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3.地上

 緑の平原に引かれた一本の黒い線、それは線路。

 周囲には草原の他に何もないのに、そこに似つかわしくないガラスと鋼鉄材をふんだんに使った巨大で立派な駅、その周囲にわずかにある建物。その駅前から一本だけ伸びる乾いた土のベージュ色の道は、緑のなだらかな丘の上に建つ巨大な古城に続いている。


 着陸船は柔らかく古城の屋上、石畳の上に降り立った。

 屋上には警備が敷かれ、軍服じゃなさそうな人達は遠巻きにしている。


 ここはまわりに草原と小さな町しかない人里離れた古城だ。三国の国境近くの、微妙な力関係の下にある地帯でもある。


 宇宙人に会いたい志願者が、近隣の三国のみならず世界各国からこの古城に集まっていた。


 そう、彼らにとっては僕らは異星人。


 この星と交流を持つと決まって、僕らは最初、宇宙船から光を発して地上から観察できるようにした。次に電波ジャック、というと聞こえは悪いが、各地の無線に日本の歌とメッセージを流して、音声で通信できる事を示した。


 表向きは、宇宙人が平和的な交流を目的に、文化文明の調査をしにやってきた。という形だ。

 もし、この星に迷い込んだと思われる地球の行方不明者がラジオの聞ける環境に居たら気付いてくれたかもしれない。




 僕ら宇宙人(・・・)からの通信が届くと、この星の国際連盟のような組織で大激論が交わされたようだ。


 簡単に言うと、「宇宙人の超技術は欲しいが、自分の国に受け入れるのは不安」「そもそも本物の宇宙人なのか?誰かのいたずらではないか?」といったもの。



 そのため、無線を使ったコミュニケーションでは僕らが宇宙人である事、できるだけ安全に配慮する事を証明するのが大変だった。


 僕らが宇宙人と証明するのに、この星の大きさや公転周期、自転速度、宇宙船の現在の速度や軌道、高度など、天文学的な事をあれやこれや聞かれた挙句、宇宙船の発する光を向こうの言うとおりに明滅させたりした。

 途中の物理や数学の話とかは八進法で、とか、六進法で、とか注文つけられたけど……何あれ? 宇宙人いびり?


 安全面に関しての心配はもっともで、着陸船やアバターロボットの簡単な仕組み、僕らの星で定められている異星への接触に関する法的なおおよその枠組まで伝える事になった。



 そこまでしても「宇宙人というのが嘘で大恥をかくのは嫌だ」「未知の感染症が発生したらどうする」といった理由で尻込みする国の多い中、受け入れを表明したのがここ、空柱連合という国の辺境だ。




 その辺の地上でのすったもんだの話は僕らには直接伝えられていないが、僕たちは僕たちで地上のラジオや通信を解析する形で大まかな事情を知っていた。

 プライバシーの問題はあるが、見ず知らずの土地に何の事情も知らずに乗り込むほうがトラブルを呼ぶ。

 暗号化が不十分なのが悪い。



 そう、プライバシーには形だけとはいえ配慮している。

 知的生命体の居る事が分かってからは偵察用のドローンは飛ばしていない。盗撮紛いの事をして気付かれたら非協力的な態度になるのは目に見えている。僕らには慎重に解決しなければならない問題があるのだ。


 そのため、僕らがこの星の人達が大勢集まっている姿を見るのはこれが初めて、この星の人達は遠目から見る分には地球人とそう変わらない姿をしている。角や翼が生えてたりとかはしない。多分生物学的には地球人で言う所の女性、男性の二種類。

 一方、髪の色は地球にはない色がいっぱいだ。緑とか青とか紫とかの人も居る。何だろう? あれ。



 髪色以外の点ではほとんど地球人と変わらないものの、何人かは極端に大柄で二メートル以上、そうかと思えば百センチ以下の小柄の人達も居たりする。この星の人はホルモンの分泌の制御などが地球人と多少異なっている可能性は十分にある。

