16.武闘と戦場と
ザスッ
と心地良い音が響き、藁束の上半分が地面に落ちる。
お~、パチパチと歓声と拍手がまばらに上がった。
居合い、成功してよかった。使うアバターロボットや獲物の調子が違うのはいつもの事だから勘を取り戻さないと。
僕、神村は宮本さんと宇宙探索に来ている地球人。ここはエルフやドワーフ、魔族、獣人族と呼ばれる人達が暮らす、およそ地球で言うところの十九~二十世紀ごろの文明を持つ惑星。
僕らはこの星と地球に関する不可解な現象を解明するため、アバターロボットを地上に下ろして、この星の文化やこの星特有の技術である魔法などを調べている。
現在、僕らと各国の人達が招かれているのは古城の裏庭。演習場になっている。
「月を恋うの実演を見れるとは思いませんでした」
案内を担当してくれているケンリジュさんがにこにこしている。少し遠くの見学していた人たちからぱらぱらと感想が聞こえてくる。
「細くて薄いけど意外と丈夫なんですね」
「あれ鞘から抜くのも結構大変なのに……」
「いや、コツがあるって聞いたぞ」
「美術品だと思ってた」
僕が持っているのは何の因果か名前が変わって異星に伝わっていたと思われる日本刀、この星の言葉で月を恋う。
月を恋う=日本刀と機械翻訳が学習したらこの翻訳も消えちゃうのかな。
この前、刀鍛治の映像を見せた時に、この星にあるそっくりな剣の実物を見たいと言っていたことを覚えていたらしく、見よう見真似で再現してしまったらしい。使いこなせる人も少ないのであげると言われてしまった。
ごめんなさい、違うんです。僕らは刀匠が大昔に地球からワープしてたんだったら刀の作風を地球のデータベースと照合するとかしてその時期を割り出せるかもって思っただけなんです。
そんな事を考えていたら宇宙船経由で宮本さんに謝られた。
― すいません神村さん。私、日本刀は使えなくて
― 宮本さんはEZバトル出身だから当たり前です
生身の人間が現代版全身鎧を着て戦うEZバトルに刃物はない。武器は折れないように強化されたプラスチックとARによる疑似遠距離攻撃を使っている。装備と身体能力がどえらい進化の仕方をしたチャンバラごっこみたいな感じかな。
一方で宮本さんは組手で注目の的になった。
優しくか弱そうな出で立ちとは裏腹に、近接戦闘では何が起こったか分からない内に、手首の骨やみぞおち、脛など、強く当たったら悶絶するような箇所を宮本さんがポンと叩いて終わる。
仕切り直しの時に「アバターロボットは頑丈なので木剣ぐらいならあたっても大丈夫ですよ~」と宮本さんが伝えても同じ事、宮本さんに当たらないのだ、攻撃が。
だってあの人、EZバトルの国際上位ランカーだもん。
同じ条件で戦ったら僕も多分勝てない。
他にもこの星の演武を見せてもらった。
見た感じ、鉄砲隊みたいなのは居ないので弓や接近戦が主流なのかな……と思っていたら豈図らんや、この星には大古の昔から中、遠距離攻撃がある。
魔法だ。
そのため、距離のある内にどう魔法を叩き込むか、どう距離を詰めるか、どう相手を妨害するか、という戦術っぽい所からスタートするダイナミックな演武が多い。
バレアが曲芸みたいに護衛の人をかわしていたのもこの一環、戦闘技能の一つだったようだ。
そのバレアといえば、今、普通に演習に参加している。あっちで僕の貸した日本刀による居合切りの練習をしている所だ。簡単なコツを教えただけなのに筋がいい。
バレアが僕らと一緒に裏庭に現れた時は周囲が一瞬ザワザワしてたけど、何か普通に受け入れられた。
日避けのせいで魔族の人の顔はほとんど見えないから、誰も中庭で襲撃してきた人物と確信できなかったんだろう。
「水の惑星では演習に魔法は使わないのですか?」
『僕らの遠距離攻撃、対人の演習に向かないので』
近くの人に聞かれて、僕はそう言ってごまかした。
ここで正直に「魔法使えない」って答えて、じゃあ遠距離から魔法で攻撃すれば勝てるんじゃね?とか思われたら厄介すぎる。
避けられない事はないだろうけど、地球の機器が魔法の一撃で機能停止する可能性を考えるとあまり広く知られたくはない。
演習に参加してる人たちから僕らの攻撃の威力を見たいと言われたので、了解をもらって遠くに置いた盾をレーザーで貫通させたら納得したようだ。
関接技の時みたいに「魔力を全く感じなかった」とかザワザワされたけど、僕、この遠距離攻撃が魔法とは一言も言ってないからね。
この星に固め技がなかったのって、虚を突かれた時ならともかく、生き死にがかかる状況だと自分が巻き込まれてでも魔法を叩きこむからかなぁ。
『順調に親睦を深めているようだね』
