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26.終わり

『エラー アバターの起動に失敗しました。 三十秒後に再起動します』

「ああ! もう!!」

 何回目かの起動失敗。もうあれから三分以上経っている。


「神村さん、落ち着いてください。

 核爆発は起こっていません。きっと無事ですよ」

「でも……あれだけ力が集まっていた所を強引に停止させたら……」


 宇宙船の映像に映る、地上の青い光の柱。

 東在帝領西端の街。


 結論から言えば水爆の魔法陣の起動は回避された。

 しかし、吹き荒れる魔力により、現地は昼間のように明るく、センサーは効かず、アバターは起動できず、状況は未だに分からない。そんな時


『アバターロボット起動シーケンスを開始します。

 初期状態

 遅延 200フレーム 毎秒』


 時間にしてほんの数分、だがようやくアバターロボットが起動した。




 僕はゆっくりとアバターの目を開けた。


 まだ青白い光の粒があちこちに舞っており、見上げると、さっきまで動いていた輪は全て停止してドームの梁のようになっていた。

 よく見れば輪には何かの文様が彫り込まれており、魔導金属の薄っすらとした炎のような光が虹色に輝いている。


『遅延 5フレーム 毎秒』


 まだわずかに流れている魔力の影響でエラー訂正機能が働いている。わずかにぎこちないが動けないほどじゃない。


 そっと起き上がって周りを見ると、自分の倒れていた足場の先、少し離れたところにバレアが向こう向きに座り込んでいる。傍らには折れた日本刀が落ちていた。


 その先には黒い円柱に複雑に施された文様、魔法陣の中枢だったところだろう。文様には刀傷が走り、時折わずかに魔法の炎が立ち上る。


『遅延 1フレーム 毎秒』

『……バレア?』


 魔法陣が暴発を起こしたとしたら一番ダメージを受けたのは彼のはずだ。

 恐る恐る声をかける。


「あ、神村ー? 無事だった?」

 想像以上にあっけらかんと、バレアは座ったままこっちを振り返った。


『それはこっちのセリフだよ!』

 僕はつかつかと近づいて立ち上がるのを手伝うために手を差し出した。

 異常に気付いたのはその時だ。


『……バレア?』

「え? あー……………………言いにくいんだけど……光で目、潰れたみたい」


 光網膜症……強い光が網膜に炎症を起こして視力を低下させ、悪ければ失明させる疾患だ。


「それより頭痛くってさー、ちょっと横になりたい」





 少しして、地下の巨大魔法陣の部屋に東在帝領の警官隊がやってきた。

 坂藤(さとう)さんの端末の通信が回復したため、それを通して宮本さん達が地下で起こった事を説明したらしい。

 関係者を拘束したり装置を調べたりしている。


 ミュアルは……バレアにぶっ飛ばされて足場に引っかかって気絶していた。そのまま下ろされて警官隊に連行されていく。

 起きたら留置所ってところだろう。



 僕はバレアが動けるようになるまでしばらく一緒に居ることにする。

 青白い光の粒が風もないのにふわふわと行きつ戻りつしている。

『バレア』

「んー?」

『地球の技術で目を治してもらえないか頼んでみるよ』

「でも神村達の星の技術ってよっぽどじゃないと使っちゃいけないんじゃなかったっけ?」

 そう、ギルシルを治療できたのは地球人誘拐事件の重要人物が瀕死の重傷だったからだ。


『バレアならいいんじゃないかなぁ』

 味方になってくれる人にはある程度融通効かせていいことになってるし。

『ヘッドホンもOKだったし』


 バレアが僕らの味方をしてくれる条件として出してきたのが、坂藤さんの持っていたイヤホンを模倣して作った騒音を防止する装置。


 たまたま基礎的な考え方と必要な部品が既にこの星にあったから、地球の技術を使わずに済んだだけだ。

 この星は一部の結晶の構造が地球と違う。高性能な消音技術の部品になりうるものが既に存在した。


「オレ、最終的には耳栓なくても神村に味方してたぞ」

『そうなの?』

「オレも自分の魔王が別の星に居るとは思わなくて最初びっくりしたけど」

 え、僕が魔王ってあれ本気だったの? 言い訳じゃなくて?


