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25.光

 屋敷の地下、甚大な被害を発生させるという謎の巨大な装置。


 明らかに個人の力で破壊できる大きさじゃない。


 僕の視界から送られた映像から装置を一目で見抜いたのはやはり魔法陣の専門家であるエイアさんだった。

「まさか立体魔法陣!?

 装置の詳細をお願いします! 突破口が見つかるかもしれません!」

 エイアさんの言葉で、僕は輪に包まれた球状の物体を読み取ろうとする。


 ― ノイズで立体構造を読み取れません!

 ― 神村さん! 装置の全周を回って視野画像を送ってください! 映像を元にこちらで再構築します!



 宮本さんの返事に、僕は慌てて装置を視界に入れながらホールをぐるりと走る。


 巨大な金属の手毬の様に見える輪の塊。それらの輪は謎の力によってゆっくり個別に傾き、回転し、まるで万華鏡のように幾何学的な模様を作り出している。


『遅延 40フレーム 毎秒』


『遅延 50フレーム 毎秒』


 いよいよノイズによって動きの遅延がしんどくなってきた。

 普段だったらこんな切羽詰まった状況では一回の跳躍で数メートル跳べるようなスピードを出すところだが、今何メートルも跳ぶような動きをすると、踏み込みや着地の制御をミスった衝撃でアバターロボットが壊れかねない。


 ― 3D映像出ました!


 宮本さんの声に一息ついて壁に寄りかかり、装置を見据える。



「おそらくラセオタブレヴィの写本にいくつか記載がある立体魔法陣の一つです……複雑すぎて人間には構築不能と言われた……」

 エイアさんのその一言でピンと来た。

 坂藤さんは何か計算させられていたはずだ。十進法を使ってると気づかれるまで時間がかかったと言っていた。


『宮本さん! 坂藤(さとう)さんに繋いで! ミュアルの下でどういう計算をやらされたか履歴を確認してください!』

 ― そう思って連絡をしているのですが……どうやら向こうの端末が機能停止してしまったみたいで


『遅延 100フレーム 毎秒』


 設定変更を告げる音声を聞かなくても分かる、はっきり体感できる遅延が発生している。


 周囲の環境に合わせて自動変更されるエラー訂正の処理がとんでもない量になっている。

 回帰重力、この星で言う魔力が溢れているせいだ。


 おそらく、地上ももう既に端末を動かせないぐらい影響が出ているのだ。翻訳機能も停止しているかもしれないが、パニックになっていないことを祈る。



「計算から模型を一から作り直して照合するとなると……時間が……」

 頭を抱えるエイアさんに技官のタナタエさんが叫んだ。

「概算でもいいのでどの魔法陣か絞り込みましょう! 手がかりになるかもしれません!」

 宮本さんも返事を返す。

『私たちも計算の補助をします。よろしくお願いします』

 ふと疑問に思う。


 ― 宮本さん? 人工知能は写本を読めなかったんですか?

 ― 写本の計算式が古典的な詩で書かれていたため、人工知能が計算式と認識していません。しばらく学習すれば計算してくれると思いますが、それまでエイアさん、タナタエさんの補助をして学習させます!


 うわ……

 確かに数式が全世界共通の書き方になったのは地球でも割と最近。

 日本でも神社に奉納されてる昔の数学の問題は漢文とかで書かれている。太古に作られたこの星のラセオタブレヴィの写本が一般的な計算式になってなくてもおかしくない。


 更には八進法や十二進法でAIが混乱したのかも。


 ミュアルは計算式に直した上で坂藤さんに計算させていたことになる。計算しやすいようにとの気づかいか、位取り記数法や古典的な計算式の文章を学習させるのが面倒くさかったのか、それとも情報の漏洩を危惧したのか。


 ― 写本に書かれている計算以外の文章の解析も進めています。

   その結果、作用をある程度絞り込めた立体魔法陣がいくつか。

   一つは元素合成


 錬金術?そんな事までできるの?魔法って。


 ― そして一つは……熱核兵器


 アバターロボットの動作遅延に苦戦しているのとはまた違った汗が出てきた……。


 爆弾……巨大な威力の……


 ― 推定されるエネルギーを完全に利用した場合、威力は皇帝爆弾級。その地下室の深さは地下核実験に満たない精々数十メートルのレンガ造り。この古城まで爆風が届く計算です。

   既に全員地下に避難していただいています


『…………宮本さん……もしかしてあの青い光って……』

 Ordersでもさすがに核爆弾は禁止なので、僕は放射能の検知練習はやった事ない。

 だからあれが放射線かどうかは分からないんだけど……もしあれだけ放射線が出てたら、この街に既に被害が出るのでは……。


 ― 放射線ではありません。熱による装置の溶解を防ぐためか、必要な力が集まる瞬間までは全く起動しないようになっているはずです。

   青く光っているのは、使われずに流出した魔力を受け取って励起状態になった大気の分子と考えられます。チェレンコフ光とかではないですよ……確かに魔力の人体への影響は未知数ですけど……


 宮本さんのその言葉が終わるか終わらないかの内に事態が進展したようだ。


 ― 安全にフレームの軌道を避けられる経路が分かりました!