「信頼されてなければ手合わせ程度とはいえ演習に参加させてはもらえないでしょうし」
この日の終わり、杷木原さんに調査の経過を報告する。
僕らの仕事は公的な交流を利用した行方不明者の捜索と、この星の調査。けして遊んでたわけでは……あるけど。
「あ、そろそろ時間ですよ宮本さん」
『内密に対魔法戦を練習させてくれるんだったか……二人とも気をつけて』
杷木原さんに見送られて地上の寝室にあるアバターロボットに戻った丁度その時。部屋の扉がノックされた。
相手をしてくれるのはセーカさんとバレア。見学(?)、シェルクナ女王様。
この三人とは僕らの弱点を共有している。
僕らの星の武術を教える代わりに魔法に関する訓練につきあってくれる約束だ。
魔族二人と暗視機能のあるアバターロボットの僕ら二人なので、明かりは少なく、ほとんど真っ暗。
場所はこの古城の地下にある演習場。
僕ら四人が使うには明らかに広く。本来は籠城戦の最後の砦だったそうで、じゃあ脱出用の通路とかあるのかなと思ってこっそりセンサーで調べてみたら隠し通路を見つけちゃった……。
黙っとこう、機密情報だったら困るし。
しかし、シェルクナ女王様、不用心と言えば不用心だ。この状況だと僕ら地球人二人とバレアが共謀したら、セーカさんが居るとはいえ、力づくで暗殺とか誘拐とかできないこともないだろう。
以前バレアを捕まえた時も疑わずに僕らの話を聞いてくれたし、信頼されているのかな? 何で?
……もしかして女王様も僕と同じように、微細な力の変化を感知してテレパシーじみた事が出来たりするんじゃないだろうか? 国内の魔力が流出してる気がするって言ってたし、感知能力は高いはず。
…………いやいや、無理でしょう。思考をしてる僕ら自身は上空に居るわけだし、理論上不可能。
そこまで考えたところで女王様の方を見ると、僕の方を見てにっこりほほ笑んでいた。ちょっと怖い。
『魔法を感知したらアラートと方向を表示するように設定して……よし、もう一回お願いします』
宮本さんがアバターロボットの視界の設定をいじってセーカさんに再挑戦していた。宮本さんは僕と違ってアバターロボットや全方位感知に慣れていないので、対魔法戦については試行錯誤の繰り返し。
今日の演習で魔法というのは無制限に行使できるわけでもないらしいという事が分かってきた。
少なくとも魔法を使う人は自分と標的の間にわずかに微小回帰重力を放出している。この星の人達はそれを魔法の気配として察知しているようだ。
エネルギーのロスじゃないかと聞いたら、バレア曰く「そうしないと遠近感のない腕を振り回してるようなもん」とのこと。
常にこの次元に対応する表出位置を把握していないと、どこに当たるか本人にも分からないのだ。レーザーを撃つ前の光学照準器みたいなものか……。
そしてもう一つ、こっちは直感的過ぎてよく分からなかったが、魔力というのは大きな流れや、過去に流れた経路に沿いやすい性質があるのだそうな。
水だって谷に沿うし、急に川の流れは変わらない、水を導くために水路が掘られるようなもの、との事だが、分かるようなわからないような……。
とにかく、魔法を使う時に表出する微少回帰重力を感知して魔法を避ける事はできるわけだ。
「神村さんは至近距離で不意打ちでもされなければ問題なく避けられますね」
僕の対魔法戦能力は、セーカさんから合格が出た。
「次回は拘束型魔法陣への対策も行いましょう。大き目の携帯器具なので気付きやすいですが、逮捕した犯罪者などの魔法を妨害するためのもので、魔導拘束具などと呼ばれ、拘束した対象に向けて微弱な魔力を放散しています。お二人の場合、捕まったら厄介でしょう」
ああ、それ実際に脱出できるか試してみないといけないやつだ。
魔力でエラーを起こすコンピュータがずっと魔力を浴びせられたら……少なくとも拘束されてる間は再起動できるか怪しい。
そんなわけで今現在、杷木原さんが大急ぎで魔力に対応できるエラー検出訂正方法を発注してくれている。
『……無理しないでくださいよ神村さん』
『今さら大丈夫ですよ』
『神村さんの大丈夫は大丈夫じゃないって言われました』
じゃあ何て言えばいいのか……
宮本さんが訓練している間、予備実験として、僕はバレアに魔法を当ててもらって、『どういうアバターロボットの設定で』『どういう攻撃を食らったら』『どの程度機能低下があるか』を調べていたのだが……。
「神村って魔王の輩下夫?」
何回目かのフリーズから復帰したらいきなりそんな事を言われた。
『はい???』
「他人の嗜好をとやかく言う気はないけど」
『ちょっと待って、重大な誤解が生じかけてる気がする』
そもそも魔王のハイカヅマって何??
