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20.化かし合い

 それにしても私がこんなコソコソするはめになるとは……


 深夜の駅、非常灯らしい小さなともしびが真鍮に照り返す以外に光はなく、秘密裏に手配していた汽車を確認する。

「万事手ぬかりはないか?」


 夜耳が応える。

「東在帝領の使節団の部屋は血の海。誰が何人死んだかは誰にも判らない。もちろん、一人居なくなっていても」

 汚れ仕事に手慣れた連中だ。こういう時は心強い。



 宇宙人がとうとう、数ヵ月前に母星からこの星に来ている者の捜索を始めると言い出した。


 ならば先手を打って連国議会に混乱を起こし、同時に追求を躱す。


 ザヌ代表殿も置き手紙一つで上手く踊ってくれたものだ。

 この状況で使節団が惨殺されれば長耳の女王が何を言ったとて空柱連合に疑いが向く。

 私は危ういところで脱出して身を潜め、後日、空柱連合を糾弾するために戻ってくるという筋書きだ。


 我ながら手際の良さに思わず口角が上がる。


 しかし、不意に響いた思いがけない声に背筋が凍った。

『どこに行くんですか? 連国議会東在帝領副代表、ギルシルさん?』


 見れば宇宙人の男の方の人形が、骨董の剣を片手に駅の暗がりから音もなく現れた。



「なっ……なぜここに!! いつから私を見ていた!?」

『最初から』

 相手が一歩近づき、私は思わず一歩後ずさる。幸い相手はまだ停車場の端、距離は離れている。


『あなたは最初、屋上で僕らを出迎えた直後にこう言った「地球(・・)のお二人は東在帝領にいらっしゃる予定はございますか?」って』

 相手は一歩一歩近づいてくる。


『僕らはずっと、仲間内で話すとき以外は、自分達の星を『水の惑星』としか呼んでない。翻訳機能をいじって、そこは徹底させてる。

 じゃあ、あなたは誰から『地球』って言葉を聞いたのかな?』

 相手が剣に手をかけた。


『僕らの返事は『その時はよろしくお願いします』だ。

 あなたたちが隠している地球人の所に案内してもらおうか?』



 左隣に居た男の一人が声をあげた。

「時間を稼ぐ! 走れ!」


 そのまま列車の先頭に向かう中、私は見た。


 人形は背後から飛んでくるナイフ二本を歩調を変え、上体を軽く振るだけで避けてみせた。


 ほぼ間を置かずに真横から接近した男相手には、大きく踏み込んで低い姿勢からみぞおちに鞘の先を叩きつける。その男の陰に隠れ、完全に見えなかったはずの男の襲撃に対しては、低い姿勢のまま、攻撃を振り抜かれる前に下から飛び出して肘で顎を突き上げた。

 その勢いで飛び上がった所で、先ほどナイフを投げつつ急接近していた二人に切り付けられるだろうと安心したのも束の間、殴られてひるんだ男達の服をつかんで力任せに真後ろに放り投げ、反動で人形自身は前に飛ばされると受け身をとって数回前転し、あっという間に列車に接近してきた。


 幸い、出発は間に合いそうだ。私は後ろを確認する暇もなく汽車に乗り込んだ。


「行かすな! 撃て!」

「火の魔法が弱点らしい! 足を狙え!」

 背後の声とともに、人形の周囲に火の魔法が燃え出す。


 間一髪で炎の上がる停車場を離れ、一息ついた。

 一撃でもあたっていれば止まっているはずだ、流石にあたっていないという事はないだろう。

 嘘を交えて夜耳どもに弱点を吹き込んでおいた甲斐があるというものだ。



◇◇◇◇◇



 バレア達が乗った汽車が遠く去ったのを見送りながら、さっきの奴の感想を呟く。

「へ~、あれがバレアの魔王か」

「あいつ本当にまだ数十年しか生きてないの?」

「終わった後に無事だといいな、雇い主」

「金は払ってもらわねーと困る」



◇◇◇◇◇



 汽車の側面に掴まり、向かい風の中、僕は汽車の構造を確認する。


 昔風の汽車だった。前後にある車両の間を移動するための通路、いわゆる貫通路がない。どうなっているかというと……貨物列車みたいに連結器でつながっている。


 仕方ないので屋根伝いに行くことにした。さすがに風が強いなー、と思いながら、進んだ所で魔法の気配を感じ、あわてて避けたところに炎が立ち上った。

 向こうも屋根の上にのぼって見張っていたらしい。何かのプロか忍者かな?


 僕は続けざまに立ち上がる炎を側転で避け、そのまま車両から転げ落ちる、と見せかけて屋根の縁をしっかり掴んだまま、勢いをつけて汽車の窓ガラスを蹴破り、車両内に侵入した。


