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4.ご飯を食べる

 僕、神村と宮本さんは宇宙探索に来ていた地球人。僕らが接触することになったのはエルフと名乗る人達が暮らす星。他にはパッと見では獣耳っぽい人も居るファンタジー世界みたいな惑星だ。

 本来なら接触を持たずに離れるべき水準の文明だったが、不可解な事が多くあって、結局正面から堂々と接触を図って調査を開始する事になった。



 まずは現地の人達に信用してもらう事。

 シェルクナ女王様が僕らを紹介してくれている。

 僕らは『水の惑星』の『日本』から来た『宇宙人』だ。


 女王様は僕らの名前を神村、宮本で紹介してるから、この星の文化では僕らの名前に感じる違和感を早々に払拭したらしい。順応が速い。

 ここに集まっているのが比較的知的階級というのもあるのかもしれない。



 食堂は広く、隣接する中庭まで解放されている。

 異星人、つまり僕ら二人を一目見ようと多くの人が集まっていた。


 無線通信であらかじめアバターロボットのエネルギー源をこの星に求めたいとは伝えておいたのだが、文明のレベルが分からなかったので詳細を説明できていない。

 普通の料理と水で大丈夫です。程度の事しか伝えられていないのだ。


 これからお世話になる事もあって、歩く道すがら、宮本さんが案内役の人達に説明している。

『要は液体の水と個体の炭素源があればいいのですが、こうしてご飯が食べられるのは嬉しいですね。味覚の情報も確認できますし。

 このアバターロボットという操り人形は最終的には水と二酸化炭素、他には硫酸カルシウムや塩化ナトリウムなど安定した物質に変えて排出される設計になっています』

 そうそう、アバターのご飯が消化されると、ほとんどはエネルギーと気体になるので呼吸動作のついでに出ていくけど、一部の固形物が口の中に出て来てじゃりじゃりするから食後しばらくしたらうがいもしたい。



「ええと……お二人の本来の体……はどうなのでしょう?

 ここで歩いているのは人形で、本当は上空に居るんですよね?

 ご飯はどうしてるんですか? やはり宇宙船に保存食を積んでいるのですか?」

 近くを歩いていた獣耳っぽい人が聞いてきた。異星人への興味は尽きないらしい。

 僕も逆に気になる、この耳、どういう構造になってるんだろう? 猫とかみたいに外耳道がL字型に上に向かってるとか?


 責任者の宮本さんがお答えする。

『宇宙に居る体も見た目はこの体とほとんど同じですよ。

 保存食もありますが、あの宇宙船全体が農場みたいになっています。宇宙空間だと植物を育てるのが精神衛生上良いとされているのもありますね』


 精神衛生によろしくても僕はめんどくさくて嫌いなので作物の育生は機械に任せてる。けど、たまに生えたての芽に水やったり熟した実を収穫したりするのはまぁまぁ楽しい。採取は人間の根源的な欲求を満たすのかもしれない。


「すごい! あのサイズで人二人分の食料が賄えたら農業の革命ですよ!」

 地上の人達は観測結果から宇宙船のおおよそのサイズを割り出していたようだ。

 この星の文明水準はおおよそ十九世紀後半から二十世紀前半。僕らの星でもその頃から計算の上では宇宙を知る事も出来たのだ、宇宙船を作るだけのノウハウと予算がなかなか確保できなかっただけで……


「やはり宇宙で暮らすために膨大な時間をかけて開発されたのですか?」


 その質問に僕らは苦笑するように顔を見合わせた。

『お恥ずかしながら私たちの国は山がちの小国で、人々はあちこちに散らばって暮らしていました。

 技術はあるけれど、資源は少なく、土地も小さく、災害も多い、つい数十年前まで宇宙に出るのも一苦労だったんです』

 宮本さんはそう言うけど、当時次から次へロケット打ち上げられたところってごく一部ですからね?


