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23.傍若無人

「外に居る警官隊に合流すればクリアって感じですよね」

『そうですね、それを目指すことになります』

 坂藤(さとう)さんが気楽に構えすぎな気もするけど、一歩も歩けないほど緊張してるよりよっぽどましだ。どんな心構えしてても非常事態で動けなくなるときは動けなくなるし。


 外にいる警官隊は各国からの求めによって皇帝から派遣された人たちだ。合流さえできれば確実に守ってくれるはずだ。

 むしろ合流した後で坂藤さんに何かあったら皇帝の体面を損なう。



「かなり遠回りになるけど、一番安全なはずだから」

 バレアの言葉を受けながら、従業員用の狭い通路を通る。人がすれ違えるかどうかといった隙間の通路、さっきからぐねぐねと右へ左へ曲がっている。遠回りなのは間違いない。


「へー、わくわくする」

 呑気な気もするけど僕も坂藤さんと同じく、でっかい屋敷の隠し通路、少しわくわくする。


 しばらく進んだところでバレアが制止した。

「止まって。壁の向こうに誰かいる」

 物音を立てると気づかれるかもしれない。息を潜める。



 壁の向こうはそこそこの大広間、居るのはギルシルと……ミュアル、他、大勢だ。

 どうやらミュアルは僕らが逃げた後すぐに発見されて拘束を解かれたようだ。


 センサーで周囲を確認していると、僕らの居る隠し通路の上の方、換気口に見せかけた格子の窓が開いている。

 バレアに合図して肩を貸すことにした。

 僕もある程度感知できるけど、どういう状況か、確認してもらいたい。



 その場にはギルシル、ミュアルの他に複数の研究員や警備などの屋敷の関係者が居るようだ。

「宇宙人が逃げただと!? 外は帝都の警官隊に包囲されているんだぞ!?」

「はめられたね。館内の魔族もほとんど居なくなってる。協力者が居たんだろう。

 そいつらが枷に仕掛けでもしてたんじゃないかな」


「あの夜耳か! いやしかしあいつの持ってきた情報は正確だった……今更裏切る必要は……」

 ギルシル、ここでようやくバレアがスパイだって事に気付きはじめたようだ。


 スパイは全部が偽の情報である必要なんてないんだよ、ここぞという所で嘘が通れば。

 こういう騙され方をしちゃうのを見ると、あの人、何だかんだ言って騙され慣れてなさそうで育ちの良さを感じる。


 一方のミュアルは小さく呟く。

「いや、僕の魔法が直撃しても動いていたから違うか……」

 状況をかなり正確に理解してるが、それを黙って僕らが逃げることができた理由をギルシルの落ち度に見せてるのでずる賢い。


「とにかく! 逃げた宇宙人を探せ! 人質にできれば交渉の余地がある!」

「僕らが縛り上げられてからかなり経ってる、危険な場所でぐずぐずしてる理由もないし、もうとっくに外に逃げたんじゃないかな」

 逆上するギルシルに対し、ミュアルが薄い根拠で否定する。捜索されないのは僕らにとっては好都合なんだけども……ここで選択肢を狭めるなんて、ミュアルは何を企んでいるんだ?


「タイミングからして警官隊と宇宙人達は示し合わせているだろう。宇宙人たちがなかなか脱出してこなかったら外の警官隊がもっと焦ってるはずだ。

 宇宙人を保護した上で包囲を解かないのは僕らを逮捕するために突入する機会をうかがってるんじゃない?」


 焦っているせいか、ギルシルの中ではこのやりとりによって僕らを人質に使えない事が確定したらしい。


「~~~っ!! 逃げ切る算段を整えろ! 私だけでも包囲を突破できればどうとでもしてやれる!!」



「じゃああれを動かそう」

 ギルシルとミュアルの間に少し沈黙が落ち、周囲の人たちも何事かと静まり返る。



「……あれって……あれか!?」

 どれ?

