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21.確保

 宇宙船の神村さんは冷や汗を流して顔面蒼白、呼吸もかなり乱れています。


「神村さん、具合が悪いなら……」

「大丈夫です……疼痛刺激は遮断できます……大丈夫……大丈夫……」

 これがあの人の言ってた「シラの大丈夫は大丈夫じゃない」やつですね……

 アバター越しとはいえ、拘束のせいで明らかにトラウマを刺激されてます。


 むしろアバターロボットを通してるせいで尚更リアルに思い出されるのかもしれません。


 アバターを介した操縦者本人の痛覚へのハッキング……危険すぎて倫理的に封印されていた実験段階の技術が、厳重な監視網をすり抜けて実戦投入されてしまったのが一年近く前のこと。


「神村さん、無理そうなら一端接続を切ってください」

「大丈夫……宮本さん……人命がかかってます……接続は切らないで……僕はまだ大丈夫ですから……」

 そうは言っても……これは……。



◇◇◇◇◇



 俺は坂藤(さとう)。ある日、異世界らしき場所に召喚された一般人だ。


 現在は深夜、窓もない部屋。愛用の携帯端末は少し前から絶不調。生体認証のお陰で俺にしか起動できなかったため取り上げられることはなかったが、きれいさっぱり通信系の機能だけ使えないのだ。


 以前端末が不調を起こした時に「魔法の干渉によって故障しかけているのかもしれない」と取り上げられ、鎖でがちがちに保護されて以降、翻訳をはじめ端末の基本機能は万全に使えている。が……通信の方は完全に止まった。




 召喚された当初はLARPの会場かなんかに入り込んだのかと思った。

 そして周囲のやつらが突然現れた不審者の俺に対して魔法を使おうとしてきた。


 そうなれば行き着く結論は限られる、参加者と間違えられたかARを使ったドッキリか異世界転移だ。ゲームでもドッキリでもなかったから異世界転移だろう。異世界にも眼鏡ってあるんだー、とか思ったのが懐かしい。



 この異世界召喚、良い悪いでいうと多分比較的悪い。

 チート能力なし、召喚者が差別主義者とマッドサイエンティスト、三食監視付き。

 手持ちの道具と現代知識チートを駆使した結果。何とか利用価値を見出されて生かされている。


 そして少し前、研究室のラジオから日本語の歌が聞こえて来たのに思わず飛びついたその日に体調を崩して個室に入れられた。


 今はだいぶ回復してきたが、その日を境に部屋から出るのも制限され、外の情報が極端に手に入らなくなった。多分療養という名の隔離という形にしたかったんだろう、体調不良は毒でも盛られたのかもしれないと思っている。

 しかし、異世界転移とばかり思っていたが……信じがたいがここは……



 不意に扉がノックされた。

 ミュアルならノックなんて殊勝な真似はしないだろう。俺が何か企んでないか、唐突に扉を開けて確かめるはずだ。


坂藤(さとう)さん……」

 夜遅く、切羽詰まったイリルルちゃんの声。

 告白イベントとか期待したが、どうやらそんな呑気な話じゃなさそうだ。


 素早く部屋にすべり込んだ彼女は息せき切って話し出した。

坂藤(さとう)さんが最初に来た時とそっくりな服の……多分地球人です……多分……死んでます……!」

「!?」

「早く逃げて! もしかしたらあなたまで!!」


 俺はもう長い事、外の情報に触れられていない。

 イリルルちゃんをはじめ、一部の仲の良い研究員さんがこうしてこっそり情報を持ってきてくれる。見つかったら危ないだろうに。

 そんな貴重な情報を検討した結果。


 ここは地球でもファンタジー異世界でもない、よその星だ。


 そして、ちょっと待って、地球人が地上に来てるの?そんでもって死んでるの?墜落でもしたのか?


 端末の翻訳が動作し始めた後も、この星の人間に銀河諸星連合とか地球といった単語は伝わらなかった。未接触の星のはずだ。

 法律上、未知の星の地表に直接降りる事はない、緊急事態でも船外に出る事は滅多にない。事故で墜落して体が残っているとも思えない。

 とするとイリルルちゃんが見たのはアバターロボットか?


 ざっとこれぐらいの情報が頭を駆け巡る内に、イリルルちゃんが俺の袖を引っ張った。

「逃げましょう! 早く! ひっ!」

 扉を開けた彼女が一歩後ずさる。

 扉の外に立っていたのはむちゃくちゃゴツイ白衣の研究者が数人。


「仲良いね、君たち」

 そして白衣に白髪の眼鏡の若者。

 この研究所の所長を任されているミュアルだった。


 キレイ系の顔かもしれないが、無表情で何を考えているか読みづらく、善悪の感覚や常識が通じない。まぁ、俺もこの星の常識知らないけど。

 言い訳をしようと口を開いたら、かぶせるように低い声で制された。


「何してるのかな? 悪だくみ?」


 しかも研究熱心で嫉妬深い。


「ここは僕以外入っちゃいけないんだけど、非常識だなぁ」

 ゴツイ研究員の一人がイリルルちゃんの髪を掴む。それには全く関知せず、ミュアルは言葉を続ける。

「夜遅くに悪いんだけど、二人一緒に来てくれる?」


 髪を掴まれて蒼白なイリルルちゃんを見て断れるわけなかった。そもそもこいつは他人の事情など気にしない。いわゆるサイコパスってこんな感じなんだろうか。この星の人間の正常な情緒は知らんけど。