 むしろ地球人とこれほど似通っている時点で奇跡に等しい。


「服装が多様です……きっと産業革命による豊富な繊維産業と伝統的な服飾の製法が両立しているんですよ……なんて素晴らしい……」

 宮本さんが目を輝かせている。


 確かに、着陸船の周りに整列する軍人さんたちの服は明らかに規格化されており、繊維産業が機械化されている可能性を感じさせる一方、遠巻きに集まっている人たちの服装も多種多様。いわゆる民族調。ファンタジー好きならちょっとときめく感じだ。


「僕も紋付着て来ればよかったかなぁ」

「気持ちは分かりますけど、まさか一般の開拓船に正装は積んでませんから……

 あと、意外と持ち込まなきゃいけないものも多いですし……」


 僕と宮本さんのアバターは、ほぼお揃いの宇宙服を着ている。船外作業用の長いコートみたいな作業着だ。

 見た目を一言で説明するなら……ジャージの上着が長くてコートっぽい、が一番近いかも。




 さて、宮本さんは形だけの入国審査に臨んでいる。あらかじめ聞かれることは教えてもらっていたが、軍人さんたちの質問にはうまく答えられているだろうか? 翻訳は正常に動作しているだろうか?


『―……という理由で、そのためのアバターロボットです。簡単に言えば遠隔操作できる自分の形をした人形ですね。

 わたしたちの星でも新しい環境を汚染しないように、滅菌を施さないと着陸してはいけないと定められているんです。

 わたしたちの技術で検出できる範囲において、環境に定着増殖できるほどの微生物は付着していません』

 向こうの方で宮本さんが以前聞かれたことを再び説明している。大変だなぁ。


「はじめまして」

 不意に白いヴェールで顔を隠した銀髪の女性に話しかけられた。その隣には黒いフード付きローブを頭からすっぽり被った人も居る。黒ローブの人は僕より少し背が高いから百八十センチぐらい?

 見た目からして軍服では無いようだが、周囲の軍人さんが注意したりしていないのでここに居ても問題のない人なのだろう。

「わたくし、シェルクナと申します。宇宙人さんのお名前をうかがってもよろしいですか?」


 軍人さんがどうぞ、と僕に手で合図した。

『神村シラセです』

「失礼、カシュアセ……?」

『神村です。

 水の惑星の日本という国から来ました。よろしくお願いします』

 シェルクナと名乗った女性はヴェールを外してにっこりほほ笑んだ。銀髪、長い耳、これは……

「あら、私たちも名前の後ろにアがつくのですよ。お揃いですね」

 KAMIMURA(カミムラ)、なるほど言われてみれば確かにその通りだが……


「御前、人族にもエルフ族に敬意を表して名末がアの者もおります」

 横から別の長い耳の人がそっと話しかけている、周りの人の様子を見るに、この女性は偉い人の様だ。

 いや、何だ今の会話? 情報量が多い。


「エル…フ……?」

「あら、ごめんなさい。水の惑星では私たちの事を何というのでしょう?」

「いえ……多分エルフですけど……」



 僕は思わず宇宙船内で宮本さんに話しかけた。

 ― エルフって……

 ― 偶然一致しうる文字数ではありますけど……


 そう言うものの宮本さんも釈然としないようだ。だって耳が長くてエルフってさぁ……


「御前。あちらの方は宮本彩加様だそうです」

 別の偉い人がシェルクナさんに話しかけている。

「ミヤモトアヤカさんですね?」


 ― 宮本さん、何でフルネームなんですか?

 ― この星の文化では名末っていうのがあって、MIYAMOTO(ミヤモト)、のオで終わると地名を表すようになっちゃうので違和感があるそうです。

    とりあえず紹介の時はフルネームで紹介して、少しずつ慣れていってもらう感じですね。


 何それ、カルチャーショック。

 英語は名、姓の順みたいなやつ程度にはカルチャーショック。最近は日本人も外国で姓名順に名乗ってるから、そのうちこの星の人も地球の風変わりな名前に慣れてくれるだろうけど。


 ― 名末って母音が関係してるっぽいですけど、そもそも地球ですら日本語にない母音を使う言語いっぱいあるわけですが、僕らちゃんと発音できてるんですか?