「どうせあの装置は見つかったら破壊される。今後二つと作れるものじゃない僕の研究の集大成なんだ、踏み込まれるより先に動かさないとね。

 起動させてくるから鍵、ちょうだい。起動し始めたら警官隊の注意を引ける、ちょうどいいだろ?」


 このミュアルのものすごく強引な話の流れ、どうせ逮捕されるから作った装置を自分の手で動かしたいのか。

 僕らがどこに居るとかギルシルが逃げ切れるかとかは本当にどうでもいいのだろう。


 あえてギルシルを逆上させたのも、できれば自暴自棄にさせてすんなり装置の使用許可をとりつけたかったのかも、なんて嫌な幹部だ……。


「冗談じゃない! あれを起動したとして逃げ切れる保証はない!!

 鍵は渡さん! 私の安全が確保されてからだ!」


 無事に逃げたい奴と逮捕される前に実験を強行したい奴、当然話は平行線だし、このままいがみ合っててくれれば僕らは安全に逃げられそう。今のうちに移動しちゃおうか。

 そう思った時だった。

「めんどくさくなっちゃったな、さよならウラウル卿」



『あ』

 ミュアルの声を合図にギルシルの背後に居た研究員が動いた。

 僕が何か言う前に銃声が響く。背後で坂藤さんとイリルルさんがすくみあがった気配がした。


 複数人の悲鳴が上がり、部屋の出口へ殺到する気配がする。


「ギルシルのおっさんが撃たれたぞ」

『聞こえた』

「……学者の二人がおっさんの服を探ってるな。鍵を持って……さっきの偉そうな眼鏡のやつと一緒にどっか行くみたいだ」

 部下に上司を撃たせる合図を決めてたとか……本当にろくでもない幹部だな。


『行き先はさっきから起動させたがってた装置か……ギルシルは生きてるよね? この部屋に行くには……えーと』

「動かねーから死んでるかも、あ、神村はそういうの分かるのか。もうちょい向こうに屋敷内に出る扉があるから、そこから行こう」

 バレアが案内に立つ。


 狭い隠し通路内を足早に進む。

 こうなっちゃうと坂藤さんとイリルルさんにも従業員用通路から出て一緒に来てもらった方が安全かも。従業員もパニックを起こしてるみたいだし、巻き込まれたら危害を加えられかねない。


『捕まると分かって、せっかく完成させた装置を起動させに行ったのか。短気だなぁ』

「結局捕まるだろ。何でまたそんなのについていこうとする奴が居るんだ?」


 バレアの憤慨にイリルルさんが震えながら呟くように答える。

「ミュアル所長に心酔している研究員はいます。……二つと作れない集大成と言っていましたし……所長の研究を完成させるなら殺人も辞さない、死も厭わないと思います……以前も……」

 何かを思い出したようで、イリルルさんの顔色がさらに悪くなる。坂藤さんも若干げんなりしている。深く思い出させるのはやめておこう。


「そっかー、心酔してるんじゃ仕方ないな」

 魔王に依存傾向の強い魔族には割と理解できちゃう感覚らしい。もうちょっと自他ともに命大事にしよう?