「でもさー、神村達の星ってすごい離れてるんだろ?

 すごいよな、よく会えたよなオレ」

 距離にして約五万光年。普通に生きてたら会えないだろう。確かにすごい。


 …………。


『……実は僕、もっと遠いところから来てたりするんだよね』

「そうなの?」

『そのうち話すよ』

「おう」



 坂藤さんの星間移動は『理論上は危険すぎて不可能』と言える程度には解明されていた現象。

 実際に僕らは同じ現象を利用して地球から数万光年離れたこの場所に来ているわけだし。


 一方、僕がここにいるのは、いくつかの仮説はあるけど確認はできず、詳細は全く分かっていない、似て非なる現象によるもの。


 僕はあの日、アパートのドアを出た瞬間、この世界に来ていた。

 この世界に突然、栄養状態も衛生状態も最悪な半死半生の子供が一人現れて保護された。


 分かっているのはそれだけ。


 だからいつか、何かのはずみに元の世界に戻されるんじゃないかとか……あの日、僕の代わりに死んだ別の僕が存在するんじゃないかとか……そういった言いしれない不安が、今も日常のふとした瞬間に顔を出す。

 一年近く前の違反攻撃での入院から、それがひどくなった。


 だから、もし異次元航法みたいな方法で別の次元を通っても、またこの世界に戻ってこれたら……この世界に居る事を許された証なんじゃないかって……こっそりそんなことを思っていたのも、宇宙開拓への参加を希望した理由。



「神村」

『ん?』

「オレ、神村に会えてよかったよ?」


『……ありがとう』




 そんな時に宮本さんから通信が入った。


 ― 杷木原さんから緊急の連絡ですよ

 ― へ?


 こんな時に何が?


 ― 何かあったんですか?


 ― うむ、天の川銀河諸星連合はその星と正式に交流を持つことになったよ。

   詳細を詰めるのはこれからだが、技術・文化的交流の制限は徐々になくなる


 正式に交流……技術・文化的交流の制限は徐々になくなる……バレアの目も正規の手段で治せる……。



 僕らの報告から、この星は僕らに匹敵する技術と理性を持っていると認識されたようだ。

 技術の方向性は全然違うものの、紛れもなく坂藤さんを星間移動させているし。状況によっては現代兵器を無力化できるのだ。下手に放っておくほうが危ない。


 天の川銀河諸星連合としては錬金術が欲しいってわけでもないだろう。今時は工業で使うような元素のほとんどは、似た性質を持つものを合成した方が速い。

 魔法陣を核兵器代わりに使おうにも、装置が巨大で動かせないので利点はない。


 もしかしたらワープの魔法陣を小型化してレーザービームを超遠隔射撃とかできるかもしれないけど……色々難しいんじゃないかな?


 この星にはラセオタブレヴィの写本とか古代から伝わってるよく分からないものもいっぱいありそうだし、銀河諸星連合としてはそうしたものが隠れている文化遺産を破壊しないように、現地と協力して慎重に調査を進めたいらしい。


 そうなると技術格差や急速な開発のせいでこの星が極端に不利になったりする心配は少ない……と思いたい。






「いや、いらないって。果物ぐらい匂いで分かる。自分で食べれる」

『病室で他にやれること思いつかない……お見舞いと言えばリンゴの皮むきぐらい……あ、匂いきつい?』

「いや、そこまでじゃないけど。何その文化?」

 バレアはベッドの上で布団をかぶってもそもそしている。

 僕はリンゴ、と翻訳された果物、の皮を剥きながらタナタエさん達との話をつづけた。


 エイアさんに続きを聞かれる。

「そうなるとバレアさんは神村さん達の星に行って治療を受けるという事はできないのですか?」

 僕らとしても早く治してあげたいんだけど、宇宙船は結構狭いとか片道だいぶかかるとか……他にも色々心配事がある。


『坂藤さんは漂流した民間人なので最優先で帰る事になりましたけど、この星の人が異次元航法を使ってどういう影響が出るか確認できないのもあって地球としては移動には慎重になってますね』