   そこから装置の中枢に入れます!


 周りの動いている巨大な輪は本体に力を送るための部分。

 一部分だけ破壊できたとしても残った部分が力を集め続け、被害の出るような暴発を起こす可能性が高いと推定された。


 だから狙うのは中枢。中枢は文字通り、輪が取り巻いてできているこの球の中。真ん中にある。

 円柱に文様が彫られているような構造をしていて、そこが傷一つでもつけば機能停止するだろうという事だった。



 その中枢に向かうため、指示された安全地帯を目指して進む。そこから輪の内側に入れるはずだ。


 絶えず動いている輪のせいで目立たないけど、本当に一カ所だけ、フレームが全く通過しない場所があり、そこに作業用の足場が伸びている。

 おそらく魔法陣の中枢の調整用なんだろう。


 ― 行けそうですか? 神村さん

 ― 行けなそうでも行かないと


 刀を口に咥え、足場を慎重によじ上る。

 普段なら生身でも十秒もかからないのに……泣き言も言いたくなるが、なんとか目的の足場まで這い上がった。



 その場所は確かに鋼鉄の輪が一切通過していない、人が通れるぐらいのトンネルのようになっている。周囲の鉄の輪の動きによって、トンネルの形は三角や四角、菱形、その他多角形に変化している。


 足場からそのトンネルを通って装置の内側に通路が伸び、橋のようになっていた。

 中は青白い光に満たされ、中枢にあるはずの円柱状の魔法陣の本体は視野の調節をしても光に阻まれて全く見えない。


『遅延 200フレーム 毎秒』

 装置に近づくにつれ、一気にノイズが増えてアバターの遅延がひどくなる。歩くのがやっとだ。


『遅延 230フレーム 毎秒』

『遅延 640フレーム 毎秒』

 設定変更を伝える人工音声の間隔が短くなってくる。

 気は焦るが、動作の遅延のせいで歩くことが覚束ない。刀を杖代わりに、一歩一歩進む、ここで転んだら起き上がれる気がしない。


『遅延 1500フレーム 毎秒』

 嘘だろ!? フレームの内側に入る直前に何故か急増したノイズにバランスを崩して転倒する。



 うつ伏せから起き上がろうとしても手の感覚が掴めない。数秒遅れて手がバタバタと刀を探る。

 でもその映像は数秒前の事で……落ち着け……一旦動きを止めて……体勢を立て直すとこから……

 ……何だろうこの違和感、頭部の視覚センサーや平衡感覚センサーにのみ、一瞬だけ高負荷がかかった?

『遅延 800フレーム 毎秒』



 不意に真上から声が降ってくる。

「やっぱり効いているんじゃないか。

 でもおかしいな? 鈍ってはいるが停止はしてない、頭部が中枢でないとすると……胸か腹かな? 戦闘をこなす前提という事は損傷しやすい末端ではないはずだ」

 同時に背中に複数の衝撃を受ける。

『遅延 1100フレーム 毎秒』

 軽い衝撃とは裏腹に重い負荷……これは……魔法で撃たれてる?!



 腹部を蹴られてなすすべもなく仰向けになる。


 ちらつきかける不快感を振り払ってアバターの操作に集中する。


 何とか動こうとしても、感覚の大幅な遅延と相まって全く思うように動けない。少し遅れた視野画像が見た事のある顔を捉えた。

『ミュアル……』

 邪魔しないって言ったじゃん、とか、他の人は魔法使えなかったのに何でお前だけこの状況下で魔法使えるんだよ、という文句は通じない相手だろう。行動不能にしておかなかった僕が悪い。



「時間がないから手短に済まそう。

 どうせだから死ぬ前に解体させてもらおうと思って。宇宙人の技術が見たい」

 言うなり大型のナイフを取り出した。


 思い出した痛みで背筋が凍る。


 宇宙船内の自分の冷や汗でぬれた肌とアバターロボットの感覚のずれを感じる、いや、大丈夫、冷静になれ、痛覚刺激は遮断できる。シーケンス制御を指示して一連の動きを再現するだけなら遅延は関係ないはずだ。

『遅延 1100フレーム 毎秒』

『遅延 820フレーム 毎秒』

『っ!』

 通信状況が悪いときなどのために、あらかじめ決めておいた動作を行うシンプルな制御。しかし大幅に変化する遅延時間に関節の動作の制御が合わせられず、動かそうとした左腕が跳ねた。


「何かする気かな?」

 ミュアルが左腕を膝で押しつぶして馬乗りになってくる。


 いっそ遅延2000フレームで固定して……

『遅延 2030フレーム 毎秒』

 ― くそっ!