 僕が侵入した車両内は中央に通路のあるコンパートメント車らしい構造。日本だとちょっと珍しいけど、車両内の席が個室になってる感じ。


 暗い中でも窓ガラスの割れる音で異変に気づいたらしい、数人が動く気配がする。



◇◇◇◇◇



「いい加減にしろ、奴が後部車両に取り付けたとしても、流石に走行中にここまでは来るまい。

 お前らの仕事は駅から屋敷に着くまでの護衛だ」

「いーや、あいつは絶対来れるね」

 不意に爆発音のような音がした。

 おっさんが挙動不審になる。


「本当にお前の言う通りにして大丈夫なんだろうな!?」

「オレとあんたの演技力次第かね」


 オレらが話している車両の後ろの方で窓が砕け散った音がした。



 オレは立ったまま廊下の後ろに目を向け、おっさんもおそるおそる個室から顔を出す。

 飛び込んできたのは当然神村。


 オレが一歩前に出て廊下に陣取ると、神村の方から話しかけてきた。


『バレア……』

「…………すげー快進撃だけど、神村、仲間でも連れてきてるの?」

『いいや、僕だけだよ。君の後ろに居る人が駅に集合してるのに気づいて、とっさに追いかけてきた。後で宮本さんに怒られるかも』

 背後の個室でおっさんが動揺したらしい音がする。

 大方、ここで神村を潰しちまえば証拠隠滅とか思ったんだろうけど。


『僕も聞きたいことがある。一つ後ろの車両で閃光音響弾を使ってみたけど効かなかったんだよね。

 見てみたら僕らの星のとよく似た耳当てをしてた』

「……」


『あれは僕らの星の技術だね?』

「…………そーゆーこと。今更無しってのは困る。この星にない技術は使っちゃいけないんだろ? でも、結構しんどいんだよね、こういう音の中に居るの」

 風切り音、蒸気の音、機械の擦れる音から車両の振動音からレールとの摩擦音まで、正直毎回耳が潰れそうになる。耳当てがなければ。


 魔族の大半が街の外で暮らすのも大体似たような理由だ。現代の街は便利だが、音と光が溢れすぎてる。

 最近ではラジオや蓄音機というものもできて、どの店も好き勝手に、まるでここに人が居るのを知ったこっちゃないというように音楽を奏でている。


『僕も結構過敏だからその気持ちわからなくもないけどさ。でも、本当にいいの?』

 神村が一歩進んできたので、オレは魔法を構える。


『途中の車両で拳銃で撃たれたよ。あたらなかったけど』

「…………」


『車両内で炎の魔法とかを使うわけにいかなかったんだろうけど、でもよく考えるとおかしいんだ。

 僕に対してならそよ風の魔法で事足りる、魔力を廊下に溢れさせれば僕は通れないんだから』

「…………」

『君は知ってるかもしれないけど、僕らの弱点は炎じゃなくて魔法なんだよね。君の後ろの人は知ってたみたいだけど、仲間に対しては伝えていなかった』

 オレは振り向いておっさんを見る。


 その通り、おっさんは宇宙人への対処法を独占して今後も優位を保ちたかったらしい。

 オレも中庭で襲撃をかけた時には聞いていなかった。だから動く人形相手なら刃物で手足を潰すのが一番と思ったわけだ。

 後部車両に居たあいつらも、炎の魔法に弱いとは聞いているが魔力に触れるだけで無力化されるなんて話はされていなかったはずだ。


『仲間内に対しても秘密主義。そのせいで結果的に僕の侵入を許した。

 味方してても楽しくないでしょ? その人。

 バレア。こっちに味方してよ』



「…………仕っ方ねーなぁ」

 オレは魔法をしっかり構えたまま、悪い笑顔を浮かべて神村の隣に行き、おっさんを振り返る。

「そんなわけで、あんたの敗色濃厚なんで、今度こそ裏切るわ」


「おっ……おい! お前!! 本当に……! 飼い犬でしか……生きられないだろう!」

 動揺からか今にも笑い出しそうなぐらいしどろもどろなおっさん、それに答える様に宣言する。

「悪いね、犬ってのは飼い主を選ぶもんなんだわ」


 その瞬間、オレは神村に魔力を向ける。神村の方は勘づいた素振りとともに、この魔力から逃げ切れるとしたら前方、と踏み出したのだろう、しかしこの狭い車両内、俺の魔力が通った通路に逃げ場はない、突風とともに魔力の乱流に巻き込まれて通路を前方に吹き飛ばされ、力なく床を転がった。



◇◇◇◇◇



 ぎりぎりのところだった。しかし、夜耳の不意打ちになすすべもなく吹き飛ばされ、足もとに転がって目を見開いたまま微動だにしない人形を見て、勝利を確信する。

「……っはっははっ! ようやく人形らしくなったじゃないか!」

 思いっ切り頭や背中を踏みつける。

 初対面から不愉快な態度をとられていた溜飲を存分に下げる時だ。


「はいはい、その辺にしときなよ。壊れたら困るのアンタじゃないの? コイツの体、研究に必要なんでしょ? 今動き出されても困るからさっさと枷嵌めたいしさ」

 夜耳が手慣れた様子で枷をはめて骨董品の剣をはずしていく。


 水を差されたが、確かにこれを壊してミュアルにへそを曲げられるのは得策ではない。憂さ晴らしは廃棄する時でいい。

 幸い、この人形がここに居る事を誰にも知られていないのは、先ほど夜耳が確認している。

 全てが私の都合のいい方向に動いているようだ。



 完全にただの人形に変わった宇宙人を観察する。


 報告通り、宇宙人の人形は戦闘力が高くとも、危険性は(ひとえ)に奴らの持つ機械にある。それを封じる手段は分かり切っている。魔法があたりさえすれば人形は恐るに足らない。


「できれば中に意識を封じ込めたままハッ裂きにできたら最高なんだが……」

 列車の振動によるものだろうが、私の言葉に人形が一瞬震えたように見えて小気味がいい。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! [気になる点] さて、化かされたのはどっちなのやら。 [一言] 続きも楽しみにしています!
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