15.色々
『色とりどりですね~、衣装も多様で素敵です』
宮本さんがほうっと感嘆のため息をつく。
『髪色は何でこんなに多いんだろう? 染める文化があるのか……僕らの星と色素が違うのかな?』
この惑星に降りた時も思ったけど、地球と違って、この星の人達の髪色は赤、茶、金、銀、黒、の他に、青、緑、紫、など、ものすごく多様に見える。染髪する文化とかあるんだろうか?
宇宙船の宮本さんも首をかしげて「昔は私たちの星にも、染めた鬘をかぶる風習もあったみたいですけど……」というような事を言っていた。
僕、神村は宮本さんと宇宙探索に来ている地球人。ここはエルフやドワーフ、魔族、獣人族と呼ばれる人達が暮らす、およそ地球で言うところの十九~二十世紀ごろの文明を持つ惑星。
ただし、この星には不可解な魔法技術があって僕らの星と単純に文明の進歩を比べられなくなってきた。
案内役のケンリジュさんに連れて来てもらったこの場所は、ダンスホールを見下ろせるバルコニーみたいな来賓席。
他の参加者の人達はダンスホールに降りていて、こっちにはほとんど人が居ない。
本当は主賓が参加するものだろうけど僕らはこの星の舞踏を知らないから仕方ない。
そんな場所だとドレスコードがあるのはどこの星も同じらしく、現在この星の服を着させてもらっている。
せっかく作ってもらったけど、パーティーが終わればすぐに元の服に着替えるからもったいない気もする。
ただ、向こうにしてみれば採寸にかこつけて宇宙人のアバターロボットとか服とかを調べてみたかったという所はあるのかもしれない。やたらとぺたぺた触られた気がする。
確かにアバターは人工皮膚とか人工筋肉とか、人体の再現性高いし……この星は化繊もまだないみたいだし。珍しかったんだろう。
僕らの使ってる素材の組織構造を解析して再現できるとは思わないけど、抜け目ないなぁと思う。
一方の宮本さんも、ドレスの材料とかを聞きまくっていたみたいだが、化繊に似た艶のある細い糸、やっぱり繭から採取してるっぽい。
― 数は少ないから一部にしか使われてないそうですが、妖精さんが羽化した後の繭の糸も使われてるらしいですよ
宇宙船経由で宮本さんから材料の一つを聞いたときは衝撃を受けた。妖精の繭の糸……ファンタジーなような、妖精さんがこの星の昆虫の一種という事を見れば至極当然なような……。
作ってもらった僕の服は全体的に白っぽくて銀糸の刺繍が入ったアウターに、地球で言う濃い色のべストとズボン、柔らかい革のブーツといった出で立ち。
宮本さんがジュストコールっぽ~いとはしゃいでいたので多分そうなんだろう。それが何なのかは検索しないと僕には分からないですけど。昔のヨーロッパあたりの服だっけ?
一方の宮本さんの服装は、やはり光沢のある白の布地を基調に銀糸を編み込んだ、やわらかく体のラインに沿ったドレス。
コルセットみたいな締めつけもないしスカートの裾もくるぶしより上、足元はゆったりして華やかではあるが動きやすい。
この星の服飾の歴史が分からないので何とも言えないが、おおよそ地球で言う所の1910年以降。女性も活動的な服装をしはじめた頃ぐらい?だった。
たしかにホールを見てもお引き摺りみたいなぞろぞろした裾の衣装は少ない様だ。
ダンスがある事が多いからある程度動きやすい服なのかな。
ケンリジュさんによると、確かに二百年ぐらい前は動きの制限される衣装は、室内でも輿に乗って移動するような、自力で動く必要がない人っていう証明という事で、富と権力の象徴として巨大化していく傾向にあったらしい。今は社交の場でダンスがあるために、ある程度動きやすい形になっているそうだ。
ちなみに、ホールの人達の髪の色について聞いてみたら、なんと、おそらく全員自毛だという。
逆に驚かれてしまった。そういえばレオス君も青髪だったっけ。
「水の惑星には青や紫や緑の髪色は無いのですか?」
『僕らが青を発色する色素を持っていないんです。
水の惑星にも色とりどりの毛色を持つ生き物も居るんですけどね』
鳥とか。
この星にもとっくの昔に顔料による混色の概念はあるらしいので、体に青い色素がないという説明で事足りた。
『でも水の惑星とこの星の髪の違いは興味深いですね』
宮本さんがうっとりしている。
「水の惑星とは違った髪色があるのですか?」
