22.魔法とノイズ
「え!? ちょ! アバターの人!!」
俺は炎に包まれたアバターロボットの人に声をかけようとして、一瞬詰まる。俺この人の名前知らないんだけど!
『あー、そっか、魔法があったんだ。厄介だな』
と、その人は平然と炎を振り払った。耐火性らしい。
一方のミュアルは驚いた顔をしている。相変わらずほぼ無表情だが、こんなに表情が動いたの初めて見た。
「魔法が当たって、なぜ動ける?」
『んー、教えなーい』
意地悪く日本語で応え、そしてアバターの人はミュアルの腕をちょっと痛そうな方向にねじりあげる。
そして少し声を低くしてこの星の言葉で命令した。
『言う通りにしなければどうなるか分かるな?
その子を離せ』
ごつい研究員二人がイリルルちゃんから一歩離れた瞬間、アバターロボットの人はミュアルを放して一歩で部屋を横切り、研究員二人を蹴り飛ばしてイリルルちゃんと距離をとらせる。
ミュアルは解放された瞬間メスを掴んでいたので、アバターロボットの人はそれ押さえたうえでみぞおちに肘打ちを食らわせて気絶させた。
『油断も隙も無いな』
部屋にあったシーツで手際よく三人を縛りあげながらアバターロボットの人が呟いた。蹴り飛ばされた二人も昏倒気味、しばらくは動けないだろう。
ミュアルにさっきのスカスカの鳥籠みたいなの被せてるけど、それには何の意味が?
『坂藤さんですよね? 遅くなりましたが救助に来ました。神村といいます』
アバターロボットの人が名乗ったその名前、聞いたことある!!
「Warmonger's Dollで神村って……Warmonger's Doll第五位の神村シラセ!?」
そう言ったらちょっとびっくりした顔をして目をそらした。
「有名な人なんですか?」
「かなり有名だよ!」
イリルルちゃんに簡単に説明しとこう。
「俺らの星で流行ってるOrdersっていうゲームがあるんだけど、その有名プレイヤーの一人だよ。
Ordersではアバターロボットを使って戦うんだけど有名傭兵チームがいくつかあって、それぞれに特色があるんだ。
Xenos、 Warmonger's Doll、 Ex Machina、 Oumagadoki……他にももっとあるけど、特に有名なのは先に上げた3つかな。
そのチームの上位陣だからかなり有名だよ!」
「ほへ~」
しまった。早口で喋りすぎた。
『とりあえずこの建物から外に出ましょう。ついてきてください』
「ういっす! イリルルちゃんも!」
移動を促されたのでイリルルちゃんを連れてシラセさんの後についていく。
シラセさんは道すがら今の状況を説明をしてくれた。
ここは地球から遠く離れた星で、俺は召喚魔法という未知の技術でここに連れてこられた。
そして、ここ、新興の帝国の一部幹部は地球の技術を独占しようと画策していた。
この星の人達も含めた複数の人の協力で俺の居場所の特定して助けに来てくれたらしい。
俺の召喚、そんな大事になってたの……。
暗い廊下を歩きながらイリルルちゃんがそろりと話しかけてきた。
「あの……私たち……の研究では地球の機械は魔法で無力化されるはずです……あなたは一体……?」
『んー……、僕のはちょっとした力技なんですよね……』
「え? じゃあ俺のこれも?」
鎖で厳重に封印された俺の端末に目をやると、シラセさんがちょっと手に取っていいか聞いてきた。
端末を渡すといろんな方向からしげしげと見ながら、アバターロボットの通信機能でどこかと連絡を取っているようだ。
『はい……そちらで三次元映像を再構築してもらって……エイアさんに確認してもらえれば……はい……中空構造はないはずです……単純な放出機能だけですか……トラップとかは無し……分かりました』
言うなりシラセさんはパキッと音を立て、端末に掛けられていた鎖を引きちぎった。
『はい、これで通信可能なはずです。詳しい説明は後でするとして、その鎖からこの星では魔力と呼ばれる微弱な妨害電波が出ていたと思ってください』
返された端末のメールアプリを起動すると、とんでもない量の着信が増えていく……。それ以外の動作も快適だ。
「ええー、マジで通信を妨害するためだけのものだったのかよ……」
そうなると、最初に端末が何度か不調起こしたのも魔力とやらによる事故か、それともマッチポンプか?