 周囲の魔力密度が急上昇している、爆発が近い。青白い火の粉みたいな光が吹き荒れている。


「やっぱり眼球かな、頭蓋骨のフレームはナイフで割れなそうだし」

 聴覚と視覚と接触覚のデータが一致していない。

 音声に少し遅れてミュアルの口が動く。遅延がひどすぎて何が起こってるか分からない、多少データが劣化しても動かせるように切り替えないと……。


 アバターロボットとの同期が厳しくなったせいで、逆に過呼吸の始まっていた胸郭が少し楽になる。

 落ち着け、痛覚は遮断できる、ここで離脱したら再起動は間に合わない、地上の人達は助からない。


 誰かを頼るのは大事だけど、ここには僕しかいないんだから!


 とにかく馬乗りになってる奴をどかす!

 思いっきり拳を右から左に振りぬく。が、想像以上に軽い打撃。


 体の連動が上手くいってないんだから力が入らなくて当然、だけど、小さい頃、向こうの世界に居た頃、この状態で相手を殴ったらどうなるか思い出して、拳に力が入らなくなる。


 向こうでもこっちでも、何で加虐心や憂さ晴らし……見下し……マイナスの感情って、よく似た気配がするんだろう。

 胃が凍るような寒気を感じる。




 おこられる おこられる


 思い出したくない、古い畳と布団の臭いに混じって吐き気のするような臭いがする。


 違う、ここは……ここ……どこだっけ……




「ここで暴れて中枢の精度に影響があったらどうするつもりなのかな?」

 相手が何かを振りかぶったのが見えた。



「死ね。

 いや、生きててもらわなきゃ困るか、この事件の責任者だもんな」


 誰かの声と何か大きな音、少し遅れて、馬乗りになってた相手が背後を振り向いた瞬間に僕の視界から消え、呼吸が楽になる。


「やっぱ神村こんなとこに居るー」

 聞き慣れた声がする。


「神村達に付いてた薬品の臭いを辿って来たんだけどさ、迷路はあるし目ぇ閉じても眩しいし最悪だよもー。

 でも会えてよかった」


 バレア!


 アバターロボットで声を出そうとしても全く反応しない。


 臭いってあの部屋のドロドロの汚れの?……いや違う、あれは昔の記憶で…………薬品の…………さっき僕が運び込まれた解剖室の薬品の臭いを辿ったのか!


 ようやく意識がはっきりして、僕は立ち上がるために何とか体を起こそうとする。が、腕どころか体もほとんど動かせない。エラー訂正設定の音声がひっきりなしに鳴っている事に気付く。

『遅延 にせんごひゃ『遅延 にせん『遅延 さんぜんさんび『遅延よんせんは


 そうしている内に、バレアは少し向こうに落ちていた僕の刀を拾った。

「まぁ、後はオレに任せといてよ」



◇◇◇◇◇



 魔族は五感が鋭い。

 神村達に付いてた特徴的な薬品の臭い。

 明かりが消えたどさくさで一度見失ったものの、その臭いを辿って地下を探してたら案の定。


 肝心の神村はといえば、よれよれで魔法陣に近づいた挙句、向こうの眼鏡に刺されそうになっていた所だった。

 魔力の中では活動できないってあんだけ自分で言ってたのによくやるよ。オレだって強い光だけでしんどいのに。


 聞こえてるかわかんないけど、うつろな目の神村に声をかけた。心なしか目に生気が戻った気がする。

「まぁ、後はオレに任せといてよ」


 とにかく、魔法陣を止めるなら真ん中の魔力が集まっている所を切ればいいはずだ。

 落ちていた神村の剣を拾って駆けだす。


 強烈な光で目と頭がガンガンするけど、それどころじゃない。これ、絶対起動したらやばい魔法陣だ。


 目をつぶっても視界いっぱいの光の海。目が頼りにならないから魔力の流れる感覚で、ここ、という所に向かって剣を抜き放つ。

 ……居合っていうんだっけ?


『バレア!』

 抜き放った刀の先から澄んだ金属音がした瞬間。神村の声が聞こえた気がして、続いて張り倒されるような強烈な光に包まれた。



◇◇◇◇◇



『エラー アバターロボットが機能停止しました。 三十秒後に再起動します』

「バレア!!」

 強い光が差してアバターが停止した瞬間、僕は宇宙船内で叫んだ。

 船内の複数のモニターの一つに、光に呑まれる地上の映像が映し出されていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! [気になる点] バレアが今度こそミュアルを成敗してくれたらしいのは良いとして、ツァーリ・ボンバ級の大破壊をもたらす魔法陣の発動は止められたのか、それとも……。…
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