11.最先端科学のその先
私、宮本と神村さんは宇宙探索に来ていた地球人です。その折、不可解な謎の多い星を発見しました。そこはエルフやドワーフ、魔族、獣人族と呼ばれる人達が暮らす星。
この星に地球人が迷い込んだ疑いがあり、現在調査中です。
地球の技術などが、この星に変な影響を及ぼさないように早急に解決しなければいけませんが、そもそも私たちはこの星の事をよく分かっていません。アバターロボットという自分そっくりの遠隔操作ロボットを使ってこの星の人達に接触をはかる事にしました。
今調べているのはこの星の謎の技術。魔法。
お城の一室では皆さんが心配そうに神村さんのアバターロボットを見つめています。
「あの……神村さんは大丈夫でしょうか?」
『アバターロボット……つまり人形の処理能力に一時的な負荷がかかっただけで、本人は何ともないんです。
ご心配おかけしてすみません』
不安げなレオスさんに、なるべく何ともない風を装って返事します。
私の横では神村さんが机に突っ伏して微動だにしないので不安を解消するには説得力が薄いかもしれませんが……仕方ありません。
「死んだふり……じゃないんだよな」
さっきまで気絶した振りをしていたのはバレアさんの方でしたが、やはり気になって神村さんを見ています。
シェルクナ女王様にもお詫び申し上げなくては。
『お見苦しくて申し訳ありません。結果を処理しているので少しお待ちください』
「ええ……何だか大変そうですね……」
一方の宇宙船内。
実は状況は全く逆、アバターロボットは何ともないのですが神村さん本人が取り乱したのでアバターとの接続を切って杷木原さんに丸投げしました。
「何なんだ! 何なんですかあれは!?」
神村さんの狼狽っぷりを見るとホラー小説でパニックを起こした人の様です。
アバターロボットの知覚の要である超周波時計センサーが読み取れる周囲の情報は複雑で多岐にわたります。
全ての情報を得ようとしたら機械でも時間をかけて処理しないと、何がどうなっているか分かりません。しかも当たり前ですが、それらの情報は逐次変化しています。
そのため、情報を削ぎ落として軽量化し、人間が認知できる五感に変換しています。
一方で、高性能な触覚再現装置から送られてくる情報をそのまま人間が認識できたとすれば、リアルタイムに情報を処理できます。
その複雑な情報を訓練によって、または先天的に、一瞬で処理し、認識できる人たちが居ます。
神村さんはその技能の持ち主です。
大昔であれば『皮膚視覚』や『アイレスサイト』と呼ばれるような超常現象の類です。
神村さんのような人達は、もともとは生身の状態でも細胞膜を振動子にして、風や熱や電子の動き、量子揺らぎすらも知覚する事によって、昔は第六感と呼ばれていた超感覚を得ていました。
細胞膜の振動を利用して細かな力の動きを捉える、例えるならブラウン運動で原子の運動を観察するようなものでしょうか。
それは騒音やオーケストラの中から一つの音に集中する感覚に近いそうで、生身の状態で一度その感覚に合わせると常に騒音の中に居るような状態に陥るので普段は気にしないように訓練しています。
アバターロボットでは感覚のオンオフを簡単に切り替えられて楽なのだとか。
私たちの感覚に例えるなら、全身に目があって、更には自分の周囲を飛ぶドローンカメラからの映像も目の前に大量に流れてくる感じでしょうか。死角もなく情報も多いですが、実際にその情報を脳内で統合できるのは今のところ本人の素質によるところが大きいそうです。
そんな神村さんが感知した『魔法』の正体。
それは回帰重力という、私たちの技術ではコントロールが不可能なはずのものでした。
『にわかには信じがたいんだが。
つまり彼らの文明は私たちの先を行っているのかね?』
「ごく一部についてはそうですけど……! なんであんな無茶苦茶な……!」
杷木原さんが辛抱強く言語化してくれたおかげで、神村さんもだいぶ平静に戻ってきてます。
『よし、落ち着いて、宇宙航行技術のブレイクスルー前夜の科学に話を戻そう。
まず物理的な力はどのように作用しているのか、という研究を進めるうちに、粒子が空間に作用し、その空間にやってきた別の粒子が空間から作用を受ける、という考えに至った』
