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2.着陸

「そろそろ目標地点ですよ。神村さん。

 着陸準備をお願いします」


 異星の上空、数百キロ。

 はるばるこの地に来た地球人の僕たち二人は上空の宇宙船内に居た。




「そんな事言っても着陸船は自動操縦だし、僕らが乗ってるわけじゃないから特にすることはないし……。

 でも、アバターロボットを操作するの久しぶりで楽しみだなー」

「引き受けたからには緊張感を持ってください。神村さん」

「はぁ、ややこしいこと頼まれちゃいましたね、宮本さん……」


 僕はため息をつく。

 アバターロボットとはいえ久しぶりに地上に降りれるのは楽しい。昔と違い、遠隔地に居るのとほぼ同等の感覚が得られる。


 これから着陸するのは未知の文明のある惑星。それも絶妙な文明水準。

 日常的に剣を携帯していたり、街中を動物の引く車両が行き交ってたり、煉瓦っぽい素材の建物が多く残っていたり、ごくごく稀に蒸気機関車っぽいものが走っていたりする時代。ゲームやマンガのファンタジーにありがちな奴だ。


 しかし、それにはめんどくさそうな任務がついてきている。



 すぐに立ち去るはずだったこの星に降り立つことに決まったのは数日前の事。



◇◇◇◇◇



 数日前、私は上司の杷木原さんの通信に報告をしていました。


杷木原(はきばら)さん、衛星写真の分析と人工衛星の有無を確認しただけですが、どう見てもこの星の文明では星間移動できる技術はありません。

 この星の文明はおよそ地球の二十世紀程度、おそらく最初期のミサイルレベルのロケットを打ち上げる能力があるかどうかといったところです」


 神村さんも横からひょっこり話に入ってきました。

「街並に到ってはほとんど十九世紀ですよ」



 しかし、無視できない純然たる事実があります。

 私はもう一度、杷木原さんに確認しました。

「……でも行方不明者の携帯端末は生きていて、行方不明から数分後にはこの星の言語を解析してデータベースに送っているんですよね?」


『その通り。坂藤氏は行方不明になる直前まで地球上の街中に居た。我々が把握できる星間移動手段を行使できた形跡はない。

 しかも、言語データが存在する所からすると、知らずに現地人と接触した可能性が高い。今後の影響を確認するためにもその星の早急な調査は絶対に必要になる』


 現代技術でも、この星に来るためには航路の割り出しからはじまり、異次元航行の利用可能範囲に移動するために宇宙船で数か月はかかる計算です。


 ところが突如として地球の地表から星間移動した坂藤(さとう)さん。

 現代技術では絶対に不可能。謎だらけの事件です。


「しかも、本人と連絡がとれないんですよね?」

 電池切れではないでしょう。最近の端末なら超小型発電機能で、画像表示と通信の電力ぐらいなら数時間でまかなえるはず、何時間もゲームをやるような贅沢な使い方をしなければ電池で困る事はないはずです。


『最新の、つまり数十日前の遠隔点検記録によると、ミリオノリスが一時停止していたと思しき形跡があるんだ。通信パーツに使われているミリオノリスに到っては現在おそらく機能していない』

 言語翻訳機能自体は通信が途絶えても端末上で動作するでしょうが、ミリオノリスは端末の心臓部。

 それが壊れてしまったら言葉も通じない未知の星に独りぼっち。想像したくありません。




 杷木原さんに行方不明の坂藤(さとう)さんの手がかりを聞いてみます。

「言語データベースの構築に使った会話内容とかは分かりますか?」

『データ化に際して分解されてるので再構築する必要があるが、データが一人分だからすぐ済むだろう。むしろプライバシーに関わってくるので元データの再構築を許可してもらう手続きの方が時間がかかりそうだ』


「つまり未知の星と量子データが行き来してたんでしょう? 誰か気付かなかったんですか?」

 神村さんが文句を言っています。

『通信者の居場所をいちいちチェックしている方が人権侵害だろう、そもそも個人情報保護の技術的な取り組みというものはだね、EUのGDPR時代に……』


 現代技術では、やろうと思えば携帯端末の位置や通信内容はもちろん、屋内に居る人の位置や行動まで把握できてしまいます。今回の事の発覚が遅れたのはきちんと各種保護装置が働いている証左でもあります。