「私、知ってたんですけど……ごめんなさい坂藤さん……」
「いや、仮にニッパーで鎖切ったりしたらミュアルが何しでかすか分かんなかったからね」
端末の保護というのが嘘っぱちだったところで、看破したらしたであの逆切れだし。
シラセさんがあきれたように呟いた。
『通信用の機能だけ位置が別箇になってるとはいえ、そこだけ狙って停止させるのは結構器用だなぁ』
そういえば不調が多発した頃、ミュアルが熱心に画面のぞき込んで色々聞いてきたな。
端末の心配をしてるんだと思ったけど、あれはどこを妨害すればどういう不具合が起こるか確認していたのかもしれない。
「あいつ、珍しい技術にご執心だったから……召喚された時に俺が不審者と間違えられて攻撃されそうだったところを止めたのも、俺が十進法で話してるって最初に気付いたのもあいつなんですよね」
そのせいで最初の内は俺の出した計算結果を巡ってしばらく研究室内で混乱が生じていた。自動翻訳がこの星の数字に対応できていなかったらしい。
計算の答えが合ってない時点で放り出されててもおかしくなかったはずで、ミュアルの知識への執着と器用さにほんのちょっとだけ感謝しよう。
でも、本当に魔法で機能停止にできるんだよな? シラセさんはどうやって動けたんだ?
俺の疑問には日本語で簡単に答えてくれた。
まず、この星の魔力と呼ばれる力に地球のコンピュータの中枢であるミリオノリスが接触すると、ノイズが発生して計算結果が狂い、エラーを起こすのだそうだ。
『だから僕のアバターは、超古典から量子ビット用の応用版まで、突貫作業で構築された様々なエラー訂正の仕組みを施されました。
だけど訂正にかかる時間分だけ遅延が発生してしまって、慣れないとアバターで歩くのもままならないんです』
シラセさんはOrdersの通信妨害戦術喰らったりして慣れていたが、責任者の人は身動きが取れなくなって危険すぎるので来られなかったらしい。
つまりシラセさんは動作遅延のハンデ食らった上であの動きなのか……。
あ!
「シラセさん、Ex Machinaの三位に違反攻撃受けて入院したって聞きましたけど……体、大丈夫なんですか? Warmonger's Dollに復帰できますよね?」
『……体はもう大丈夫です……もう少しすれば復帰できると思います』
Ordersの中でもWarmonger's Dollはかなり特殊で、全方位感知を使ったり反射神経で対処する必要があったりといった事情で本人のトレーニングも欠かせないらしいと聞いたことがある。
イリルルちゃんは眉をひそめて聞いてきた。
「戦争屋の人形って……つまり人を人形扱いして戦わせるところなんですか?」
おっとぉ、これは確かに誤解されそうだぞ。
シラセさんは苦笑して答える。
『それっぽい不穏なチーム名をつけるのはOrdersの伝統みたいなものなので、そんな危ない組織というわけじゃないんです。
違反攻撃から助けてくれたのは他ならぬチームメイトとEx Machinaの人達ですし、そもそも僕はチームに拾われてからの方が人らしい生活してます』
「チームに拾われてって……シラセさんって別に戦争孤児とかじゃないですよね? そんな歳いってるように見えないし」
『いや僕は異世界……………まぁ、要するに、今の職場はちょろっと仕事休んで宇宙に来れるぐらいには自由という事です』
「シラセさん、そういえばどうして宇宙探索に?」
『…………休養です。あと―……』
『リハビリかも』
シラセさんが言うなりすごい速さで廊下を駆け出す。突き当りの曲がり角の先から飛び出した人物が放った魔法の火の球を何事もなかったかのように突き抜け、そのままとび膝蹴りで顎を打ち抜く。
その勢いのまま突き当りの壁を蹴ってムーンサルトの様に跳び上がり、壁の陰に隠れていた敵に痛打を加えて沈黙させた。
『やっぱり完全に人払いは無理だなぁ』
