14.この星の刀は月を恋う
僕、神村と宮本さんは宇宙探索に来ていた地球人。偶然、不可解な謎の多い星を発見した。そこはエルフやドワーフ、魔族、獣人族と呼ばれる人達が暮らす星。
ロケットも持っていないはずの文明レベルのこの星に、なぜか地球との交流の形跡がある。
『月を恋う?』
日本刀の鍛刀資料を映像で紹介していたら、この星の言葉でそう呼ばれていた。
僕が詳しい話を聞きたいと言うと、ケンリジュさんが映像を見ていた人たちの中から知り合いを紹介してくれる。
「あんたが宇宙人のシラセさんか」
一人はこの星の刀工の一人。ドワーフのエジレさん。
「月を恋うってのは大昔、といっても数百年前、とある鍛冶師が作った片刃の剣の名前さ。
熱狂的なコレクターも居るが、何せ珍しいんで我流しか無くてね。曲剣使いが使えない事もないが、使い手を選ぶ」
「月を恋うっていう曲剣なんです。鋭く湾曲した形が似てる事もあってか、誰が呼んだか月になりたがっていると言われてるんですよ。あの水の惑星の剣によく似てるんです」
もう一人はエルフのルテーカさん。主に金属の研究をやっている研究者さん。
「神村さん達の星では剣は全て、この形をしているんですか?」
『いいえ、僕らの国の、比較的特徴的な剣で、刀って呼ばれてます』
「刀……?」
二人はなんだか腑に落ちない様子だ。
「神村さん達の国では物にも名末が?」
『名末……?』
一瞬、刀にも名前あるやつありますよー、と答えようと思ったけど、何か変だぞ? このままだとすれ違いコントになりそうな予感がする。
横で聞いていたケンリジュさんが状況を理解したのだろう、すかさず教えてくれた。
「この星では種族ごとに名末が決まってましてな。
名前の後ろの音を自分と同じにするのは信頼や親愛を意味し、親しい他種族を愛称で呼ぶことも稀にあります」
なるほど、カタナという名前を聞いて「物に人名が?」ってなっちゃったのか。
そして、ケンリジュさんはエジレさん、ルテーカさんにも分かるように解説を続けてくれる。
「水の惑星には、名末がないのでしたな?
シェルクナ陛下が宮本さんと呼んでおられるのは、水の惑星のお二人の作法に合わせておられるのでしょう」
それを聞くと、二人は困惑を浮かべながらも納得した顔をした。
なるほど、地球にはない文化。
だから今日の最初にシェルクナ女王様が集まった皆さんに僕らのフルネームを紹介して以降、ドワーフの人はシラセ呼びで、エルフや魔族の人は神村呼びなのか。
宇宙船経由で話を聞いていた宮本さんから、納得したような呟きが聞こえた。
― なるほど、だから私は彩加さん呼びされてるんですね。人名としてなじみがある方、というより地名で人を呼ぶのはこの星の人達にとって違和感が強いんでしょうね
― 僕もうっかりルテーカさんに名前呼びでいいですよとか言わなくてよかったです
エジレさん、ルテーカさんの二人は、月を恋うに詳しいわけではなく伝聞なので確かな事は言えませんが、と、断った上で断片的に伝え聞いたことを教えてくれたのだが。
話を聞いていると、疑いが濃くなる。
― 伝来してる、多分大昔に刀工さん来てる……。下手するとヨーロッパより近いですよこの星。どうします? 宮本さん
宇宙船経由で話しかけたところ、時間を置いて宮本さんから返事が返ってきた。
― 宇宙全体を見れば製法が似た刃物は他にもある可能性はあります。日本刀と関連付ける事は早計でしょう。
ですが、できるだけ詳細を確認しましょう。むしろ本当に日本産であれば、この星に残ってる刀の実物のデータを見れれば時代を割り出せるかもしれません。不可解な星間移動の頻度や時期を調ベる手がかりになるかも
僕らの機械翻訳では、この星の衛星=月って翻訳されてるけど、この星の日本刀っぽいもの=刀って翻訳されないのは、果たして別物だからなのか、データ不足か、人工知能が同一のものと認識しづらいのか……。
僕らがこの星の謎日本刀に頭を悩ませていた頃、この星の各国代表団は休憩していたらしい。
◇◇◇◇◇
例によって人目のない古城の外郭。
オレが物陰から近づくとギルシルのおっさんは気嫌が悪い。
宇宙人達の技術をうっかり他国に横どりされないか気が気じゃないらしい。そういう小物なところだぞ。
これ、今話しかけたらオレ切りかかられるんじゃね?