声をかけられてそちらを見ると、シェルクナ女王様がいや、結婚式かな?ってぐらいものっすごい長いドレスの裾を引きずってた。ぎりぎり一人で歩き回れる程度。多分伝統的なパーティの衣装なのだろう。
セーカさんは護衛のためか、いつも通りの黒いローブ。
「こっこれはとんだ失礼を陛下……!」
何故かケンリジュさんが慌てていた。
「いえ、過ぎた事ですから。いつまでもタブー視するのも心苦しいものです。
お気遣いいただきありがとうございます」
逆に女王様が丁寧に頭を下げていた。
「それよりお二人のお話に興味があります。
私達の間でも青い髪はいまだに謎が多いのですよ。
何か分かりまして?」
『いいえ、僕らの星でも青や緑の髪は珍しい色なので、ちょうど質問させていただいた所なんです』
まだあのカラフルな色が自毛って事しか分かってない。
「あの……!」
弾んだ声が女王様達のやや後ろの方から出た。
森冷王国のレオス君が期待するようなまなざしでこっちを見ている。
そんなわけで研究対象になったのがレオス君だ。といっても髪の毛一本もらうだけだが。
古城の一室、自分の髪一本をしげしげ見つめている宮本さんを、興味深げに見ている。
多分、レオス君は科学者向きの気がする。
女王様はセーカさんと一緒にどっか行っちゃったけど、パーティーの方の用事かな?
護衛らしいディネさんが居るとはいえ、来たばかりの僕らを甥っ子のレオス君と一緒に置いておいて平気なのは、僕らが信頼されている証ととっていいんだろうか。
そんな時、宮本さんが宇宙船経由でこっそり話しかけてきた。
― 構造色です……
― 色素じゃないんですか?
宮本さんの観察の結果、地球人と異なる身体構造が判明した。
毛表皮は透明で、その下、毛皮質の束が青色の波長を反射する構造色を形成していた。
紫外線から体を守るのに有利とか、そういう性質なんじゃないかと予想される。
髪を作るコルテックス細胞とかにあたるものの構造が地球人と根本から違うらしいのだ。
構造色の解明は電子顕微鏡の発明まで待たないといけない上に、この構造は毛表皮を処理しなければ見れないはずなので、これはこの星では知られていない事実のはずだ。
でも何でもかんでも秘密にすればいいというわけでもないだろう。地球でも十九世紀末ごろには構造色についてはある程度の推測はついていたみたいだし。
調査への協力に関する感謝もあわせて宮本さんが簡単に説明した。
「竜や蝶と同じ……」
レオス君はパラパラと自分の髪を触ってみている。
美しい見た目なのに色素が抽出できない、という構造色の説明をしたところ。いくつかの種類の蝶の羽根と、一部の妖精の羽根や竜と呼ばれる動物の鱗だと教えてくれた。
……竜居るんだ……地球のファンタジーと同じ奴かは分からないけど。
この星でも美しい虫や妖精の羽も宝石のように扱われて乱獲されたりしたという。
地球のモルフォ蝶もそんな感じだったし、古今東西宇宙の彼方でも人類の業は深い。
― できれば対応遺伝子まで調べられたら……
― 宮本さん、それはさすがに個人情報ですから……
なくて七癖、宮本さんも常識人に見えてたまにさらっとモラルハザード発言するのでびっくりする。
まぁ、宇宙船内で僕にだけ聞こえる話だし、実行はしないだろうけど、外聞が悪い。僕が言えた事じゃないけど。
毛髪中のDNAは分解して断片化しているため、毛根が無ければDNAを検出できない。毛髪中の血液型タンパク質の抗原抗体反応の検出は大変な作業。とされていたのは今は昔の話。
回折限界突破型メタマテリアルレンズなどのように、アバターロボットに取りつけられるような機械で分子の構造が読み取れるようになった今、髪も手がかりの山だ。
毛髪中のDNAも完全に分解されているわけではない。まだ分解されていない部分のデータを大量に収集して分析すれば、断片的な情報の山から完成図を構築できる。
例えるならランダムに部分部分がつながった大量の同一製品のパズルのピースがある状態。
その再構築はコンピュータが一瞬でやってくれる。
― ……事情を説明して協力を仰いだらどうですか? レオス君や保護者の女王様は理解力もありますし
僕の考えを宮本さんは否定した。
― いえ、自分から言い出しておいてなんですが、バイオテクノロジーが出てくるのはもっと先の時代ですから、今くわしい説明をするのは避けたいと思います