 一方、僕らの国は宇宙開発とは無関係に、効率的で快適な居住スペースを開発する事に力を集中していた。

 都市インフラと切り離されてもある程度の居住性が確保され、より安全に、より清潔に、より周囲の環境に配慮した形に、と進化していったそれは、暮らす場所の選択肢を広げ、災害に遭った地域が避難場所に心配する必要もなくなったため、結果的に星全体で災害の多発した時期でも国力を保つことに成功した。


 最終的には宇宙航行技術のブレイクスルーが起きた時に極小居住スペースの技術を応用し、真っ先に宇宙での長期間滞在が可能となった。

 宇宙空間に適用させるためには、また全く別の試行錯誤を多く必要としたが、極端な質を追求した省スペース化や断熱性、気密性、極小なエネルギー循環環境の構築のノウハウが役に立ったのは間違いない。


 そうした宮本さんの説明を聞いて、周囲が「最初に雪を漕ぐ人は帰りの道が楽になる」というような事を言っていた。日本で言う所の「情けは人の為ならず」に近い言葉の様だ。


 また、質問したくてむずむずしている人も居る。


 しかし、向こうは知的好奇心の赴くままに質問しているのだろうが、この流れはちょっとまずい。今後の研究課題であっても『できる』と分かった上で研究を始めるのと『できるかどうかわからない』所から研究をスタートさせるのでは研究の予算や難易度に雲泥の差ができる。

 うっかり知った知識で公平性が悪くなりかねない。ひいてはこの星の環境に影響してくる。


「皆さん! せめてテーブルの前まで移動させてください! ご飯が見えない! まだご飯にたどり着けておりません!」

 幸い、周りを取り囲んでいる人たちを、案内のケンリジュさんをはじめ誘導の人が注意してくれた。




 ようやくテーブルの前についたものの……じっと見られながら食べるのはさすがに若干恥ずかしい……多分みなさんとほとんど同じだよ? 頭の後ろとかお腹に口があったりするわけじゃないからね?


 料理の前でケンリジュさんに聞いてみる。

『テーブルマナーとかはあるんですか?』

「お二人の利用している家具や食器が分からなかったので、手づかみで食べられる料理や串、匙の料理を中心にしました」

 無線の音声で見た事もない宇宙人の姿を伝えるにも限度がある。四肢があって二足歩行で五本指、おそらく地上の人と似た姿かたちですというような事しか伝えられなかったのだから仕方ない。立体映像だろうが何だろうが五感で理解できるものは大体通信できる現代技術が素晴らしいんだ。

「自由に立ち歩いて食材をとれるようになっています」

 ……大体地球で言う所のビュッフェ式と考えていいのかな。


 僕らは、無難なパンらしいものから食べていっていたが。

『これ、成分からして多分チーズですよ。この星でも発酵食品が成立してます。

 搾乳ができる生物も発酵のための細菌も、それを成立するための文化もあるんです。すごいですよ』

『ほとんどの成分がL型蛋白です。塩も使われてる』

 遠い星に地球に近いものがあるのは驚くけど、宇宙の仕組みによっては収斂進化する可能性は十分にあるらしい。タンパク質はL型の方が宇宙線で壊れづらいんだっけ? それともDNAとかRNAの話だっけ? 忘れたけどお肉おいしい。


 一方、異星人の二人が何だか成分の分析をしているのは見ている方はドキドキするものだったらしい。

「……お体に危険なものがありましたか?」

 向こうにしてみれば未知の超技術を持つ異星人相手だ、毒を入れられたと思われては案内役としてたまったものではないだろう。


『いいえ。僕らの星のものとほとんど同じで感動してるんです』

『ロボットですからそこまで神経質にならなくて大丈夫ですよ?』

 ケンリジュさんはホッと胸をなでおろした様子だった。悪いことしちゃった。


 安心してもらったところで料理を堪能する。この星の文化や生態のチェックも兼ねている。けして宇宙船のご飯のレパートリーに飽きて来てたとかではなく。

 ― 神村さん……炭水化物です……砂糖で味付けされてます……五万光年離れた星の人とカロリー源が一致してるんですよ……

 ― 香辛料もほとんど同じ成分です……これを作る植物があるってことですよ……遺伝的つながりのない遠い星の人と、おいしいって感覚が共有できるなんて……ロマンだなぁ……


 ― 香辛料の成分って多くは捕食者を避けるためのものですよね

 ― 別々の星で、それを作る植物ができて、それを消化できるように進化した時点で奇跡だ……


 ちょっと感動している。

 が、その横に居た学者らしい数人がひそひそ会話している。


「おいしいって言ってましたね……塩が味付けという事は……、水の惑星にも塩を嗜好する性質がある……じゃあ……古代の水の惑星の生き物もミネラルの多い海から地上に進出した……?」

「水の惑星にも乳製品や発酵食品が存在する……?