電気と磁気が有名ですが、例えばふわっふわのお布団の上にボールを置いて、その近くにボーリング球を置けば、周囲のボールはそのボーリング球のへこみに転がってボーリング球に近づいていきます。一方、お布団に風船をくっつけてシーツを持ち上げればボールは風船の作った坂から転げ落ちて風船から離れていきます。
粒子がボーリングや風船で、空間がベッド、という感じです。実際はもうちょっと複雑ですが。
『時同じくして物質の本質を探る研究では、物質を細かくしていくと原子になる、原子をずっと細かくしていくと素粒子に、そしてその性質は粒子であり波だという。粒子であり波とは何か? となったときに、空間が振動していれば波に見える、振動し続ける点は粒子に見えるという考え方が出てきた。
さて、素粒子は種類に応じて特定のエネルギーを持つ、そのエネルギーの量を調べると、まるで振動する弦の持つエネルギーとそっくりだ、素粒子は振動する弦ではないのか? となった』
その振動する弦は重力と密接に関係し、重力は多次元に放散している。
多次元に放散しているため、この次元に作用する重力は弱く、重力によって地球とリンゴが引き合うことはあっても、重力によって自分とリンゴがくっついて離れないという事はまずなく、重力は磁石よりも静電気を帯びたポップコーンよりも弱い力。
ものすごく単純化すると、私たちはこういう仮説を利用しています。
『多次元の様子はほとんど私達の世界と重なっている。それらは三次元という複数の布を貫く糸の様につながっている、どちらかというと多次元を貫く糸がたまたま私達の目の前にあるものを私達が素粒子、ひいては物質だと認識しているに過ぎない。
周囲の次元と重なっているのに観測できないのは、例えば私たちが車に乗っている時、自分たちと異なる速さで別方向に向かう車の中の様子を落ち着いて観察できないように、私達は自分たちと同じ、もしくは素粒子レベルにしかずれていない、よく似た次元しか観測できない事による。観察しようとする素粒子がたまにちょっと位置がずれているのはそのせいだ。私たちが常時よく似た次元を行き来しているともいえる。古典的に言えば多元宇宙論だ』
そして宇宙には別の次元を通って情報を伝える謎の現象があります。私たちはそれを利用して異次元航法や超遠距離通信を行っています。
「あの……僕が既にどこかで酷い死に方してるかもしれないとか。ある日突然実家のアパートに居るかもしれない話……やめませんか?」
『ん、そうか、すまない』
神村さんの顔色を見て杷木原さんが少し話を変えました。
『とにかく、他次元に放散しているという事は別次元から帰ってくる重力もある。
それで観測された流れの一つがかつてダークマターと呼ばれた回帰重力の集合体、実態の存在しない重力レンズなどとして観測されたものだ』
回帰重力は空間全体に普遍的に存在していますが、そのためかえって観測が難しくなっています。水の中で水滴を観察できないようなものです。
しかし特定の条件が重なると、私たちが観察できるほどに力を持ち、周囲に影響を与え、次元を超えて情報を受け渡しするようになります。
『私たちはその別の次元に出入りする重力の流れを検出し、宇宙船が通れるような流れを見つけて宇宙を航行し、通信のやり取りをしている』
次元跳躍の説明は難しいですが、現在の地球では子供向けに『地図と地球儀』で説明されています。
世界地図で最短距離を出そうとすれば、地図上に直線を引くことになります。
しかし地球儀上で最短距離を出そうとすると、地図とは大きく違った線を描きます。それを地図上に無理に直せば歪んだ線になります。地球儀であれば地中を突っ切れるならもっと短くなります。地図上で表すのは困難です。
次元が違うと最短距離の経路が見た目と違う、という事が起こるのです。
その理屈で言えば地図を折り曲げて二点を合わせられれば二点の距離はほぼゼロ。
二次元の地図上ではどう頑張っても直線距離は変わりませんが、折りたたむという三次元の行為があれば距離は大きく変わります。
次元を利用するというのはこの折り曲げた地図の様なもの。
