18.災厄の魔法陣
『災厄の魔法陣?』
「ものものしい名前がついていますが、実際は莫大な魔力を消費するだけの、実用性なし、分類不明扱いの魔法陣です」
僕らが聞き返すと、エイアさんがすかさず教えてくれた。初めて聞く人は大抵口にする疑問なんだろう。
「使った直後に自壊して効果を失うものは珍しいのですが、それだけです。
文様が複雑なため、研究もほとんど進んでいません。確かにあれは数十メートル級の立体魔法陣だったはずです」
複雑でコストがかかる上に効果も発揮せず壊れるんじゃ研究もなかなか進まないだろう。
衛星写真が瓦礫にしか見えなかったのも、この自壊する性質によるものだったんだろうか。
「すいません……お役に立たなかったみたいで……」
苦労して書庫の中から発見してくれたサクルさんがしょぼくれている。
「類似の魔法陣や全体像が分かるだけでも随分違いますよ」
「私もすっかり失念していました。お恥ずかしい」
タナタエさんとエイアさんが元気づけていた。
僕、神村は宮本さんと宇宙探索に来ている地球人。ここはエルフやドワーフ、魔族、獣人族と呼ばれる人達が暮らす、およそ地球で言うところの十九~二十世紀ごろの文明を持つ惑星。僕らはアバターロボットと呼ばれる自分そっくりなロボットで惑星探索中。
今は、昨日の深夜に隣の国で起こった爆発の謎を追っている。この星は魔法みたいな不可解な現象はあるし、およそ地球から五万光年離れているにもかかわらず過去に地球から人が来た形跡もあるし、今現在も地球から迷い込んだ人が居る可能性が高くて、その捜索も絶賛継続中。
『何故、災厄の魔法陣と呼ばれているのですか?』
宮本さんがエイアさんに尋ねた。
確かに気になる。
エイアさんが巻末の方のページを開いて見せてくれた。
「この本のここ、魔法陣の所に書かれているからですね」
『うかつな人、触れるなかれ、さもなければ災い招くであろう』
え? それだけ?
「この本にしか書かれていない、立体魔法陣という分類で、製作が難しいんです。例をあげれば立体魔法陣の多くは図で正確に表せないため、数式で書かれているほどです。知られている限り過去に作製に成功した人は居ません。
この魔法陣の場合は床の魔法陣の他に、四方に立てた柱にも魔法陣の一部を載せなければいけない構造です」
見ると、長々とした文章の脇に図が描いてあり、寸法などが事細かに記載されている。なるほど、この長方形で囲まれてる部分は柱に描く部分なのか……うかつだったらこの本に書いてある通りに床に描いちゃうかも。
「過去にはきちんと立体にはなっていたものの、文様を描きまちがえたと思われる暴発事故らしきものが文献に残っています」
『暴発事故?』
僕は思わずエイアさんを見た。
今回の爆発の原因、それなのでは?