 正気の沙汰の調理ではないとドワーフ族にこき下ろされて苦節千七百年……」

「いつの話ですか。それについては私達だってすぐに考えを改めて乳酒作りはじめましたからね?」

 うーん、隙あらば僕らの星の事を探ろうとして来るなこの人達……技術後進地域とか侮ったりしたら、あっというまに技術流出しそう……と思ったところで


 僕らは再び宇宙船内で顔を見合わせていた。

 ― ドワーフ……

 ― ドワーフ族もいるっぽいですね……

 ― 何なんだろうこの星……地球と交流があった? しかも近年? でも坂藤(さとう)さんがこの星に来たと思われる数か月でこんなに広まって定着するとも思えません……

 ― エルフ、ドワーフの単語を聞く限り地球の文化と交流がある事になりますよね? でも宇宙人は珍しいというし、何より銀河諸星連合の法律で私たち側からの接触は禁止されているはずです……どういう事なんでしょう?


 よく見てみると耳が尖っていて長さはそれほどでもない人が居る。あれがドワーフだろうか?



 ― ……植物や単語など……明らかに似すぎてます……。仮に行方不明の坂藤(さとう)さんが植物の種を持ってたとしてもこうは広まらないでしょう……

 ― 過去に文化を形成するほど何かしらの交流があった……と考えるしかないですが……どうやって? 民間伝承とは明らかに違う……。エルフ、ドワーフがああいった概念として定着したのは早くても二十世紀半ば、遅ければ二十一世紀直前、地球でも月ロケットができたかできてないかぐらいの時期のはずですよ……? 



 僕らは食文化、マナーなどにも関心を向ける事にした。食器や使い方をじっと見る。


 ― やっぱりお匙はこの形になりますよね

 ― 体の大きい人小さい人の為にサイズが違うものが当たり前のようにありますね


 やっぱりあの体の大きさの違いはこの星では普遍的なようだ。

 そんな僕らの周りの反応はというと、宇宙人が珍しくもない食器をしげしげと見ているのは結構興味深いようだ。


 ― ……偶然フォークがこの形になるとしたら何でだろう?

 ― 地球の歴史に限って言えば、最初は肉を取り分けるための給仕用で、後に西洋ではスパゲッティなどを食べやすいように改造されていったと言われていたはずです……そうなると麺類が重要になりそうです……

 ― でも東洋ではフォークなかったみたいだし……

 ― 東洋にもあった、とは言われてますがお箸の方が普及したみたいなんですよね。そうなるとお箸があるかないかがポイントでは……?


 と、二人で箸を探し始める。


 ― 神村さん! お箸! お箸ですよ!

『この星ではトングっていうかピンセット状になってるんですねー……』

 僕らが見定めたのはU字状になっている木製の食器だ。

『古代の箸などもこういった形だったと伝えられています。この星では二本に分かれなかったのが興味深いです……』


 早速案内のケンリジュさんが解説してくれる。

「はい、これをいかに上品な角度で開きやすく、少ない力で物を掴めるかが箸職人の腕の見せ所です」

 この星では、曲げ木の職人技術で箸に近い食器が作られているようだ。

 引き続きケンリジュさんが解説する。

「木製の他にも金属製がありますが、金属疲労によってすぐに使えなくなってしまうため、ごく少数ですな。

 最近では、ばねを利用したものもありますが、清掃性も悪く、大きくなってしまうのであまり使い勝手はよろしくないかと。

 珍しい箸の文化では二本の棒の一端をこう、二つの輪のようにくくるというものもあります」


 この星では箸の持ち手側の端をはさみ縛りみたいなのにするのがマナーらしい。ところ変わればマナーも変わる。


 ― 箸は伝わってない印象ですね? どうしてでしょう?

 ― 前に来たのが箸の文化圏の人じゃないとか?


 ……まだ仮説だけど……僕らの探している坂藤(さとう)さん以前に、箸になじみが薄い文化圏の人がこの星に来ている……?


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