9.魔族
爆発音を確認して、僕は天井を見上げる。
『……すごい音しましたけど。生きてますかね?』
僕、神村と宮本さんは宇宙探索に来ていた地球人。偶然不可解な謎の多い星を発見した。そこはエルフやドワーフ、魔族、獣人と呼ばれる人達が暮らす星。
そして、地球から人が謎の星間移動をしていると思われる現象が確認された星。
そこで調査のためにアバターロボット、つまり遠隔操作できる自分そっくりのロボットで接触を図った。
今はこの星の文化を理解するため、この国の女王様から直々に授業を受けている。
部屋に居るのは僕ら地球人の他には女王様の身内や側近の数名のみ。
そして天井裏に居たところを捕まえられた謎の男。
密偵は完全に気絶した状態で縄でぐるぐる巻きにされて捕まっていた。
フードをとると明るい赤茶色の髪、白い肌、長い耳の若い男。目隠しを外すと薄っすら開いた眼は赤色に見える。
シェルクナ女王様の護衛、セーカさんが解説してくれる。
「エルフから派生したのが私たち魔族とされています。
夜行性を身に着け、基本的にはこの男のように真っ白な肌が特徴的です。
森の中で夜間に獲物を獲る事に特化したと考えられ、五感が鋭いですが、特に夜目が効きます」
そのため、魔族の目の特徴は暗い場所で視野を確保するように進化したと考えられ。眼の色素はほとんどなく、赤や紫、銀と呼ばれるような淡い青か灰色だという。
光のある場所では羞明症状を起こすために黒い布の目隠しをつけているらしい。伊達やコスプレで目隠しをしているのではなかった。
「セーカの肌の色は、魔族では珍しい家系ですね。
この星の人間は日の光を浴び続けると肌が黒っぽくなる性質があり、強い光の害を避けるためと言われています。実際、皮膚の色がかわりづらい魔族は長時間日光を浴びると火傷することがあるそうです」
そこは地球のメラニンと同じっぽい。でもセーカさんは髪は白いし目も……目隠しで覆ってるって事は肌以外の色素は薄いんだろうか?
しかし、この星特有の、地球では想像もつかない失礼がありそうで、ちゃんと聞いておいた方がよさそうだ。耳の形に関する話題とか。
逆に、この星にしてみれば地球の人種の違いとかを理解しがたい可能性が高い。
地球で特定集団を魔族とか呼んだら非難されること必至だろうけど、この星の魔族文化では力や畏怖の対象としてのイメージはむしろ好意的に受け入れられたようだ。
問題の作家さんがダークエルフを採用しなかったのも、夜、とか暗い、に関わる単語がそのまま夜耳の呼び名を連想する単語を避けたのかもしれない。エルフについてるダークって何?って聞かれた時に困りそうだし。
……某ゲームとかに出てくる種族とかじゃダメだったの? とも思うけど、この言葉を広めた人物が知らなかったのなら、ある程度出身地を絞れそうな気もする。英語圏じゃないとするともしかして日本人かも。数十年前だとゲーム自体がギリギリ発売してなかった可能性もあるけど。
セーカさんが解説を続けた。
「魔族はエルフ族同様、長寿を背景に魔導金属と魔法の利用に長け、一方で小集団で移動を行い、夜間を中心に狩猟採取生活をしていたとされています。古くから力を尊ぶのはこの文化的背景によるものと思われます。
そのため初期に都市国家ができたころは傭兵集団として活躍する事が多く、中世から近世にかけて戦乱が相次いだ時期は野盗まがいの魔族の集団が軍事力を背景とした大帝国を築いたこともありました。
生まれながらの戦士という文化はこの頃にできたと言われています」
……武力で大帝国を作る魔族……うん……。
「敵にも味方にも恐れられたその歴代皇帝を大魔王と呼びます。
魔族は、強者かつ人を従える器を尊ぶ傾向があり、人を魔王と呼ぶのは魔族の間で最上級の尊敬の意味を持ちます」
この星の単語では夜の王様みたいな意味合いらしいけど、数十年前に輸入されたマオウ呼びでもある程度通じるようだ、概念も限りなく地球の魔王に近そう。僕らの自動翻訳は魔王って言ってる。
ちなみに各地で狩猟採取生活をしていたため、珍しい動植物を武器として実戦投入する事も多く、それが勝因の一つだったという。
謎の動物を武器として……うん。
「しかし、暗闇で有利だった鋭敏な五感が災いし、閃光や大音量、煙などで不意を突かれるようになると軍事力の優位性はなくなり、次第に大帝国も縮小していきました」
『ああ、それでさっき捕まえる時に爆音がしたんですね』
僕は床に居る魔族の密偵を見た。
いわゆる閃光音響弾みたいな道具を使ったと思われる。
優れた五感を持っているが、ドワーフの鋭敏と比べると過敏に近い性質の様だ。
『この人の所属って分かりますか?』
「手掛かりになるようなものは持っていませんでした。金で雇われた者でしょう」
セーカさんが答える。
『この人が捕まったのを知ってる人って誰が居ます?』
「迅速にとらえる事を優先したため、宮本さんの筆談を見た者しか居ないはずです。
爆発音も部外者の居る場所までは届かない計算になっています。
つまりこの部屋に居る者のみです」
さっき魔導金属の話が出た時、宮本さんは筆談で天井裏の曲者の存在を告げ、魔導金属を取りに行く振りをして逮捕するように促したのだ。
なんで天井裏の事が分かったかというと、僕がアバターのセンサーを駆使して周囲の動くものを調べているから。
妨害装置もないので筒抜けだ、プライバシーも何もあったものではないが、不審者に襲われた後で警戒していたという事で勘弁してもらいたい。
『金で雇われた……かぁ……。
雇い返すっていうか二重スパイみたいにできませんか?
