17.揺れる
ごめんなさい ごめんなさい
ズキズキ痛む右目。息するたびに痛む腹部。いいや、痛いのはぜんぶ。
しんじゃう……でもそとにでたらおこられる……いや違う……ここは戦場で……
右てのひら、何かが刺さってて地面に縫い付けられてる。
左肩、関節が壊れてるみたいだ。鈍い痛みだけを感じる。
左太もも、大きな筋肉が切れて動かせない。
右膝、動かそうとした瞬間に痛みが走る、膝から下の感覚がない、多分骨も折れてる。
非常用コマンドを打ち込む、脳内入力、効かない。音声入力、喉が締まってて声が出ない。ジェスチャー入力、体のあちこちが壊れてて動かない。
痛覚遮断! 疼痛信号遮断! 離脱! 離脱します! 緊急離脱! 早く!
効かないコマンドと流れる冷や汗、 不気味なほど嬉しそうな声に混じって皆の声が遠くから聞こえる。
音が混ざり合ってぐちゃぐちゃになった瞬間、ふっと、倒れたままの体が落ちるような感覚がした。
ああ、僕死ぬんだ…………誰かにたすけてほしかったな……。せめてアパートからそとにでてれば…………だれかが……きっと………………アパート? ここ戦場じゃなかったっけ? 皆が助けようとしてくれて…………僕、今どこに居るんだ?
残った片目を開けると、眼前に迫るナイフ、鋭利な切っ先が左眼にあたった瞬間、全身に痛みが戻ってきた。
悪夢から飛び起きたのは知らない寝室、じゃないな。宇宙船内だ。
寝れなくなって起きていくと、宮本さんが何かの作業をしていた。
「神村さんもですか? 私も何だか起きちゃいまして……あら、これは……地上で地震?」
早朝、というよりは深夜に近い時間帯。宇宙船内で地上のデータを調べていた宮本さんが呟く。
宮本さんの呟きを聞いて、僕は地上の寝室に置いてあるアバターロボットから周囲の様子を探った。
― 城内は静かですね。ほとんど揺れてないし、震源も遠いし、深夜だし……
わずかにガラス窓がカタカタ鳴っていたが、それが風か揺れのせいかは分からない。
空柱連合の古城からはだいぶ遠くの地表の振動だ。過去の衛星写真と照らし合わせて震源地を見る限り、周辺の街からも離れた郊外のようだ。
しかし、詳細な観測データを確認した宮本さんがすぐに奇妙な事に気づく。
「……この星の地質調査に使おうと思ったんですが、地震じゃないみたいです」
宮本さんのコメントに僕もデータを読む。
「データを見た限り地表の現象みたいですね。地震じゃなくて隕石とかかな?」
爆発ならさっきの窓ガラスのカタカタ、空振かも。
「それが……それらしい隕石も観測されてないんです」
宇宙を飛び交う物体はすごいスピードなので宇宙船にぶつかったら大ダメージは免れない。
それを防ぐために僕らは宇宙船周囲のかなり広い範囲を常に警戒し、小石程度の大きさの物体だろうと監視下に置いている。
自分達が周回している惑星のそば、それも地表に到達する大きさの天体を見逃すはずがない。
「神村さんはどう思いますか?」
「また魔法かなぁ、と」
この星で謎物理現象が確認されたら真っ先に魔法を疑う。
僕らは魔法の事はほとんど分からないが、地震発生の前と後の回帰重力の分布の変化を調べると、確かに変化していた。
「明らかに回帰重力に変動がありますけど、これが何の魔法か分かんないんだよなぁ……」
「爆発の魔法だとすれば相当の規模ですね……魔法の変換効率を確認できるかも……あ、衛星写真の分析出ますよ」
表示された現地の地表が凹凸や温度、成分など、様々な基準によって分析されていく。
「…………魔法陣ありますね……」
僕らの目には瓦礫の山にしか見えない爆心地。
しかし分析の結果だろうか? 人工知能は一部がえぐれた巨大な魔法陣らしき模様を検出していた。
僕、神村は宮本さんと宇宙探索に来ている地球人。ここはエルフやドワーフ、魔族、獣人族と呼ばれる人達が暮らす、およそ地球で言うところのおよそ十九~二十世紀ごろの文明を持つ惑星。
地球の行方不明者の捜索や、魔法と呼ばれる未知の技術の調査など、僕らはアバターロボットと呼ばれる自分そっくりなロボットで惑星探索中。
現在はお城に呼ばれてこの星の文明の発達を確認しているところ。
朝食時、案内役のケンリジュさんに聞いてみる。
『昨日の夜、東在帝領内で何かありませんでしたか?』
「いいえ、朝の新聞には特に書かれていませんでしたが、何か?」
『んー……地震? 爆発? 隕石とか? 何か振動を感じた気がしたので……』
そこまで言った所で背後で椅子が倒れるような音と食器の落ちる音がした。
振り返ると小人のサクルさんがこっちに突進してくる所だった。
「何かご存知なのですか!?