 大丈夫だとは思うけど、もしもこの星の生き物が体の構成にも魔法を使ってたら異次元航法で大ダメージとか消滅って事もあり得るかも、としている。何せ生物の成り立ちからして未知の文明圏だ。


 一応、次に来る専門家がこの星の植物とか小動物とかも連れて帰る予定なので、その結果も見て、という事になるだろう。



「ああ、坂藤さん帰っちゃったんですよね。イリルルちゃん、寂しいだろうなぁ……」

 タナタエさんがため息をつく。


『坂藤さんはすぐこっちに戻ってくると思いますよ。現地に居た人は貴重なので』

 地球の医療器具とかをこちらに運んでくることになるかもしれないので、その時に一緒に来るとか、何にせよ次にこちらに来る派遣隊に加わってると思う。


『しばらくは検査とか聞き取りとかであちこち引っ張りだこになってると思いますけど』

 と言ったら漂流した地球人の救助後の処遇について色々聞かれた。宇宙を漂流ってこの星の人には未知の領域だから物珍しいようだ。



 しばらく話した後、そこから地球の技術の話に向かった。

「しかし、山彦石を渦巻き型に加工……そんな発想があったとは……」

 例の消音イヤホンの設計を興味深げに見ているのがタナタエさん。


 地球は蚊取り線香を渦巻き型にして作用時間を延ばしたりクオーツをU字型にして腕時計に搭載したりしてるけど、やっぱり最初に思いついた人すごいなーと思う。



 バレアがふてくされた顔で布団から顔を出した。

「オレの部屋、難しい話多くない? なんか専門家多くない?」


「神村さんが大体ここに居るからです」

「宮本さんは仕事で偉い人と一緒に居るのであんまり会えないからですね」

 ベッドの脇に居たエイアさんとタナタエさんが答える。


 宮本さんは今、銀河諸星連合と連国議会の意見のすり合わせや東在帝領の今回の事件に関する後処理で古城にこもりっきりになっている。


 それを言ったらあきれた顔をされる。

「神村も宮本の仕事手伝ってやれよ」

『実は宇宙船の方で手伝ってるよ。

 それに僕はこのへんに居て、外部のいろんな人から聞いた必要な話を宮本さんに伝えるのも仕事だから』

「便利だな。神村の星の技術」

 宇宙航行時代に必要な技術だったっていうのもあるけど、システムの骨子は災害時に遠隔会議とかを発達させてたのもあるかも。



『本当に邪魔なら病室の外に行くけど?』

「んー、話が半分くらいしか分からなくて暇なだけ」

 悪いことした。


『気分転換に散歩にでも行こうか?』

 この病院、大きいせいか郊外にあって庭とかも広い。


「行く行く、痛ってぇ!」

 バレアがベッドから降りた拍子に泣き所をテーブルにぶつけた。怪我増やさないで。

 近くにりんご切ったナイフとかあるから危ない。


『車椅子か杖、借りてくるよ』

 僕が病室を出ると、背後でバレアのぼやきが聞こえる。

「っかしーなー。確かに立体魔法陣の中では周囲の状況分かった気がしたのに」


 何だろう? 火事場の馬鹿力?




