6.不審者
僕、神村と宮本さんは宇宙探索に来ていた地球人。偶然不可解な謎の多い星を発見した。そこはエルフやドワーフ、獣耳の人達が暮らす星。魔族もいるらしい。
そこで調査のためにアバターロボット、つまり遠隔操作できる自分そっくりのロボットで接触を図っている。
地球にはいない妖精、この星に居る節足動物が人に似た姿に進化した生物、それを見送って感動していると、少し遠くから声をかけられた。
「宇宙人さん。ちょっと腕試しいいかな?」
中庭の少し離れた場所。
忍者のような黒ずくめ、黒いフード、フードの下に見える白い肌、黒い目隠しのようなもの、地球だったらコスプレかなと思うような風貌。
しかしシャレにならない事態の様だ。大型のナイフ状の武器が光っている。
「曲者だ!囲め!」
「皆さん下がってください!」
周囲の軍人さんが一斉に動き出す。
僕らも邪魔にならないようにそろそろと下がる。
が、黒いフードの男はラグビーに曲芸を取り入れたような動きで、取り囲もうと距離を詰めた警備の軍人さんたちを躱しながら、どんどんこっちに近づいてくる。彼自身がボールかなと思うぐらい人の囲いをすり抜ける。
「おーい、逃げないで遊ぼうぜ!」
挑発しながらみるみる距離を詰めてきた。
宮本さんが武器を取り出した。
指示棒のような展開構造の骨格を引き延ばすと、磁気で制御された金属構造が自己組織化して包み込む、変幻自在の警棒だ。
宮本さんの一振りで、男のナイフは一瞬で絡めとられた。
磁力と展開構造特有の伸縮を利用した警棒の変幻自在の動きは、まさに絡めとられるといった感じ。
しかし、男の動きが止まったのはほんの一瞬、すぐさま標的を丸腰の僕に変えて向かってくる。
宮本さんの伸縮する警棒とか思いがけない動きだったろうに、何なのこの人?!
黒いフードの男は僕の至近距離で素早く右手を大きく引き、踏み込むと同時に最短距離で拳を腹部に叩きこんできた。
その瞬間、僕は男の右側に踏み込んで拳を躱すと、男の伸びきった腕の外側に回り込み、同時に相手の右手首を掴む。
そして自分を中心に回転するように大きく引っ張ってバランスを崩させ、そのまま相手の腕ごと男の足を払うような動きをする。
『よいしょっと』
「ぬわ」
それを一瞬で行ったため、なすすべもなく仰向けにひっくり返される黒いフードの男。
何が起こったか分からず呆然としている。
中庭が一瞬、静かになった。
「貴様!!!」
突然激昂したような声が響いた。
見ると顔を真っ赤にした髭の男が、剣を抜いて走ってくる。黒いフードの男を狙っているようだ。
髭の男は東在帝領副代表、ギルシルだっけ? それが切りかからんばかりの勢いで向かってきている。
『え、ちょっと待って』
僕も慌てて黒フードの男を離す。自分が押さえてるところを切られても夢見が悪いという事もあるが、アバターとはいえ自分に刃物があたっても嫌だ。
手を離された黒フードの男は反対側に駆け出し、中庭に面した外廊下の柱を飛ぶようにのぼる、近くに居た二階外廊下に居た人たちに悲鳴をあげさせつつ、そのまま屋根の上まで駆け上がると、屋根を飛び越えて視界から消えた。
「警備の失態でしょう! 女王!」
ギルシルの声が響いた。
「この国の差し金ではないんですか?
空柱連合は魔族も多い。隠し事をすると連国議会も対応を考えざるを得ませんぞ」
対するのは空柱連合のシェルクナ女王様と、最初の時に女王様と一緒に居た黒いローブのフードをすっぽりかぶった長身の人。
「水の惑星の方を襲撃したとして、我が国に何の利益があるというのです?」
「我が国の部隊にあのような者は居ない。私が保証する」
女王様の横に立つ黒ローブの長身の人は声からして女性、黒フードの男とは無関係の様だ。
「ギルシル君。ここは各国の学者、要人、その護衛が集まっている。人に紛れて潜り込むことはできる、現段階ではそのような物言いは言いがかりととられかねん。控えたまえ」
立派な白髭のおじさんはザヌさん。連国議会東在帝領代表。要はギルシルの上司らしい。
「捜査もこの国の人間が行うのですよ!? 私は!!お二人のためを思ってですな!!」
僕は声を張り上げるギルシルに近づいた。
『助けていただいてありがとうございます』
と、左手を差し出す。
「おお、分かっていただけますか」
と、ギルシルも左手でその手を掴む、この星でも握手は友好の証の様だ。地球では左手の握手は基本的にマナー違反だが、僕、この星のマナーは知らないし。
僕はそのままちょっと腕を動かして、ギルシルの手首の関節を押さえ込んだ。
「うご……」
ギルシルが小さく声をあげる。手首を押し込めると、押されるまま膝をついた。
『でも僕らは掴んだ相手を動けなくできるんで、大丈夫ですよ』
「……な、なるほど……変わった魔法ですな……」
ただの関節技なので全然魔法ではないのだが、この星の人間が地球人と骨格や関節がほぼ同じ作りのようなので助かった。
『まぁ、そんなようなものです。水の惑星は完全に未知の星ですから無理もありません。ご心配おかけしてすいませんでした』
僕は手首を掴んだままで頭を下げ、ギルシルが小さく呻いたので手を離した。
『もー!神村さん! 失礼じゃないですか!』
『すいません、でも実演して見せないと手品とか演技に見えるので』
「はは……全くですな! あの魔族すら一蹴する力!
魔力の動きが全く見えませんでしたよ! すばらしい!」
手首をさすりながら目をぎらつかせるギルシル。
宇宙船の方で密かに僕らは話し合う。
― 宮本さん、なんかこの星、魔法ありそうなんですけど
― 魔法がどんなものか分かりませんが、この星の文化に探りを入れていくしかないですね
女王様が声を発する。
「ギルシル殿のおっしゃる通り。
警備体制を見直すまで水の惑星のお客様を安全な場所にお連れします。
ケンリジュ様、この場をお任せします。
セーカ、ついてきてください」
女王のそばに居た黒ローブの長身の女性がてきぱきと動いて指示を出す。
「かしこまりました。
アーセア、会場の皆様のために警備の確認と、逃げた男の行方を追ってください」
「はっ」
軍服のエルフさんがきびきびと応答する。
「かしこまりました陛下。わたくしもそれが必要であるように思います」
ケンリジュ老人も小さく礼をした。
が、ギルシルの声が響く。
「女王! 異星人は共有財産ですぞ!」
シェルクナ女王様は振り返ると一言。
「お二人はわたくしのお客様です」
そして僕らに向き直ると言った。
「どうぞこちらへ」
廊下を先導する道すがら、女王様は小さな声で僕たちに言った。
「ありがとうございます」
『いえ、こちらこそありがとうございます。助かりました』
宮本さんがお礼を言っている。
最初っから不信感あったけど、あの髭、自然体で失礼かましてくるやつだ。
「実は最初、お二人を警戒していたのですよ。
人族の容貌もですが、東在帝領の訛りがあったので、あちらの何かしらの企みではないかと」
『訛り?』
自動翻訳の精度は当然学習内容に左右される。つまり……
「ですが、信頼できる方々と判断しました。折り入ってご相談したいことがあります」
相談って何だろう?
無茶振りされたら嫌だな。