 発音の種類がすごいいっぱいあったらどうしよう。


 ― そこは機械翻訳の学習次第だと思います。


 そうですね。


「それにしても不思議なお靴ですのね。

 しっかりしているのに音が全然響きませんわ」

「略式の服装で失礼します」

 地上のアバターに話しかけられて、とっさに謝ってしまった。何せほぼジャージとスニーカー。


 宇宙船内で宮本さんと会話してたら地上の横から話しかけられたので慌てて反応しちゃったけど、これドレスコードに皮肉を言われたんじゃないよね? 偉い人がいきなり喧嘩売ってくる星じゃないと信じたいが、相手は「略式?」と不思議そうな顔をしている。どうやら普通に珍しい靴にコメントしただけだったようだ。


 と、思ったところで宇宙船に居る方の僕らは思わず顔を見合わせる。


 ― 加硫ゴムとかがない可能性が出てきましたよ神村さん……

 ― ゴムの木が存在しないのか加硫法が見つかっていないのか……うっかり教えたらパワーバランス崩れたりしませんよね……? シール材とか……?

 ― でも地球でも加硫法発見からスニーカーが定着するまで何だかんだ百年くらいかかってますから過渡期なのかもしれません


 とりあえずこの星にあるものないものが分かるまで、うっかり技術革新につながりそうな事を言わないように要警戒だ。




 そんなシェルクナさんに話しかける二人が現れた。

「困りますなぁ女王。雑談で時間を浪費されては」

「陛下、もう入国審査はよろしいのですかな?」

 この男性二人も軍人さんではないようだ。……って女王??!


「あら、そうですわね。

 形式的なものです。問題はございません。

 ようこそ空柱連合へ。第三代国王シェルクナ。水の惑星の神村さん、宮本彩加さんを歓迎いたしますわ」


 唐突にシェルクナさんの身分を明かされてぽかんとする僕らに構わず話は進む。




 口をはさんできたうちの一人、茶色い髭の壮年がはきはきと話しかけてくる。

「わたくし旧カルダロ公領の人族のギルシル・ウラウルと申します! 連国議会で東在帝領副代表をしております!

 本来であれば真っ先に我が国にお招きしたところでしたが! 残念です!」


 連国議会と訳されたのがこの星でいう国連のような組織。


 声をかけてきたうちの一人、お年寄りの方が挨拶をしてくる。

「ようこそいらっしゃいました。

 私、案内を務めさせていただきます。連国議会外務顧問のケンリジュと申します」


 連国議会の外部顧問、要は実力者だが各国政府と利害関係が少ないため調整役に撤しているらしい。

 黒い肌に白髪で長い髭、ゆったりとしたローブ。いかにも賢者とか古老、といった風格だ。

 ケンリジュ老人は続けた。

「こちら、各地から様々な方に集まっていただいております。

 まずは食堂にご案内しましょう」


 各地から様々な人が集まっているだけあって、人々の服装は文字通りの多種多様。

 大きな毛皮のようなものもあれば銀細工のティアラのようなものもある、絹のような光沢のあるドレスや、真っ黒なローブをすっぽり被ったような人も居る。

 白いワンピースの上から、おそらくツタを乾燥させて編み上げたような編み細工を着けている人も居る。


 ― やっぱり地球と違いますね。体に合った服を作れる技術はあるはずですけど、この星ではクロークみたいな上着でフレアースリーブも流行してるみたいです

 ― ゆったりしてるって事は、まず戦闘が少ないんじゃないですか? あと機械も多くないから巻きこまれたら危ないとかを心配しなくていいとか

 ― なるほど


 僕らが宇宙船内で軽く意見を交換していると、アバターの横からギルシルという男が話しかけてきた。

「地球のお二人は東在(とうざい)帝領にいらっしゃる予定はございますか?」

 僕らは思わず顔を見合わせる。


『ええ、その時はよろしくお願いします』

 宮本さんの返事ににっこり笑って男は去っていった。


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