君、起きてるよね』
僕の問いかけに床に転がっていた密偵の体が一瞬こわばった。
「陛下、お下がりください」
「殿下、後ろに」
護衛のセーカさんとディネさんが王族のシェルクナ女王様とレオス君の前に出る。
この不審者、途中から気絶していたふりをして、起きていた。
ぐるぐる巻きに縛り上げた相手だが、気絶していた振りをしていたことで何か狙っている可能性が出てきた、最大限に警戒する。
『中庭で暴れた人ですよね?』
宮本さんの問いかけに男は目を開けると眩しそうに細めた。
『ごまかそうとしてもダメですよ。指紋、DNA……中庭で押収されたナイフから持ち主の事とか色々分かるんです。私たちは』
具体的な方法は分からなくてもごまかしが効かないことは伝わったのだろう。
「……暴れてたのはそっちの人たちでしょ、オレは人避けて走ってただけだもん」
「減らず口を……」
セーカさんがあきれたようにつぶやくが、要は回りくどい言い方をしたこの男なりの自白だろう。
観察していた感じでは盗聴器などの存在はない。
そもそも機械があるなら人間が張り込んでいる必要はない。
『君の雇い主、ギルシルって人だよね?』
僕がそう問いかけると、侵入者は目をつぶって黙秘の構えだ。
「……神村さん、そう思った理由、お聞きしても?」
セーカさんが静かに尋ねてくる。
『……あのギルシルって人、武器を向けてきた時は明確な殺意を持っていましたが、この人が逃げるのを追おうともせず、犯人が逃走に成功したらはっきりと安堵してました。
平和主義者というわけではないでしょう。あの人が恐れていたのは不審者ではなく、不審者から自分の事が漏れる事』
「……国際問題の証拠にするには根拠が弱いですが……」
そう言うと、セーカさんは密偵に呼びかけた。
「おい、東在帝領は魔族には過ごしづらいだろう。
あいつも魔王の器でもないはずだ。どうだ?」
僕の知らない言葉があるんだけど……魔王の器……何だろう……? さっきの話からするに「いい上司じゃないだろ?」っていう言い回しかな?
簀巻きで転がされていた密偵はのろのろと応じた。
「そうは言うけどさ、そちらに俺を雇う必要ってある?
傭兵も信用商売だからさ。裏切れって言われて素直にハイとも言いづらいんだよね」
「選べる立場でもないと思うが」
セーカさんがあきれたように言う。
『僕らの利益も考えてくれるの?』
「こっちをどうとでもできる所で取引を持ち掛けられると何考えてるかわかんなくて怖い」
そんなもんかな?
すかさず宮本さんが返答した。
『私たち水の惑星の者にはあなたを雇う必要はあります。
私たちはおそらくギルシルという人を調査する必要があるんですよ』
思いがけない物言いだったのだろう、全員が宮本さんを見た。
― 神村さん、言っちゃっていいですよね?
― シェルクナ女王様はスニーカーを珍しいと言っていましたし、数十年前の地球人らしい謎の人族の話をしてくれました。坂藤さんを誘拐して隠しているなら避ける話題のはずです。
密偵君が協力してくれるかは分かりませんけど。
これでシェルクナ女王様が行方不明事件の真犯人だったら正攻法で坂藤さんを見つけられる気がしないです。
『私たちは人を探しにこの星に来ました。
水の惑星の、それも私たちの国の人間がこの星に来ている可能性があるのです。それらしい話を、何かご存じありませんか?』
それを聞いてシェルクナ女王様がすぐに察した。
「いいえ。初耳です。ですがギルシル殿を調査するという事は、その人は東在帝領に……?」
『まだ分からないんです』
宮本さんは濁したけど、現在東在帝領は限りなく黒。機械翻訳が東在帝領の訛りを学習してたり、特定の単語を知っていたり。
『情報の集まっていない現段階で変に動いてしまうと、話がこじれる可能性もありますし』
ただ、宮本さんの言う通り、まだ不用意に事態を動かしたくないのは確かだ。分かってないことが多すぎる。
「なるほど、そういう事情だったのですね」
シェルクナ女王様が納得したようにつぶやいた。
それと合わせて、過去にも地球から文化や、もしかしたら動植物などもこの星に渡ってきている可能性がある現象。
できればそちらの原因も突き止めたい、坂藤さんの発見だけでは根本的な解決にはならないかもしれない。
『え~と……それでですね……大変言いづらいんですが……当然私たちはこの星のお金を持っていないので……その……この人を雇うお金をですね……』
捕まえた東在帝領の密偵を雇って二重スパイに仕立てる話だ。
急に俗っぽい話になって目を泳がす宮本さんにシェルクナ女王様がにっこりほほ笑む。
「私こそ、一方的にお願いごとをする気だったのですよ!
協力関係と行きましょう。ね」
なんだか仕事が増えそうな気配だ。
「オレ。事と次第によっては協力してあげない事もないけど……」
床の上の密偵君がぽつりとつぶやいた。