そのような説明をされています。
「だけど彼らは自分の意思で微小回帰重力を認識し、目に見える力を発生させるぐらいに操作できる……何で?どうして?どうやって? 怖くないんですか? 宮本さん?」
回帰重力の流れを利用する事はできても重力を操ることはできない、そこが私達の知る銀河諸星連合の現在の技術の限界点でした。
回帰重力を観測して流れを読み、情報の入り口と出口を利用する事はできても、その流れを制御する事はできません。
この星の人達は未知の方法でこの重力操作を行っている事になります。
先の地図の例えで言えば、地球人は観測技術で地図の折れ曲がりを検出し、経路をショートカットしていますが、この星の人達はほんのわずかですが好きなところを折り曲げられるようなものです。
その理解不能さと自分の境遇の不安から神村さんはパニックを起こしたわけで……ゆっくり落ち着いてもらいましょう。宇宙船内で、なるべく穏やかに神村さんに話しかけます。
「神村さん……地球人だって、原理は理解できない時代から空気の振動を利用して音を出し、音を知覚しています。
光に反応する化学物質を体内に精製し、光を感知する能力を身につけました。
一時は疑似科学扱いされていたダウジングの一部も、地磁気を感知していることが証明されました。
他ならぬ神村さんの知覚もまさに超常現象扱いされていたものです。
知覚できないものを知覚できるようにし、利用する能力はこの星に限った事ではありません」
当たり前のようにそばにあるけど、知覚できないもの、進化の過程でようやく利用する能力を手に入れたものは驚くほど多いのです。
「植物に到っては色素を使って光をエネルギーとして利用しているでしょう?」
「……」
「私たちが生身では与り知らないものなんて身のまわりにあふれてるじゃないですか。
多くの生物が自分自身で発光すると聞けば直感に反するように感じますが、ATPを使えばエネルギーが出る、エネルギーが出れば光が出る。
目に見えないだけで、地球人も赤外線、光を放っています。意識的ですらない」
「……」
神村さんは黙っていましたが、徐々に納得し、落ち着いたようでした。
「魔導金属という回帰重力を光エネルギーとして放射する物質がある環境で、それを利用するように進化したのはなにもおかしい事ではないのではないでしょうか……」
回帰重力は化学反応や電磁波などのように身近ではありませんが、それは私たちが観測できなかったというだけの話でしかありません。
「神村さんは、この場に居ますよ。大丈夫です」
『しかし、恐ろしい事に気付いてしまったよ』
「え!?何ですか?!」
神村さんが怯えています。上司が不安にさせるのはやめてください杷木原さん。
『すまんすまん、少し話が変わるんだ。神村君、ミリオノリスの仕組みは知ってるかな?』
「……ゲート型量子コンピューターに近いですよね? そりゃあ……この船にも、アバターロボットの制御系全般にもついてますし……今時は普通の携帯端末にも載ってますし」
ミリオノリスはデリケートです。ちょっとした力が作用する事で計算結果がずれてしまいます。
そのため、超周波時計をセンサー代わりにして、コンピューターのノイズになりうる周囲のすべての力をとらえてデータ化し、そのデータと組み合わせてノイズを除去するエラー訂正機構が構築され。コンピューターの超小型化に成功しました。
超周波時計は文字通り超精密な時計ですが、ごくわずかな力によっても物理法則にしたがい時間のずれが生じます。
簡単にずれる時計に意味はあるのか? いいえ、むしろそのわずかなずれを逆に利用し、超高感度のセンサーとして使えるのです。このセンサーを並べておけば近くの力の変化の全てを感知できるのですから。
この超周波時計も現代技術に無くてはならない存在で、神村さんが細胞膜の代わりにアバターロボットで感知している力の動きもこのセンサーでとらえています。
そうした技術が合わさってできた結晶型コンピュータ。その大きさはわずか数ミリ角。本来であれば山のような巨大な装置が必要だったであろうことからついた名前がミリオンとモノリスを合わせて作られた造語『ミリオノリス』。
