城デート。それはすばらしいことに違いないと思っている千聖がいた。
「うん!」
八歳らしく返事をすると、アルヴィの腕を掴む。
「えへへ」
などと幼女の笑いでアルヴィの否定の言葉を封じた。
「そうしていただけると、私も助かります。迷子にならぬよう手をつないでおきましょう」
思ったのとはちょっと違った反応だったが、今はこれで満足しよう。何かの不安から来る焦燥感をすっかり忘れて、王城の中を散歩する千聖であった。
オッカムの剃刀
オッカサンがムダ毛処理に使う剃刀ではない。
何かを説明するときに必要以上のことを仮定するべきではない、という指針のことであり、考えてみれば当たり前のことである。
小説においても必要のない表現を削った方が、剃刀のような切れ味鋭い文章になるとは思うものの、私は潤滑油がある文章の方が好きで、剃刀を油まみれにして切れ味を鈍くしてしまうのである。
2022/06/15追記
えー、調査の結果、千聖は一週目も召喚されたときに服を着ておりませんでした。しかし、訂正は行わず、以後の展開で説明できる設定を追加したします。
2022/10/16追記
728インスタンスにより書き換えが発生しました。