シラセさんにのされた警備の間をイリルルちゃんと二人で恐る恐る通り抜ける。
考えてみれば警備は廊下を見回っているはずだ。思わずうしろを気にするとシラセさんが言った。
『ある程度は人払いされてるし、僕が範囲感知で確認してるので、心配はいらないですよ』
あ、そうか。
「範囲感知……?」
イリルルちゃんの疑問には答えられる。
「Warmonger's Dollの特色がアバターロボットの力場センサーを利用した、自分の周囲を手に取るように把握できる範囲感知能力なんだ。
それを利用してほとんどの攻撃は避けられるし、隠れている敵も発見できる。
Ordersの他の傭兵チームはアバターロボット自体に手を加えてて、一品物の戦車や戦闘機っていうぐらいコストがかかる所も少なくないんだけど、Warmonger's Dollは既存のアバターロボットをちょっと改造するだけで済むから人気なんだ。
でもセンサーの送り込んでくる情報量を認識処理できる人は少なくて……」
『ここ敵地だからあんまり手の内晒したくはないんで……』
しー……っとシラセさんに日本語で注意された。
「神村」
不意に廊下の先に数人の人影が立った。
『バレア!』
「これー、預かっといたやつ」
人影がシラセさんに渡した棒状の物体……え?カタナ?
その人はシラセさんと親し気に話し始めた。何でこの人達目隠ししてるんだろう。
「よかったー、人形とはいえ腕とか脚とかもがれてたらどうしようかと思った」
『それは御免こうむるなぁ。そんな事になったら坂藤さんが見つかってなくても殴ってただろうし、潜入の意味がなくなっちゃう』
「ええっと?」
『この人はバレア。坂藤さんの捜索を手伝ってくれた現地の人の一人です。人払いもこの人がやってくれてます』
「っつってもオレの権限だと限度があるからな。話が通ってない奴らも居るし。
さっさと出ようぜ。従業員用通路なら大丈夫だと思う」
後ろの方に居た目隠しの人達が聞いてくる。
「どいつがバレアの魔王なんだ?」
「あとで紹介する。あとあと」
……魔王??
◇◇◇◇◇
『バレアと合流しました』
― よかった、予定通り順調に進んでますね
通信の向こうから宮本さんの少し安堵した調子の声が聞こえてくる。
― 次は外に待機している帝都の警官隊と合流ですよ
『はい』
そう返事をすると音声の向こうでシェルクナ女王様ともう一人の声がした。
「それでよろしいのですよね? ザヌ様」
「う……む……」
歯切れの悪い返事をしているのは血の海に沈んだと報告されていた東在帝領のザヌ代表だ。
それもそのはず、ギルシルに報告した暗殺成功はバレア達の嘘なんだから東在帝領の使節団は誰一人、怪我一つしていない。
ちなみに仕込みは『宇宙人の行方は東在帝領が知っている』のメモが置かれる前から。
あのメモを置くようにギルシルに仕向けたのはバレアだけど、それはこっちで立てた作戦の一環だ。
当然ザヌ代表にも話を通してあり、あの会議で女王様と代表が険悪だったのは全部演技だったりする。
「ザヌ様?」
「うむ! 帝都警官隊は館を包囲済みである。
東在帝領皇帝の名にかけて宇宙人たちの保護を行うだろう!」
そして、連絡役となって警官隊の派遣の話を皇帝に通してくれたのがケンリジュさんだったりする。連国議会外部顧問は伊達ではない。
「しかし……信じられん……野心的とは思っていたが……本当にギルシル殿が……」
僕らも多少誘導したとはいえ、一緒に出張してた仲間が「よし、敵に濡れ衣着せるために味方殺そ!」ってなったらショックを受ける程度には怖いな。
でもあれ、急に追い詰められて自己保身に走っただけだと思う。
「真相は追って解明されることでしょう。
そのためには関係者全員の安全を速やかに確保する必要があります」
女王様の言葉に気合を入れ直す。
今この館の人間が保身に走ったら、証人を消そうとすることも考えられる。