友人が事故に巻き込まれた可能性があると連絡があったんです!」
食堂内の注目を集めすぎたので個室に移動して話を聞く。
サクルさんが何か知ってるなら詳しく聞かない手はない。
僕ら宇宙人二人、シェルクナ女王様やセーカさん、バレアも一緒だ。
別の情報源からも話を聞いていたらしいセーカさんがまとめた。
「複数の情報から、旧シャンガット領で何かしらの爆発事故があったとみていいでしょう。
サクル様のお話しとも一致しています」
サクルさんは空柱連合の貴族で化学者さん。彼女によると、事故に巻き込まれたらしい知り合いはルドスという人で、東在帝領の学者さん。
二人は学会で知り合った友人だった。
たまたま二人の共通の知り合いの学者さんが事故の一報をサクルさんに知らせてくれたらしいのだ。
爆発は東在帝領旧シャンガット領、その地方都市の郊外で、大規模実験などに使われる建物の一つだったという。
あれ、実験棟だったんだ……空の倉庫か何かだと思ってた……深夜で街から離れた倉庫なら人的被害は少ないだろうとか思って気楽に構えてたけど……巻き込まれて亡くなった人も居るかも……。
「現場が混乱してるから落ち着くまで来ちゃだめだって言われたんです……。
ルドス……最近何かに思い詰めてる様子で……。
「研究も技術革新も意味なんてない」って……あんなに研究熱心だったのに……」
サクルさんの知り合いも、スランプ状態で大規模実験を手伝っていて事故に巻き込まれたとしたらやるせない。
しかし僕らが提供できる現地の情報は多くない。
宮本さんが視野に衛星写真を呼びだして手元の紙片に重ね、手描きでなぞって魔法陣の一部を描き出した。……印刷するなら後で着陸船のプリンター使おう。行方不明の坂藤さんの顔とかを印刷しなければいけない事態も考えて持って来てある。
宮本さんは描き上げた魔法陣を示す。
『……このような魔法陣に心当たりはありませんか? 推定される大きさはおよそ直径二十メートル』
「私は魔法陣は専門外で……でも直径二十メートルとなれば専門外の個人が作製できるものではありません……」
サクルさんが首を振る。
セーカさんが僕らにそっと声をかけてきた。
「この規模の実験となると元領主直轄規模の組織が関わっている可能性があります。
何らかの情報操作が行われて東在帝領から正確な情報が上がってこないかもしれません」
東在帝領が複数の国が集まって最近できた国なのは前に教えてもらった通り。
そのため、かつての主を中心に派閥を形成し、お互いに熾烈な情報戦と出し抜きを繰り返しているという。
「専門家を招聘して意見を聞きましょう。
こういった事を相談できる者となると限られてしまいますが……」
シェルクナ女王様に提案された。まずは情報収集。
◇◇◇◇◇
神村達が何やかんややっている間、オレは仕事をしていた。
ギルシルのおっさんが東在帝領使節団の部屋に一人になった所で接触をはかる。
「代表が朝から慌ただしくしていたのはそれか……。
現場にあったのはこの魔法陣で間違いないんだな?」
おっさんは紙に描かれた魔法陣を叩いた。
爆発騒ぎ知らなかったのかよ、やーい、はぶられてやんの。という気持ちは完璧に隠して話を続ける。
「間違ってたら宇宙人に文句言ってよ」
「……大方我らの成功を見て焦ったのだろうが……シャンガットの猿真似どもめ、無駄に耳目だけ集めおって忌々しい……!」
おっさんは不気嫌そうに吐き捨てると魔法陣のメモを突っ返し、注文をつけた。
「チ……宇宙人達が何かに気付いたら伝えろ」
何かって何だよ……。
◇◇◇◇◇
シェルクナ女王様はすぐに城の書庫を借し切りにしてくれた。
仮に建物一つ吹き飛ばせる技術となると国家の保安上の危機だろう。
専門家の人達が来る前に、一般的に使われているという魔法陣の辞典の内容を衛星写真と照合してみたけど……概当なし……。
僕らは本をパラパラめくってアバターの視界に映すだけでも、機械が瞬時に画像処理して照合してくれるのだが、サクルさんは僕らの横で宮本さんが描いた魔法陣の模写を片手に一冊一ページずつ丁寧に確認している……。
それさっき僕が確認しましたよ。とはさすがに言えない……何か申し訳ない……
しかし友人が被災した状態では気を紛らわすために何かやる事があった方がいいだろうという事で見守る事にした。
ちなみにバレアは本棚に寄りかかって、多分寝てる。
『バレア? 資料探し手伝ってくれない?』
「ん? ああ、神村か。何?」
バレアは試作品を外して聞いてきた。もーちょっと応答感度変えた方がいいかもしんない。
書庫に来てくれた専門家にも爆発現場の魔法陣を確認してもらったものの、分からなかった。
「見た事があるような気もしますが……一般的に使用されている魔法陣ではありませんね……」
専門家の一人。男性の魔法陣研究家、エイアさん。
肌が黒っぽくて耳が長いからセーカさんと同じ魔族かと思ってたらエルフだった。
そういえば日避けの目隠しをしていないし、髪も目も黒だ。地球のダークエルフのイメージに引きずられたのだろうか、変な思い込みってあるものだ。バレアも魔族なのに。
「一般魔法陣でないという事は、効果の不確かな『分類不明』という記録上にのみ存在する魔法陣という事になります。
爆発のようなはっきりした効果を持つ魔法陣が分類不明のままというのも考えづらい」
専門家の一人。タナタエさん。
ドワーフの女性技官だ。
『つまり、この魔法陣は爆発には関係ないんですか?』
「爆発の規模が分からないと何とも言えません」
タナタエさんがそう言うので、僕らは衛星写真から分かる大まかな状況を図示してみる。少し考えた後、考察を述べてくれた。
「爆発の規模や指向性から、魔法によるものの可能性が高いですね。
現在、この爆発を起こせる爆弾はこの星に存在しないはずです」
兵器の開発につながるのであまり突っ込んで聞けなかったけど、この星、魔法で爆発を作れるせいか、火薬の発達が遅れている可能性がある。黒色火薬、ニトロセルロースの作り方はおそらく確立してる。ニトログリセリンも、おそらく合成されたことはある。ダイナマイトはあるかどうか、プラスチック爆弾は、多分ない。
この爆発が流出した地球の技術を利用していたら分からないが、バレアの話だとカルダロとシャンガットは手を組んでないみたいだし。
しかし……言われてみれば、あえて一方向を爆破したような爆発の跡は何なんだ? 事故でこんな爆発の仕方しそうなのって何だろ? 導爆索とも違う気がするし、マスドライバーが暴発でもしたとか?