でもな~、このタイミング逃すと余計にこじれるからな~。
……まぁ至近距離でもオレがおっさんに遅れをとることはないっしょ。
誰にも見られていないことを確認しつつ近づく。
「バレアか。定時報告じゃないなら何だ?」
「ごめん、密偵やってたら見つかったわ」
おっさんは無言で剣に手をかけた。
オレを切り捨てようってんじゃなくて警察が踏み込んで来た場合どうやって切り抜けるか考えたらしい、意外と冷静。
「警察は来てないよ。尾行もついてない。向こうさんもあんたの指図ってのは勘づいてるっぽいけど、証拠はない」
「じゃあわざわざ何の用だ?」
「宇宙人達の護衛やらないかって誘われたよ。給料倍」
「再就職おめでとう。ふらふら出仕先を変える傭兵に告発されたぐらいで逮捕される身分ではないのでな。私も一安心というものだ」
上手い皮肉言う前に話進めさせてくれよな、おっさん。
「そうじゃないんだよ。改めてオレを雇わない?」
おっさんはこちらの意図を図りかねたようだ。
「……それこそどういうつもりだ?」
「あんたを逮捕させるわけでもないのに、わざわざこんな報告に来たんだぜ?
多少の忠義は認めてくれてもいいんじゃないの?」
「お前ら夜耳に忠誠を誓われる覚えがなくてな」
自覚あんのかい。上に立つ立場としてどうかと思うぞ。
「あんたもさっきの講演で聞いたでしょ? 不適切な技術流出を確認したら……ってやつ」
おっさんは沈黙しているが何となく言わんとする事は分かったみたいだ。
「あんたら、あの宇宙人たちに似た、変な恰好の奴捕まえてたよね? 諸々の発明の出所ってもしかして、もしかする?」
「脅す気か?」
じろりと睨まれた。何でその発想なんだよ。でも言質は取った。
ここで変に思惑がずれてもめんどくさいんで、この際こちらの事情をはっきり伝えておこう。
「いーや。出所についてどうこう探る気はないんだ。
あんたらの作った装置はオレら魔族にはこれからの日常生活に必要不可欠なんだよ。宇宙人達に従ってたら実用化には何百年かかるか分かんない」
「そんな理由か。生まれながらの戦士もなかなか繊細じゃないか」
あざけるような物言いだが、それでキレるほど甘い訓練は積んでないよ。
「この切実さは魔族じゃないと分かんないよ。
あんたらが技術を独占して宇宙人に対抗するつもりなら、宇宙人を護衛してる魔族を飼っとくのも悪くないと思うけど?」
◇◇◇◇◇
僕らが技術屋さん達から集めた曲剣の話はおおよそ次のようなものだ。
月を恋うという名前の由来は諸説あるが、製作時に自動的に反りが発生するのを、この星の衛星にもある満ち欠けになぞらえて、細い月になりたがっていると見立てたとも言われているそうだ。
およそ数百年前に不意に現れた鍛冶師が作った独特の鉄剣で、何本か製作されているが、現在誰が持っているとかは不明。
鍛冶師は口がきけなかったという話もあり、ある有力な魔法使いのもとで生涯保護されていたと伝えられる。
これはもしかして、刀工さんが日本語しか喋れなくてこの星の言葉に不自由だったから口がきけないって話になったのでは?
