10.魔導金属
僕、神村と宮本さんは宇宙探索に来ていた地球人。偶然不可解な謎の多い星を発見した。そこはエルフやドワーフ、魔族、獣人と呼ばれる人達が暮らす星。
星間移動もできないはずの文明レベルのこの星に、なぜかロケットを発明する以前の地球から影響を受けている形跡がある。そして数か月前に地球で行方不明になった人がなぜかこの星に来ているらしいのだ。
行方不明の地球人の行方も、そもそもなぜこの星に居るのかという原因も全く不明。その辺を解明するのが僕らの仕事だ。アバターロボットと呼ばれる自分そっくりのロボットを地上に下ろして接触をはかっている。
「俺、バレア、よろしくな。
えっと、雇い主は……誰になるんだ?」
密偵を捕まえたので二重スパイとして雇う事になった。
バレア君と呼んでたら君をつけられる歳でもないしと言われ、さん付けにしたら気持ち悪いと言われて名前呼び、ため口に至る。
なんでも僕らの敬語は東在帝領寄りで、人族以外で王侯貴族でもない相手に使っているのはものすごく違和感を感じるし目立つらしい。常に皮肉を言われてるような感じ、だとか。異文化交流難しい。
「人捜してんだろ? 東在帝領の屋敷でお前らっぽい服装のやつ見たぞ。殴り込むなら手伝うけど」
何かあっさり情報が手に入った。来る前に色々作戦を練った僕らの苦労を返してほしい。
『まだ駄目だよ? 女王様のお客さんがよその国に殴り込んだら大変でしょ?』
情報には裏付けが必要だし、まだ動けないよ。
「お気遣いありがとうございます」
僕のツッコミの後ろでちょっと怖いほど女王様がにこにこしていた。勝手に殴りに行ったりしないので信用してください。
さて、彼を雇うためにシェルクナ女王様と協力体制をとることになったのだが……。
協力、と言っても色々な制約で僕らにもできる事とできないことがある。宮本さんが緊張した面持ちで尋ねた。
『国のパワーバランスなども含めたその星の環境を左右しかねないので、あまり技術的な介入は良しとされていませんが……。どういったお話でしょう?』
宮本さんの返事を受けてシェルクナ女王様が答える。
「魔法について、水の惑星の方の見解をお聞きしたいのです。
どうも最近、国内の魔力が流出しているように感じるのですが、定量化できない感覚的なものなので問題とするのに弱いのです」
『……すみません、そのご相談を受ける前にまず、私たちにはこの星における魔法の定義が必要です。
実践している所は見れますか?』
宮本さんが提案する。
僕らはこの星の魔法というものを知らない。認知や社会的な問題で補強されてる迷信のような存在だと僕らにはどうにもならない。
するとレオス君が「こういうやつです」と言いながら机の上を指した。
ちぎった紙切れが小さなつむじ風に載って机の上に立ち上がり。僕たちは困惑する。
手品でないというなら科学的にどういう現象が起こっているのかわからない。何コレ?超能力?
宇宙船内で二人でこっそり相談する。
― え!? 何でしょうこれ? 神村さん、分かります?
― 分かりません。色々聞いて情報を集めましょう
『僕らの星ではかなり広い現象を魔法というくくりに入れてしまっているので……おそらくこのまま話を進めると言語文化の違いによる齟齬が起こりますね。遠回りに見えますが基本的な事を教えてもらった方がいい。僕らもこの星の事を知らないといけませんし』
「なるほど、それでお子様向けの授業してたわけだ」
バレアが誰ともなしに言うと、横のセーカ近衛隊長が小突いた。
「……確かに……文化の違いは意思の疎通を困難にするのですね……お二人が最初にこの星の基本的な教養が必要と言われた理由が分かりました。レオス、魔導金属をお持ちしてください」
「はい大伯母上、こちらに」
彼が持っていたのは何の変哲もない銀色のカードサイズの板状の金属塊だ。
しかし、ところどころ鮮やかな赤や緑、青の色の光が浮かぶ。油膜などの表面性状ではなく、炎のように光が立ち上っている。
レオス君が手で持っているので熱いはずはないのだが、炎に包まれているように見える。
「魔導金属は魔力で輝き、魔力の道筋を示すもの。
古来より天然に産するものを使って魔力の観察や魔法の鍛錬、魔法陣の製作に利用してきました。
この金属はとても扱いが難しく。ドワーフの加工技術でしか成形できませんでした」
『まるで近代作られた伝承に出てくるワルキューレの鎧みたいですね』
宮本さんの言葉を聞いてシェルクナ女王がほっと息を吐いた。
「水の惑星にも同じようなものがあるのですね……私たちの技術では魔導金属の事も完全に解明されているわけではないので、お二人がご存じなら助かります」
いや、ちょっと待って。
『いいえ! 私たちの星では伝説上や物語上に出てくるだけの金属で、実際には見た事のない物質なんです』
『この金属、調べてみていいですか?』
ていうか調べさせて。
「そういえば神村さんがお食事のときに言っておられましたね。水の惑星にあるけどこの星に無いもの、この星にあるけれど水の惑星に無いものもあるかもしれないと」
言いましたけど実在するとは思ってなかったです。
「どうぞ、資料用の、現在ではごくありふれたものにすぎません」
女王様の言葉を聞いて僕は金属を手に取る。
手に持った感じは同サイズの石板ぐらいの重量感、熱さを感じるわけでもない。
光にかざしたり、手で覆って暗くした状態で見てみる。やっぱり発光してる。でも放射線かって言うと違う感じ。
「……ケイ素?」
僕がそう言うとシェルクナ女王様はドワーフのディネさんに顔を向けた。ディネさんが頷いて答える。
「そうです。よく分かりますね。
加工に失敗するとただの石ころになるので、近年までドワーフ族にしか扱えなかったんです」
『このアバターには調査用に解析機能がついてるので……』
このアバターロボットについているレーザーで超短時間、超極小範囲を加熱して、センサーでスペクトル解析しただけ。
だけって言うと厭味ったらしいけど僕は本当に何もしてない。強いて言うなら謎の炎状の光のせいで検査結果が狂いませんようにって祈ってたぐらい?