その日の午後、僕ら地球人二人はエイアさんに魔法陣の基礎を教えてもらっていた。
サクルさんはずっと書物を調べている。今は梯子にのぼって上の方の棚にとりかかっていた。
「魔法陣は魔導体で特定の文様を形成することで発動します」
魔導体は、つまり以前紹介された魔導金属だ。効果は落ちるが一部の植物の粉末を処理した物も使えるとの事。もしかして植物に取り込まれたケイ素、プラントオパールが作用しているんだろうか。
「魔法陣の文様は完全に経験則から編まれたものであり、太古の伝承によれば炎の魔法は平原に偶然並んだ魔導鉱石が魔法を発現しているのを発見されたもの。風の魔法はエルフの女王の装身具であった魔導金属のネックレスが床に落ちた時に偶発的に文様を描き、発見されたと言われております」
つまり、何らかの効果を持つ魔法陣は『発見』されるもの。
大昔は発見者が秘伝として弟子のみに伝えたり暗号化したりといった事が盛んに行われており、その中には正確な形を失伝したり、いまいち効果があるのかないのか分からず歴史の影に消えていった魔法陣も多いという。
効果のある魔法陣が再発見され体系化されはじめたのは本当につい最近のこと。
この辺まではほとんど今まで聞いた話のおさらいだ。
話の腰を折らないように、僕ら自身の考察はなるべく宇宙船経由で行う。
― 共振みたいな、何か特別な形状が偶然発見されているって事でいいんですかね?
― そうですね。この文様が例えば集光レンズや魚洗鍋の様に働くのかもしれません……。
魔法というものの性質が分からないと何とも言えませんが……。
エイアさんが説明を続ける。
「魔法陣は無制限に使用が可能だと思われがちですが、多くの魔法陣にはこのような魔法陣周囲から魔力を集約する機構が存在すると想定されています。魔法陣上の点、これらの位置関係が重要なようなのです」
と、文様のいくつかの点を強調した図と、それが対数螺旋のような図形や何かしらの図形上に位置する事を示した図、それらの位置関係の比や計算式などが示される。
「つい先日、この魔力集約の基本構造をおおよそ解析したのがミュアルという天才です」
これを人力で発見したならすごい。
宮本さんがエイアさんにたずねた。
『その人はどちらに?』
「人格的に問題がある上に、あちこちを放浪しているようで……今どこに居るかは存じません」
……どこにでもそういう人は居るんだなぁ……。
心なしか右眼の奥に小さな違和感を感じた。
微小回帰重力というのは本っ当に微々たる力で、星の上にいる時にはほとんど気付かない。つい最近まで観測する事ができなかったのもそのせいだ。今もはっきりしたことはわかっていない。
しかし塵も積もれば、というかそれが束みたいになると色んな事をしはじめる。
その束の両端を技術力で観測できるのが僕ら、その微々たる力を感じとって小さめの束を作れるのがこの星の人達、といえるかもしれない。
しかし、特定の材料で特定の文様を描けば魔法が発動するなら、地球人の僕らにも魔法が使えるかもしれない。
重力環境で結晶構造が変わるなら、案外次世代型クリノスタットで魔導金属を再現できたりして……。地球の重力下で結晶構造が維持できるかまでは分からないけど。
「ありました!!」
その時、数列先の本棚の向こうからサクルさんの声が響いた。
彼女が持っていたのは古めかしい巨大な手書きの本。
エイアさんとタナタエさん、シェルクナ女王様やセーカさんも反応する。
「ラセオタブレヴィの写本……?」
「まさか災厄の魔法陣……?」
何か物騒な単語が聞こえた。