 最近は人間関係がWeb上で完結している例も多くて、行方不明者として通報されにくいのも発覚に時間のかかった一因の様ですが。


 そもそも、神村さんが未知なはずの星の言語が翻訳データベースに登録されているのに気づいて報告したから、ようやく調査して発覚しただけなのです。


『……そうした保護機能の恩恵は、君もよく分かっているだろう?』

「うう、ごもっとも……」

 杷木原さんから滔々(とうとう)と説明され、神村さんも弱弱しく納得していました。


「でも……ミリオノリスが一時的な故傷なんて……」

 謎の星間移動現象をはじめ、全く未知の現象だらけで不安も大きいです。


 ミリオノリスは現代のコンピュータの、文字通り中核をなす結晶体。壊れる事はあっても、修理もせずにその機能が復活するなんて、むしろありえない話です。


『単純な接触不良と思いたいが……不可解な事が多すぎる。しかも、人命がかかっているとすれば事態は急を要する。

 よって、宮本君を大使として、その星の住民との公的な交流を許可する。現地の実情を確認してほしい』


「ええ!?」

 神村さんと同時に声が出ます。ちょっとそれは考えていませんでした。

「大使として公的に接触……ですか……?」

 確かに現地情報は大事ですが……責任重大で頭がぐるぐるします。


『本当に申し訳ないんだが……現地に居ないのにそういった事を行う責任を持てないという人が多いんだ。何せ前代未聞の事態ではあるし』

 万が一を思うと気持ちは分かりますけども。アバターロボットを使えば距離はほとんど関係ないと思いますよ!? 誰か代わってください!


 ……と言っても向こうも誰も手を上げてないんでしょうし……じゃあ私やっちゃいますよ。節度を守ってやりたい放題しちゃいますよ。


『よほどの事がない限りは何か不都合が起こっても宮本君の責任は問わない、可能な限りのアフターケアのために予算等の調整に入った』

 それはそうでしょう、星一つ分の責任、私一人ではとれませんからね。


『そして行方不明の地球人、坂藤(さとう)氏の発見と保護。できれば彼がなぜ星間移動したのかの原因を突き止めてもらいたい。現象の解明と再発防止のためだ。

 星間移動に関しては別の要因も想定して、こちらでも引き続き検証を行う』


 杷木原さんの指示を聞きながら、私も思考をめぐらせます。


 神村さんは能力は高いですが変なストレスがかかってまた精神状態が悪化しても困りますから連れていくのは控えた方がいいかもしれません。


 まずアバターロボットの準備をして……そもそも未知の星の環境を汚染しかねないので法律上でも生体では降りれません……着陸船に載せられそうな重量だと最大で三体。他の物資の重量との兼ね合いと万が一の故障を考えて二体……。


 私がそんな事を考えている間にも神村さんは質問を続けていました。

「えーと、つまり、僕らは星に降りて、行方不明者探してますって聞いて回ればいいって事ですか?」

『星の環境の汚染を防ぐためにもアバターロボットを使ってくれたまえ。

 あと神村君はお留守番だよ。本調子じゃないだろう』

 そんなやり取りの中、当の神村さんから異議が唱えられました。


「えー! 僕も行きたいです!」

『やめておきたまえよ』

「でも地球であの時代だと女性蔑視(べっし)(はなは)だしくて普通に男手は必要なんじゃないですか? 宮本さんが僕のアバターロボットを使えばいいのかもしれませんけど、あれぐらいの時代って、紛争解決のために戦争やってた血生臭い倫理観の時代ですよ?

 武力がものをいう環境なら殴った方が話が早い時もあると思うんですよね」


 真顔で物騒な事を言わないでください神村さん。


 杷木原さんも苦言を呈しはじめました。

『君がそれを言うかね。そういう物言いが不安なのだよ』

「ついこの間まで現役で血生臭い事やってた元Ordersの僕が冗談以外でコレを言うと思います?」

『元をつけるには早くないかね? 君の復帰を期待しているファンは多いよ』

「どーだかなー。僕がズタボロにされた映像、スナッフフィルム代わりに流通してるって聞いたんですけど」

『デマだ。そんな事実はない』

 今は娯楽要素が強いとはいえ、Ordersは元々安全に戦争するために開発されたシステムです。安全に、とは言っても、参加者たちはより有利になれるように工夫を凝らしているのが一つ、破壊的な活動を好む人も参加しているのも一つ、それが一線を越えれば……


