24.魔導
坂藤さん達を連れ、バレアに先導されて館の外に急ぐ。
窓から見える、消えていく街灯り。
地下にある巨大な爆弾とやらの関係は不明だが、嫌な予感がする。
『停電……って事はないんだよね……? 何が起こってるんだ……?』
「電気の灯りはこの街でも珍しいな、多くの照明は魔法を使ってる。ん? 待てよ?」
言うなりバレアが自分の手を見つめる。
「魔法が使えなくなってる……」
『いったい何が……?』
それに答えるかのように宮本さんから通信が入った。
― 神村さん! 回帰重力の流れがその屋敷の地下に集中し始めています!
つまり、あの停電が広がっていくような様子は力の流れを強引に変えられて照明魔法が機能しなくなったからなのか。
『宮本さん。何が起こるんです? まさかブラックホールとか?』
― いいえ、どう集約しても質量が不足するでしょう。が、エイアさんによればおそらく大規模魔法を行使するための前兆です。地下にある魔法陣に起動に必要な魔力を集めている段階のはず、とのことです。
いつ、何が、どの範囲に起こるか分かりません。全力で退避してください!
それとほぼ同時にバレアが呟いた。
「すごい魔力が地下に集まってる……」
『分かるの?』
「分かるやつには分かるだろうさ。
この規模……どれくらいだ? 三つ前の大戦のとき城一つ更地にした爆撃の総量よりでかい気がする……」
目まぐるしく状況が変わる中、警官隊は突入した隊と脱出する隊の情報が錯綜し、真っ暗闇で混乱を来し始めた館内で隊長が声をあげた。
「夜目の利く者! 魔族でもドワーフでも誰でもいい!
屋敷の外に誘導してくれ! なるべく屋敷から離れるんだ!」
バレアも知り合いの魔族に声をかけている。
「お前らも協力してやってくれ、帝都の警官隊だとまだ人族以外少ないだろうし」
そして坂藤さんを押しやる。
「あと、こいつの事は特に頼んだ。死ぬとオレの魔王が困るらしい」
「ねぇ! 以前からちょくちょく聞こえる魔王って何!? 誰なんすか!? 怖いんですけど!」
「坂藤さん、魔王というのはですね―……」
そうした騒ぎの最中にも宮本さんから刻一刻と情報が入ってくる。
― 軌道からの測定の結果。回帰重力の捕集範囲はまだ広がっています。
現在のエネルギーだけでも単純な熱への変換魔法陣で屋敷の周囲三kmが吹き飛ぶ程度には危険です!
宮本さんの背後でエイアさんやシェルクナ女王様達の声がする。
「ミュアルが熱系魔法陣に大容量の魔力を使うような単純な実験を行うとも思えません。
しかし肝心の魔法陣が何かまでは……」
「感覚的なものが正しいとすれば、その魔法陣の魔力の誘導路は以前から秘密裏に整備され、空柱連合内にまで伸びているものだと思われます。
そこまで大規模な魔法陣はそうそう聞いたことがありません。そこから何をするつもりか推測はできませんか?」
魔力の理屈は解明されていないが、水の水路や電気の導線の様に、魔力の経路をあらかじめ作っておくと、起動するときにより安定して力を集める事が可能とされているようだ。
今は、いわばこっそり作っておいた水路と水門を操作して下流に広く流れるはずの水を一カ所に集めている状態。
目には見えない魔力の通り道だが、シェルクナ女王様の感覚が正しいとすれば、この魔法装置は空柱連合内からも魔力を吸い取ろうとしている。
つまり威力は今言われているより大きくなるという事だが、まだ少し時間があるとも言えるはずだ。
『宮本さん、地下を調査に行きます。
上手くすれば起動前に止められるかもしれない』
― 止めるって……どうやって? 暴発でもしたらどうするんですか!?