言わんとすることを僕の顔から読み取ってくれたらしい。
「現在は事故防止のために大規模魔法陣を作製する時は部分区画法というのを使っていて、ミスがあれば文様が完成しないようになっているはずです」
エイアさんはつけ加えた。
「それに、類似例とするには今回の爆発と現象が違いすぎます。
記録によれば、その暴発では『毒の風が一瞬吹いた』と。
そのため、この魔法陣を風の魔法の系とする学説もあるのですが、風魔法の文様との共通点がないのです」
宮本さんが本を受けとってパラパラとめくった。
『災厄の魔法陣は複数あるんですね』
「残念ながら、少し文様が違う程度で、いずれも効果が見られたことはありません」
エイアさんに続けてタナタエさんも解説してくれる。
「立体魔法陣に関しては怪しいですが、この本は古代の天文学の書で、現代でも驚くほど正確な記述がされています。
そのため天文学や物理学を中心に、長い間、科学分野を学ぶ者には必須の本でした。
写本という名の通り、世界中の主要な図書館にはこのような大判の複製が置かれているはずです。最近の図書館には廉価な印刷本が出回ってますね」
「私も専門は化学分野ですが、ラセオタブレヴィの写本の大まかな内容は知ってます」
サクルさんも知っていたようだ。
しかし現在の版には、この実用性の薄い謎魔法陣は載っていない事が多いらしい。
エイアさんの説明によると、この災厄の魔法陣は使う日時と場所が細かく指定されているという。
魔法陣の横に一緒に書かれている長々とした文章には、星々の位置、惑星や彗星、月の満ち欠けなどの特徴的な星の動きや位置関係などが書かれていて、場所と日時が割り出せるようになっているのだそうだ。
そういえば、地球でも大昔は天体の運行と地上の事象には密接な関係があるとされていたらしい。
天体と季節の関連、いわゆる暦から発生した思想と考えられているが、時代や地域によっては惑星の位置関係などが錬金術や医術などの成否を分けるとされ、占星術は非常に重視されていたという。
しかし、このラセオタブレヴィの写本の場合、魔法陣自体の効果が不明な上に、ほとんどが数十年から数百年に一度の日時を指定しているので、エルフでも一生に数度観測できるか否かだという。
「そのような理由で天文学の本ですから、実は魔法陣自体に効果はなく、星の位置からそうした日時場所を解かせる練習問題なのではないかと最近は考えられています。
立体魔法陣の記述も同じように、空間を数式で把握するための計算問題だろうと言われています」
……でもコンピュータ無しでこの計算やるの、無茶苦茶難しいのでは?
そのため最近出版されている版では、写本と言えどもこの災厄の魔法陣関連や立体魔法陣の記述そのものが削除されているものも多いらしい。何せ難しすぎる上にとんでもないページ数になるのだという。
「つい最近も災厄の魔法陣に指定されている日時があったのですが、研究者の間で少し話題に上った程度でした。私も今までその事を忘れていたぐらいです」
まぁ流星群や日食みたいな天体ショーでもないみたいだし、数十年ぶり数百年ぶりで大魔力を食うだけの謎魔法陣なんてめったなことでは取り合ってもらえないだろう。
「しかし、妙ですね……なぜシャンガットは指定の日時と関係のないときに魔法陣を使ってみたのか……場所も違ったはずです」
エイアさんが考え込む。
宮本さんは災厄の魔法陣の記述をめくって流し読みしている。
と、宇宙船経由で僕に話しかけてきた。
― 神村さん、分かったかもしれません。
― 爆発の原因が分かったんですか?
― 星間移動の秘密もです
― ???
それ、関係あるんですか?
『サクルさん、エイアさん、貴重な情報をありがとうございます』
宮本さんのお礼を聞いて、サクルさんはきょとんとして宮本さんを見て、僕を見た。宮本さんの横のエイアさんも同じ顔をしている。多分僕も同じくきょとんとした顔をしている。
休憩中、僕らは宇宙船内で杷木原さんに報告していた。
『つまり、地球とその星の相対速度がゼロになった瞬間に魔法陣を作動させると召喚が成功する、と。