『頼むからきわどい発言はやめてくれたまえ。後々問題が起こった時に、この会話を提出しなければならないかもしれないんだ。世代蔑視発言や憎悪増幅表現ととられたら困る』

 杷木原さんは頭痛に耐えるかのように額に手を当てていました。杷木原さんの言う通り、神村さんの言い方は現代ではだいぶ社会的に危険なものです。



 神村さんの子供っぽさと刺々しい物言いは、少し前に諸事情によって再発した不調によるところが大きいのは分かっています。

 この宇宙探索の仕事自体が、神村さんの保護と療養がてら、気分転換も兼ねています。私が以前お世話になった彼の上司さんから直接お話をうけたんです。


「連れてってくださいよー、何かトラブル起こしたらアバターを着陸船にしまっちゃっていいですから。着陸船の見張りだけしてますからー」

 神村さんが食い下がっています。何だかんだ言って長い宇宙船生活でストレスが溜まっているのかもしれません。


「杷木原さん……神村さんの能力は貴重ですし……」

『神村君、ついていくなら地球の文明が誤解されかねない言動は厳に慎むように』

 杷木原さんが降参しました。




「しかし……本当に私達がこの星に降りてしまってもよろしいのですか?

 この星は接触可能な既定の文明水準には、明らかに達していませんよ?」

 そう、普通なら接触禁止の文明段階、公的に接触をとるなんて異例中の異例です。誰も責任者をやりたくない理由の一つはそこでしょう。


『そこなんだが……天の川銀河諸星連合で協議の結果、九割が接触を承認したよ。残りももう少し様子を見た方がいいのではないか、公的に接触するより秘密裏に行動した方がいいのではないか、という消極的賛成だ。

 私たちがなぜ一定以下の文明水準の星と関わらないと決めているか覚えているかね?』

「国家間のパワーバランスなどを含めた、星の環境を変化させかねないからですよね?」

 私の返事に頷いて、杷木原さんは続けました。


『地球の道具は携帯端末一つとっても、とんでもない性能のものだ。

 地球人を保護した現地人が、秘匿して秘密裏にオーバーテクノロジーを利用しようとする事もありうる。

 少しでもそういう考えのある手合いには、現在の通信不能の状況は都合が良すぎるだろう』

 天人の羽衣伝説みたい……とか暢気な事を考えてたら、神村さんが杷木原さんの説明に文句を言い始めました。


「え~? だって……この文明水準で地球の最新技術持ってても、できることなんて限られてるでしょう?」

『むしろ新薬や触媒一つで状況が様変わりしたのがその頃以降の時代だと思うがね』

 抗生物質……プラスチック……有機金属化合物……確かにそうですね。

 この星の人に地球人と同じ薬が効く保証はありませんが、触媒などによる新しい素材はそれ一つで生活を大きく変えるはずです。


『そうでなくとも、飛行機の設計を手探りでトライアンドエラーするのと、指先の操作一つで大量の設計図を手に入れて端末上でシミュレートできるの。どっちが楽かね?

 簡単な操作で立体を採寸できる精密な計測装置、かざすだけでその成分から濃度まで判別できる分析装置、非破壊で物質の強度や性状を判別し、複雑な計算やシミュレートを一瞬でやってのける計算機。

 最近の携帯端末には当たり前についているが、どれ一つとっても数十年前の地球でさえ貴重なものだ』

「うあ~」

 悪用された時の事を考えたのか、神村さんが顔を覆っています。


『つまり、だ。この星には既に地球の技術が流出しているかもしれない。

 最悪の場合、超技術の存在を隠蔽しながら利用しようとしている勢力が居る可能性、それが星のパワーバランスを大きく崩す可能性があるかもしれないという想定を持ってほしい』

 うがちすぎかもしれませんが、無いとも言い切れません。


『その星域に有人輸送のできる船を派遣できるのは……近隣の星域の協力をもってしても数週間以上先になるだろうが、なるべく速く坂藤(さとう)氏を発見・保護してほしい』


 この時代でも人というデリケートな存在を設備の整っていない惑星から離脱させる、着陸させるというのは大変な作業です。専用船が必要になります。

 しかし、それまでのんびり待機というわけにはいきません。危惧された事が現実となったら大変なことになります。


「優先するのは行方不明者の身柄の安全と、この星の環境の保全ですね」

 私の確認に杷木原さんは頷きました。


 話が決まり、最後に激励の言葉をいただきます。

『健闘を祈る。まぁ君たちが戦うとなったらまず負けないだろうが……』


 あまり物騒な事を言わないでください。


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