しかし、数百年前に日本の刀鍛冶師、少なくてもこの星とは違う文化圏の鍛冶師が突然現れたっぽい事実。この原因は……
― やはり魔法技術を調べないわけにはいかないと思います
宇宙船の宮本さんが思案気に呟いた。
幸い、今後もあっちこっちから専門家が来てくれそうだし、話を聞く事はできるだろう。
僕らが宇宙航行に利用している原理と同じなんだから、それに該当する移動魔法なんかもあるはず。という僕らの思惑は完全に外れた。
この星の魔法、ものすごく直感的に使われてて、ようやくここ数十年で初歩的な研究が始まった所。
どれくらい直感的かというと、僕らだって宇宙人から「指を曲げるには神経細胞と化学物質で情報を伝達して筋細胞を動かしてるのは分かったけど、神経は体のどこをどう走ってるの? 筋肉や骨や関節をどう意識してるの? 自分の体の事を全部把握してないのに何で自分の意思で指曲げられるの?」とか聞かれたら知らんがなってなるだろう。
魔法関連の技術屋さんが喜々として説明してくれたところによると、魔導金属を利用して現象を発生させる、いわゆる魔法陣も経験則から導き出されたものだ。
中には一子相伝で効果は話に伝わってるけど魔法陣自体は失伝、実在が怪しい。とか、魔法陣は残ってるけど効果は不明、とかザラにある。
化学の歴史で言えばようやく錬金術レべルだろうか。怪しいデータも多いし原理は不明だが、ある程度狙った結果を出せるようになってきた、というあたり。
そんな雑然とした中からある程度の法則性を見出して体系化されているのが熱に関する魔法陣で、これを利用して蒸気機関や冷蔵設備を作りだしているようだ。
しかし、もしもどこかに次元跳躍を可能にする魔法陣があったら……理論上は可能なはずなんだ。
『一番ありえるが、問題が山積みだな』
「そうですか?」
今日の調査を杷木原さんに報告するついでに魔法陣による星間移動説を出してみた。
『回帰重力の出現位置を繰作しているだけなら技術的な問題点は私達と大きく変わらないはずだ。
そうなると、観測不可能なほど遠く離れた地球を捕捉できると思えないのが一つ。
そして、私達が次元跳躍を行う際、直接目標の近くに到達しないで少々遠回りな場所を使う事がある。理由を覚えているかね?』
「主な理由は相対速度の違いによる衝突事故を防ぐためです」
『その通り、実感は薄いが私達は宇宙空間をものすごい速度で飛びまわっている。地球ですら時速千七百キロメートルで自転しながら時速十万八千キロメートルで太陽のまわりをまわっている。それは地表に居る人間も同じ』
まぁ宇宙ではこれぐらいの速度はよくある事だ。
『次元跳躍で飛び出した先では、周囲の物体と、とんでもない速度差が発生する事もあるわけだ。
そのため、安全距離をとる必要があり、周囲の状況が完全に観測下にあって、空間の持つわずかな斥力、要は辛うじて原子か小さな分子を弾き飛ばせる程度の力で安全が確保できる場所、つまり何かと衝突する可能性のないほぼ真空の空間への移動しか推奨されていない。
宇宙開拓が少しずつしか進まない理由だ』
宇宙船が通れるくらいの重力の流れというのは観測していると意外とあちこちにある。しかし、使う時は要注意だ。出た先で何かにぶつかったら大惨事になる。
そのために僕らは何ヵ月も宇宙を飛んで、物質的には収穫の薄い探検に従事している。
いわば宇宙の海図をつくる作業。大昔の地図、海図にはじまり、ドローン用の立体地図ときて、現在は宇宙時空間座標図に至る。
「仮に魔法陣の技術が僕たちの星間移動と変わらないとすると……この星の地表に次元跳躍したところで大事故を起こすだけですね……」
次元跳躍と物体の持つエネルギーなどの情報は全くの別問題と考えられている。
他の星から単純に物体を呼び出したとしたら、その瞬間に速度差により質量兵器と化すだろう。
『しかし魔法は完全に未知の技術だ。私達に与り知らぬ法則がないとも限らない。
引き続き調査をお願いしたい』
と、杷木原さんはまとめた。