にわかには信じがたいが理屈の上では可能……か?』
「はい、シミュレートの結果、坂藤さんが行方不明になったのは、地球の日本と、この星の東在帝領の一部地域の相対速度がほぼ完全に一致したタイミングです。
簡易シミュレートなのではっきりとは言えませんが、過去、数十年前、数百年前の星間移動と思しき現象に近い時期にも地球とこの星の相対速度がほぼ一致しているタイミングがあります」
宮本さんの報告に、モニターの向こうの杷木原さんは首を振る。オークレイジーって感じだ。
杷木原さんがクレイジーに思ってるのは宮本さんの発想じゃなくて、無茶苦茶危なっかしいワープ技術に対して。
宮本さんの出した仮説では、この『災厄の魔法陣』は召喚魔法、瞬間移動の魔法だ。
僕らの異次元航法と同じ、異次元を通る重力の流れに乗る空間移動方法を、強引に地上に再現するものだ。
簡単に言うと、普通なら異次元を通り抜けた先に物があったら自分が元々持っていた速度と現地の速度が違いすぎて激突して死ぬ。
しかし速度と方向が同じタイミングなら生身で瞬間移動しても激突死しない。理屈の上では。だからこの魔法は使用する日時場所が細かく指定されているのだろう。
ただし、これは無軌道に曲芸飛行している飛行機がたまたま並んで飛んだタイミングで飛び移れって言うようなもので……実際にやるとなると……うん……。東在帝領が坂藤さん召喚を成功させたなら奇跡に等しい。
重力の流れは原子や分子の結合をふりほどくほどの力はないとされているが、魔法の仕様によっては使用者がうかつじゃなくても運が悪くて体半分だけ召喚もあるかもしれない、怖すぎる。
星間移動した坂藤さんが地球上で行方不明になった現場。その周囲がえぐれたりしていなかったところを見ると、もしかしたらこの魔法陣に何らかの保護や選択の機能があるのかもしれないが、それは誰にも分からない。
術者ですらも召喚対象を狙えるわけでも見えてるわけでもなく。そもそも魔法陣の効果すらよく分かっていない完全な手さぐり状態。
宇宙の大部分はほぼ真空の空間だから、ほとんどのケースでは何事もなく済んだのだと思われる。
そう、運が悪いと現在地と全く速さの違う星の一部とか、どっかの恒星の一部とかを召喚する可能性があるわけで……。
『そして、失敗して運動エネルギー爆弾が炸裂したわけだ……』
「失敗というより、日時の指定を軽視したんですね」
ラセオタブレヴィの写本には昨日の夜に使える魔法陣は載っていなかった。
おそらく爆発を起こしたシャンガットの実験は、召喚に成功した一派の話を伝え聞いて急いで再現しようとしたんだろう。
そしてものすごく運の悪い事に、いや、あの程度で済んだなら運が良かったのかもしれない、とにかく、高速で飛んでた隕石かなにかを目の前に呼び出した。
そう考えると、過去の毒ガス事故は有毒な大気の場所につながってしまった事例だと思われる。木星みたいな星とか、仮に地球上でも活火山とか。
「ラセオタブレヴィの写本の内容は当時の観察装置の精度などに比べて高度すぎます。
ほぼ間違いなくオーバーテクノロジーのオーパーツです。
魔法の仕組を理解し、魔法陣を設計でき、地球とこの星の動きを観測できて、動きの一致するタイミングと場所を星図で表現できるような技術のある文明のものだと思われます」
『元々この星にそういう高度な文明があったのか、それとも異星からの干渉か……うーん……今なら大問題だが、おそらく数千年以上前の話だからなぁ』
「記録に残っているか怪しいですね」
「何ならその文明が滅亡してるかも」
来る途中で見た衰退した文明群を思い出す。
「ご相談したいのは、地球ならびに天の川銀河諸星連合は現段階でこの星とどういう関わりを持つつもりなのか、という事です。
私たちがこの時代から星間旅行を可能にするまでに約百五十年。
魔法文明の潜在的な成長力は未知数。
一足跳びに私たちの隣に立つ可能性もあります」
既に向こうの急先鋒は地球の存在と災厄の魔法陣の秘密を知ってしまっている可能性が高い。ミリオノリスを使った携帯端末もおそらく手の内。