― え? でもこの星の人達、進化や遺伝を理解してるって事は遺伝子が見つかるのもすぐじゃ……
― 地球でも十九世紀半ばに見つかった遺伝の法則は二十世紀半ばまでには広く理解されてましたし、染色体の観察から染色体に遺伝子があるのまでは推測されてました。
ですが遺伝子とDNAの関係が分かるのは肺炎双球菌の形質転換実験からで、それまではたんぱく質が遺伝情報を担っていると考えられていました。
更にDNAの立体構造が分かるのはX線解析法で構造が分析されてからです。
ゲノム解析に至るにはコドン表が完成し、DNAの配列の解析法が考え出され、DNAを検査に使える量に増殖させる手法が確立した後、二十世紀末です。
― うわ意外と大変だった
軽く五十年以上は早い。
― しかも地球で言う丁度この時代、優生学の考え方によって少なくない国が凶行に走っています。
今の地球でも遺伝子関連の偏見や差別が根絶されているとは言い難いですし、遺伝子工学は科学技術面、倫理面で考えないといけないことが多すぎます。
技術の進歩による必然性の末の発見ならともかく、外部からもたらすなら相応の覚悟と責任が必要だと私は考えます。
こういう事があるから文明差のある環境でうかつなことは喋りたくない。
確かにこんな多様性のある社会で中途半端にもたらされた遺伝の知識から優生思想を再発明とかなったら冗談じゃすまない。
でも、その一方でここで不用意にオーバーテクノロジーを委細伝えてもパワーバランスや惑星の環境が危ない。
そもそも遺伝子研究に不可欠なPCR法に必要だった酵素って『深海の火山に住んでるある生物由来』とか……下手な魔法薬の材料より魔術じみている気がする……信じてもらえるかな……。まぁ、好熱菌は似たようなの持ってると思うのでこの星では他の場所から発見される可能性もあるけど……。
そんな事を話してたらシェルクナ女王様たちが部屋に戻ってきた。
レオス君が僕らに聞いたことを女王様に説明している。伝言ゲームって思い込みとかからミスが出るものだけど、理解がしっかりしているせいか説明におかしいところが無い。
「竜の鱗と同じですか……素敵ですね。教えてくれてありがとう、レオス。
お勉強は疲れたでしょう。少し休んでいらっしゃいな」
女王様がレオス君に声をかける。
……これは人払い?
こういうのには慣れているのか、レオス君も素直に応じ、丁寧にお辞儀して退室していった。
扉が閉まってしばらく、沈黙の落ちた部屋で女王様が笑顔で声をかけてきた。
「お二人ともありがとうございました。本当に見ただけで様々な事が分かるのですね。
……こちらを見て、技術提供の規定に差し支えない範囲でいいのです。分かる事を教えてはいただけませんか?」
取り出したそれは、小さな三つのガラスの箱に個別に収められた青、黒、銀の三色の糸……いや、この三色の糸って、髪の毛?
宮本さんが緊張した声でたずねる。
『なぜ? その髪の持ち主は誰です?』
「それは……申し訳ありません、今はお答えできません」
― ……女王様、私たちが髪から個人情報を抜きだせるって知ってませんか? なぜ?
宇宙船経由で宮本さんに言われてぎょっとした。言われてみれば!
女王様に僕らの星の技術が漏れてる?
『……なぜ私たちが髪から情報を分かると?』
「近年、私たちの星の学者が唱えた説によれば、私たちの体のどの部分も、自分の全身の設計図を写し持っており、もしも私たちの体を構成する設計図を見れる顕微鏡が作れれば、わずかな体の一部から本人の全てを読み解くことができる可能性があるということでした。
お二人なら髪の毛から設計図を読めるかもと」
確かにこの星にも染色体=生き物の設計図っていう説が出来ててもおかしくはない。
しかし、それらの話を結び付けて、僕らが髪に残ってるその人の設計図を読み取れるかもと思ったんだろうか。僕らもうかつだったし、偶然もあるとはいえ、そこまで推測できる女王様も怖いんだけど……
― 神村さん! 嘘をついている様子は?
― 僕の検知できる範囲では女王様は嘘はついてないです。
……レオス君の遺伝情報を抜き出すとかそういう悪事を疑われて、髪から遺伝情報が抜けるか試されてるわけじゃないですよね?
― え!? 私があんなこと言ったからですか?!