宮本さんは危険視するがエイアさんは逆の意見だった。
「魔法陣の不備により暴発した場合、大抵は魔力の不足によって機能停止し、被害は大幅に抑えられます。
この魔法陣はどうも危険な予感がする。破壊を試みるべきです」
『宮本さん! タイムリミットは分かりますか!?』
― ……回帰重力の捕集範囲は屋敷を中心に球状に広がっています。空柱連合内に到達するまでと仮定して、地球の単位であと十五分から十八分
僕は走り出した。センサーによってこの屋敷の立体地図もミュアルたちが向かった経路も、おおよそ把握できている。
地下は迷路のようになっており、青白い光の粒が舞っている。回路から漏れた回帰重力がエネルギーとなって空気の成分をプラズマ化しているようだ。それがノイズになってセンサーの効きが悪い。
センサーだけじゃない、回帰重力が増えてるって事は、そのままだとコンピュータのエラーが起こりかねないという事だ。
そのため、周囲の回帰重力の密度によって自動的にエラー訂正の設定が変わるようにしてある。
『遅延 30ミリフレーム毎秒』
自動的にエラー訂正の設定が変更され、それによる負荷が変わるたびに合成音声が状態を伝えてくる。
フレームって言うのは人間が体感的に認識できるごく短い時間単位で、古くはドット絵時代の格闘ゲームで使われた単位が元らしい、けど、今はかつての単位の定義からはだいぶかけ離れている。
とりあえず30ミリフレームぐらいの遅延ならまだ大丈夫。
『遅延 50ミリフレーム毎秒』
遠くの方から大きな機械の動く音がする。
センサーで詳細な立体構造を把握しようとしたけど、やっぱりノイズが多すぎて無理だ。
『遅延 30ミリフレーム毎秒』
角を曲がるたびに近づいたり遠ざかったり……迷路の構造はインプットできてるから迷わないけど煩わしい。
『遅延 2フレーム毎秒』
そう思いながら角を曲がったところで奇襲を受けた。
上から振り下ろされた剣は刀で受けきったものの、そちらを囮にした低い姿勢からの射撃はもろに右わき腹に食らう。
『っ!』
― 神村さん!?
襲撃してきた二人を刀の峰で叩いて無力化する。
動きや服装を見るに、学者みたいだ。
魔法を使ってこなかったのは魔法陣に魔力をとられて使えないからか……ノイズで周囲の状況が把握しにくいとはいえ、こんな戦闘の素人の人たちに一撃もらうとは……。
― 神村さん!
『アバターの機能に問題はありません。あとは直線なので大丈夫ですよ』
荒くなった息を整える
いたい……いたい……
アパートのドアが目の前にある
背伸びしてドアノブに手を伸ばす
……おなかいたい……かってにカギをあけたらおこられる……いいこでるすばんできたら……いいこで………………いいこでいたら……いつ……たすけてもらえるんだろう……………
……………いいこじゃなくてごめんなさい………………
「神村さん!!」
「っ!」
宇宙船内でかけられた声に我に返る。痛みの衝撃で昔の事を思い出していたみたいだ。
「今回は……大丈夫です。痛覚制御も機能するし……いつでも離脱できるし……」
「そんな事言って冷や汗びっしょりじゃないですか!!」
宮本さんが汗を拭ってくれる。
「神村さん、いろんな人に言われてると思いますけど。
こっちの世界では誰かに助けを求めていいんですよ?」
宮本さんの声を聞きながら呼吸を整えて、返事を返す。
「……大丈夫ですよ」
痛覚刺激を遮断し、アバターロボットで一直線の廊下を駆けぬける。
『遅延 5フレーム毎秒』
『遅延 10フレーム毎秒』
部屋が見えた。大きなホールの中二階のような場所に設置された複数のレバーや計器、ボタンのある制御盤。
中の人影に組み付いて床に引き倒す。
同時にホールの下の方から建機でも動かしたような大きな鈍い音が響いた。
『また会ったね。この装置を止めろ』
「無理だよ。ちょうど今、全ての準備が済んだところ。もう止められない」
ミュアルが楽しそうに指さした先には複数のレバー。大きめの剣を機械に噛ませて破損させ、装置は完全に戻せなくなっていた。
『この装置は何だ?』
「んー、教えなーい」
唐突に日本語で返されて思わず飛び退る。
「地球人の言葉でこう返すんでしょ? 君が教えてくれたんじゃないか。
坂藤が普段喋ってる言葉から類推するのは簡単だよ」
ミュアルはのそのそと立ち上がると、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「この装置、知りたいなら調べてみれば?
僕は君たちと違って邪魔しないよ」
『遅延 30フレーム毎秒』
大ホールのような部屋の巨大装置に目を移す。
ちょっとしたプラネタリウムのドームぐらいの大きさ。ただし、この装置は半球ではなく、球。
その周囲にはメンテナンス用だろうか、工場のような鉄製の足場が整然と巨大装置を囲んでいる。
その巨大な装置はそれこそ天球儀のような、多重で複雑に輪が連なった球のような形をしていた。
鋼鉄の輪が、人の通る隙間もないほどに何重にも連なって、まるで手毬か毛糸玉のような見た目になっている。
それが魔法の力によるのか、ゆっくりと動き、万華鏡のように複雑な文様を描いて中央への行く手を阻んでいた。
その鉄の輪の群れが動くたび、隙間から青白い光が差すが、中の様子は見えない。内部は回帰重力によるノイズの嵐だ。あの中に入ったらエラーによってものすごい負荷がかかるのは間違いない。
力尽くで突破しようにも、動いている鉄の輪はゆっくりではあるがトルクは凄まじく、挟まれたらアバターロボットでもばらばらにされるだろう。
ミュアルが喜々として喋っている。
「きれいだろう。僕らの技術でこの精度を揃えるの、すごい苦労したんだよ」
明らかに人の手に余る巨大装置だった。