そう聞いたら、「えー?改めて聞かれると説明めんどくさいな」と言いつつ何とか説明してくれた。
魔族というのは魔王というリーダーにかなり精神的に依存する傾向があるという。
魔王はこの星の言葉で『夜の王様』が近い。魔王と言えば昔に畏怖されていた魔族の皇帝だが、現在では魔王と輩下はただの上司と部下の関係、で大体あってるんだけど、ちょっと魔族特有の価値観なのでややこしいらしい。
魔族が個人的に、この人、と忠誠を誓った相手を魔王と呼ぶ。
魔王と輩下は性別関係なく、異性だったり同性だったり色々。規模は関係なく、二人ぼっちでも魔王と輩下、女性魔王も魔女王とかでなく、魔王。
何でこんな価値観が定着したのか興味深い。
夜に狩りをするとき土壇場でリーダーシップを乱すと余計に危いからとか?
「オレらのじいさんぐらいの世代だと自分の魔王が死んだら後追い自殺で自刃とか廃人になって衰弱死とかよくある話だったらしい。
かなり大きな軍団でも戦場で大将が死んだ瞬間に幹部が軒並み呆然自失してそのまま首切られて連鎖的に総崩れ、とか」
今でもこの星では『魔王の首をとる』は虎穴に入らずんば虎児を得ずみたいなハイリスクハイリターンに当たる言いまわし。『魔王の首をとったような』は事態が劇的に変化する事を指す言いまわしらしい。
数十年前まで人種間対立が深刻だったからこんな言いまわしが残ってるんだろうけど、使ったら眉を顰められそうだな……。将来的には消えていく言葉なんだろうか……。
それでは、魔族というのはそこまで心酔した相手と結婚できたら幸せだろうと思いきや、経験上、輩下かつ恋人はそう良いものでもないらしい。
尽くしすぎて輩下がボロボロになってしまうのだそうだ。本人は幸せなのだが。
そんなわけで魔王の輩下づまというのは体に悪いほど献身的な人、病的に自己犠牲を尽くす人を揶揄する言葉の様だ。
輩下となったなら一線を引くように戒める意味があるのだろうか。
ちなみに原語の言いまわしは『魔王の輩下かつ伴侶(とか配偶者とか)』に近い。つま、にあたる語には性別に関係なく使える言葉が使われていた。
そこに機械翻訳が日本語に変換する時に変に気を利かせていたのが悪かった。お陰で余計に混乱に拍車がかかった気がする。
……確かにね、昔の日本語では夫婦がお互いを呼ぶ時は男女関係なく「つま」と呼ぶ、文字は性別によって夫又は妻をあてる。って感じのこと辞書にも書いてあったけど……
翻訳って難しいね。
「何の話をしてるんだお前は?」
休憩がてらそんな話をしていたらセーカさんがじっとりした目で見ていた。
変な言葉を教えるんじゃないとバレアが叱られている。
……聞いてるとあれだ、地球で言うところの『献身的』より『マゾヒスト』に近い不思議な言葉だ。喜々としてひどい目に遭う人って感じだ。
言いまわしとしては興味深いけど、バレアの誤解は解いておきたい。
『いや、僕は違うよ。必要があるからやってるだけで、そういう趣味じゃないから』
これ言っても我関せずな奴は居るんだよな。と、嫌な事を思い出しかけてげんなりしていると、バレアの返事に面食らった。
「……ああ、神村は冗談でも無理なのか、ごめんな。…………もしかして戦場でなんか酷い目に遭った?」
僕らは自分たちの事をそこまで詳しくは話してないはずだけど。
『……そういうの分かるの? 言ったっけ?』
「言われたっけ? まぁ冗談でも無理っていうのは顔に書いてあるし。
戦場に居たっぽいように思ったのは何となく? 神村の動き、たまーに血生臭いし」
宮本さんと比べてそこまで違いある?? ただの勘なのか、戦場を知らないと分かんない嗅覚なんだろうか?
「まぁ、この星ではなるべく痛い目見せないようにするからさ。護衛だし」
よっぽどひどい顔をしてたのか、何か気を遣われた気がする。