落ち着いてください宮本さん、あの会話は女王様たちはおろか、その場に居たレオス君たちにも聞こえてません。
「実を言いますと、これらは故人の遺髪なのです。分かる事、言える事だけでかまいません」
お願いします。と、まるで観念したように女王様が頭を下げる。
この髪が何かわけありなのはまちがいなかった。
― 神村さん、女王様が何を考えているか分かりますか?
僕は一時、集中する。テレパシーとまではいかなくても、情報があればある程度の推測は立ってしまう事もある。
― ……僕らが疑われてるわけじゃないと思います……でも……レオス君の事を考えている時と似たような状態です……が……悲しみが伴っているのは間違いないです。地球のファンタジー種族を持ち込んだ人が亡くなった話をしたときとは様子が違うから……死に別れが原因ではないはず……ですけど…………えーと……異種族の恋愛の話のとき、悲しそうな目をしてた時と同じ感じ……
僕が察知できた、とりとめのない情報の羅列から、宮本さんが推測を始める。
― 死別が原因ではない悲しみ……異種族……甥……遺髪……髪の色の話題の時、ケンリジュさんが『とんだ失礼を』って言ってましたよね女王様が『いつまでもタブー視するのも』とも……一方で女王様は青い髪には謎が多い、興味がある……
そしてここには青、黒、銀、おそらく三人分の遺髪。
― ……異種族の恋愛……獣人族で青髪のレオス君の大伯母さんがエルフで銀髪のシェルクナ女王様という事は…………レオス君が血統にかかわる種族間のお家騒動に巻き込まれてるのでは?
そのために髪の毛の人物たちの個人情報から正当性を証明したかった? 僕らの星の技術で?
『……髪の毛の情報からご家族を特定する技術はあります……』
宮本さんのその言葉に弾かれたように女王様が顔を上げた。
『でも……今はできません……この星の技術でなければ納得されないでしょう』
女王様は目を見開いて、一瞬うなだれた。
「……おっしゃる通りです……よく……断ってくださいました……」
女王様が相好を崩す。と同時に泣き出しそうな笑顔だった。
「その技術が確立するまでに……何十年かかるでしょうか?」
『大きな革新が二つ。小さいものは数えきれないほど……私達の星では、およそ百年』
これに必要な技術は大まかに二十世紀後半までのバイオテクノロジー……。
この星の葬儀を知らないけど、ご遺体が残ってれば何かやりようもあるかもしれないが、遺髪しかないとなると、二十一世紀初頭の身元の確認技術が使えるかどうかといったところ。課題は多い。先は長い。
でも、だからといって僕らの持つ未知の技術で証明したとしてもこの星では証明にならない。
女王様は俯くと静かに言った。
「無理を聞いてくださって……本当にありがとうございました。
少し…疲れました。勝手ながら閉会までの間、休ませていただきます……」
僕らが退室すると、女王様は堰を切ったように嗚咽した。
唯一事情を知るセーカさんが、そばに膝をついて黙し、見守る。
「レウ……レシュ……シエラ……
あなたたちを疑ったことはありません……
でも……生きている内に……! 身の証を立ててあげたかった……!!」
後で聞いた話。
森冷王国の王様だった黒髪のレウさん。そこに嫁いだシェルクナ女王様の銀髪の妺、シエラさん。その息子であるレシュさんが両親のどちらにも似てない青髪だったので、それを理由に不義の子だなんだと随分根も葉もないひどい中傷をされたらしい。
まだまだ人種間対立が激しかった時代。
この星の人の髪色の発色条件はかなり複雑なため、両親と違う髪色の子が生まれる事がよくあるのは経験的には分かっていたにもかかわらず、中傷がなくなる事はなかった。
生涯家族仲が良かった事が救いだろうか。しかしシエラさんは心労がたたったのかエルフにもかかわらず王様が亡くなると後を追うように若くして急死。
物議をかもしながらも後を継いだレオス君のお父さんもレオス君が生まれる直前に病死。
国王派の有力貴族であるレオス君のお母さんの一族を中心に頑張っているらしいが、森冷王国の政治舞台はかなり複雑な様相を呈しているようだ。
わずかな手がかりから思いがけず僕らの技術に肉薄したシェルクナ女王様も、いつも心煩わせている問題から藁にも縋る想いだったのかもしれない。
今も昔も、事態を打開するための手段への切望はあちこちにある。
こんな技術があれば……
それが目の前に置かれてしまったら……どんなに聡明でも、後先考えずにとびついてしまう事もあるんだろうか。