『そう、だが超周波時計センサーではこちらの次元に出現した後でしか回帰重力を検出できないんだ。
つまり、他次元から直接ミリオノリスに微小回帰重力を当てられたら、ミリオノリスはノイズを検知できずエラーを起こす』
すなわち……
『魔力にあたってしまえば、地球の機械は壊れなくとも一時的に機能停止し、再起動を待たなければならない。君たちの携帯端末も、船も、アバターロボットもだ』
「え!? どうすればいいんですか!?」
『普遍的に存在している微少回帰重力に対するエラー検出機構は既にある。問題は大量のノイズにさらされた時だ。こちらで早急にエラー訂正技術を専門家に相談する』
理解できれば完璧ではなくとも対策は立てられるはず、と杷木原さんは言いました。
◇◇◇◇◇
『と、いうわけでおそらく魔力自体が枯渇することはありません』
宮本さんが報告する横で、僕も今は何事もなかったかのように座っていた。
この報告に女王様はほっとしたようだ。宮本さんは説明を続ける。
『おっしゃるように、河のようなものですね。
私たち水の惑星の技術は河の流れを見て航行するように、この力を利用して宇宙を移動しています。
この星の方たちは水路を作ってコントロールしたりできると。
そうお考え下さい』
河で説明するなら個人がこの星の魔法、もとい重力を使うのは大河の水を掬ってかけるのに近い。
『ただ、皆が一勢に力を利用すると出力が足りなくなるという現象は起こり得ますね。それで河がなくなるわけではありませんが一時的に動作が不安定になる可能性はあります』
一時的な渇水の様なものだ。
水路や降雨量に異常はなくてもその場所に一時的に水がなくなる。
「それは経験があります」
女王様によると、何でも、魔力には流れがあって、急に流れを変えるにはすごく大変らしいのだ。
程度によるが、近くで大きな魔法を使っていると、その周辺では魔法が使えないという事は経験則として観測されているという。
そして宇宙から観測すると魔力、もとい微小回帰重力の分布が分かる。
僕らは宇宙船内でこの星の地図を睨んだ。
― ……おそらく女王様の読み通り、東在帝領の国境付近に何かありますね
相談のきっかけとなった魔力の流れが変化した感覚。それが東在帝領にある。
でも今の状況でこれを伝えるのは不安だ。この星の状況をきちんと把握できるまでは滅多なことは言えない。僕らのもたらした情報が戦争の引き金にでもなったら目も当てられない。
『私たちの星でも未解明な部分のある力です。
とても興味深いので、今後も協力させてください』
と、宮本さんは締めくくった。
未知の文明に自分たちの最先端科学より進んでいる技術があるなんて、昔はたまにあったことだが現代でも起こるとは誰も想定していないはずだ。
天の川銀河諸星連合はどうするつもりなんだろう。
「しかし、お二人ともよかったのですか?」
アバターロボットの横からセーカさんが話しかけてきたので、宇宙船からそっちに注意を移す。セーカさんの目は隠れていて見えないのではっきりとした表情は分からないが心配顔のようだ。
彼女は言葉を続ける。
「その……バレアを信用しても……」
『んー……。うまいことやってくれると助かるんですけど……
まぁ、大丈夫だと思います』
そんなバレアは意気揚々と元の雇い主の所に帰って報告していた。
◇◇◇◇◇
「なぁなぁ、あいつらが魔導金属見た時の反応分かる? この情報、結構重要だと思うんだよね。いくらで買ってくれる?」
オレが情報を盾に交渉を持ちかけると、ギルシルのおっさんは鼻で笑った。
多分オレの方が年上だけど髭生やして偉そうにしてたらおっさんでいいだろ。
「異星人は魔法を知らない事か? それとも異星の機械が魔法に弱い事か?」
意外な顔をするオレを見下すようにギルシルは続ける。
「それはそうだ、あいつらは魔法の無い星の機械人形だろう。魔法で壊せる。
で? とっくに私が手に入れている情報を持ってくる密偵に価値はあるのか?
知らなかったなら私の方が情報料をとりたいぐらいだなぁ?」
そして少し間をおいて続けた。
「まぁ、確実に魔法で倒せることが分かっただけでも良しとしてやろうじゃないか」