瞬間移動魔法の仕組を分析したら次元跳躍魔法を開発して、数十年しない内に地球に侵攻してくる事だってありえる。
何の対策もとらずに侵攻を許せば地球側は大損害を被るだろう。
現代地球文明の基盤であるミリオノリスのコンピュータは魔法で機能停止できるのだから。最初の攻撃で通信、交通といった日常的なシステムから現代兵器まで動作が不可能になる。
宮本さんがサクルさんにお礼を言った時も、理由をぼかした言い方しかできなかったのはそれが原因だ。
相手が事象をどれだけ理解しているか分からない以上、現時点で不用意に情報を得る機会を増やすわけにはいかない。
一方、今はまだ魔法技術では優勢を誇っているこの星だが、一度銀河諸星連合がとっかかりを得て魔法の研究を始めたらあっという間に技術後進域になり下がってしまう可能性がある。
サクルさんと僕らで書物の読み込みスピードが段違いだったように、僕らには電子制御の時代から連綿と鍛え上げてきた情報処理技術と精密加工技術がある。
魔法陣の文様に法則性があるのはエイアさんが説明してくれたのでほぼ確定している。本気で地球の技術を使えば、この星の文化である魔法陣を踏み台にして、彼らには太刀打ちできないすさまじい速さで魔法陣の法則や新魔法を発見していってしまうかもしれない。
早急に今後のこの星との付き合い方を検討してもらう必要がある。
なるべくたくさんの情報が必要だ。
この星の人達の考え方。召喚に関わった集団について。
そして坂藤さんの安否。
ちょっとした事でも手がかりになるかもしれない。僕らは東在帝領の事について詳しく聞くことにした。
「ギルシルは旧カルダロ領の貴族ですね。
カルダロは丁度ここから東、空柱連合と国境を接していた、かなり大きな領地でした。
ウラウル家はそこで五指に入る名門です」
セーカさんが地図で説明してくれる。
ウラウル家って何だっけ?と過去検索したら髭の人の名前だった。自己紹介のときに名乗ってた。忘れてた。
旧カルダロ、人族中心主義で大昔から周辺諸国と武力衝突を繰り返して領土を拡げたり取り返されたりしていた土地柄らしい。
この古城も過去に空柱連合の要塞が奪われてカルダロの公国に改造されたもので、その後空柱連合が奪い返して今に致る。
旧カルダロの領主は東在帝領ができた時に空柱連合相手に暴発することを危惧され、栄転という形で帝都近郊に転封となった。
が、逆に元の領土である国境付近の土地に強い影響力を残したまま、国替えされた先の帝都近郊でも勢力を伸ばしてしまい、穏健路線の帝領内で頭の痛い問題になっている。
つまり、ついこの間まで空柱連合と戦争してた所が東在帝領内でメキメキと力をつけている。
「ルドスは旧シャンガットの出身で、出仕先もその研究施設だったはずです」
サクルさんの言葉を受けてセーカさんが続ける。
「旧シャンガットの方は帝領内でも穏健派で、旧カルダロとは明確に対立している旧領の一つですね。
ですがカルダロの増長に業を煮やす一派が、主流派と分裂の兆しを見せています」
それを聞いて、タナタエさんが顔を上げた。
「もしかしてそれで何かしらの大規模実験を強行して事故を起こしたんですか?
でも、焦る気持ちも分かりますね。このところのカルダロの成果には目を見張るものがありましたから」
タナタエさんによると、つい最近数か月ほど、カルダロから新しい化学物質や実験手法が次々と発表されたらしい。
― これ、坂藤さんが知識無双したんでは……?
今時の携帯端末があれば有用な化学物質の合成法や器具の設計を調べるぐらい余裕だ。多分端末に内蔵してる百科事典に載ってる。
― 身寄りも財産もない状況で生きるために自分の価値を売り込むなら知識や技術しかありませんよ。責められません
― 責めませんけども
そしてシャンガットはカルダロ躍進の秘密、召喚魔法に行きついたんだろう。
そうなると、ルドスという人がやる気をなくしてたのもそれが原因か。チートなカンニングが相手じゃ仕方ないかもしれない。
箝口令は敷かれているようだが、東在帝領内に召喚魔法の存在が知られはじめているとなると、急がないと色々まずい。