『じゃあこれは……僕らの星で知られていないケイ素の結晶構造?』
宇宙船の僕らは軽く考察するが、まだ答えは出ない。
― ケイ素の還元温度や融点ってたしか1500度近いんじゃ……
― そもそも、この金属は一体……? 何で地球には無いものがあるんでしょう?
― この星のやや小さい重力環境によって、地球では生成しない結晶ができてるんじゃないか、とも思うんですけど……
僕らが宇宙船で困惑している一方、シェルクナ女王様は魔導金属の解説を続けてくれている。
「実は、近年、魔導金属の製造環境を整えられるようになって量産化が始まりました。
これを用いて作られる魔法陣を動力源にして様々な機械が動いています」
魔法陣を動力源に!!??
この星の産業革命、鉄と石炭でなく魔法で成るっぽい。
女王様が少し沈んだ面持ちで続けた。
「ですが、正体不明の力を使い続け、生活を預けるというのを危険視する考えもあります。
井戸水も汲み過ぎれば尽きるように、いつか魔力も前兆もないまま枯渇するかもしれない。
私たちはそれを恐れています。
実は最近、国内の魔力の流れが変化している気がするのです」
さっきも言っていたやつか。しかし定量的に魔力を扱う技術がないため、直感でしかない。
この星の人達は長く魔力を扱っているのに魔力の本質が分からないというのは無責任にも見えるが、地球人だって長らくお世話になっている火についてある程度分かったのはつい最近の事だ。
そうは言っても、僕らにも未知の力に対してどこから手を付けたものか……と思っていたら宮本さんが早い判断を下した。
『神村さんの感知能力で、力のベクトルとか、ある程度何が起こってるか分かりませんか? 分析装置も一緒に動かしますから』
『んー、分かりました』
アイレスサイトは僕ら の専売特許みたいなもんですから。
『魔法を使っていただくわけですが、やっていただける方いますか?』
「はい!僕もお役に立ちたいです!」
宮本さんの問いかけにレオス君が手をあげた。
確かに順当と言えば順当だがこれぐらいの年の子が魔法を使いたくなるのは古今東西宇宙の彼方でも同じらしい。
皆でレオス君がつむじ風を起こすのを見守る。
『神村さん、見えますか?』
宮本さんに反応を返した。
僕には全身のセンサーから逐次大量のデータが送られてきている。
「これは? 何をしているのでしょう?」
ディネさんが聞いてくる。
突っ立って魔法を使っているのを見つめているようなものだから仕方ない。
宮本さんが説明してくれた。
『あらゆる力の動きを読み取れる超高性能センサーを使っています。
まだ魔力が私たちの文明における何を指すのか分かってないので、それの検証です』
さっきバレアを見つけるのに使ったのと同じセンサーだけど、精度と僕の集中度合いが違う。高性能ハプティクスと呼ばれる触覚の再現装置は、本当に触覚を再現するだけなので、受け取った情報の処理は僕が自分でやらないといけない、結構疲れる。
『まぁ、見えるというか……アバターロボットのセンサーから触覚へのフィードバックは機械がやってくれるので……
……見たことありますね。このパターンは……』
このパターンが何を意味しているか分かった瞬間、血の気が引いた。
『神村さん?』
地上の宮本さんが話しかけてきたという事はアバターの体でも分かるぐらい狼狽していたんだろう。
「嘘だろ……僕らの文明が手に入れた英知の結晶のその先じゃないか……」
僕のつぶやきを聞いていたのは宇宙船の宮本さんだけだった。