 病院関係者の詰め所、いわゆるナースステーションまで廊下を歩く。と、途中で知った顔を見つけた。

「あ! お前! 証言してくれ! 監禁はミュアルがやっていたんだ! 私は研究の場所と資金を提供していただけで……!」


 治療中の髭の人だった。警官隊に囲まれていてこっちには来れそうにない。偉い人も大変だね。


 止血剤も、血液成分とか検討して見込みがあったから使ったわけだけど……こんなに元気なら止血だけでもよかったかもしれない……。



『げ、また知った人が居る』

「また、とはなにかな? 大方、先にウラウル卿にでも会ったのかな?」

 やっぱり警官隊に囲まれたミュアルが居た。

 最後の最後で格闘してできた怪我の検査らしい。バレアにぶっ飛ばされてたからな。


「この頭脳が失われるのは天下の損失だからね。

 しかし地球の技術が存分に研究できるようになる時に僕を牢獄に送るとは、東在帝領も能がない」


『ご自慢の脳で急いては事を仕損じるって言葉を反芻した方がいいね』

「当たり前のこと過ぎて何でそれが地球の格言になっているのかわからないな」

 当たり前のことを当たり前にやるのが一番難しいって茶道の偉い人とかが言ってた気がする。


 ふと、ミュアルはまっすぐこっちを見た。表情は変わらないが、込められている感情は憎悪、嫉妬、……


「……僕が見つけるはずだったものを持ち込んだ君達地球人を許さないよ」

『……』

 こいつは時間さえあれば本当に発見したかもしれない。


 それに関しては申し訳ないと思ってる。が、なんか謝りたくない。


 サクルさんの知り合いがスランプに陥ったのも、価値観を破壊されるレベルの技術格差を垣間見てしまったからだと思えば、謝りたい気持ちはある。が、こいつに謝るのはなんか違う気がする。



 ミュアルから立ち去ってしばらく歩いたときふと思った。

 あれ? ミュアルが坂藤さんを召喚したんだから自業自得じゃない?



 横の病室から聞いたことのある声と知らない人の声が聞こえてきた。

「ルドス……生きててよかった……でも……」

 病室に居るのはサクルさんと……例の爆発事故に巻き込まれた知り合いの人か。


「この腕は僕らのおごりが招いた結果だ。半端な理解で技術を使おうとすればこうなるっていう証拠さ。

 技術を使うのに知識が必要だとすれば、新しいことを知るために過去の知識が必要だとすれば、僕にできる事はまだたくさんあるよ」

「私も……手伝うよ」


 一拍置いて返事が聞こえる。

「うん! 僕にできないことはこの通り、いっぱいあるんだ。苦労かけるけど、よろしくね。サクル」

「私なんて最初から数学苦手だもん。できないことがあるなんてお互い様だよ!」



 いきなりの地球の技術の導入に、この星も地球も不安も大きい。

 だけど彼らの会話を聞くに、この星の前途は明るい気がする。


 …………できないことかぁ……僕も見習わないとなぁ。



 僕は病院の人から杖を借りて病室に戻った。




 病室を開けたら病室内の顔が一斉にこっちを向く。

「バレアの魔王ってこれ?」

「俺、駅でちょっとやりあったけど強いぞ」

「バレアが目やられたんで、現地に居た俺らの目も検査したいって言われてさー。ついでだから寄ってみたんだ」

「あの光すごかったよなー、古城から見えたもん」

「おまえら、オレの散歩が先だからな?」

「え? 病院で腕試ししていいの?」


 魔族の人が大勢お見舞いに来ていた。


 一斉に喋っても静かなのに、一部の会話が血の気が多いというか元気があり余りすぎてる気がする……そういえばセーカさんが魔族は強者を尊ぶって言ってたな。

 魔王は腕試しに付き合わないとダメなルールとかあるんだろうか?

 これは急いで外に出ないと病院の人に怒られるかも。





五万光年向こうの異世界


https://ncode.syosetu.com/n1270go/


終わり


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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結おめでとうございます! なろうでここまで完成度の高いSFを読んだのは久しぶりです! ありがとうございます!! [気になる点] 強いて不満を挙げるなら、ミュアルの末路。 ミュアルには…
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