 連れていかれた部屋は独特の、保存や消毒用の薬品の臭気を持つ部屋。日本人と思しき男が目を見開いたまま、硬い机の上に横たわっていた。

 よく見ればアバターロボットと分かるけど、胴体にはまってる球状の鳥かごみたいなのは何だろう? 何かしらの拘束具だとは思うけど。

 部屋のあちこちにメスやのこぎりなどの器具が広げられている所を見ると何をする部屋なのかは見て取れる。

 解剖室。


 地球でも定期的に宇宙人解剖フィルムとかオカルト番組流行ってたな、と、チラッと思い出したけど、シャレにならないな。

 死体と思い込んで、できるだけ距離をとろうとしているイリルルちゃんは、部屋に残った二人の研究員の片方に押さえられている。


「研究のためとはいえ、こんなよくできた人形を解体しないといけないのは心苦しいよ」

 一方のミュアルはアバターロボットのアンダーシャツを剥ごうとして……はさみが切れなくなったらしい。お腹側からたくし上げてみている。


 ミュアルは切れなくなったはさみをちょきちょきやりながら聞いてきた。

「肌のパーツもこれぐらい頑丈なのかい?」

「まーな」

 実際は用途によって違うけど、今、シャツの下に見えたパーツから察するに多分頑丈に作ってあるんじゃないかな。


「これの設計図を出してほしい、こんな調子だと鉗子がいくつあっても足りないし、鉈やのこぎりを使うなら内部構造が分からないと指示できないし」

「今、俺の端末ウェブにつながらないから無理だぞ」

「すぐ直すからさっさと機械を出して」

 さらっと聞き捨てならないんだけど。口滑らせたって事はよっぽどはしゃいでるんだろうな。いつもと変わらない単調な口調に無表情だけど。


 俺はそ知らぬふりして鎖でジャラジャラになった端末を取り出し、ちょっとはしゃいでるミュアルに水をかけてみる。

「……魔法の干渉からの保護装置って言うけど、通信妨害もやってたりする?」

 ミュアルは少し止まって考えるようなそぶりをした。


「……とっくに気付いていると思ったが、本気で保護装置だと信じてたのかい?」

 自分の落ち度を認めたくないのか何なのか、いちいち言い方がむかつくなこいつ。そんでもってもう隠す気ないな。

「できればお前の事、信じていたかったよ」

 不気味な沈黙が降りた。


 ミュアルが解剖台を回ってこっちにやってくる。と、俺と奴の間に置いてあった台のメスや鉗子をいじり始めた。

「ずいぶん勝気な物言いだね。最初に言っておきたかったんだけど君のせいで言い損なったわけだが、その通信装置で助けを呼ぼうとしても無駄だよ」

 いや、勝気って言うかお前の売り言葉に買い言葉なんだけど。これ以上刺激して刃物でも投げられたら困るからやめとこ。


「その人形を見ればわかるだろうけど、僕らは君たちの技術を簡単に無力化する方法を見つけている」

 解剖台のアバターを一瞥したミュアルの物言いにぞわりとする。

 無力化できるのは俺の端末の通信だけじゃないってことだ。


 さっき胸元にチラッと見えたものから察するに、あのアバターロボットの主は実力者だ。それを倒したとなれば何かしら無力化する手段があるのはハッタリじゃない。


「早くしてほしいな。その人形を量産出来たらそれにこしたことはない」

 ミュアルがメスをもてあそび始めた。

 そんな簡単に量産出来てたまるかと思う反面、この星の謎技術を見ているともしかしてという思いが浮かぶ。


「さっきちらっと見えた頚切痕の下にあるセラミック状のパーツ。Warmonger's Dollっていう特注品の証だ。

 企業秘密だから俺の権限じゃアクセスできない」


「本当かな? 伝え聞いた限り、他所の星に行くときに使う、結構普及している技術なんだろう? この子が死にかけたら簡易版の設計図ぐらい出てきたりしない?」

 おもしろそうにそう言うと、ミュアルはイリルルちゃんにメスを振り上げた。

「やめっ……!」

 無茶苦茶だ! 俺は言葉を浮かべる暇もなく手を伸ばした。


 と、ミュアルの後ろから伸びてきた手がメスを持った手を掴んだ。

 そのままミュアルはきれいに投げ飛ばされて床に転がされ、うつぶせに押さえ込まれる。同時にイリルルちゃんを押さえている研究員を威圧する声が響いた。

『その子を離せ。

 こいつの腕を折られたくないなら』


 ミュアルを押さえているのは、さっきまで台の上で死体の様に微動だにしなかったアバターロボットの人だった。胴に被せられていた鳥籠みたいな物体は解剖台から降りた時に跳ね飛ばしたらしい、一拍遅れて床に落ち、金属音が響く。


 安心したのもつかの間、不意にミュアルを押さえ込んでいたアバターロボットさんの上半身が炎に包まれた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! [気になる点] >ミュアル >いわゆるサイコパスってこんな感じなんだろうか。 サイコパスの著しい特徴として 「嘘をつく事に対する心理的抵抗が全く無い」 とい…
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