『お二人は『装置』って何か分かります?』

「俺は分かんないす。地球の簡単な実験器具や素材は教えたけど、わざわざ起動する装置に該当するものは教えてないはず」

「私も分かりません……末端には知らされていない研究も多いですから……」

 確かに、この環境だと機密も多いだろう。


 そうしている内にバレアが立ち止まった。

「この扉から屋敷内の小部屋に出るはず」

 何もない壁に見えるが、隠し扉だ。

『周りには誰もいないよ、行こう』




 たどり着いた広間にはおびただしい量の血が広がっている。イリルルさんは坂藤さんの後ろにひっついて見ないようにしていた。坂藤さんも顔色が悪い。


 一方、僕とバレアはギルシルの傷を確認していた。意識が無いのは撃たれた時に気絶したのかな。

「弾は抜けてるけど大きめの血管が傷ついてて血が止まらない、すぐに医者に見せないと死ぬ。

 オレが止め刺していい? 神村ぞんざいに扱われた恨みもあるし」

 そういえば汽車の中で踏んづけられたりしたからな。


『だめ。関係者はできるだけ生かして事実関係を確認しないと』

「敵を生かす理由が思いやりとかじゃない所が流石オレの見込んだ男だわ。

 でもどうすんだ? 専門的な手当ての方法もないし、血が流れ過ぎてる、結局死ぬよ?」


 レーザー焼灼で止血できない事もないだろうけど……脈も弱いしそれで助かるかどうかは分からない……。

 僕は通信で宮本さんに呼びかけた。

『宮本さん。地球の止血剤使いたいんですけど』


 ― 神村さんの映像から該当人物の大量出血、頻脈、血圧の低下、呼吸回数の増加、他、地球人における出血性ショックの兆候を認めます。止むを得ません。

   緊急避難として止血剤を使用してください



 僕は隠しポケットから薬品のパウチを取り出す。

「何そのクラゲみたいなの」

 バレアから見たら透明な薬品の袋はクラゲみたいなのかー……ていうかこの星にもクラゲみたいな透明でふにゃっとした生物が居るのかー……


『これは万が一坂藤さんが大怪我してた時のために持ってきてた薬』

「俺?」

 もともと僕らは坂藤さんを安全に連れて帰るために来たんで。


 薬品袋を切って、これでもかという量を押し込むように怪我にかける。

「うお、すっげぇ。本当に血が固まってく」

 最近の救急薬品は便利なもので、これだけで止血、疑似血管形成による血流再開、輸液を行ってくれる。


『でも僕らによく似ているとはいえ、この人は宇宙人だからねー……血が固まっても今度は血管内で血栓作ったりする可能性もある。そうなったら無理だ』

 と、怪我の様子を見るのに集中していたら静かだった廊下から大人数がこっちに向かってくる気配がする。



 遅れて動き出した屋敷の警備だろうか? この状況で坂藤さんイリルルさんを庇って戦うのは圧倒的に不利だ。相手の立場によってはギルシルも攻撃対象だろうし……未知の相手が敵か味方か、そんなことまではセンサーでは分からない。

 とはいえ、大広間内を探してみても、隠れられそうなところはない。


 先手必勝で廊下に居る間に全員殴り倒す? イリルルさんに上手く言いくるめてもらう? うまい手も浮かばないまま、僕は皆と扉の間に立った。


 最初に扉を入ってきた人が叫んだ。

「こちらです!って誰?! あ! イリルル!! お前、無事だったのか!!」

「主任!!」

 イリルルさんの嬉しそうな声が広間に響いた。




 ギルシルを撃たれた屋敷の研究員たちの何人かは、即座に外の警官隊に自首して事情を話したらしい。


 警官隊を案内して最初に大広間に戻ってきたのはイリルルさんの上司のマウさん。

 グレーの髪にゴマ塩髭のいかにもな白衣の人族のおじさんだ。


「イリルル……よかった……本当によかった……

 坂藤さんも……えっと……」

『神村です』

「三人とも所長に連れてかれた時はどーなるかと……」

「ほう? 水の惑星の人間が危害を加えられると知ってて見てみぬふりをしていたわけですか?」

 横から警官隊に指摘されて、マウさんはぎくりと肩を震わせた。


 するとそばに居たバレアが警官隊の方を見る。

「あれを見て言ってんのか? 上司撃ち殺そうとするやべー奴相手に何ができるよ?」

 そう言ってギルシルが運ばれて行く担架に顎をしゃくった。

 ごもっとも。


 ギルシルの容体は、と言えば、痛い痛いわめく元気が出て来たらしい。

 さっきまで死にかけてたのに回復早いな。やっぱり地球人とどこか違うのかな。


 意識の戻ったギルシルに対し、警官隊の人達がミュアルの行方も聞いている。あとの逮捕とかはお任せして大丈夫かな。

 そんな時、ギルシルの言葉が飛び込んできた。


「ミュアルの動かした装置は……地下……! 爆弾だ!! 巨大な威力の」

 はぁ!?


 僕は慌てて地下を探ろうとする。

 地下迷路、装置……? これは……

「っ!」

 瞬間、ノイズで何も見えなくなる。


「『装置』とやらがいつ起動するか心配です。急いで退避しましょう」


 警官隊の隊長らしい人が僕に声をかけてきた時、ふっと明かりが消えた。


「おい! 何事だ!?」

 広間がざわめく間にもう一つ声が上がった。

「窓の外を見てください! 街の明かりが!!」


 屋敷の広間から見える街の灯り。

 それが停電が広がっていくように消えていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! [気になる点] ギルシル、生き延びたのか。 地球人用の救急薬品が無事に効いたっぽい辺り、やはりこの惑星の住人はDNAレベルで地球人に酷似している様だ。 (た…
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